悪役令嬢の教師は未来のわたくし   作:エクソダス

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第12話

 

 コツコツと、ハイヒールを鳴らしながら近づいてくるアリーゼ。

 その姿はただの教師では無く、女王様とも呼べる畏怖の存在。悪の華だ。

 

「く、くるな!」

 

 ダリウスは叫ぶが、その声は震えている。

 そして震えた手でナイフを取り出し――アリスを人質にした。

 

「きゃっ!」

「これ以上近づくな! 近づいたらこの娘を殺す!」

 

 刃が、アリスの白い首筋に触れた。

 

「ひ……っ」

「アリス!」

「お前も動くんじゃねえ! 殺す、殺してやる!」

 

 その顔は恐怖に引きつり、すり足でアリーゼから逃げようとしていた。

 

「はぁ……」

 

 その時、アリーゼがため息をついた。深く、退屈そうに。

 

「なんか、つまらないわね。予想通り過ぎるわ、色々な意味で」

「な、なんだと」

「変わらない光景、同じ事の繰り返し。記憶をなぞってるだけみたい」

 

 セリアには、その冷たさの意味がわからなかった。

 覇気のない、諦めた冷たさだ。

 

(記憶? 一体なんの)

 

「本当に、つまらないわ」

 

 アリーゼはゆっくり、指をダリウスに向ける。

 

「アリス、動いちゃ駄目よ」

 

 その指先に魔力が集中する。

 しかし、それは今までの純粋なエネルギーでは無かった。

 

 ――禍々しくて重い、黒く不吉な魔力。

 

「それは……闇魔術だと! たかが教師風情が、闇魔術を扱えるのか!」

 

 闇魔術――光魔術が世界を作りかえる白だとするなら、世界すら破壊する黒。

 

 

『ぼくはね、みんなを守れるようなすごいまじゅつしになるの!』

 

 

 ふと、セリアの頭に弟の言葉が響く。

 世界を塗りつぶすほど危険な魔術。弟が求めた魔術とはかけ離れた――支配の魔術。

 

「《世界を閉ざし闇――」

 

 ゆっくりと、始まるアリーゼの長い詠唱。

 それを聞いて、セリアは――怖さを感じた。

 この魔術をこの女性が撃った瞬間、何かが決定的に壊れてしまうような。

 

「《次元を裂く刃を以て――」

 

 彼女を自分《セリア》自身だと、そう錯覚してしまった。

 

(違う、こんなのは……違うっ)

 

 ――こんなの、弟の求めた魔術と違う。

 あの子の夢見た魔術とは、違うはずなんだ。

 

「うわぁああああ――ッ」

 

 身体が勝手に動いた。

 足が震えているのに、止まらなかった。

 セリアは目をつぶり、何も考えずに真正面から突進した。

 

「ぇ……?」

 

 小さく、アリーゼが驚きの声を上げた。

 

 ガ――ッ。

 

「ぐぁっ!!」

 

 突進したセリアはダリウスを押しのけ、アリスを庇うように倒れ込む。

 ズキン。

 

「が……ぅぁ……がっ!」

 

 押し退けた時、ナイフが肩に食い込んだのだ。

 彼女の肩に、痛々しい血の赤が滲む。

 

「セリアさん!」

「くそ、がぁ――ッ!!」

 

 起き上がったダリウスが再度ナイフを振り上げた。

 

 ――バシッ。

 

 しかし、それはアリーゼが投げた扇子により弾かれる。

 そのまま懐に入り込み、ダリウスを二人の射程圏外まで蹴り飛ばした。

 

「セリアさん! セリアさん!」

「だ、大丈夫ですわ……そんな辛そうな声を出さないでくださいまし」

「ごめん、ごめんなさい……わたしのせいで……っ」

 アリスは溢れる涙を止めることが出来ず、肩をふるわせる。

「……もう、今はいじめてませんのに。わたくしの目の前で泣かないで。ふ、ふふっ。せめて泣くのは、いじめてるときになさいな」

 

 いつものように傲慢な笑みを見せようとするセリア。

 そんな二人に、アリーゼが近づいた。

 

「なぜ……なぜ、突っ込んだの? なぜ動けたの?」

 

 そう問いかけた声に、いつもの余裕はなかった。

 心底の驚愕――まるで、世界の法則の乱れでも見たような表情だ。

 

「一歩間違えたら死んでたわよ。今のアンタには死ぬ覚悟も度胸もないはず、動けるわけ無いはずなのに」

 

 その瞳の奥にはどこか、希望を見出したような光がともる。

 

(動けるわけがない……? そんなの――)

 

 なぜ、そう断言できるのか。セリアにはわからなかった。

 ふとセリアは、アリスを見る。

 その涙は、大嫌いなはずの令嬢のために流してくれたものだ。

 

「……そんなの、深い理由なんてありません。気まぐれで、助けただけですから」

「セリア、さん……あり、がとう……たすけて、くれて……」

「……ふん」

 

 セリアは鼻を鳴らし、気恥ずかしさに目をそらす。

 そんな二人を見て、アリーゼは優しく笑った。

 

「く、くそ……っ」

 

 ダリウスがよろよろと立ち上がる。その目にはまだ闘志が宿っている。

 

「あら、まだやるつもり?」

 

 アリーゼが再度扇子を広げる。

 その瞬間、アリスは怪我をしたセリアを守るように立ち塞がった。

 

「なんで、こんなことをするの! なんで、こんなこと……!」

 

 その声は怒りに震えており、いつもの臆病なアリスとは違った。

 

「……ほう、本人も気付いてないのか」

 

 ダリウスが嘲笑し、ゆっくりと語り始める。その声は重く、残酷だ。

 

「教えてやるよ、この世界の真実を。今の王子……レオナルドは、本当の女王陛下の息子ではない。あれは女王陛下の妹、名も消えた王家の息子だ」

 

「女王陛下の妹ですって?!」

 

 セリアは驚愕の声を上げる。

 陛下に妹がいるなど、そんな話聞いたことがない。

 

「今から十年前、ある事件があった。貴族が集まるパーティーでな」

「あ……」

 

 セリアの脳裏に過去が蘇る。

 十年前、襲撃、女王陛下が助けてくれたあの事件だ。

 

「狙いは女王陛下の本当の娘。そこで陛下の妹が殺害され、陛下は自分の娘に危害が加わらないよう、世界にある偽りの魔術をかけた」

 

 そして、ダリウスはアリスを指さした。

 

 

「それは……一人娘である“アリス・アマリア”の存在だ」

「え……」

 

 

 世界が止まった感覚をアリスは味わった。セリアも驚きを隠せない。

 

「女王陛下は娘の存在を世界から隠して無かったことにし、辺境の村へ逃がした」

「アリスが……女王陛下の……?」

「だが、お前は決して王家の呪縛から逃れることは出来ない。絶対にな!」

 

 ダリウスが叫び、地面に握りこぶしを振りかざす。

 赤黒く禍々しい魔法陣が展開され、空中にルーン文字が入り乱れる。

 

「《土の精よ・我が呼びかけに答え・二つの魂を以て・我が僕となれ》――ッ」

 

 四節、上級魔術だ。

 直後、二カ所から悲鳴が上がる。ガースとエドガーだ。

 

「う、うわぁあああ!!」

「ぐぅおおおおぉおおっ!!」

 

 二人の足下に泥のようなものが広がり、無数の腕となって引きずり込んでいく。

 

「ぎひひひ、はははははっ!」

 

 そして、ダリウス自身も高笑いしながら呑み込まれた。

 ずるずると身体を呑み、頭を呑み、助けを求めた手も飲み込み――何も聞こえなくなった。

 その消失と共に、ナニかが泥から這い出てくる。

 全身が土で出来た人型――魔術式傀儡《まじゅつしきくぐつ》である。目も口も無いのっぺらぼうだ。

 

「ま、魔術式傀儡をこんなに……!?」

 

 ――魔術式傀儡は人間の複製を作る魔術。魔力の負担から、本来は二、三体が限界。

 それが次から次へと生成される。人間二人の魂を、触媒にして。

 

「う゛、う゛ああぁ」

「くっ」

 

 セリアは立ち上がろうとするが、激痛の走る肩を押さえるので精一杯だ。

 

「セリアちゃん……!」

 

 その瞬間、アリスが立ち上がった。

 

「アリ、ス」

「今度は、わたし、が。守るから」

 

 顔は青ざめ、足を震わせながらもアリスは立ち塞がる。

 魔術の恐怖に支配されてもなお、セリアを庇おうとしているのだ。

 

「ふむ、ひぃーふぅーみぃー……合計で二十。媒体の数を考えれば大した物ね」

 

 アリーゼは冷静に数えた後、扇子をホルスターにしまう。

 一切焦っていない様子に、セリアは痛みに耐えながら声を上げる。

 

「な、なにをそんなに落ち着いて――」

「あの時と、数は同じ」

 

 ふと、アリーゼは呟く。

 

「え……?」

 

 その呟きと同時、アリーゼはポケットから懐中時計を取り出して時刻を見る。

 

「時間は少しずれてる程度、でも確実にズレてる」

「なにを……」

 

 セリアに答えることなく、静かに懐中時計を閉じるアリーゼ。

 その表情には希望と不安が入り混じっているように感じた。

 

「アリス、下がって。こういうことは素直に先生に任せなさいな」

「で、でもこん、な……」

「貴女は恐怖に立ち向かった、それだけで十分。そこのクソガキのおもりしてなさいな」

 

 アリーゼは優しく笑うと、二人の前に立つ。

 

(一人で、この数を相手にする気ですの?!)

 

 二十体の魔術式傀儡は、一体一体が人間並みの力を持つ、感情のない兵士だ。

 

(そんなの、不可能ですわ!)

 

 セリアの思いとは裏腹に、アリーゼはどこか楽しそうだ。

 

「二人とも、少しだけ見せてあげる……魔術の可能性を」

 

 傀儡が迫る中、彼女は落ち着いて目を瞑り、右手を上げる。

 

「来なさい――《ツクヨミ》」

 

 ――パチン。

 

 瞳を開くと同時、指を鳴らした。

 その刹那、部屋全体に巡っていた杖を守る魔方陣が光り出す。

 

「で、伝説の杖が……」

「光って、る」

 

 杖が真っ白に光り、封印が解除されてケースから飛び出した。

 ――パシッ。

 杖は吸い込まれるように、アリーゼの右手に収まる。

 

「『月《ルナ》ト太陽《ソレイユ》ノ理《ロゴス》』が、先生を認めた?」

 

 アリスが驚いた声を上げた。当然の反応だ。

 この杖は、宿る精霊『太陽神《アマテラス》』と『月神《ツクヨミ》』が初代女王陛下に忠誠を誓っているため、王家を継ぐ者しか使えない。

 ただの教師が扱えるなど、あり得ない。

 

「《双理の杖よ・月の輝きを解き放ち・大いなる力を宿したまえ》――ッ!」

 

 力強い三節詠唱。その瞬間、アリーゼの身体が光に包まれた。

 

 ――いや、光では無い。闇だ。

 

 しかし禍々しい闇では無い、夜空のような美しい漆黒。

 その闇がアリーゼの身体を包み、新しい衣装を織り上げていく。

 

「これは……!?」

 

 目の前に現れたアリーゼは、過去に見た女王陛下……自分を助けてくれた魔術師を思わせるドレス姿であった。

 

 ――しかしそのドレスは、白の反対の黒。

 

 黒をベースに銀のコントラスト、本物の夜空を彩るように月の刺繍と星が散りばめられていた。

 

「さて、と。暴れる前に。少しズレを“修正”しなきゃね」

 

 アリーゼは小さく呟き――その杖を、アリスとセリアに向けた。

 

 

「その選択肢は、まだ先なのだから」

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