「マブラヴ・カーストルーム」の第3話と第4話を重複して投稿してしまいました。
正確には第3話の「適性という名の序列」が間違いで、第4話の「サムライ大隊」は正しい投稿です。
第3話に「サムライ大隊」のテキストを投稿してしまったようです。申し訳ありません。
投稿分も修正しましたが、こちらにも第3話「適性という名の序列」を投稿します。
■第3話 適性という名の序列
作戦会議室に教官が入室する。
茶柱。
Bクラス担当の星之宮知恵。
Cクラス担当の坂上数馬。
Aクラス担当の真嶋智也。
真嶋は昨日、整備区画で見かけた人物だった。
教官であると同時に、戦術機整備主任も務めているらしい。
「合同講義を始める」
真嶋が中央に立った。
「本日の内容は、戦術機部隊における役割分担だ」
立体投影装置が起動する。
四機の不知火が表示された。
「戦術機は一機で戦う兵器ではない」
一機が前へ。
二機が左右へ展開。
一機が後方に残る。
「前衛、制圧、支援、指揮。それぞれが役割を持つ」
映像の中で、BETAを模した標的が出現した。
前衛機が要撃級を引きつける。
左右の機体が射線を作る。
後方機が全体を管理する。
連携によって、標的は短時間で排除された。
「一人の英雄が戦況を変えることはある」
真嶋は続ける。
「だが、一人の英雄だけで戦争に勝つことはできない」
高円寺が小さく欠伸をした。
茶柱が視線を向ける。
高円寺は気にしない。
真嶋は投影を切り替えた。
今度は実戦映像だった。
荒れた市街地。
崩れた建物。
砲撃を行う戦術機部隊。
画面の奥から、無数のBETAが迫っている。
直接的な損傷場面は省かれている。
それでも、圧倒的な物量は十分に伝わった。
地面そのものが動いているようだった。
「これは三年前、大陸沿岸部で記録された映像だ」
教室から声が消える。
「投入された戦術機部隊は三個大隊。
支援砲兵、航空部隊、機甲部隊を含め、総兵力は一万二千」
映像の中で砲撃が始まる。
地平線に爆炎が連続して咲く。
砲弾がBETAの群れへ降り注ぐ。
土煙。
火柱。
衝撃波。
何十、何百という爆発が大地を覆う。
それでも群れは止まらない。
爆炎の中から、巨大な影が次々と現れる。
突撃級。
低い姿勢で地面を抉りながら進む。
砲撃を正面から受けても、速度を落とさない。
戦術機部隊が左右へ展開する。
重金属雲が散布され、レーザー攻撃への対策が取られる。
その直後。
遠方から細い光が走った。
空を横切った無人偵察機が、一瞬で炎に包まれる。
光線級。
教室の誰かが息を呑んだ。
「この戦闘で、人類側は防衛線の維持に成功した」
真嶋が言う。
一部の生徒が安堵する。
「維持できた時間は、四時間十一分だ」
表情が固まる。
映像が切り替わる。
後退する戦術機。
炎上する補給基地。
崩れていく防壁。
「その後、防衛線は放棄された」
真嶋は生徒たちを見渡した。
「お前たちが戦う相手は、これだ」
龍園は笑っていなかった。
一之瀬も真剣な顔で映像を見ている。
坂柳は表情を変えない。
ただし、画面に表示される部隊配置を細かく追っていた。
「質問を許可する」
真嶋が言った。
最初に手を上げたのは神崎だった。
「なぜ防衛線は突破されたのでしょうか」
「理由は一つではない」
真嶋が立体地図を表示する。
「補給の遅延。光線級の排除失敗。右翼部隊の突出。
予備戦力投入の遅れ。撤退判断の不一致」
複数の箇所が赤く表示される。
「小さな失敗が重なり、最後に全体が崩れた」
龍園が手を上げずに口を開いた。
「右翼の指揮官が命令を無視したんだろ」
真嶋は龍園を見る。
「発言する時は許可を取れ」
「答えは?」
「その通りだ」
映像が拡大される。
右翼部隊だけが、予定より深く敵陣へ進んでいる。
「戦果を焦った現場指揮官が追撃を続行。左右の部隊との距離が開いた」
龍園が鼻で笑う。
「馬鹿だな」
「結果だけ見ればな」
坂上が口を挟んだ。
「だが、その時点では光線級の反応が弱まっていた。敵が崩れたように見えた」
「罠だったってことか」
「BETAが人類と同じ意味で罠を使ったかは分からん。
だが、突出した部隊が孤立し、救援へ向かった部隊も巻き込まれた」
「つまり」
坂柳が静かに声を出した。
「個人の勇敢さが、全体にとって害になる場合もあるということですね」
「そうだ」
真嶋が答える。
「戦場では、正しい行動が常に正しい結果を生むとは限らない」
坂柳は僅かに微笑んだ。
「興味深いですね」
講義後半は、簡易戦術演習となった。
各クラスへ同じ状況が与えられる。
沿岸都市。
避難民一万人。
使用可能な戦術機は十二機。
敵は突撃級、要撃級、戦車級の混成群。
光線級の存在は未確認。
勝利条件は、避難完了までの六十分間、防衛線を維持すること。
各クラスは十分以内に部隊配置を決めなければならない。
Dクラスの机上へ地図が表示される。
誰もすぐには口を開かなかった。
須藤が最初に言う。
「正面に全部並べて倒せばいいだろ」
堀北が即座に否定した。
「敵の数が不明よ。正面へ集中させれば側面を抜かれる」
「じゃあどうすんだよ」
「市街地の道路を利用して進路を限定する」
「建物が邪魔で動きにくいだろ」
「敵にとっても同じよ」
平田が地図を見る。
「避難経路は二本ある。片方を完全に封鎖して、
一方向へ集めた方が守りやすいんじゃないかな」
「でも、それだと渋滞が起きない?」
櫛田が言う。
「避難民一万人を一本だけで移動させるのは危険だと思う」
意見は出る。
だが、まとめる人間がいない。
堀北は合理的だが、他人の意見を取り入れようとしない。
須藤は戦闘力だけを重視する。
平田は全員へ配慮するため、決断が遅れる。
制限時間は減っていく。
オレは地図を確認した。
沿岸部に大型倉庫。
南側に河川。
北側に高架道路。
西側が避難地点。
敵は東から来る。
正面防御だけでは、物量で押し切られる。
「高架道路を落とせばいい」
そう言うと、全員の視線が集まった。
堀北が地図を見る。
「どういうこと?」
「北側の高架道路を事前に爆破する。瓦礫で進行ルートを塞ぐ」
「市街地を破壊するの?」
「防衛線を維持できなければ、どのみち破壊される」
平田が考える。
「北を塞げば、敵は中央と南へ分かれる」
「南側は川がある。大型種の移動速度が落ちる」
堀北が続きを理解した。
「中央へ主力を置き、南には少数の遅滞部隊。
避難経路は北西と西の二本を維持する」
「そうだ」
須藤が地図を見ながら言う。
「中央に何機置く?」
「六機」
堀北が答える。
「南に三機。避難支援に二機。予備一機」
「予備一機じゃ少なくねぇか?」
「だから中央の六機を固定しない。状況に応じて二機を動かす」
「それじゃ正面が薄くなる」
「敵が集中した時だけよ」
時間は残り二分。
平田が全員の意見を整理する。
櫛田が役割分担を端末へ入力。
最終的にDクラスは、時間ぎりぎりで配置を提出した。
各クラスの結果が投影される。
Aクラス。
避難民を二群へ分け、戦術機を四機ずつ三層に配置。
後退しながら防衛線を縮小する。
最も損害が少ない。
Bクラス。
避難支援へ多くの機体を割き、戦闘部隊は連携を重視。
避難成功率は高いが、機体損耗も大きい。
Cクラス。
市街地中心部を放棄。
敵を倉庫群へ誘導し、燃料施設ごと爆破。
防衛線そのものを作り替える大胆な作戦。
Dクラス。
高架道路を崩し、敵の進路を限定。
中央で受け止め、河川側で遅滞。
予備戦力を柔軟に動かす。
結果は全クラス成功。
ただし評価は異なった。
総合一位はAクラス。
二位はCクラス。
三位はDクラス。
四位はBクラス。
一之瀬が結果を見て、僅かに悔しそうな表情を浮かべる。
神崎は何かを言っているが、一之瀬は首を横に振った。
おそらく、避難民を優先した判断を後悔していない。
龍園は二位でも気にしていなかった。
むしろAクラスの配置を見て楽しそうにしている。
坂柳は龍園へ視線を向けた。
二人の間に、すでに競争意識が生まれている。
「Dクラス」
茶柱が言った。
「作戦自体は悪くない」
池が喜びかける。
「だが、決定が遅すぎる」
全員が黙る。
「実戦で十分も議論できると思うな。状況によっては十秒で決める必要がある」
茶柱は堀北を見る。
「堀北。正論だけでは部隊は動かない」
次に平田。
「平田。全員の納得を待てば手遅れになる」
須藤。
「須藤。敵を倒すだけが任務ではない」
櫛田。
「櫛田。他人の補助に回りすぎて、自分の判断がない」
最後にオレを見る。
「綾小路」
「何だ」
「なぜ最初から意見を出さなかった」
「全員の考えを確認していた」
「聞こえはいいな」
茶柱の目が細くなる。
「判断できる者が黙ることも、命令違反と同じ結果を生む場合がある」
堀北がこちらを見る。
オレは答えなかった。
講義終了後。
生徒たちは食堂へ移動するため、順番に教室を出ていく。
オレが席を立つと、龍園が通路を塞ぐように立っていた。
近くには石崎と伊吹。
「お前が綾小路か」
「そうだ」
「高架を落とす案、悪くなかった」
「堀北がまとめた」
「最初に言い出したのはお前だろ」
龍園は隠す必要のない笑みを浮かべた。
相手を褒めているわけではない。
値踏みしている。
「Dクラスには、少しは使える奴がいるらしいな」
堀北が横から口を挟む。
「他クラスを評価できるほど、あなたたちは優秀なのかしら」
「少なくとも、お前らよりは上だ」
「結果は一つしか違わないわ」
「その一つがでかいんだよ」
伊吹が退屈そうに言う。
「もう行こうよ。こんなのと話しても意味ないでしょ」
「そう急ぐな」
龍園はオレから視線を外さない。
「実機演習が楽しみだ」
「そうか」
「そこで分かる。頭だけの奴か、使える奴か」
龍園たちは去っていく。
堀北が不満そうに見送った。
「感じの悪い人ね」
「お互い様じゃねえか」
「私のどこが?」
自覚はないらしい。
別方向から一之瀬が近づいてきた。
「さっきの作戦、すごかったね」
明るい声だった。
神崎も一緒にいる。
「ありがとう」
平田が答える。
「一之瀬さんたちも避難成功率は一番高かった」
「でも評価は最下位だったけどね」
一之瀬は苦笑する。
「助けることを優先しすぎた」
神崎が静かに言った。
「だが、間違ったとは思っていない」
「うん」
一之瀬は頷いた。
「次は、みんなを助けながら勝てる方法を考える」
理想論。
そう切り捨てるのは簡単だ。
だが、彼女は本気で実現しようとしている。
その姿勢が多くの人間を動かすのだろう。
最後にAクラス。
坂柳は席を立たず、こちらを見ていた。
神室が隣にいる。
橋本はすでに他クラスの生徒と会話している。
坂柳が微笑む。
「綾小路くん」
初対面のはずだ。
「なぜオレの名前を知っている」
「先ほど龍園くんが呼んでいましたから」
「そうか」
「高架道路を落とす案は、私も考えました」
「なら、Aクラスも使えばよかった」
「必要ありませんでした」
穏やかな言い方だが、自信に満ちている。
「私たちの作戦は、市街地を破壊せずとも成功します」
「結果は一位だったな」
「ええ」
坂柳は杖へ手を伸ばした。
神室が支えようとするが、坂柳は小さく首を振る。
自分で立ち上がる。
「ですが、あなたの案には興味があります」
「光栄だ」
「褒めているわけではありません」
笑みは崩れない。
「あなたが、どこまで力を隠しているのか。それに興味があるのです」
堀北が僅かに反応した。
「何のことか分からない」
「今は、それで構いません」
坂柳はオレの横を通り過ぎる。
「いずれ盤上に、すべての駒が並ぶでしょうから」
杖の音が遠ざかる。
堀北がこちらを見る。
「昨日から妙に目をつけられているわね」
「偶然だろう」
「あなたは何でも偶然で済ませるのね」
午後。
Dクラスは再びシミュレーター区画へ入った。
前回と違い、単独操縦ではない。
四機一組の小隊行動。
機体は全員、訓練用の吹雪。
オレは堀北、須藤、平田と同じ小隊になった。
第一小隊。
他の生徒たちは別の小隊へ分けられる。
高円寺は参加資格停止のため、管制室から見学していた。
茶柱の声が通信へ入る。
『本日の課題は編隊移動と標的排除。小隊長は堀北』
堀北が僅かに息を吸った。
『了解』
『前衛は須藤。右翼、平田。左翼、綾小路』
配置が表示される。
演習場は市街地を模した仮想空間。
道路。
高層建築。
地下道入口。
遠方には煙が上がっている。
『敵は訓練用無人機十二。制限時間十五分。小隊長の指示に従え』
開始。
堀北が即座に命令する。
『縦列で進む。須藤くん、先行して』
『分かった』
須藤が前へ出る。
昨日より操作が安定している。
速度は速いが、制御できている。
平田が右側。
オレが左側。
堀北は中央後方。
市街地へ入る。
最初の交差点。
須藤が止まらず進もうとした。
『待って』
堀北が命じる。
『なんだよ』
『左右の確認が終わっていない』
『敵はいねぇだろ』
『確認してから判断して』
須藤が舌打ちする。
その直後。
右側の建物の陰から、無人機が二機現れた。
訓練弾が飛来する。
平田が回避。
オレは建物の影へ入る。
須藤は正面から応射した。
一機を撃破。
もう一機が上空へ跳ぶ。
『平田くん、右へ。綾小路くんは射線を作って』
『了解』
平田が敵の着地点へ回り込む。
オレは左側から砲撃。
無人機が回避した先に、平田がいる。
二方向からの射撃。
撃破。
連携としては成功。
だが、最初の遭遇で時間を使った。
『須藤くん。命令を聞いて』
『倒しただろ』
『結果の話ではないわ』
『なら問題ねぇ』
『問題があるから言っているの』
無線上で言い争いが始まる。
『二人とも、次が来る』
平田が止めた。
前方の道路から四機。
屋上に二機。
合計六機の反応。
堀北が指示を出す。
『建物を利用して分断する。須藤くんは正面の二機を引きつけて』
『全部まとめてやる』
『命令よ』
『うるせぇ』
須藤が跳躍。
正面へ突っ込む。
無人機四機が須藤へ集中した。
屋上の二機が射撃を開始。
須藤の機体へ警告表示。
右肩損傷。
跳躍ユニット出力低下。
『須藤くん!』
平田が叫ぶ。
『援護する』
堀北が前へ出ようとする。
だが、中央の指揮機が動けば全体の視野が崩れる。
「堀北」
『何?』
「その場にいろ。平田は右の屋上。オレは左へ回る」
一瞬の沈黙。
『私が小隊長よ』
「なら決めろ」
敵の砲撃が続く。
須藤機の損傷率が上昇する。
時間はない。
堀北は歯を食いしばった。
『……平田くん、右の屋上を制圧。綾小路くんは左へ。
私は中央から須藤くんを援護する』
『了解』
三方向へ分かれる。
オレは建物の間を低空跳躍。
左側屋上へ接近。
敵無人機がこちらへ砲口を向ける。
建物の壁面を蹴る。
機体を横へ回転。
砲撃を避けながら上昇。
着地と同時に至近距離から射撃。
一機撃破。
もう一機が後退する。
追撃はしない。
中央の敵へ射線を通す。
堀北が須藤へ迫る一機を撃破。
平田も右屋上を制圧。
包囲が崩れる。
須藤が残った敵へ突撃した。
今度は一人ではない。
左右から支援射撃。
短時間で四機を排除。
残りの敵も連携を維持したまま撃破した。
任務完了。
所要時間十三分四十一秒。
全機生存。
ただし須藤機は中破。
演習終了後、操縦席から降りる。
須藤は不満そうだった。
「援護が遅ぇんだよ」
堀北が振り返る。
「あなたが命令を無視したからでしょう」
「倒せたんだからいいだろ」
「実戦なら右腕を失っていたわ」
「片腕でも戦える」
「そういう問題ではない」
「お前の指示が遅いのが悪い」
堀北の表情が硬くなる。
反論しようとした時、坂上が二人の間へ立った。
「どちらも間違っている」
須藤が眉をひそめる。
「は?」
「須藤。お前は独断専行で小隊を危険に晒した」
次に堀北を見る。
「堀北。お前は命令に従わせることへ固執し、状況判断が遅れた」
「ですが、命令系統が乱れれば――」
「乱れた命令系統を立て直すのが小隊長だ」
堀北は言葉を失う。
「正しい命令を出せば、全員が従うと思うな。
現場には、恐怖で動けない者もいれば、須藤のように勝手に動く者もいる」
「俺を例に出すなよ」
「最適な実例だ」
坂上は続ける。
「小隊長は、理想的な部下を率いる仕事ではない。
目の前にいる人間を使って、目的を達成する仕事だ」
堀北は黙って聞いていた。
「須藤の前進を止められないなら、最初から前進することを前提に配置しろ。
命令無視すら戦力へ変えろ」
須藤が笑う。
「ほら見ろ」
「お前も喜ぶな」
坂上が睨む。
「勝手に動く者が格好良く見えるのは、周囲が尻拭いしているからだ」
須藤の笑みが消える。
「お前が一機倒す間に、仲間が三機損傷すれば敗北だ。自分の戦果だけを見るな」
二人とも何も言えなかった。
次の小隊が演習を始める。
オレたちは管制室から見学した。
他クラスの演習映像も同時に表示される。
Bクラス。
一之瀬が小隊長。
神崎が補佐。
大きな突出はない。
互いに声をかけ、損傷した機体をすぐに守る。
撃破速度は遅いが、隊形が崩れない。
Cクラス。
龍園が指揮。
伊吹と石崎が前衛。
正規の隊形とは呼べない。
龍園は敵の動きを読み、わざと一機を孤立させる。
そこへ伊吹が接近。
石崎が射撃。
敵を一機ずつ削っていく。
荒いが、効果的。
Aクラス。
衛士候補の指揮は葛城。
坂柳は管制席から全体を見ている。
神室と橋本が実機側。
坂柳の指示は少ない。
だが、命令が出るたびに戦況が大きく変わる。
敵が移動する前に、待ち伏せ位置を決めている。
戦闘というより、盤面の駒を動かしているようだった。
そして高円寺。
本来は見学のはずだった。
いつの間にか、空いていた予備シミュレーターへ座っている。
茶柱が気づいた。
「高円寺。搭乗許可は出していない」
『見学だけでは退屈でね』
「今すぐ停止しろ」
『一分で終わる』
高円寺機の前に、訓練用無人機が六機表示される。
本来は教官が起動しなければ動かない。
どうやって接続したのか。
高円寺は武装を構えなかった。
最初の無人機が射撃。
高円寺機が僅かに身体を傾ける。
弾道が肩の横を通過。
二機目。
跳躍。
高円寺機は後ろへ下がらない。
敵の間へ入る。
一機の腕を掴み、その機体を盾にする。
別方向からの射撃が盾となった無人機へ命中。
そのまま投げる。
二機が衝突。
高円寺機は長刀を抜く。
一閃。
一機。
反転。
二機。
着地と同時に射撃。
三機目。
残る一機が距離を取る。
高円寺は追わない。
背を向けたまま砲口だけを後方へ向ける。
発砲。
命中。
演習終了。
五十二秒。
管制室が静まり返った。
須藤でさえ何も言わない。
高円寺の操縦は、教本通りではなかった。
機体の性能を限界まで引き出しているわけでもない。
必要な動きしかしていない。
まるで敵の攻撃位置が、最初から見えていたようだった。
高円寺が操縦席を開ける。
「これで満足かい?」
茶柱は冷たい表情のまま言った。
「命令違反として記録する」
「評価は?」
「なしだ」
「残念だねぇ」
高円寺は本当に残念そうではなかった。
須藤が近づく。
「お前、経験者か?」
「初めてだよ」
「嘘つけ」
「私は自分の身体を動かしただけさ」
「戦術機は身体じゃねぇだろ」
高円寺が笑う。
「私が乗れば同じことだ」
須藤は言い返せなかった。
オレは高円寺を見る。
動作に無駄がない。
反応速度だけでは説明できない。
空間認識。
予測。
機体理解。
初回であれだけ動かせるなら、適性は極めて高い。
それでも訓練へ参加する気はない。
能力があるから真面目になるとは限らない。
むしろ、自分の能力を疑っていないからこそ、他人の指導を必要としないのだろう。
訓練終了後。
夕暮れの中、Dクラスは寮へ戻る。
全身に疲労が残っている。
池は歩きながら何度も欠伸をしていた。
「明日も五時半とか言わないよな」
「明日は五時だ」
茶柱が後方から答えた。
池の足が止まる。
「なんで早くなってるんですか!?」
「今日、開始後の準備に時間がかかった」
「俺たちのせいですか!?」
「理解が早くて助かる」
生徒たちから一斉に不満の声が上がる。
茶柱は無視して歩き続けた。
その時。
人工島全体に、低い振動音が響いた。
昨日の警報とは違う。
一度だけ。
長く。
周囲の照明が黄色へ変わる。
また警戒警報。
生徒たちの足が止まる。
茶柱が端末を確認した。
表情が変わる。
『全候補生へ通達。速やかに各寮へ帰還せよ。教職員は第二種警戒配置』
校内放送。
昨日より一段階高い指示。
遠方の格納庫で、隔壁が開き始める。
戦術機の起動音。
補給車両のサイレン。
整備員が走る。
須藤が海の方を見る。
「また地震かよ」
誰も答えない。
東京湾東部。
夕日の沈んだ海上に、複数の軍用機が旋回している。
その下。
哨戒艦から照明弾が打ち上げられた。
白い光が海面を照らす。
一瞬。
海の上に、黒い何かが見えた。
巨大な影。
波ではない。
船でもない。
照明弾が消える。
再び暗闇。
茶柱の端末へ通信が入った。
内容は聞こえない。
だが、茶柱の顔から血の気が引いた。
「全員、走れ」
今までにない声だった。
「寮へ戻れ。途中で止まるな」
堀北が尋ねる。
「何があったんですか」
「質問は後だ」
「ですが――」
「命令だ!」
茶柱が初めて怒鳴った。
生徒たちは走り出す。
疲労していたことも忘れ、寮へ向かう。
背後で轟音。
不知火の一個小隊が発進。
続いて撃震。
さらに陽炎。
次々と防壁を越え、東京湾東部へ向かう。
オレは走りながら、海の方を見た。
暗い海面。
照明弾がもう一発上がる。
今度は、はっきり見えた。
海中から突き出す、巨大な盛り上がり。
その周囲を移動する複数の影。
司令部の発表した海底地震。
あれは誤検知ではなかった。
センサーは正しく反応していた。
問題は、軍がそれを認められなかったことだ。
あるいは。
認めたくなかったこと。
校内放送が切り替わる。
『東京湾東部にて、未確認大型生物群を確認』
全員の足が僅かに止まりかける。
『BETAの可能性あり』
空気が凍った。
その直後。
遠方の海上で、赤い光が走った。
細く。
鋭く。
夜空を一直線に切り裂く。
旋回していた軍用偵察機の一機が、光に触れた。
爆発。
炎。
機体は火球となり、海へ落下した。
誰も声を出せなかった。
光線級。
資料映像で見たものと同じ。
ただし今度は、映像ではない。
現実だった。
東京湾の上空に火が落ちる。
その光景を背に、茶柱が叫ぶ。
「走れ!」
Dクラスの生徒たちは寮へ向かって走った。
高円寺だけが、数歩遅れて海を見ていた。
いつもの余裕ある笑みは消えていない。
だが、その目は訓練中とは違っていた。
敵を見ている。
初めて本気で、自分が動く価値のあるものを見つけたような目だった。
「なるほど」
高円寺が静かに呟く。
「ようやく、退屈せずに済みそうだ」
オレはその言葉を聞きながら走った。
この時。
高度育成衛士高校の訓練期間は、まだ一週間だった。
実機へ乗った生徒は一人もいない。
小隊行動も、射撃も、跳躍も。
すべて仮想空間でしか経験していなかった。
それでも。
戦争は待たない。
人間の準備が終わるまで。
子供たちが成長するまで。
覚悟が決まるまで。
BETAが待ってくれることはない。
東京湾の海底で確認された反応は、さらに増え続けていた。
十。
二十。
五十。
百。
そして。
そのすべてが、高度育成衛士高校のある人工島へ向かっていた。