朝靄が晴れぬうちから、アクアドール学院の鐘が鳴り響く。
セリアとミアはいつものように寮を出て、中央の食堂棟に向かった。朝の冷たい空気が頬を撫で、セリアは少し身震いをする。
「寒いですわね、ミア」
「はい、セリア様。もうすぐ冬ですから」
「全寮制とはいえ、もう少し暖房を効かせてもよろしいのではなくて?」
「贅沢は敵、という教育方針なのでしょう」
「ふん、くだらない」
そんな話をしながら、二人は食堂へ。
温かい空気と共に焼きたてのパンの香ばしさ、紅茶の優雅な香りが胃を刺激する。
「セリア様、お席はいつもの場所でよろしいですか?」
「当然ですわ。窓際の特等席は代々レーヴェル家が使うものと決まっていますのよ」
「かしこまりました。すぐに朝食をお持ちいたします」
セリアがいつものように窓際の席に向かうと、すぐさまミアが朝食を取ってくる。
「セリア様、お持ちいたしました」
「ええ」
「本日のメニューは焼きたてのクロワッサンとダージリンティーでございます」
セリアは一口ダージリンを口に含む。
「セリア様、本日は少しお疲れのように見えますが」
「ええ、最近少し寝付きが悪いんですの」
隣で心配するミアに、セリアは凛と返す。
(あの女……今に見ていなさい。わたくしを愚弄した報いを受けさせてやりますわ)
寝付きが悪かった理由は明白、あのアリーゼという教師のせいである。
「大丈夫ですか? 本日は休んだ方が……」
「ミア、メイドの分際で主に提案とは良い度胸ですわね」
「それは――」
「身の程をわきまえなさい」
「……失礼しました」
セリアは意味のない怒りをミアに吐き捨て、頬杖をつく。
「あのアリーゼという女……スーリア先生の推薦だというのに。礼儀がなってませんわ」
「そう、ですね。同意見です」
「本当に腹立たしいですわ」
セリアは悪態をつき、パンを千切る。
「ち、今日のパンは固いですわね」
だが、一口食べただけでパンをゴミ箱に投げ捨ててしまう。
「ミア、新しいパンを持ってきなさい」
「かしこまりました」
セリアに檄を飛ばされ、ミアはすぐに立ち上がり新しい朝食を取りに向かった。
「まったく、ほんっとにむかつきますわ」
イライラを隠そうともしない。
そんな彼女を見て、生徒達はぼそぼそと何かを話している。
「セリア様、今朝も機嫌が悪そうね」
「新任教師のせいかしら」
「可哀想に……」
遠いためセリアには詳しく聞こえない。
だが、どうにも哀れみの目で見られているようでむかついた。
「何ですの? 何か言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃいな」
セリアが睨みをきかせた瞬間、こちらを見ていた生徒達は目をそらす。
「ちっ。どいつもこいつも」
朝からの空気は最悪、そんな時だ。
「座るわよ」
いきなりどかっとセリアの前に座る無礼者が一人。
「な――」
「おや、ごきげんよう。今朝もお顔が青いですわね、クソガキ」
「あ、貴女は……!」
最近新担任になった、あの無礼者――アリーゼ・ヴェルレイだった。
「朝から可愛い生徒の顔を見れるなんて、教師冥利に尽きるわね」
「誰が可愛いですって!?」
「あー、別に貴女のことじゃないわよ。勘違いはやめなさいね」
アリーゼはセリアの反応を楽しむように、優雅に紅茶に口をつける。
「んー、やはりここの紅茶は中々の美味ね。優雅さのわからないガキにはもったいないわ」
「な、な……」
「ま、ダージリンの香りすらお嬢様にはわからないかしら? まあガキだものね」
「な、わたくしは生まれた時からダージリンで育ったようなものですわ!」
アリーゼが紅茶の香りを堪能する中、セリアは心の中で怒りを燃やしていた。
「というか何故ここに!? ここは学生食堂ですわ!」
「おや、朝っぱらから怒鳴り声とは血圧が上がるわよ。落ち着きなさいな」
「く……」
「それに、教師が学生食堂に入ってはいけない理由など、そんな話一言も聞いたことはございませんが? ん?」
「規則に無くても常識というものがあるでしょう!」
「あら、それは誰の常識かしら? 騒がないのクソガキ。それは非常識というものよ?」
「どこまでも小馬鹿にして!!」
睨みをきかせ、怒りを露わにするセリア。
しかしそんな姿などどこ吹く風、アリーゼはクロワッサンを食べながらほくそ笑む。
「職員の食堂で食べなさいな!」
「ああ、あそこ。あそこは堅苦しくて……生徒達と同じ釜の飯を食べた方が親睦は深まると思わない? たとえその相手が貴女であっても」
「親睦など必要ありませんわ!」
「あら、そう? 人生損してるわよ」
「いちいち一言多いですわね……」
セリアはつい呆れてため息をつく。
「ここは魔術を極めるための学院、あの誇り高きアクアドール学院ですわよ? なれ合うなど言語道断ですわ」
「まぁ、それは否定しないわ。けど、学園生活の友情は、その時にしか感じられない」
「友情? そんな甘い考えで魔術が極められるとでも?」
「魔術だけが人生じゃないでしょう?」
アリーゼはピンっと人差し指で何かを転がす。
それは赤いあめ玉のようで、テーブルをコロコロと転がってセリアの前で止まった。
「絆は大事よ。それは、覚えておきなさい」
「……ふん、友情なんてなれ合いに興味などありませんわ」
「ぼっちになって、いつか後悔するわよ」
「しませんわ!」
少し経ち、ミアも新しいパンを持って戻ってくる。
それを見て、アリーゼは明るく声をかけた。
「こんにちは、ミアさん」
「ちっ」
しかしミアの挨拶が帰ってくることはなく、舌打ちのみ。
「新しいパンでございます」
「ありがとう、ミア」
ミアはセリアに新しい朝食を渡した後、セリアの隣に座る。
「あらあら、あたし様もずいぶんと嫌われたもので」
「……然るべき方に然るべき対応をしているだけです」
「このあたし様が担任になって、まだ一ヶ月も経ってないわよ? そんな品性を疑われることをしたかしら」
「セリア様を侮辱したでしょう」
「事実を述べただけよ」
アリーゼは不思議そうにとぼける。
ミアはつい殺意をむき出しにしたが、セリアに睨まれて殺意をしまう。
「ミア、みっともないですわよ」
「……失礼しました」
「おや、謝るべき相手が違うんじゃないかしら?」
「貴女に謝ることなど何もございません」
そうミアがばっさりとアリーゼの言葉を切った。