悪役令嬢の教師は未来のわたくし   作:エクソダス

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第7話

すると、

 

「おっ」

 

 レオナルドの視線が食堂の片隅の方へと向けられた。

 

「あいつ、また一人か」

 

 そこには、朝食のトレーを持って席が空くのを待っている金髪の少女が一人。

 そう、アリスである。

 

「相変わらずだな、ったく」

 

 レオナルドは立ち上がると、彼女の元に駆け寄った。

 

「おーい! アリスー!」

「あ、レオナルド様……」

「席、こっち空いてる。一緒に食べようぜ!」

 

 そんなレオナルドの元気な声が響き渡る。

 

「で、でも……」

「遠慮すんなって」

 

 しかし、そんなレオナルドとは逆にアリスは不安そうに目を泳がせている。

 

「あの平民……また王子様を誑かして……」

「消えれば良いのに……」

「土の匂い……気持ち悪い女……」

 

 その原因は明白、彼女を見る女子の視線が冷たいせいだ。

 つい、それらの言葉に萎縮するアリス。

 

「気にすんなよ」

「でも……」

 

 この学院の性質上、平民であるアリスを嫌う生徒はセリアだけではない。

 皆誇り高き貴族の出、この学院にいると言うことはこの国を背負うと言うこと。

 

 ――表には出さないが、皆牽制しあっているのだ。

 

「わたし、は……」

 

 だからこそ、彼女を皆差別する。

 平民の存在がこの学院にいると言うだけで、自分の誇りが汚されると思うからだ。

 この場に土の匂いがこびりつく田舎者は必要ない、皆の目はそれを訴えているようだ。

 そんな空気の中でも、意に介さない者が一人。

 

「ほら、食事が冷めるぞ?」

 

 その耐えられない視線の中、レオナルドが自分の隣の席を空けて手招きする。

 

「レオナルド様……」

「腹が減ってるんだろ」

「で、でも」

「なに遠慮してんだよ」

「みんなに、悪いから」

 

 アリスの視線が睨んでくるセリアに向く。

 その瞬間、セリアとミアに睨まれてアリスはまた萎縮してしまう。

 

 ――消え失せろ。

 

 そして声を聞かなくてもわかる。四方八方から、貴族の女子達の差別の瞳。

 

「大丈夫だって」

 

 レオナルドはそんな視線をものともせず、からりと笑う。

 

「みんな、朝は機嫌が悪いだけだ。ほら、こっちに」

 

 その後押しが決め手となり、アリスはおずおずと彼の隣の席に座る。

 

「おはようアリス、相変わらず美しい金髪ね」

「あ、アリーゼ先生? えっ。ありがとうございます……っ」

「朝のシャンプーは何を使ってるの?」

「え、えっと、普通の石鹸です」

「あら、意外と質素なのね」

 

 座った後、アリーゼとアリスが挨拶を交わす。

 アリーゼがいる事に驚くアリスだったがそれ以上は顔に出さず、控えめに頭を下げた。

 そして、アリスは次の人物に目を向ける。

 

「ふん」

 

 その人物は、不機嫌を隠す事もせずに座っているセリアだ。

 

「あの、おはよ――」

「気安く話しかけないでくださる?」

「ご、ごめん、なさい……」

「平民は謝ることしかできないの?」

「えっと……」

 

 おどおどした様子のアリスにいらつきを覚え、セリアは舌打ちをする。

 その後セリアは水の入ったコップを持ち、立ち上がった。

 

「行きますわよミア」

「はっ」

 

 セリアが指示を飛ばすとミアは彼女の隣に立つ。

 その行動を見て、目をつむっていたアリーゼは片目だけで彼女を見る。

 

「あらクソガキ、もう行くの?」

「ええ、だって。これ以上ここにいる理由はありませんもの」

 

 セリアは初めて、アリーゼに笑みを浮かべた。

 それと同時に、

 

 

 ――バシャッ。

 

 

 セリアは手に持っていたコップを、アリスの上でひっくり返した。

 

「…………」

「残念ながら、わたくしには汚物を見ながら食事をする趣味はありませんので」

 

 セリアの薄ら笑い、ミアの汚物を見る目に俯き何も言わないアリス。

 その瞬間、くすくすと笑う生徒達。

 その中には、アリスを助けようとする生徒は誰一人としていない。

 

「おい、セリア! なんてことを」

「あらレオナルド様、何か問題でも?」

 

 どこも彼処も彼女という平民を心の中で蔑む。

 助けたいと願おうとも、そのごく少数は同調圧力で何もしない。

 

「く、お前らなぁ……っ」

 

 レオナルドはそれが気に入らないのであろう。

 彼は立ち上がり、セリアや皆にもの申そうとしたとき、それを少女の声が止めた。

 

「レオナルド様っ」

「アリス、お前……」

「いい、ですから」

 

 その少女はアリス本人。彼女は俯いたまま、どこか悲しげに呟く。

 

「ホントに、いいですから。ごめんなさい……」

「なんで、お前が謝るんだよ」

 

 彼女はわかっているからだ。

 アリスばかりを贔屓しては王族として示しがつかない。

 この貴族社会で平民に肩入れするなど、王族の品位を疑われる。それに、その行動をしたのは一番王家と近いと呼ばれるレーヴェル家のセリアだ。

 助けて良い理由は、一つも無かった。

 

「……ごめんなさい」

「だから、お前が謝ることじゃねえだろ……くそっ」

 

 レオナルドはアリスの声を聞いて、悔しそうに毒づく。

 

「く、ふふ……」

 

 そんなアリスを見て、セリアは見下しあざ笑う。

 

(当然の反応ですわ、ずっとそううじうじしていなさい平民)

 

 セリアはそう思いながら、取り巻きであるヴィクトリアとエミリーの食べている席へ。

 

「お二人とも、先に行っておりますわ」

「あっ、はい!」

「すぐ行きます! セリア様!」

 

 セリアの声に萎縮して挨拶する二人。

 そんな二人の低姿勢に愉悦感を覚えながらも、セリアは悪魔のような笑いをアリーゼに見せる。

 

「では、授業期待してますわよ? 担任さん」

 

 その間、アリーゼは不気味になるほど黙り込んでいた。

 

 

 

 アリーゼが教壇に立った瞬間、空気が変わった。

 

「さて皆様、始めますわよ」

 

 さっきまでの道化めいた態度が嘘のように、凛とした威厳が教室を支配する。

 

「さて、お手並み拝見といくか」

 

 レオナルドが席に着いたまま、面白そうに呟く。

 新任教師の実力はどれほどか、そしてセリアがどう反応するか。彼の目には、そんな楽しげな色が浮かんでいた。

 アリーゼは濃紺のワンピースの裾を軽く払う。

 その後、舞台女優のような優雅さで振り返った。

 

「まず、魔術の基本について説明するわ」

 

 アリーゼの姿は、ふざけた様子の普段の彼女とはまるで別人だ。

 

(な、なんなんですの……この落差は……)

 

 セリアがそんなことを思っていると、アリーゼは手のひらを生徒に向けた。

 すると、そこに白く輝く光の弾を発生させる。

 

「これが魔力を放出し留めた状態。人間の体内で生成される肉体エネルギーにDNAを組み込み……魔力に変換した状態よ」

「先生、DNAとは何ですか?」

 

 ふと、一人の生徒が手を挙げて質問した。

 

「良い質問ね。DNAとは、生命の設計図――人体構造の礎であり、魔術の適性も、その微細な細胞に刻まれている。魔力回路、と言い換えた方が聞き馴染みがあるかしら」

 

 アリーゼの出した球体は、まるで小さな惑星のように温かく光る。

 

「この状態で出来るのは基礎魔法のみ。傷を癒やしたり物を浮かしたり、単純なことしか出来ない。でも性質を変化させることで、より柔軟な魔術となる」

 

 アリーゼが軽く息を吐くと、魔力の球体が徐々に熱を帯びる。

 白い光が橙色へと……そして深紅へと変化し、ほんのり教室が暖かくなる。

 

「それが六大元素よ。これは炎元素を組み込んだ状態。六大元素には『火』『水』『風』『土』『雷』『草』の六種類があり、それぞれ特徴が違うわ」

 

 アリーゼは球体を上へ上昇させ、パチンと指を鳴らすと消滅させた。

 そして、流れるような筆跡で黒板に六大元素の個々の特徴を書く。

 

 

 

『火』最も活発で攻撃性が高く、破壊力に優れるが制御が難しい元素。

『水』流動性と柔軟性があり制御しやすい元素。癒やしと浄化を得意とする。

『風』機動力と切れ味に優れ、移動魔術や鋭い攻撃に優れている元素。

『土』最も安定しており防御と持続に長ける。建築魔術や防壁魔術を得意とする。

『雷』もっとも爆発的で瞬発力に優れているが、もっとも安定性はなく持続力はない。

『草』バランスが良く使いやすい。尖った特徴はないが適応力が高い。

 

 

 

「そして、基本六元素を逸脱した魔術元素……それが光元素と闇元素ですわ」

 

 その言葉に、教室の空気が再び変わる。

 光と闇――選ばれし者のみが使える特別な元素だ。

 

「逸脱した魔術元素……」

「特別な魔術……」

 

 自然と生徒の視線が、光魔術の使い手であるアリスに向いた。

 

「光元素は神聖魔術や時空間に関わる高等魔術を得意とする元素。使用するには高い精神力と純粋な心が必要よ」

 

 次に、闇魔術について説明するアリーゼ。

 

「闇元素は破壊ではなく『無』。空間操作や物質変換、そして魂に関わる高等魔術を得意とし、使用するには深い洞察力と強い意志が必要」

 

 生徒たちは感嘆のため息を漏らしながら、必死にノートを取っていた。

 しかし、その中で一人だけ、違う表情を浮かべている生徒がいた。

 

「それでその二つは……」

 

 生徒達がアリーゼの話を聞いているその時、

 

「退屈ですわね」

 

 セリアの不満そうな声が教室に重い空気を生み出す。

 ミアは後ろの席で息を呑んだ。

 

「……ほう、何か文句でも? クソガキ」

「ふん」

 

 セリアは優雅に足を組み替え、扇子をパタパタと仰ぎながら言葉を続ける。

 その仕草は完璧に計算されたもので、貴族としての威厳を最大限に演出していた。

 

「先程から基本的な魔術の話ばかり、その程度の常識しか教えられませんの?」

 

 たしかに、セリアの言うとおりである。

 今話しているのは魔術の基礎知識でしかない。

 

「この学院に求められるのはそんな基本ではありませんわ。平凡な魔術論ではなく、貴族に相応しい高等魔術論。その程度のわかりませんの?」

 

 エミリーとヴィクトリアも、セリアに同調するように頷いた。

 

「そうですわね、セリア様のおっしゃる通りです!」

「このような基礎は、既に家庭教師から学んでおりますもの」

 

 セリアは言葉を続ける。

 

「ここは誇り高きアクアドール学院ですのよ。平凡な魔術しか教えられないなら――」

「あら反抗期かしら? 教師に噛みつくなんて可愛げがないわね」

「っ」

 

 相変わらずふざけたアリーゼの言葉。

 セリアは苛立ち、歯ぎしりをした。その音が静かな教室に響く。

「本当に生意気ですのね! スーリア様に推薦されたからって頭が高いのではなくて?」

 

 スーリアの名前を出すセリア、それは彼女なりの牽制だ。

 あの完璧な淑女が推薦した教師なのだから、それなりの実力はあるはずだという期待と、同時にスーリアの名を汚すなという警告でもあった。

 

「……」

 

 アリーゼは一瞬複雑な表情を浮かべたが、すぐに元の傲慢な笑みに戻った。

 

「今までの全て基礎知識でしかない! その程度でこの学院の教壇に立とうなど――」

「ではお聞きするわ、クソガキ」

 

 その時、アリーゼの瞳が冷たく光る。まるで氷の刃のような視線が、セリアを射抜いた。

 

「基礎魔術のヒーリング。それを魔術回路への負担を軽減させつつ、元素を使わずに効果を高める方法は?」

「げ、元素を使わずに……?」

 

 セリアの顔が青ざめた。質問の意味は理解できる。

 しかし、答えが出てこない。

 

(そんな方法が……)

 

 魔術において、元素は必須のものだと教わってきた。

 特に治癒魔術は水元素の独壇場。それ以外の方法など、考えたこともない。

 

「どうしたのクソガキ。こんな基礎もわからないの?」

 

 元素を使わない治癒魔術など、聞いたことがない。

 他の生徒も同様、その答えをわからずにいた。

 

「ほら、ほかの奴でも良いわよ。答えてみなさい」

 

 静寂が教室を支配した。誰一人として手を挙げない。

 

「どうしたの? 貴女達の理解を試しているだけよ?」

 

 レオナルドも、取り巻きたちも、皆が俯いて黙り込んでいる。

 

 知識として『知っている』ことと、本質を『理解している』ことの違い。その深い溝が、今、残酷なまでに露呈していた。

 その時、小さく震える声が響いた。

 

「あの……」

 

 全員の視線が、声の主に向けられる。

 窓際の席で、金髪の少女が恐る恐る手を挙げていた。アリスだった。

 

「ん?」

 

 アリーゼも彼女を見る。

 その表情にはわずかな期待が宿っていた。

 

「もしかして……魔力の共鳴、でしょうか?」

 

 教室が、再び静寂に包まれる……それは驚愕の静寂だ。

 

「えと、ちがい、ましたか?」

「続けなさい」

「え?」

「いいから、続けなさい」

「は、はい……」

 

 アリスは緊張しながらも、言葉を紡いだ。

 

「人間の体には……自然に治る力があります。魔力をその周波数に合わせることで、治癒を促進する……と思います」

 

 その説明に、生徒たちが息を呑んだ。

 農家の娘として、作物の成長を観察し続けてきた経験から導き出した答え。

 

「へぇ、マシなガキもいるのね」

 

 アリーゼの言葉は相変わらず見下したものだった。

 だが声音には、確かな驚きが込められていた。

 

(さすがアリス、やはりあの子は特別だわ)

 

 アリーゼの心の中で、素直な尊敬の念が湧き上がる。

 

「正解よ、アリス」

 

 アリーゼが頷いた。

 

「元素を使わないヒーリング。それは魔力の『共鳴』を利用する方法よ」

 

 アリーゼは教壇に戻ると、新たな魔力球を生成した。

 今度は、元素の色を持たない、純粋な白い光である。

 

「人間の体には自然治癒力がある。魔力をその周波数に合わせて共鳴させることで、治癒を促進できる。元素に頼らず、純粋な魔力制御だけで行う高等技術」

 

 アリーゼが実演してみせる。

 白い光が優しく脈動し、まるで心臓の鼓動のようなリズムを刻んだ。

 

「どう? 平民の娘でも理解できることが、貴女には理解できなかったようね」

「ぐっ……」

 

 セリアは何も答えられなかった。

 今まで自分が学んできたものは、表面的な知識の暗記に過ぎない。

 そのことを心の底から痛感させられていた。

 

「基礎を『退屈』と言った貴女に質問するわ、セリア」

 

 アリーゼの声が、教室に響く。

 

「基礎を理解せずに、どうやって応用を学ぶつもりだったのかしら?」

 

 セリアは何も答えられなかった。

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