悪役令嬢の教師は未来のわたくし   作:エクソダス

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第11話

 

 

「え……」

 

 アリスはつい驚いた吐息を吐く。

 ここは学院関係者以外は立ち入り禁止のはず、この三人は明らかに関係者では無い。

 

「こんな夜中に生徒がいるとはな」

「あ、貴女達は何者ですの! ここは部外者は立ち入り禁止のはずですわ!」

「そうか、俺らには関係ないがな。エドガー、始めろ」

「あぁ」

 

 リーダー格の男――ダリウスは二人を無視。

 ダリウスにエドガーと呼ばれた男が台座のガラスケースに触れ、最後の一人、ガースがセリア達に視線を向けている。

 

「どうだ、開きそうか」

「ああ、十分程度で開く」

 

 ダリウスが問うと、ガラスケースに触れていたエドガーは魔力を込める。

 その瞬間、何重にも重なっている魔方陣がこの部屋全体に姿を現す。

 

「ひ……っ」

 

 その魔方陣を見て、アリスはゾクリと鳥肌が立つ。

 

「し、質問に答えなさい! 貴方達は何者だと聞いているのです!」

 

 セリアの声は恐怖で震えている。

 それでもレーヴェル家の令嬢として、どうにか気高く振る舞おうとした。

 その哀れな貴族に、エドガーは鼻で笑う。

 

「ふっ、気の強いお嬢さんだ。だが、震えてる姿は子鹿だな」

「くっ……こ、この場所は貴方達のような無礼者が入って良い場所ではなくてよ!」

 

 そんな緊迫した空気の中、アリスの視線がマントに縫われた紋章に注がれる。

 

「あの、紋章……」

 

 その紋章にアリスは見覚えがあった。

 

「蒼空の革命、魔術師団――」

「っ!」

「ほお、俺らを知ってるとは光栄だな」

 

 大柄のガースは歯を見せてにやついた。

 蒼空(そら)の革命魔術師団――アマリア王国に仇なす革命軍の名前だ。

 国家転覆を企み、禁忌の魔術研究を行っているという噂がある。人体実験、魔物の人工的生成――王国が最も警戒する組織だ。

 

「だが、目撃者は排除しなければならねえな」

「く……っ!」

 

 ガースが一歩踏み出し、セリアが顔を引きつらせたその時。

 

「待て、ガース」

 

 ダリウスが手を上げ、ガースを制止させる。

 

「見ろ、こいつ」

「あ?」

 

 リーダーの指さした先、そこにいたのはアリスだ。

 突然指を刺され、アリスは困惑した表情を見せた。

 

「え……?」

「ああ、例の娘ってこいつか。確かに似てるわ」

 

 何かを納得しているガース。

 

「似て、る?」

「ふっ、今日は魔術の女神が加護を与えてくださっているようだ」

 

 ダリウスの目が鋭く光る。

 探していた獲物を偶然にも見つけた――そんな表情だ。

 

「お前、名前は?」

「え、えと……アリス、です」

「アリスか、丁度良い。お前も一緒に来てもらおうか」

 

 ダリウスがアリスに手を伸ばす。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 セリアが思わず前に出て、アリスの前に立ち塞がる。

 

「こ、この娘に何のようがあるというのです! 彼女はただの平民ですわよ!」

「ほう、ただの平民。か」

 

 その行動に、ダリウスは眉をひそめる。

 

「お前はレーヴェル家の令嬢だろう。ならば何故平民を守ろうとしている」

「そ、それは」

 

 言葉に詰まるセリア。

 何故守ろうとしているのか――理由は彼女自身もわからない。

 頭でも理解していない。だが、このまま見過ごせなかった。

 

「セリア、さん」

 

 どうしても、助けなければいけないと。

 身体が勝手に動いたのだ、アリスを守らなければと。

 

「一応同じ学院の友達だからです! 無礼者に連れ去られるのは後味が悪いですわ!」

「ほう、友情って奴か。レーヴェル家は人情など無いと思っていたが」

 

 パチパチと拍手するダリウス。

 まるで子供の演劇でも見ているかのような、軽蔑的な拍手だ。

 

「だが拒否権は無い、邪魔をするのなら」

 

 そう言って、ダリウスは人差し指をセリアに向ける。

 指先から魔力が細く、鋭く収束。

 

「《魔弾よ・死の一撃以て……」

「な――」

「《射貫け》――ッ」

 

 轟音。

 魔力を圧縮した弾丸がセリアの頬をかすめ、壁に激突。

 石壁に小さく穴が空き、その破片が地面に落ちる。

 

「戦争魔術……!?」

 

 セリアが切れた頬を触り、声を震わせる。

 ダリウスの放ったそれは――軍事利用を目的とした殺傷魔術だ。

 学院で習う魔術とは根本的に違う。威力、速度、そして殺意。その全てが実戦仕様。

 人体を容易く破壊するために作られた魔術だ。

 

(頬に少しかすめただけで……!)

 

 かすめただけで肌が切れた。

 教科書の中の話では無い。本物の魔術、本物の魔術師。

 

(もしも、あれが頭に当たったら――)

 

 それは正しく警告だった。

 

「エリートの学院なら優等生らしく、黙ってお勉強でもしてな」

「く……っ」

 

 セリアは恐怖を感じて怯んだ。

 すると、

 

「ぁ……あ……」

「アリス?」

 

 少女のか細い声が、セリアの耳に届く。

 振り返ると、アリスの顔が真っ青だったのだ。

 

「ぁ、ぁあああぁ……ああああぁ……」

 

 そして、アリスは膝から崩れ落ちる。

 

「うあああああぁぁああぁああ――ッ!!」

 

 アリスは全身を震わせ、両手で頭を抱えている。

 まるで何かから逃れるように、その場にへたり込んだのだ。

 

「助けて! 助けて助けて助けてぇええ――ッ!」

 

 瞳孔が開き、焦点が合っていない。呼吸も過呼吸になっている。

 セリアはアリスの側に寄り、落ち着けようと背中をさする。

 

「落ち着きなさい、アリス!」

「ほう、魔術恐怖症か」

 

 ダリウスが興味深そうに見下ろす。

 

「まあ、抵抗しないだけいい。手間が省ける」

「アリス! しっかりしなさい!」

「お前は黙ってろ」

「ぐぁ――ッ!」

 

 必死に落ち着かせているセリアをダリウスが蹴り飛ばす。

 飛ばされたセリアは床に2回跳ねた後、石壁に当たって倒れる。

 

「っ……!」

 

 痛みに顔を歪めるセリア。

 立ち上がろうとすると、彼女の目の前に大柄なガースが立ちはだかる。

 大柄な体躯。筋肉質の腕。傷だらけの顔。

 その見た目から、戦い慣れていることはセリアにもわかる。

 

「このまま動かないほうが賢明だと思うぜ」

「ぅ……く……」

「お前も死にたくはないだろう?」

 

 ガースの手に、再び黒い魔力が収束し始める。

 その脅しに、セリアは唇を噛む。

 だが――

 

「この無礼者……わたくしを誰だと思っていますの……!」

 

 震える足で、立ち上がる。

 もう、誇りだけが彼女を支えていた。

 

「私はレーヴェル家の令嬢ですわよ……! 私に手を出すとは、どういうことか――」

「ぶはははは!」

 

 三人が、一斉に笑い出した。

 

「そうか、それは怖いねぇ」

 

 ガースが嘲笑う。

 

「少し遊んでやれよ、ガース。レディーとしてな」

 

 エドガーが魔法陣の解除を進めながら、言う。

 

「ああ、お楽しみだな」

 

 ガースが剣を抜く。

 そして……一閃、鋭い音が響いた。

 

「え……?」

 

 セリアは、何が起きたのか理解できなかった。

 冷たい空気が、肌に触れる。

 

 視線を下ろすと――制服が、胸元から綺麗に裂けていた。

 

 白い肌と、下着が露わになる。

 

「な――」

 

 セリアは両手で胸元を隠す。

 突然のことで、顔が朱色に染まる。

 

「き、貴様……!」

「おっと、これは失礼。手元が狂っちまった」

 

 ガースが、わざとらしく肩をすくめる。

 

「次は、もっと丁寧に切ってやろうか?」

「ひ……っ」

 

 セリアの目に涙が浮かぶ。

 恐怖と屈辱に支配され、彼女は気高い貴族の心を壊された。

 もう、何もできない。哀れな少女である。

 

「まったく、無様な姿ですわねクソガキ」

 

 突然、聞き覚えのある皮肉な声が響いた。

 

 コツ。コツ。コツ。

 

 螺旋階段からゆっくりとした足音が、規則正しく降りてくる。

 おりてきた人物は、冷たい微笑を浮かべている女性教師。

 

「アリーゼ、先生……」

 

 セリアが驚愕の表情で見上げる。

 

「あら、こんな夜中にデート? それとも心中?」

 

 アリーゼはいつもの皮肉な笑みを浮かべる。

 一切乱れない、恐怖も緊張もない。完全な余裕の表情。

 

「そ、そんな訳ないでしょう!」

「ふふっ、顔が真っ赤よクソガキ。……ま、見れば分かるわよ」

 

 セリアの声を遮り、アリーゼの声が低くなる。

 その鋭い視線が、三人の男に向けられた。

 

「どうやら、盗賊ごときが私の生徒に手を出したようね」

「ほう、この学院の先公か」

 

 ガースがアリーゼの前に立ちはだかる。

 

「女ってことで慈悲を与えてやる。大人しく消えな」

「逃げる? ふふっ」

 

 アリーゼの口元に、嘲笑が浮かぶ。

 まるで、面白い玩具を見つけたかのような瞳だ。

 

「むしろ、私が聞きたいわ。貴方達、遺言は?」

「……っ! そうか、ならば死ね」

 

 刹那、ガースが剣を振り上げた。

 石畳を蹴る音。一気に距離を詰め、殺意を持って振り下ろす。

 

(速い――!)

 

 学院の訓練で見る剣術とは、次元が違う。本物の、人を殺すための剣だ。

 

「アリーゼ先生!」

 

 危ない――そう思った瞬間。

 

 ――ヒュッ。

 

 剣が風を切り裂く音だけが、虚空に響いた。

 アリーゼに向けられた刃は、髪の毛一本分の距離で目と鼻の先を通過する。

 

「なるほど、悪くない太刀筋ね」

 

 ほんの少しの傾き、最小限の動きで、彼女は剣を回避して見せたのだ。

 

「ちっ、うらぁ!」

 

 ガースが体勢を立て直し、今度は横薙ぎ。

 

(魔術師は接近戦に弱い。詠唱を始める前に斬れる!)

 

「《舞え》――ッ」

 

 一節。たった一節の詠唱。

 

「なに――!?」

 

 瞬間、ふっ、とほんの少しだけ剣がズレた。髪が少し動く程度の風。

 そんな風でも、意識を反らすには十分だった。

 

「はぁ――っ」

 

 地面を蹴り、体が回転すると、ロングスカートが華麗に翻る。

 ゴン――ッ。

 その回し蹴りはガースの側頭部を捉え、大男の体重がそのまま壁に激突。

 重い音が地下室全体に響いた。

 

「魔術師相手に突っ込んできたのは正しかったのに、無策なのはいけないわね」

 

 まるで授業をしているかのような口調だ。

 

「一節でも簡単な魔術は発動する。一瞬気をそらすだけなら、それで十分」

 

 アリーゼは不敵な笑みを浮かべた後、セリアの元へゆっくりと歩み寄る。

 

「大丈夫?」

「ふ、ふん。助けてほしいなんて言ってませんわ」

「助けるなとも命令されて無いわ。淑女として、子供を守るのは当然よ」

「……」

「たとえ、相手が貴女であっても」

「……相変わらず、一言多いですわね」

「ほう、優等生のおもり教師かと思っていたが、少しはやるようだな」

 

 ガースが壁に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。その額には青筋が目立っていた。

 彼が指を鳴らすと、エドガーがその隣に並ぶ。ダリウスは、小さく体を丸めているアリスの近くだ。

 

「あら、女相手に多人数? 男のくせに女々しいわね」

「ふん、卑怯とは言うまいな」

「ええ、醜くはあるけどね」

 

 その言葉と同時に、アリーゼの纏う空気が変わった。

 先ほどまでの余裕と皮肉が消え、代わりに現れたのは魔術師としての誇り。そして、教師としての厳かさだ。

 

「魔術は神聖で高貴、問題は術者にその資格があるかどうか」

 

 アリーゼの視線が、一瞬だけセリアに向けられる。

 その目はいつもと違う。真剣な――教師としての目だ。

 

「いいこと、クソガキ。こういう者達――私利私欲のために他者を傷つける者に、魔術を使う資格はない」

 

 セリアは、その言葉を聞いて息を呑む。

 

「というわけで、アンタは逃げなさい」

「え……?」

「ここからは戦場になる、本物のね……膝震えてるわよ」

「っ」

 

 セリアは自分の足を見る。

 その足は確かに震え、それを自分の意思で止めることは出来ない。

 怖い、足が逃げろと叫んでいる。呼吸が浅く、心臓が破裂しそうだ。

 

(わ、わたくし、は……)

 

 ふと、セリアは目の前を見る。

 

「ぁぁ……ぁぁああ……」

 

 そこには、アリスが恐怖で身体を丸め、震えていた。

 涙で顔がぐしゃぐしゃだ。恐怖に怯え、動けないでいるのだ。

 

(リオ……)

 

 その姿が、どうしても弟と重なった。

 

「ほら、さっさと」

「冗談じゃありませんわ」

 

 アリーゼの言葉を遮るように、セリアは声を出す。

 そして自分の感情だけを頼りに、闘志を震わせた。

 

「敵前逃亡など、レーヴェル家の恥さらしですわ」

「ふ、それでこそセリア・レーヴェルね」

 

 アリーゼが笑う、どこか誇らしそうに。

 その笑みにはいつもの皮肉は無く、代わりにあるのは教師としての喜びだ。

 

「それじゃあ、少し夜間授業と行きましょうか」

 

 アリーゼが、ガースとエドガーを指さす。

 

「セリア、恐怖を恐れず、目の前の魔術師達を目に焼き付けなさい」

 

 セリアは言われたとおりに二人を見る。睨むように、逃げずに。

 

「彼らの魔術は人に畏怖を与え、死をまき散らす。支配するための道具よ。あれを高貴な魔術といえるかしら。その答えは否」

「ごちゃごちゃと! 黙ってろクソ女!」

 

 逆上したガースが剣を投てき。高速で回転し、空気を切りながら襲ってくる。

 

「そんな物を女王陛下の魔術と呼ぶべきではないッ!」

 

 だが、アリーゼは微動だにせず、瞳は剣を威圧する。

 

「高貴な魔術とは守りたいと願う力! 真の魔術とは何なのか、向き合う者の魔術よ!」

 

 ――ガッ。

 

 セリアが身構えたその刹那、目の前に迫る剣をアリーゼが止めた。

 スカートの下、太腿に取り付けられたホルスターから抜いた扇子で、挟み込んだのだ。

 

「身分も血筋も関係ない、何かを守る為の勇気! それは魔術の闇を見て絶望してもなお、正義の魔法使いとなる信念を持つ者に与えられる!」

 

 ――バッ!

 

 挟んだ剣を捨てると同時に扇子を開き、足先に魔力を流して滑るように突進する。

 

「くだらねえ御託をごちゃごちゃと!」

「《紅蓮よ・剛毅なる炎で・焼き尽くせ》――ッ!」

「《雷よ・雷鳴響かせ・乱れ舞え》――ッ!」

 

 ダリウスから紫電が、エドガーから紅蓮が放たれる。

 正面からの三方向、だがアリーゼは速度を落とさない。

 

「ふ……っ」

 

 小さな吐息と共に、わずかに身体を傾け、地面を蹴る。

 避けた。魔術の間を滑り込むように、優雅に身をよじって回避したのだ。

 

「なっ!」

 

 ガースが驚いた声を出したときにはもう遅かった。

 

「魔術とは支配する道具で無いと知れ!」

 

 既にアリーゼは懐に入り込んでおり、開かれた扇子の上に魔力が留まる。

 

「《純粋螺旋》――ッ!」

 

 たった一節。元素すら組み込まれていない、乱回転する魔力弾。

 

「ぐぉおぉ――っ!」

 

 まともに食らったガースは打ち上げられ――

 

 ――ドゴォォォン!

 

 その轟音と共に、大きく破裂した。

 パシッと、アリーゼは戻ってきた扇子をキャッチする。

 

「どうやら、アンタらの三節の魔術より、あたし様の一節の魔術の方が強いみたいね」

「くっ……」

 

 倒れるガースを余所に、敵の二人は顔を引きつらせた。

 

「――アンタ達に魔術師を名乗る資格はないわ」

 

(す、すごい)

 

 優雅な動き、詠唱の完成度、魔術の威力。彼女の才能は、完璧の一言だ。

 

「綺麗……」

 

 恐怖していたアリスが呟く。

 瞬間、アリーゼが全員の視界からいなくなった。

 

「な――っ!」

「そして、二節」

 

 エドガーが声を認識したときには遅かった。

 いつの間にかアリーゼは彼の後ろに立っており、振り向きざまに魔術。

 

「《純真なる精霊よ・灯せ》――ッ」

 

 

 パッ――。

 

「ぐぁっ」

 

 それは強い光、ただのフラッシュだった。

 魔術の心得が無い者でも使えるほど、攻撃力の無い平凡な補助魔術。

 その光を間近で浴びたエドガーはめまいを起こし、目を押さえて倒れる。

 

(ただのフラッシュが、攻撃になるだと……!)

 

 初めて、ダリウスの瞳に怯えが見えた。

 

 

「そして、三節――」

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