「え……」
アリスはつい驚いた吐息を吐く。
ここは学院関係者以外は立ち入り禁止のはず、この三人は明らかに関係者では無い。
「こんな夜中に生徒がいるとはな」
「あ、貴女達は何者ですの! ここは部外者は立ち入り禁止のはずですわ!」
「そうか、俺らには関係ないがな。エドガー、始めろ」
「あぁ」
リーダー格の男――ダリウスは二人を無視。
ダリウスにエドガーと呼ばれた男が台座のガラスケースに触れ、最後の一人、ガースがセリア達に視線を向けている。
「どうだ、開きそうか」
「ああ、十分程度で開く」
ダリウスが問うと、ガラスケースに触れていたエドガーは魔力を込める。
その瞬間、何重にも重なっている魔方陣がこの部屋全体に姿を現す。
「ひ……っ」
その魔方陣を見て、アリスはゾクリと鳥肌が立つ。
「し、質問に答えなさい! 貴方達は何者だと聞いているのです!」
セリアの声は恐怖で震えている。
それでもレーヴェル家の令嬢として、どうにか気高く振る舞おうとした。
その哀れな貴族に、エドガーは鼻で笑う。
「ふっ、気の強いお嬢さんだ。だが、震えてる姿は子鹿だな」
「くっ……こ、この場所は貴方達のような無礼者が入って良い場所ではなくてよ!」
そんな緊迫した空気の中、アリスの視線がマントに縫われた紋章に注がれる。
「あの、紋章……」
その紋章にアリスは見覚えがあった。
「蒼空の革命、魔術師団――」
「っ!」
「ほお、俺らを知ってるとは光栄だな」
大柄のガースは歯を見せてにやついた。
蒼空(そら)の革命魔術師団――アマリア王国に仇なす革命軍の名前だ。
国家転覆を企み、禁忌の魔術研究を行っているという噂がある。人体実験、魔物の人工的生成――王国が最も警戒する組織だ。
「だが、目撃者は排除しなければならねえな」
「く……っ!」
ガースが一歩踏み出し、セリアが顔を引きつらせたその時。
「待て、ガース」
ダリウスが手を上げ、ガースを制止させる。
「見ろ、こいつ」
「あ?」
リーダーの指さした先、そこにいたのはアリスだ。
突然指を刺され、アリスは困惑した表情を見せた。
「え……?」
「ああ、例の娘ってこいつか。確かに似てるわ」
何かを納得しているガース。
「似て、る?」
「ふっ、今日は魔術の女神が加護を与えてくださっているようだ」
ダリウスの目が鋭く光る。
探していた獲物を偶然にも見つけた――そんな表情だ。
「お前、名前は?」
「え、えと……アリス、です」
「アリスか、丁度良い。お前も一緒に来てもらおうか」
ダリウスがアリスに手を伸ばす。
「ま、待ちなさい!」
セリアが思わず前に出て、アリスの前に立ち塞がる。
「こ、この娘に何のようがあるというのです! 彼女はただの平民ですわよ!」
「ほう、ただの平民。か」
その行動に、ダリウスは眉をひそめる。
「お前はレーヴェル家の令嬢だろう。ならば何故平民を守ろうとしている」
「そ、それは」
言葉に詰まるセリア。
何故守ろうとしているのか――理由は彼女自身もわからない。
頭でも理解していない。だが、このまま見過ごせなかった。
「セリア、さん」
どうしても、助けなければいけないと。
身体が勝手に動いたのだ、アリスを守らなければと。
「一応同じ学院の友達だからです! 無礼者に連れ去られるのは後味が悪いですわ!」
「ほう、友情って奴か。レーヴェル家は人情など無いと思っていたが」
パチパチと拍手するダリウス。
まるで子供の演劇でも見ているかのような、軽蔑的な拍手だ。
「だが拒否権は無い、邪魔をするのなら」
そう言って、ダリウスは人差し指をセリアに向ける。
指先から魔力が細く、鋭く収束。
「《魔弾よ・死の一撃以て……」
「な――」
「《射貫け》――ッ」
轟音。
魔力を圧縮した弾丸がセリアの頬をかすめ、壁に激突。
石壁に小さく穴が空き、その破片が地面に落ちる。
「戦争魔術……!?」
セリアが切れた頬を触り、声を震わせる。
ダリウスの放ったそれは――軍事利用を目的とした殺傷魔術だ。
学院で習う魔術とは根本的に違う。威力、速度、そして殺意。その全てが実戦仕様。
人体を容易く破壊するために作られた魔術だ。
(頬に少しかすめただけで……!)
かすめただけで肌が切れた。
教科書の中の話では無い。本物の魔術、本物の魔術師。
(もしも、あれが頭に当たったら――)
それは正しく警告だった。
「エリートの学院なら優等生らしく、黙ってお勉強でもしてな」
「く……っ」
セリアは恐怖を感じて怯んだ。
すると、
「ぁ……あ……」
「アリス?」
少女のか細い声が、セリアの耳に届く。
振り返ると、アリスの顔が真っ青だったのだ。
「ぁ、ぁあああぁ……ああああぁ……」
そして、アリスは膝から崩れ落ちる。
「うあああああぁぁああぁああ――ッ!!」
アリスは全身を震わせ、両手で頭を抱えている。
まるで何かから逃れるように、その場にへたり込んだのだ。
「助けて! 助けて助けて助けてぇええ――ッ!」
瞳孔が開き、焦点が合っていない。呼吸も過呼吸になっている。
セリアはアリスの側に寄り、落ち着けようと背中をさする。
「落ち着きなさい、アリス!」
「ほう、魔術恐怖症か」
ダリウスが興味深そうに見下ろす。
「まあ、抵抗しないだけいい。手間が省ける」
「アリス! しっかりしなさい!」
「お前は黙ってろ」
「ぐぁ――ッ!」
必死に落ち着かせているセリアをダリウスが蹴り飛ばす。
飛ばされたセリアは床に2回跳ねた後、石壁に当たって倒れる。
「っ……!」
痛みに顔を歪めるセリア。
立ち上がろうとすると、彼女の目の前に大柄なガースが立ちはだかる。
大柄な体躯。筋肉質の腕。傷だらけの顔。
その見た目から、戦い慣れていることはセリアにもわかる。
「このまま動かないほうが賢明だと思うぜ」
「ぅ……く……」
「お前も死にたくはないだろう?」
ガースの手に、再び黒い魔力が収束し始める。
その脅しに、セリアは唇を噛む。
だが――
「この無礼者……わたくしを誰だと思っていますの……!」
震える足で、立ち上がる。
もう、誇りだけが彼女を支えていた。
「私はレーヴェル家の令嬢ですわよ……! 私に手を出すとは、どういうことか――」
「ぶはははは!」
三人が、一斉に笑い出した。
「そうか、それは怖いねぇ」
ガースが嘲笑う。
「少し遊んでやれよ、ガース。レディーとしてな」
エドガーが魔法陣の解除を進めながら、言う。
「ああ、お楽しみだな」
ガースが剣を抜く。
そして……一閃、鋭い音が響いた。
「え……?」
セリアは、何が起きたのか理解できなかった。
冷たい空気が、肌に触れる。
視線を下ろすと――制服が、胸元から綺麗に裂けていた。
白い肌と、下着が露わになる。
「な――」
セリアは両手で胸元を隠す。
突然のことで、顔が朱色に染まる。
「き、貴様……!」
「おっと、これは失礼。手元が狂っちまった」
ガースが、わざとらしく肩をすくめる。
「次は、もっと丁寧に切ってやろうか?」
「ひ……っ」
セリアの目に涙が浮かぶ。
恐怖と屈辱に支配され、彼女は気高い貴族の心を壊された。
もう、何もできない。哀れな少女である。
「まったく、無様な姿ですわねクソガキ」
突然、聞き覚えのある皮肉な声が響いた。
コツ。コツ。コツ。
螺旋階段からゆっくりとした足音が、規則正しく降りてくる。
おりてきた人物は、冷たい微笑を浮かべている女性教師。
「アリーゼ、先生……」
セリアが驚愕の表情で見上げる。
「あら、こんな夜中にデート? それとも心中?」
アリーゼはいつもの皮肉な笑みを浮かべる。
一切乱れない、恐怖も緊張もない。完全な余裕の表情。
「そ、そんな訳ないでしょう!」
「ふふっ、顔が真っ赤よクソガキ。……ま、見れば分かるわよ」
セリアの声を遮り、アリーゼの声が低くなる。
その鋭い視線が、三人の男に向けられた。
「どうやら、盗賊ごときが私の生徒に手を出したようね」
「ほう、この学院の先公か」
ガースがアリーゼの前に立ちはだかる。
「女ってことで慈悲を与えてやる。大人しく消えな」
「逃げる? ふふっ」
アリーゼの口元に、嘲笑が浮かぶ。
まるで、面白い玩具を見つけたかのような瞳だ。
「むしろ、私が聞きたいわ。貴方達、遺言は?」
「……っ! そうか、ならば死ね」
刹那、ガースが剣を振り上げた。
石畳を蹴る音。一気に距離を詰め、殺意を持って振り下ろす。
(速い――!)
学院の訓練で見る剣術とは、次元が違う。本物の、人を殺すための剣だ。
「アリーゼ先生!」
危ない――そう思った瞬間。
――ヒュッ。
剣が風を切り裂く音だけが、虚空に響いた。
アリーゼに向けられた刃は、髪の毛一本分の距離で目と鼻の先を通過する。
「なるほど、悪くない太刀筋ね」
ほんの少しの傾き、最小限の動きで、彼女は剣を回避して見せたのだ。
「ちっ、うらぁ!」
ガースが体勢を立て直し、今度は横薙ぎ。
(魔術師は接近戦に弱い。詠唱を始める前に斬れる!)
「《舞え》――ッ」
一節。たった一節の詠唱。
「なに――!?」
瞬間、ふっ、とほんの少しだけ剣がズレた。髪が少し動く程度の風。
そんな風でも、意識を反らすには十分だった。
「はぁ――っ」
地面を蹴り、体が回転すると、ロングスカートが華麗に翻る。
ゴン――ッ。
その回し蹴りはガースの側頭部を捉え、大男の体重がそのまま壁に激突。
重い音が地下室全体に響いた。
「魔術師相手に突っ込んできたのは正しかったのに、無策なのはいけないわね」
まるで授業をしているかのような口調だ。
「一節でも簡単な魔術は発動する。一瞬気をそらすだけなら、それで十分」
アリーゼは不敵な笑みを浮かべた後、セリアの元へゆっくりと歩み寄る。
「大丈夫?」
「ふ、ふん。助けてほしいなんて言ってませんわ」
「助けるなとも命令されて無いわ。淑女として、子供を守るのは当然よ」
「……」
「たとえ、相手が貴女であっても」
「……相変わらず、一言多いですわね」
「ほう、優等生のおもり教師かと思っていたが、少しはやるようだな」
ガースが壁に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。その額には青筋が目立っていた。
彼が指を鳴らすと、エドガーがその隣に並ぶ。ダリウスは、小さく体を丸めているアリスの近くだ。
「あら、女相手に多人数? 男のくせに女々しいわね」
「ふん、卑怯とは言うまいな」
「ええ、醜くはあるけどね」
その言葉と同時に、アリーゼの纏う空気が変わった。
先ほどまでの余裕と皮肉が消え、代わりに現れたのは魔術師としての誇り。そして、教師としての厳かさだ。
「魔術は神聖で高貴、問題は術者にその資格があるかどうか」
アリーゼの視線が、一瞬だけセリアに向けられる。
その目はいつもと違う。真剣な――教師としての目だ。
「いいこと、クソガキ。こういう者達――私利私欲のために他者を傷つける者に、魔術を使う資格はない」
セリアは、その言葉を聞いて息を呑む。
「というわけで、アンタは逃げなさい」
「え……?」
「ここからは戦場になる、本物のね……膝震えてるわよ」
「っ」
セリアは自分の足を見る。
その足は確かに震え、それを自分の意思で止めることは出来ない。
怖い、足が逃げろと叫んでいる。呼吸が浅く、心臓が破裂しそうだ。
(わ、わたくし、は……)
ふと、セリアは目の前を見る。
「ぁぁ……ぁぁああ……」
そこには、アリスが恐怖で身体を丸め、震えていた。
涙で顔がぐしゃぐしゃだ。恐怖に怯え、動けないでいるのだ。
(リオ……)
その姿が、どうしても弟と重なった。
「ほら、さっさと」
「冗談じゃありませんわ」
アリーゼの言葉を遮るように、セリアは声を出す。
そして自分の感情だけを頼りに、闘志を震わせた。
「敵前逃亡など、レーヴェル家の恥さらしですわ」
「ふ、それでこそセリア・レーヴェルね」
アリーゼが笑う、どこか誇らしそうに。
その笑みにはいつもの皮肉は無く、代わりにあるのは教師としての喜びだ。
「それじゃあ、少し夜間授業と行きましょうか」
アリーゼが、ガースとエドガーを指さす。
「セリア、恐怖を恐れず、目の前の魔術師達を目に焼き付けなさい」
セリアは言われたとおりに二人を見る。睨むように、逃げずに。
「彼らの魔術は人に畏怖を与え、死をまき散らす。支配するための道具よ。あれを高貴な魔術といえるかしら。その答えは否」
「ごちゃごちゃと! 黙ってろクソ女!」
逆上したガースが剣を投てき。高速で回転し、空気を切りながら襲ってくる。
「そんな物を女王陛下の魔術と呼ぶべきではないッ!」
だが、アリーゼは微動だにせず、瞳は剣を威圧する。
「高貴な魔術とは守りたいと願う力! 真の魔術とは何なのか、向き合う者の魔術よ!」
――ガッ。
セリアが身構えたその刹那、目の前に迫る剣をアリーゼが止めた。
スカートの下、太腿に取り付けられたホルスターから抜いた扇子で、挟み込んだのだ。
「身分も血筋も関係ない、何かを守る為の勇気! それは魔術の闇を見て絶望してもなお、正義の魔法使いとなる信念を持つ者に与えられる!」
――バッ!
挟んだ剣を捨てると同時に扇子を開き、足先に魔力を流して滑るように突進する。
「くだらねえ御託をごちゃごちゃと!」
「《紅蓮よ・剛毅なる炎で・焼き尽くせ》――ッ!」
「《雷よ・雷鳴響かせ・乱れ舞え》――ッ!」
ダリウスから紫電が、エドガーから紅蓮が放たれる。
正面からの三方向、だがアリーゼは速度を落とさない。
「ふ……っ」
小さな吐息と共に、わずかに身体を傾け、地面を蹴る。
避けた。魔術の間を滑り込むように、優雅に身をよじって回避したのだ。
「なっ!」
ガースが驚いた声を出したときにはもう遅かった。
「魔術とは支配する道具で無いと知れ!」
既にアリーゼは懐に入り込んでおり、開かれた扇子の上に魔力が留まる。
「《純粋螺旋》――ッ!」
たった一節。元素すら組み込まれていない、乱回転する魔力弾。
「ぐぉおぉ――っ!」
まともに食らったガースは打ち上げられ――
――ドゴォォォン!
その轟音と共に、大きく破裂した。
パシッと、アリーゼは戻ってきた扇子をキャッチする。
「どうやら、アンタらの三節の魔術より、あたし様の一節の魔術の方が強いみたいね」
「くっ……」
倒れるガースを余所に、敵の二人は顔を引きつらせた。
「――アンタ達に魔術師を名乗る資格はないわ」
(す、すごい)
優雅な動き、詠唱の完成度、魔術の威力。彼女の才能は、完璧の一言だ。
「綺麗……」
恐怖していたアリスが呟く。
瞬間、アリーゼが全員の視界からいなくなった。
「な――っ!」
「そして、二節」
エドガーが声を認識したときには遅かった。
いつの間にかアリーゼは彼の後ろに立っており、振り向きざまに魔術。
「《純真なる精霊よ・灯せ》――ッ」
パッ――。
「ぐぁっ」
それは強い光、ただのフラッシュだった。
魔術の心得が無い者でも使えるほど、攻撃力の無い平凡な補助魔術。
その光を間近で浴びたエドガーはめまいを起こし、目を押さえて倒れる。
(ただのフラッシュが、攻撃になるだと……!)
初めて、ダリウスの瞳に怯えが見えた。
「そして、三節――」