バンッ――!
教室の扉が勢いよく開かれた。
入ってきたのは、確かに若く美しい女性だ。
(……綺麗)
その美しさに、セリアはつい息をのむ。
目を奪うのは紺色のワンピース、自分と同じ銀色の髪は手入れが行き届いたボブカット。
その鋭い瞳はどこまでも冷たく、まるで全てを支配する女王のよう。
「え~、こほん」
その新しい担任が咳払いをする。
その第一声は――
「あたし様の名はアリーゼ・ヴェルレイ。学のない貴方達に学を与える存在ですわ」
「「「「「…………」」」」」
教室が凍り付いた。
いつも高級なアロマの匂いが焚かれている教室の空気。それが一気に吹き飛んだのだ。
生徒全員――この個性的で攻撃的すぎる挨拶に唖然としている。
「え、え……?」
いつも冷静で表情を見せぬミアでさえ、目を丸くしていた。
「これが、これがスーリア様のご推薦の先生……?」
セリアは目の前を理解できていなかった。
彼女は、セリアが信愛するスーリア副担任が直々に推薦したと聞いた。
だが、たった一言だけで、頭が思考を拒んだ。
「さて生徒の皆様?」
アリーゼと名乗る教師は、教室を見回す。
「全てに感謝しながらペンを取り、ノートに無様に書き殴りなさい」
またもや強い言葉を放った。
生徒たちは皆、この前代未聞の挨拶にぽかんと口を開けている。
スーリア先生が推薦したという新任教師――まさかこのような態度で現れるとは誰も想像していなかった。
「お、おい、まじか。なんだコイツ」
いつも接しやすい第一王子レオナルド。彼でさえ、珍しく困惑した表情を浮かべた。
「あらまぁ、平凡な学生がこんなにもわらわらと……」
アリーゼは涼しい顔で教壇に立つ。
「けど安心なさい、あたし様の授業についてこれれば……まぁ平凡よりちょっと上くらいにはなれるわよ」
「「「「「…………」」」」」
またもや、教室に沈黙が降りた。
生徒たちは困惑し、互いに視線を交わす事しかできない。
王立アクアドール学院、ここは仮にもこの国の名だたる名門家系の生徒ばかり。
明らかに普通の教師ではない。
「ちょっと、その鼻に着く言い方はなんですの?」
その時、一人の少女が耐えきれずに立ち上がる。
それは当然、レーヴェル家の令嬢セリア・レーヴェルだった。
「いくら何でも無礼過ぎるのではなくて?」
彼女の顔は見る見るうちに青筋を立て、新しい教師に詰め寄る。
セリアは生まれてこのかた、こんな無礼な言葉を投げかけられたことなど一度もない。
だからこそ、令嬢として彼女の態度が許せないのだ。
「わたくしの教師になるというのに。いささか礼儀がなっていないのではありませんの?」
教室の生徒たちは息を呑んだ。
アリーゼは興味深そうにセリアを見つめ返す。
「ほう、礼儀。ですか?」
「ええ」
セリアは腕を組んで、言葉を続ける。
「このレーヴェル家の令嬢であるわたくしの担任になれるのですよ。どこのどなたかは存じませんが、少しは身の程をわきまえてほしいですわね」
長い銀髪を掻き上げ、見下すような視線でアリーゼを見つめた。
「この教室では、わたくしよりも気高い人間はいませんわ」
威圧するように、パチンッ――セリアは扇子を閉じる。
「教師はただの教師でしかない。おわかりでしょう?」
「……ふっ」
メイドのミアは後ろで誇らしげに胸を張った。
その通りだ。セリア様以上に気高いお方など、この世に存在するはずがない。
とでも言っているようだ。
「なるほど?」
だがアリーゼは人差し指を唇に当て、優雅に笑った。
その笑みには何か危険なものが含まれている。まるでおもちゃでも見つけたかのような、無邪気で残酷な輝きが瞳に宿っていた。
「つまりは、身の程をわきまえろという事ね」
「ええ」
セリアはにやりと笑みを見せ、頷く。
「では先程までの無礼を謝罪な――」
「まさかまさか」
すると、アリーゼがセリアの言葉を遮った。
「学のない平凡なお子様に、そのような物を諭されるとは思ってもみませんでしたわ」
「な――」
生徒たちは目を見開く。まさか教師がセリアを「平凡なお子様」と呼ぶとは。
レオナルドの表情も一層険しくなり、ざわざわと困惑の声が聞こえ始める。
「これも女王陛下の威厳の賜でしょうか? クソガキが育つとても良い教育をしてらっしゃるようで何よりね」
「なんですってっ!!」
ガンッ――!
セリアは怒鳴り声を上げ、机を強く叩いた。
そのまま教壇の前にいるアリーゼに、胸ぐらを掴みそうな勢いでもっと詰め寄る。
「わたくしに向かってなんて態度。わたくしを誰と心得ますの?!」
「どなたです?」
「わたくしはっ! あの気高きレーヴェル家の長女、セリア・レーヴェルですわ! 知力も財力も全てを持ち、魔法技術賞、最上令嬢賞など様々な――」
「申し訳ありません」
また、アリーゼがセリアの言葉を強引に遮る。
さらに馬鹿にしたように笑って見せた。
「一切存じ上げませんわ」
「な――っ」
「生憎貴女を知る程度の学がないもので」
「なぁっ!!」
ギリギリギリ――セリアが顔を真っ赤にした。
歯を噛みしめる音が響き、今にも爆発しそうな怒りを必死に抑えている。
生徒たちは皆、この前代未聞の光景に息を呑んでいた。
「あら、どうしました? 顔が真っ赤ですわよ。まるで茹でダコのよう」
アリーゼが首を傾げ、くすくすと笑いながら続ける。
「しかし、レーヴェル家? ああ、そういえば最近どこかで聞いたような……」
アリーゼは人差し指を唇に当て、わざとらしく考える素振りを見せた。
「ああ、思い出しました。税金を搾り取ることで有名な、あの成金貴族のことね?」
「ちがっ――!」
セリアが叫ぼうとするが、アリーゼは涼しい顔で続ける。
「不思議ねえ。そんな立派なお家の令嬢が、どうしてこんなに品がないのかしら?」
レーヴェル公爵家の令嬢であるセリア・レーヴェル。
教師から「クソガキ」呼ばわりされ、挙句の果てに「知らない」と言われる。
セリアが想像できる無礼を遥かに超えていた。
「こんなのが……推薦されたのか?」
レオナルドは心配そうにセリアを見つめる。
スーリア先生が推薦したはずの教師――なぜこのような態度を取れるのか。
「それでは、勉学を始めますわよ~」
アリーゼが涼しい顔で教壇に戻る。
セリアはまだ教壇の前に立ったまま、拳を握りしめていた。
「こ、この……」
プライドが完膚なきまでに打ち砕かれた。
セリアはどう反応していいかわからず、ただ拳を震わせることしかできない。
その時、ミアが小さく立ち上がり、そっとセリアの袖を引く。
「セリア様、今はお席にお戻りください」
セリアは振り返り、ミアの心配そうな表情を見てようやく我に返った。
「……ええ」
そう言って、セリアは静かに席に戻った。
ミアも後ろの席に座り直し、心配そうにセリアを見守り続けた。
(この女、いったい何者?)
ミアは新しい教師に殺意を持った。
それと同時に。
(なぜ……
その姿が、なぜかセリアと重なった。
生徒たちは戸惑いながらも、この異常事態の成り行きを固唾を呑んで見守っている。
王立アクアドール学院始まって以来――前代未聞の事件の始まりだった。