悪役令嬢の教師は未来のわたくし   作:エクソダス

3 / 12
第3話

「あ~~あっ」

 

 バルコニーで一人になったアリーゼは窓の枠に頬杖をつく。

 目の前に広がる快晴の青空と、中庭で魔術練習をしている生徒達を眺めながら黄昏れる。

 

「鬱ですわ~」

 

 心の奥で、深いため息が漏れる……一応過去の悪逆非道は受け止める覚悟でいた。

 しかし、ここまで腫れ物扱いとは流石に堪えるものがあった。

 

「はぁああああぁあ~~っ」

 

 またもや大きなため息。あの頃は皆が心の底から慕っていると思っていた。

 

 ――神々しさにひれ伏す。全ての人間が自分に尽くすために生まれてきた。

 

 そう信じて疑わなかった。けれど、今になって、ようやくわかる。

 

(わたしはただの、憎まれるだけの屑だったのね)

 

「ヘラヘラですわ~~っ」

 

 窓枠に突っ伏しながら、アリーゼは大声で叫ぶ。

 窓の外からも内からも「何あの人、きもっ」という視線が注がれているが、気にしない。

 

 

『もし、全てをやり直せるとしたら。貴女は、許してくれる?』

 

 

「まったく、あの子の頼みとは言え、軽々と受けるんじゃなかったわ」

 

 アリーゼが自分の行動に後悔していた。

 そんな時――

 

 

 ~~♪

 

 

「ふむ?」

 

 ふと、どこからか美しい草笛が聞こえてきた。

 その優しくて懐かしい音、中庭の隅にある小さな花壇の方から聞こえてくる。

 

「~~っ♪」

 

 そこには一人の少女が一輪の花を愛でていた。

 その姿を見た瞬間、アリーゼの胸がぐっと締められるのを感じた。

 

「……アリス」

 

 金色の髪、優しげな緑の瞳。

 彼女こそがアリーゼ、いや成長したセリア・レーヴェルの恩人。

 自分の愚行を許し、学園生活を良いものに彩ってくれた、アリーゼが一番尊敬し、敬愛している人物だ。

 

「~~~~♪」

 

 相変わらず、花を愛でる姿は可憐の一言だった。

 まるでおとぎ話の登場人物のように浮世離れしている。風に髪が揺れるたび、彼女の周りは美術品のような風景へと様変わりする。

 

「あいかわらず、本当に美しいわね」

 

 やはり可憐だ、アリーゼは今でも嫉妬してしまいそうになる。

 権力で人間を動かしてきた自分と違う、間違いなく本物の気品が彼女にはある。

 

「本当に、憎らしい位に美しい」

 

 令嬢だった自分をも虜にしてしまう、立ち振る舞い。

 

「まっ、あたし様の知る彼女の気高さには遠く及ばないわねっ」

 

 つい、嫉妬を隠すためにそう笑い飛ばす。

 アリーゼは自分の友人《スーリア》の方が上だと、意味もなく高笑いした。

 

「お~っほっほっほっほっ」

 

 

 ……()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「?」

 

 その結果、当の本人から不思議そうな顔で見られる。が、気にしない。

 と、ふと思えばどこか変だった。

 

「しかし、アリスは何故あそこにいるのかしら」

 

 窓際で考え込むアリーゼ。

 ここの彼女を見ていると、自分の知るアリスとは行動が多少ズレている。

 

(わたくしの知るアリスは花を愛でるタイプじゃなくて、花より団子タイプのはず)

 

 そのため、目の前の光景に少し違和感があった。

 

「ん~、やっぱりスーリアとは違うものなのかしら……」

 

 アリーゼはぽけーっと口を開け、変な形の雲を見ながら思考する。

 

「たまにアリスがわからなくなりますわ~」

 

 と、そんなことをつぶやいていると。

 

「あらあら、どうやら雑草がまだ生えているようですわね」

 

 そんな声がアリスのいる下から聞こえてきた。

 

「ぁあ……?」

 

 アリーゼが口を開けたまま、そちらの方を確認する。

 するとやはりと言うべきか。そこには過去のセリアが二人の取り巻きと一人のメイド、ミアを引き連れてアリスの前に立ち塞がっていた。

 

「こんな所で花を愛でているなんて。相変わらず脳内がお花畑ですわね平民」

「……」

「こんな小さな、何の価値もない花を。やはり平民の感性ですわね」

 

 セリアは心底見下した声で、アリスに向けて言葉を放つ。

 

(うわー、なによあのクソみたいな極悪令嬢……)

 

 アリーゼは愕然とした。昔の自分ながら、どうしてそう悪役の台詞を吐けるのか。

 

(スーリアはあんなに心酔してたのに。『同一人物』だって知ったらなんていうのかしら)

 

 まさに、その光景は悪役令嬢が主人公をいじめている図。

 あれが過去の自分だと思うと、羞恥心やら呆れやらでアリーゼは頭を抱える。

 

「……」

「本当に、この学院の恥ですわ。貴女の泥で学院が汚れるではありませんか」

 

 スカートが泥と土で汚れる事を気にせずに、その場に座り込んでいるアリス。

 見下したまま、セリアは髪をかき上げる。

 

「貴方などの平民がこの学院にいるなど」

 

 あざ笑うセリアに反応するように、後ろの取り巻きが騒ぐ。

 

「本当ですよね! 汚らわしい」

「ここにいるだけで貧乏が移ります……」

 

 エミリーが大げさに叫び、ヴィクトリアは眼鏡をハンカチで拭く。

 

「本当に、運良く光の魔術を使えるからって、調子に乗ってはいませんか?」

 

 いつまでも反論しないアリスへ向け、セリアの声に嘲笑が混じる。

 

「貴方は運良く泥から見つかって、この学院の慈悲で生かされているだけだというのに」

「……」

 

 どれだけけなされても、アリスは何も言わない。

 この頃の貴族社会は腐っており、平民というだけで見下される。

 しかもアリスは特別な光の魔術を使い、王子達に好かれている――年頃の貴族令嬢がいじめるには、これとない対象だった。

 

「ちょっと、聞いておりますの!! 平民!」

 

 バサッ――セリアは黙り込むアリスに、近くにあった土を投げつける。

 アリスは砂を頭からかけられて、小さく身を震わせた。金色の髪に砂埃がかかり、制服の肩にも白い粉が積もる。

 それでも彼女は顔を上げず、ただ膝の上で握りしめた手が、わずかに震えていた。

 

「……」

 

 しかし、アリスは黙ったまま。

 その沈黙が、セリアの神経を逆なでした。

 

「何よその態度……! わたくしを無視するつもりですの?」

 

 貴族として生まれ、常に周囲から畏怖と称賛を受けてきたセリア。

 彼女にとってこの無反応は、最大の侮辱に等しかった。

 

「平民の分際でっ!」

 

 セリアの声が一段と冷たくなる。

 取り巻きのエミリーとヴィクトリアも、事態の緊迫を感じ取って息を呑んだ。

 セリアは手を振り上げる。恐らくはそのまま、彼女の頬を叩くために――

 

「この……」

 

「そこまでですわ」

 

 が、次の瞬間、

 

 ――バシッ!

 

 アリーゼの右手がそれを止めて見せた。

 優雅にセリアの振り上げた腕を掴むと、静かに微笑む。

 

「セリア様? 何をしているのかしら?」

「あなた……っ」

 

 アリーゼは優雅に、けれども威圧を込めて言い放つ。

 

「今、何をしようとしておりましたか?」

 

 アリーゼを見た途端、セリアは顔を強張らせる。

 

「暴力を振るっても良い人間なんて、この世に存在しない。流石の貴族様とはいえ、暴力は感心しないわね」

「っ」

「貴族ならば貴族としての立ち振る舞いを覚えなさい。感情的になる貴族は、信頼してくださる女王陛下の顔に泥を塗る事になるわよ」

 

 威圧を込めたまま、アリーゼは静かに諭す。

 ギリッ――少女セリアは唇をかみ締めると、アリスに背を向けて言った。

 

「行きますわよ、みんな」

「は、はいっ」

 

 取り巻きの二人が慌ててセリアに続く。

 メイドであるミアはこちらに憎むような視線を向けた後、黙って身を翻す。

 

(くぅ~、これがわからせというやつね。中々良い気分だわ)

 

 そんな事を思いながら、アリーゼはアリスに声をかける。

 

「大丈夫? アリスさん」

「えっと、はい……」

 

 アリーゼはアリスの近くに行くと、手を差し出した。

 アリスは少し照れくさそうにしながらも、その手を取る。

 

「それは良かった」

 

 そうアリーゼは優しく微笑む。

 アリスははにかんだ笑顔を向け、パタパタとスカートの土を払った。

 

(……ん。これは)

 

 アリーゼはそのとき、何かに気付いた。

 彼女がスカートの土を払った瞬間、やっとわかった。この子がここにいた理由。

 

「えっと、あの……」

「いい土ですね、これは」

「え?」

 

 突然の言葉に、アリスは目を見開く。

 

「とても良い肥料になる土ですわ。それで気になってたのね」

「は、はい。とても良い野菜が作れそうだなーと」

 

 アリーゼの言葉にアリスは目を見開きつつ、答えた。

 アリスは農家の出身、野菜やお米の知識に関してはかなり博識。野菜の美味しい作り方や、駄目な育て方を、あの頃は色々教わったものだ。

 

「ええ、そうね」

 

 アリーゼはアリスの言葉に同意するように、頷く。そして、新たな言葉を紡ぐ。

 

「けど、それをしてはいけません」

「え?」

「この美しい花、これは一輪だから美しいのです」

「一輪、だから?」

「何も無い所に一輪で咲く。それはとても誇り高いこと」

 

 アリーゼは跪き、花に触れる。その声には慈しみといたわりの両方を感じる。

 

「雑草や他の植物がないからこそ。この一輪は力強く栄養を吸って育つ。この美しい栄養を、簡単に取ってはいけませんわ」

「……力強さ」

「そう、一つに注がれるから、この花は美しいのよ」

 

 言い終わると、アリーゼは立ち上がる。

 

「さて、あたし様はそろそろ戻るとするわ」

 

 アリーゼが立ち去ろうとすると、ふと背後にいる少女が声をかけてくる。

 

「あの。先生」

「なにかしら?」

 

 その声にアリーゼが振り返った。

 アリスは彼女の瞳をじっと、そのまま何も言わず、ただ真っ直ぐに見つめている。

 

(大きくて綺麗な目、相変わらずお人形みたいね)

 

 アリーゼはつい、彼女の緑の瞳に吸い込まれそうになる。

 そう思いながら数秒の時間が経過し、やがてアリスは小さく口を開いた。

 

「あの、ありがとうございました」

 

 その声は小さいが、確かに聞こえる声。

 

「貴女も、優しい人……なんですね……」

「…………」

 

 その時、心の底から湧き上がる感情があった。その気持ちが何かはわからない。

 が、少なくとも悪い感情ではないだろう。

 

「あの……ほんとはセリアちゃん……」

「ほんとは?」

「ほんとは……悪い人じゃないん……です……」

 

 つい、苦笑をしてしまうアリーゼ。

 

「――ふふっ、悪い人じゃない。ね」

「?」

「本当に、甘ちゃんな平民ですこと」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。