割れた星と錠剤 作:がじぽた
風見鶏
「……それで、新しい環境には慣れたのか」
かつて私のSとして2291の番号が紐付けられていた彼女は、その紐を解いて羽ばたいていった。
「別に……。大して変わりはありません。ケー弁だった私を拾って下さった妃さんのお陰で首の皮一枚繋がったので」
公園のベンチで隣に座りながらサンドイッチを頬張る眼鏡をかけ、こざっぱりした印象を与える女性……橘 境子は公安のしがらみによって人生の道を変えざる負えなくなってしまった。
……全ての責任は私にある。
「……そうか。もし生活に困窮する事があればいつでも」
「私を生活能力の無い人間……貴方はまだ保護対象として認識しているんですね」
橘は缶コーヒーに口をつけると、くるくると意味も無く缶を回した。
「……実際に協力者としてリストに刻まれた以上、公安の監視からは逃れられない事くらい承知しているだろう」
公安の協力者ともなれば、罪を背負う可能性と地続きの社会的に危険な立ち位置に引き摺り出される事になり、その切り立った頂から任を解かれたからと言って早々簡単に皆が歩む地に降り立てるわけではない。
「それくらい分かっています!! 私だって……弁護士なんですから……」
そうは言えど、公安に籍を置いている者からした協力者に対する重みと、協力者からの我々に対する見方は等しくなることは望めない。
「……時々であっても、呼び出しに応じてくれることを感謝する」
彼女に向き直り頭を下げ、地面を力無く擦る革靴の軌跡をただ只管に見つめた。
「……なんだか、風見さんって決まった進路しか進めない船やトロッコみたいな……。柔軟性がないだとか応用力に欠くなんて言われませんか?」
橘はサンドイッチの残りを差し出した。
「……これは、橘さんの昼食では」
サンドイッチを挟むペーパーには『喫茶ポアロ』のロゴマークが見え隠れし、この場でもチラつく公安の影に自分の所属組織ながら冷や汗が垂れた。
「たまにはルート以外の脇道に逸れてもいいじゃないですか。美味しいですよ? ワサビ菜とからし菜のピリ辛たまごサンド」
彼女の手からサンドイッチを受け取ると、恐る恐る口をつけた。
「……まあまあ、といったところか」
玉子の甘さと葉物の辛さが入り混じって形容詞がたい複雑な味になっている。
「もう! まあまあって……。でも、風見さんらしいっていうか……。……あ、そうだ。風見さんって風見鶏みたいですね。名前もそうですが、例えにすると日和見主義だとか周りの顔色を伺うって嫌味に捉えられそうですけど、ずっと高い位置から一点だけを見続けるところが似てるなって思うんです」
橘の顔を横目で見ると、眉を下げて口角を上げている。
……そういう所だ。
「……好きだからな。だからこそ見方が厳しくなる。そして、風見鶏というのは皆が向くべき正しい場所を示し続ければならない」
サンドイッチを食べ終わると左手を彼女の前に出した。
「お金は要りません。……そういうビジネスライクなお付き合いではなくなったはずですよ? ……風見さん」