演習開始から二十分が経過していた。
候補生部隊は既に光線級一体、突撃級三体、要撃級八体に加え、
進路上へ押し寄せてきた多数の戦車級を排除している。
人類側も無傷ではなかったが、現時点で受けた損害は、
Aクラス一機とDクラス一機の小破、Bクラス二機の小破、
Cクラス二機の中破に留まっていた。
数字だけを見れば、演習は順調に進んでいるように思えた。
しかし、その判断を覆す巨大な敵影が、防壁の向こう側からゆっくりと姿を現した。
巨体が一歩進むたびに地面が揺れ、
高層建築と比較すれば僅かに低い程度でありながら、
戦術機の数倍に及ぶ高さを持っている。
長大な脚で道路と瓦礫を跨ぎながら接近する要塞級の周囲には、
複数の要撃級が護衛するように展開していた。
さらに後方には光線級が残っており、
要塞級へ不用意に近づく機体を狙える位置を確保している。
坂柳が全クラス回線を開いた。
『要塞級を確認しました。現時点では攻撃を開始しないでください』
龍園が即座に反応する。
『放置しろってのか』
『周囲にいる光線級の排除が完了していません。
要塞級へ火力を集中すれば、三週間前と同じ失敗を繰り返します』
『近づかれたら、先に防壁が持たねぇ』
『だからこそ、周囲の敵を減らした上で攻撃します』
『遅ぇ』
龍園機は坂柳の制止を待たず、南側の戦線を離れて要塞級へ向かって動き始めた。
『龍園くん!』
一之瀬が声を上げる。
『勝手に行かないで!』
『俺があいつを止める。お前らは光線級をやれ』
坂柳の声が、先ほどまでより冷たくなる。
『命令ではなく警告します。今の経路で接近すれば、
光線級の射線へ長時間入ることになります』
『当たらなきゃいい』
『あなた一人が撃破されるだけでは済みません。
Cクラスの戦線が崩れれば、南側から敵が流入します』
それでも龍園は止まらなかった。
伊吹と石崎も後へ続こうとしたが、龍園が鋭く制した。
『来るな』
『でも龍園さん!』
石崎の声が回線へ響く。
『お前らは南側を維持しろ。そこを空けたら、俺が要塞級へ行く意味がなくなる』
龍園機だけが、要塞級へ向かって低空を進んでいく。
明らかな独断専行だった。
しかし、ただ正面から突っ込んでいるわけではない。
龍園は立ち並ぶ建物を遮蔽物として利用し、
短い低空跳躍を繰り返すことで、
光線級の射線へ留まる時間を可能な限り短くしていた。
要塞級の脚部へ接近すると、突撃砲を構えて関節部へ射撃を集中させる。
複数の砲弾が長大な脚へ着弾し、巨大な爆炎が巻き起こった。
しかし、黒煙の向こうから現れた脚は、ほとんど速度を落としていない。
『硬ぇな』
龍園が短く呟く。
その時、遠方の光線級が赤く発光した。
坂柳が叫ぶ。
『右へ回避してください!』
龍園機は反射的に跳躍ユニットを噴射し、右方向へ機体を滑らせた。
直後、赤い光線が龍園機のいた場所を貫き、背後にあった建物を斜めに切断する。
切断された建物上部が大きく傾き、龍園機の退路へ崩れ落ちた。
大量の瓦礫と粉塵が道路を塞ぎ、龍園は来た道を戻れなくなる。
さらに左右から、二体の要撃級が接近してきた。
『だから言いました』
坂柳の声が届く。
『説教は後だ』
龍園は突撃砲を背後へ回し、長刀を抜いた。
一体目の要撃級が振るった腕を寸前で避け、
その勢いが止まらないうちに脚部へ斬撃を加える。
しかし、反対側から二体目が迫っていた。
龍園機は崩れた建物の残骸を蹴り、跳躍ユニットを短く噴射して上昇する。
二体の要撃級の間をすり抜け、瓦礫の反対側へ着地した。
その死角から、三体目の要撃級が腕を伸ばしてくる。
『龍園さん!』
石崎の声と同時に、遠方から砲弾が飛来した。
砲撃は龍園機へ迫っていた要撃級へ命中し、巨大な腕を横へ弾く。
石崎機だった。
龍園の命令を無視し、援護へ来ている。
伊吹も石崎へ続き、長刀を構えた機体で要撃級の前へ飛び込んだ。
『一人で格好つけてんじゃないわよ』
『来るなっつっただろ』
『知らない』
伊吹機は長刀で要撃級の腕を受け流し、そのまま巨体を横方向へ押し返した。
しかし、三機が要塞級周辺へ集まったことで、Cクラスは複数の要撃級に囲まれつつあった。
龍園が舌打ちする。
『アルベルト、南側を頼む』
『Roger』
アルベルト機と残るCクラス機が南側戦線を維持する中、
龍園、伊吹、石崎の三機は要塞級周辺で孤立した。
危険な状況だった。
だからといって三機を切り捨てれば、Cクラスの戦力が大きく失われ、
要塞級へ対抗する前線部隊も消える。
堀北は中央戦線を見渡しながら判断に迷った。
「どうする?」
平田が尋ねる。
「救援へ向かえば、中央防衛線が薄くなるわ」
須藤が即座に言う。
「俺が行く」
「待ちなさい」
「龍園たちが潰されたら、次に狙われるのは俺たちだろ」
須藤の理屈は間違っていない。
一之瀬からも通信が届く。
『Bクラスから二機を救援へ出すよ』
神崎が止める。
『一之瀬。避難車列は、まだ全車両が通過していない』
『でも、このままではCクラスが――』
『俺が行く』
神崎機が車列から離れ、中央方面へ進み始めた。
『お前は車列を守れ』
一之瀬は一瞬、言葉を失った。
神崎は単独でCクラスの救援へ向かう。
Aクラスからも橋本の通信が入った。
『こちらも一機なら出せる』
神室が反応する。
『私が行く』
坂柳は数秒間、戦場全体を見渡した。
『神室さん、待ってください』
『何で?』
『全クラスが救援へ向かえば、別の防衛線が崩れます。
龍園くんたちを助けることだけが作戦目的ではありません』
坂柳は冷静さを崩さず、Dクラスへ回線をつないだ。
『Dクラス』
堀北が応答する。
『何?』
『中央から要塞級へ射線を作れますか?』
堀北は周辺地形を確認する。
中央防衛線と要塞級の間には、複数の建物と大型高架道路が存在していた。
現状では高架と建築物が視界を塞ぎ、要塞級の脚部を直接狙うことができない。
「高架道路を落とせば射線が通る」
オレが言った。
堀北は高架の位置と支柱を確認する。
中央防衛線と要塞級の間を横切っている巨大な構造物だ。
崩落させれば視界が開き、要塞級へ砲撃できるようになる。
同時に、落下した瓦礫によって要撃級の進路も限定できる。
堀北は即断した。
『Dクラスは中央高架を破壊する。全機、支柱へ火力を集中して』
須藤が笑う。
『また建物を壊すのか』
『有効な手段だから使うのよ』
Dクラスの各機が、高架道路を支える巨大な支柱へ照準を合わせる。
砲弾が連続して撃ち込まれ、一つ目の支柱が爆炎の中で大きくひび割れた。
続いて二つ目の支柱へ火力が集中し、高架全体がゆっくりと傾き始める。
最後に須藤機が至近距離まで接近し、
残っていた支柱の基部へ百二十ミリ砲を撃ち込んだ。
凄まじい爆発と共に、巨大な高架道路が崩れ落ちる。
何千トンものコンクリート構造物が道路へ叩きつけられ、
腹の底へ響く轟音と共に大量の粉塵が舞い上がった。
前進していた要撃級二体は、落下した瓦礫によって進路を阻まれる。
高架道路が消えたことで、中央防衛線から要塞級の脚部が見えるようになった。
『射線確保!』
堀北の命令に従い、Dクラス八機が一斉に射撃する。
複数の砲弾が、龍園の攻撃によって傷ついていた要塞級の脚部へ集中した。
巨大な爆発が連続し、長大な脚が僅かに傾く。
龍園も狙うべき箇所を理解した。
『そこか』
龍園機が同じ関節部へ接近し、長刀を振り下ろす。
深い斬撃が外殻へ刻まれ、伊吹と石崎は周囲から迫る要撃級を押さえた。
神崎機もようやく到着し、後方から支援射撃を開始する。
一方、北側高台では坂柳が残る光線級の位置を特定していた。
『橋本くん。二時方向、建物の隙間です』
『了解』
橋本機は建物の上部へ跳躍し、周囲へ重金属雲を散布する。
神室機が別方向から接近し、
葛城機を中心とする部隊が前方の戦車級を射撃によって排除した。
光線級が赤く発光し、橋本機へ照準を合わせる。
照射が始まる直前、神室機は建物の陰へ入り、
橋本機は反対側へ回り込んで突撃砲を撃ち込んだ。
砲弾が光線級へ命中し、巨大な爆発が発生する。
赤い発光が消え、二体目の光線級が排除された。
空を遮る照射反応がなくなる。
坂柳が全体回線へ報告した。
『航空支援を要請できます』
演習上に設定された無人航空部隊が湾岸上空へ進入し、
要塞級周辺へ爆撃を開始する。
複数の爆弾が要塞級の脚部と周囲の護衛個体へ降り注ぎ、
巨大な火柱が立ち上がった。
黒煙と爆炎が要塞級の全身を覆う。
龍園たちは爆撃範囲から急いで後退した。
直後、湾岸全体を揺らす大きな衝撃が発生する。
要塞級の長大な脚が完全に折れ、
巨体が周囲の高層建築を押し潰しながら倒れ込んだ。
大量の粉塵が街全体を覆い、一瞬だけ全機の視界が奪われる。
『全員、止まらないで!』
一之瀬の声が回線へ響いた。
『まだ敵は残ってる!』
その間にも避難輸送車列は進み続け、最後の車両が西方の退避地点へ到達した。
勝利条件の一つが達成される。
しかし、戦場にはまだ複数の要撃級と戦車級、
二体の光線級、三体の突撃級が残されていた。
敵戦力は減っているが、人類側の消耗も大きい。
龍園機は中破し、石崎機も小破していた。
救援へ向かった神崎機は弾薬を大きく消耗し、
Dクラスも高架道路の破壊によって多くの砲弾を使っている。
演習の残り時間は二十五分。
ここから先は、残された戦力と弾薬を削り合う消耗戦となった。
候補生たちの戦いに、歴戦の衛士のような完成された派手さはない。
それでも、仮想空間に再現された東京の街は既に原形を失いつつあった。
巨大な高架道路が崩れ、複数の建物が炎上し、
道路には爆発による大きな穴が開いている。
戦術機の砲撃によって窓ガラスが吹き飛び、
放置された車両が爆風で横転し、巨大な瓦礫が街路を埋め尽くした。
爆炎の中を戦術機が跳び、長刀の刃が火の光を反射する。
突撃砲の砲火が空を切り裂いても、BETAの群れは煙の奥から何度でも現れた。
Dクラスの中央戦線には、二体の要撃級が迫っている。
須藤が一体を引きつけた。
『右の奴は任せた!』
「分かった」
オレは左側へ移動し、平田と共にもう一体を挟む。
要撃級の腕が大きく振るわれ、オレたちは一度後退して間合いから外れた。
平田が側面から射撃し、要撃級が彼の方へ向きを変える。
その隙にオレは反対側へ回り込み、脚部へ砲撃を集中させた。
姿勢を崩した要撃級へ、中央後方の堀北機が射撃を加える。
複数方向から同じ箇所を攻撃された巨体が崩れ、敵反応が消えた。
須藤側では、彼が正面から一人で戦っているように見える。
しかし実際には、櫛田が後方から射線を作り、別の機体が周囲の戦車級を抑えていた。
須藤は要撃級の腕を避け、その懐へ入る。
長刀による一撃目が脚部へ入り、続く二撃目が胴体側面へ食い込む。
最後に至近距離から突撃砲を撃ち込み、要撃級を爆炎の中へ沈めた。
『どうだ!』
『油断しないで』
堀北が即座に警告する。
その直後、別方向から突撃級が現れた。
須藤機の横側へ、硬い前面を向けた巨体が高速で迫ってくる。
『まずい!』
平田が叫ぶ。
須藤は振り向くが、完全な回避は間に合わない。
その時、訓練に参加していない高円寺の声が、観察回線から流れた。
『左脚を下げたまえ』
須藤は理由を考える前に、反射的に指示へ従った。
左脚を後ろへ下げながら機体を捻る。
突撃級の側面が機体へ僅かに触れたものの、正面衝突は避けることができた。
須藤機は回転しながら道路へ滑ったが、大破判定は免れている。
『高円寺?』
須藤が驚いたように声を上げる。
『前方だけでなく、周囲を見ていれば分かることさ』
『だったら、お前も機体に乗れ!』
『それは別の話だ』
高円寺は戦闘へ参加していない。
それでも画面越しに戦場全体を見渡し、誰よりも早く須藤へ迫る危険を見抜いていた。
須藤機は地面へ手をつき、再び立ち上がる。
『助かった』
高円寺は少し間を置いて答えた。
『礼を言われるほどのことではないよ』
声にはいつもの軽さがあった。
しかし、少なくとも仲間の危機を完全に無視しているわけではなかった。
演習残り十分。
最後の光線級が排除され、
敵戦力は突撃級一体、要撃級四体、多数の戦車級まで減っている。
各クラスは自然と中央戦線へ集まり始めた。
今度は、誰を全体指揮官へするか議論する必要はなかった。
坂柳が高所から敵の位置と移動方向を送り、
龍園が前線で攻撃部隊の配置を決める。
一之瀬が損傷機をまとめ、安全な後退経路を確保する。
堀北は中央部隊の火力と射線を調整していた。
『正面は俺たちが行く』
龍園が言う。
『Dクラスは右へ回れ』
『分かったわ』
堀北が応じる。
『Bクラスは損傷機を守りながら左側を維持するよ』
一之瀬も配置を伝える。
『Aクラスは後方支援を継続し、要撃級の進路を報告します』
坂柳が続けた。
四クラスが、初めて一つの部隊のように動き始める。
Cクラスが正面へ出て突撃級の注意を引き、Dクラスが右側から脚部へ砲撃を加えた。
Bクラスは周囲から流れ込む戦車級を押さえ、損傷機へ近づかせない。
Aクラスは要撃級の移動方向と死角を予測し、前線部隊へ射線情報を送り続けた。
複数の爆発と爆炎が重なり、瓦礫の間を戦術機が一斉に跳躍する。
突撃級が集中砲火を受けて崩れ落ちる。
残る要撃級が接近した。
龍園と須藤が、左右の別方向から同じ個体へ飛び込む。
『邪魔すんな』
龍園が言う。
『そっちこそ』
須藤も引かない。
二機の長刀が、ほぼ同時に要撃級へ振るわれた。
左右の脚部を切断された要撃級が崩れ、敵反応が消える。
伊吹は別の要撃級へ斬り込み、神崎が後方から援護射撃を加えた。
神室は高所から戦場全体へ射撃し、橋本は接近する敵の位置を報告する。
一之瀬が損傷機を後方へ下げれば、平田が空いた防衛位置へ入る。
堀北が全体へ短い指示を送り、オレは各部隊の死角へ回る敵を排除した。
やがて、最後の敵反応が消えた。
演習終了を示す音声が流れ、仮想空間の時間が停止する。
燃え上がっていた爆炎も、街を覆っていた黒煙も、
崩れ落ちる途中だった建物も、すべてが静止した。
各機の結果が表示される。
演習結果は勝利。
避難輸送車列は全車両が退避地点を通過し、防衛拠点も最後まで残っている。
人類側の撃墜機はゼロ。
ただし中破六機、小破十一機。
残存弾薬は全体で十二パーセントしかなかった。
余裕を持った勝利ではない。
何か一つ判断が遅れていれば、
結果が逆になっていた可能性のある紙一重の勝利だった。
訓練室のハッチが順番に開き、候補生たちがシミュレーターから降りてくる。
全員が汗をかいていた。
仮想空間であり、本当に命を失う危険はない。
それでも三週間前の実戦を目撃した後では、
映像上のBETAが振るう一撃も、以前より遥かに現実に近く感じられた。
最初に口を開いたのは龍園だった。
「悪くなかったな」
坂柳が指揮席から答える。
「あなたの独断専行がなければ、さらに良い結果になっていました」
「結果的には要塞級を止めただろ」
「他クラスが救援へ動かなければ、あなたは撃破されていました」
「救援に来ると分かってた」
神崎が険しい顔を向ける。
「俺が行かなかったら、どうするつもりだった?」
龍園は神崎を見る。
「お前は来る」
「何を根拠に言っている」
「一之瀬を守りたいからだ」
神崎が言葉を失った。
龍園は薄く笑う。
「お前は俺を助けたかったわけじゃねぇ。
俺たちが潰されて、次にBクラスへ敵が流れるのを止めたかっただけだ」
神崎は否定しなかった。
完全に間違った指摘ではない。
一之瀬が二人の間へ入る。
「理由が何であっても、助けてもらったことに変わりはないんだから、ありがとうでいいと思うよ」
龍園は肩をすくめた。
「好きにしろ」
伊吹が龍園を睨む。
「私たちには来るなって言ったくせに」
「来たのはお前らだ」
「見捨てろって言うの?」
「状況次第ではな」
石崎が慌てて口を挟む。
「いや、それは無理っすよ」
龍園が石崎を見る。
「なら次は、俺が囲まれねぇように先に動け」
「はい!」
龍園が素直に自分の判断を反省したわけではない。
しかし、今回の結果を次へ活かすつもりはあるようだった。
坂上が教官席から前へ出る。
「全員、聞け」
候補生たちはすぐに整列した。
「演習には勝利した」
誰も喜ばない。
教官の言葉には、必ず続きがあると理解している。
「だが、これが実戦であれば複数の死者が出ている」
大型画面へ、各機の危険判定が表示された。
龍園機の撃墜確率は六十八パーセント。
石崎機は五十三パーセント。
神崎機は四十七パーセント。
須藤機は五十九パーセント。
他にも複数の機体へ高い危険判定が出ていた。
「シミュレーターは、機体損傷後の判定を実戦よりも甘く設定している」
坂上は候補生たちを見渡す。
「現実では、機体が地面へ滑っただけでも姿勢制御系や
跳躍ユニットが破損する可能性がある。瓦礫へ埋まれば脱出できず、
通信が切れれば仲間はお前が生きているのかどうかさえ分からない」
須藤が高円寺へ視線を向けた。
あの助言がなければ、須藤機はさらに悪い判定を受けていただろう。
「良かった点もある」
坂上は画面を切り替える。
「演習後半、四クラスは自然に役割を分担することができた」
Aクラスは情報の収集と後方支援。
Bクラスは輸送車列と損傷機の護衛。
Cクラスは敵陣を崩す突破役。
Dクラスは中央部隊の火力と配置を調整した。
「最初から同じ連携ができていれば、全体の損傷は半分程度まで抑えられたはずだ」
茶柱がDクラスを見る。
「堀北」
「はい」
「判断は以前より早くなった」
「ありがとうございます」
「だが、他クラスの意見が出るまで待つ場面が多い」
「全体作戦なので、連携が必要だと判断しました」
「連携と依存は違う」
堀北は黙った。
「まず自分で判断し、その後で他人の動きへ合わせろ」
次に茶柱は須藤を見る。
「独断で前へ出る回数は減った」
「はい」
「だが、目の前にいる敵以外をほとんど見ていない」
「……はい」
須藤は素直に返事をした。
少し前までであれば、何かしら言い返していた可能性が高い。
「平田」
「はい」
「損傷機への援護判断は良かった」
「ありがとうございます」
「ただし、お前が損傷機と共に後方へ下がりすぎたため、前線の火力が薄くなった」
平田の表情が僅かに曇る。
「全員を守ろうとするな」
「でも――」
「守るなと言っているわけではない」
茶柱の声は厳しかった。
「守る順番を決めろ」
平田は考え込んだ。
戦場では、目に入った全員を同時に救うことはできない。
誰を先に助け、誰に危険を引き受けさせるのか。
平田にとって、最も受け入れにくい課題かもしれない。
茶柱は最後にオレを見る。
「綾小路」
「何だ」
「お前は今回も、自分の判断を必要な場面でしか出さなかった」
「問題があったか?」
「大きな失敗はない」
「ならいいだろう」
茶柱の目が細くなる。
「失敗しないように動く者は多い」
短い沈黙を置いてから、続ける。
「勝つために動ける者は少ない」
オレは何も答えなかった。
坂柳有栖が指揮席からこちらを見ている。
龍園も、堀北も同じだった。
高円寺だけは、興味がないように天井を見上げていた。
訓練終了後、生徒たちは食堂へ向かった。
外は既に夕方だった。
東側防壁では今も修理が続けられ、巨大なクレーンが装甲板を吊り上げている。
溶接の火花が薄暗くなった空へ散り、複数の軍用車両が資材を運び続けていた。
三週間前までの学校生活は、既に遠い過去のように感じられる。
食堂には各クラスの生徒が同じ時間に集まった。
普段ならクラスごとに離れて座ることが多い。
しかし今日は合同演習の余韻が残っており、クラスを越えた会話が自然と増えていた。
石崎が須藤へ近づく。
「さっきの要撃級、すごかったな」
須藤は少し得意そうにする。
「まあな」
伊吹が呆れたように言った。
「一人で倒したみたいに言わないで」
「ほとんど俺だろ」
「後ろから援護されてなかったら、別の敵にやられてたじゃない」
「お前に言われたくねぇ」
二人はすぐに言い合いを始めた。
平田と一之瀬は、避難輸送車列の配置と護衛方法について話している。
神崎は黙って食事を進めながらも、必要なところでは短い意見を挟んでいた。
堀北は一人で座ろうとしていたが、櫛田が当然のように近くへ腰を下ろす。
坂柳の隣には神室が座り、橋本は複数クラスの席を行き来しながら、
今日の演習について情報を集めていた。
龍園は自分の席から、食堂全体を眺めている。
合同演習をきっかけに、
クラス間の関係がどのように変わり始めているのかを確認しているようにも見えた。
Cクラスの端では、椎名ひよりが静かに本を開いていた。
食事中にもかかわらず片手でページをめくっているが、
周囲を完全に無視しているわけではない。
龍園と石崎たちの会話。
伊吹の反応。
他クラス同士の交流。
それらすべてを、時折本から視線を上げながら静かに見ていた。
オレが視線を向けると、ひよりも顔を上げた。
目が合い、小さく会釈する。
オレも同じように返した。
それだけだった。
まだ直接会話したことはほとんどない。
しかし彼女も合同演習ではCクラスの後方支援へ入り、
敵情報を整理して龍園へ送っていた。
目立った撃破戦果はない。
それでもCクラスが南側戦線を維持できた理由の一つは、
ひよりが情報を送り続けていたことにある。
後に彼女は、戦場で他の者が見逃す違和感を見抜く存在になる。
この時点では、まだ誰もそれを知らなかった。
生徒たちが食事を終え始めた頃、校内放送が入った。
『全候補生へ通達します』
食堂内の会話が止まる。
『本日二十時より、東京湾地下振動調査の結果について説明を行います』
全員の表情が変わった。
三週間前から残されていた問題。
戦闘終了後も海底へ潜り続けていたBETA反応。
『各クラスは中央講堂へ集合してください』
龍園が椅子から立ち上がる。
「ようやく話す気になったか」
坂柳も杖を取る。
「良い報告ではないでしょうね」
一之瀬は不安そうに神崎を見た。
堀北も何も言わずに立ち上がる。
午後八時。
入学式が行われた中央講堂へ、全校生徒が集められた。
壇上には坂柳理事長が立ち、
その左右に茶柱、星之宮、坂上、真嶋ら教師陣が並んでいる。
大型スクリーンへ表示されているのは、東京湾の海底地図だった。
複数の赤い線と振動源が映し出され、一か月前より遥かに詳しく解析されている。
坂柳理事長は全員が着席するのを待ち、静かに演台へ立った。
「皆さんへ、現在までに判明した情報を伝えます」
声は穏やかだった。
しかし、一か月前に人工島の防衛状況を説明した時よりも重い。
「三週間前に東京湾へ出現したBETA群は、海上から偶然流入したものではありません」
講堂内にざわめきが広がる。
坂柳理事長は海底地図を拡大した。
「過去一年分の海底振動データを再解析した結果、
東京湾の地下で継続的な掘削活動が行われていた可能性が高いと判断されました」
スクリーンへ海底と地層の断面図が表示される。
海底のさらに下には、複数の空洞が存在していた。
自然現象によって形成されたとは考えにくい、
直線的で枝分かれした構造を持ち、時間の経過と共に少しずつ拡張されている。
「BETAは、少なくとも一年前から東京湾地下へ侵入していたと考えられます」
池が息を呑む。
「一年……」
別の場所から声が上がった。
「軍は気づかなかったのか?」
ざわめきがさらに大きくなる。
茶柱が前へ出ようとしたが、坂柳理事長は片手を上げて制した。
生徒たちの疑問や不安を、力で抑え込むつもりはないようだった。
「気づくことができませんでした」
坂柳理事長は、はっきりと認めた。
「記録されていた振動は、小規模な地震、
海底工事、地盤沈下として処理されていました」
言い訳はしない。
「三週間前の大規模な地上攻撃も、
地下で行われている活動から人類の注意を逸らすための陽動だった可能性があります」
坂柳有栖が僅かに目を細める。
三週間前の戦闘で、彼女が指摘していたことだった。
BETAが羽田やお台場へ向かわず、人工島へ集中した理由。
目的は上陸だけではなかった。
人類側の注意と戦力を、海上と防壁へ向けさせるためだった可能性がある。
「現時点で、地下空洞の全容は分かっていません」
地図がさらに拡大される。
空洞の中心地点は、お台場沖に近い東京湾中央部。
高度育成衛士高等学校の人工島からも、決して遠くない。
「しかし、空洞の形状と拡張速度から判断し、
ハイヴ形成の初期段階である可能性を否定することはできません」
講堂が完全に静まった。
ハイヴ。
その言葉が意味するものを、生徒たちは知っている。
BETAが地中へ築く巨大拠点。
地中深くまで伸び、複雑な通路と空洞を持ち、無数のBETAを地表へ送り出す迷宮。
一度完成してしまえば、その地域を人類が奪還することは極めて難しくなる。
東京湾地下にハイヴが形成される。
それは首都の目の前に、敵の心臓が生まれることを意味していた。
「中央政府と東京防衛軍は、本日より東京湾地下構造の本格的な調査を開始します」
坂柳理事長が続ける。
「調査結果によっては、東京湾地下へ対する軍事作戦が行われる可能性があります」
一之瀬が手を上げた。
候補生が司令官の説明中に自由に質問することは、本来なら許可されていない。
それでも坂柳理事長は、一之瀬へ発言を促した。
「どうぞ」
「東京に住んでいる人たちは、避難するんですか?」
講堂へ集まった全員が、聞きたかったことだった。
坂柳理事長は、すぐには答えなかった。
「現時点で、帝都全域へ避難命令は出されていません」
一之瀬の表情が曇る。
「ですが、湾岸区域を対象とした避難計画は、予定を前倒しして準備されています」
「それで、間に合うんですか?」
神崎は一之瀬を見たが、質問を止めようとはしなかった。
坂柳理事長は一之瀬の目を真っ直ぐに見る。
「間に合わせるために、現在動いています」
間に合うとは断言しなかった。
しかし、諦めているわけでもない。
龍園が手を上げないまま口を開いた。
「俺たちは何をする?」
茶柱が龍園を睨む。
「発言するなら許可を取れ」
「聞きてぇことは全員同じだろ」
坂柳理事長は龍園を止めなかった。
「皆さんは、これまで通り訓練を続けます」
講堂が再びざわつく。
「ただし、今までよりもさらに厳しい訓練になります」
須藤は壇上を真っ直ぐに見た。
高円寺は腕を組んだまま動かない。
龍園が尋ねる。
「俺たちを戦わせるつもりか?」
「現時点では、候補生を実戦へ投入する予定はありません」
「現時点では、か」
龍園は、その言葉を聞き逃さなかった。
坂柳理事長も否定しない。
「状況が悪化すれば、皆さんにも何らかの役割を求める可能性があります」
堀北が手を上げた。
「実機訓練は前倒しされるのですか?」
「はい」
一部の生徒が息を呑む。
「本来であれば数か月後に開始する予定でしたが、
戦術機適性の高い者から順番に実機訓練へ移行します」
これまで候補生が扱っていたのは、シミュレーター上の戦術機だけだった。
ついに実物の戦術機へ乗る日が来る。
期待よりも先に、恐怖を感じる者の方が多かった。
「ただし」
坂柳理事長の声が強くなる。
「焦ってはいけません」
講堂にいる全員を見渡す。
「戦場が近づいているからといって、未熟なまま前へ出ることは勇気ではありません」
龍園、須藤、高円寺。
それぞれへ届くような言葉だった。
「敵を知りなさい」
今日の対BETA講義と同じ。
「自分を知りなさい」
講堂が静まる。
「そして、隣にいる者を知りなさい」
坂柳理事長は一度、言葉を切った。
「戦術機は、一人だけで戦うために作られた兵器ではありません」
三週間前に見た教師陣の戦い。
今日の合同演習。
それらが生徒たちの中で重なっていく。
「皆さんが実機へ搭乗する日が来た時」
声は穏やかだった。
それでも、強い意志が込められている。
「私は、誰一人として無駄に失いたくありません」
壇上に並ぶ教師陣が坂柳理事長を見る。
茶柱。
星之宮。
坂上。
真嶋。
全員が同じ願いを持っているのだろう。
「ですから、学んでください」
坂柳理事長は続ける。
「恐怖から目を逸らさず、自分の弱さをごまかさず、
仲間の力を軽んじることなく、生きて帰るために」
その言葉は、講堂へ集まったすべての候補生へ届いた。
「今は、訓練を続けなさい」
その夜。
消灯時刻を過ぎた後も、
人工島の各格納庫では実機訓練へ向けた準備が進められていた。
候補生用に調整された吹雪、撃震、陽炎が整備台へ並べられ、
整備員たちは深夜まで作業を続けている。
機体制御系。
脱出装置。
通信装置。
候補生が誤操作によって限界を超えないための安全制限。
一つずつ確認されていく。
翌日。
最初の候補生たちが、本物の戦術機へ搭乗する。
一方、その頃。
東京湾の海底深く。
人類の観測機器が届く境界に近い暗い地中では、複数のBETAが岩盤を掘り進めていた。
硬い地層が押し広げられ、砕けた土砂が暗い空洞へ崩れ落ちていく。
形成された巨大な空間の奥には、さらに地下深くへ続く穴が伸びていた。
まだ、正式にハイヴと呼べる段階ではない。
巨大な主縦坑も、反応炉も、完成された地下構造も存在しない。
それでも、地下空洞は確実に成長を続けている。
人類が地上で崩れた防壁を修復している間に。
候補生たちがBETAの性質と戦い方を学んでいる間に。
地中では、地上とは異なる戦争が始まっていた。
そして、最深部に近い暗闇の中で、
これまで一度も観測されていなかった巨大な振動が発生した。
東京湾の海底全体が、僅かに揺れる。
振動はすぐに消え、通常の観測端末には残らなかった。
ただ一台の監視端末だけが、その異常な波形を記録していた。
まだ、誰も気づいていない。
しかし、その振動は。
東京湾の地下へ存在しているものが、
単なる小規模なBETA集団ではないことを示していた。