割れた星と錠剤 作:がじぽた
「……此処は一体、何処なんだ……?」
気がつくと、公安の協力相手であった風見さんと二人でキングサイズのベッドに横になっていた。
辺りを見回すと六畳程の真っ白な壁と床、天井で覆われた無菌室のような場所で、通気口と排気ダクト、排水口とお風呂とシャワーにトイレが合体したユニットバスが私たちから向かって右側にあり、左側にはスチール出来たキャビネットが一つと学校で使う丸い掛け時計があるだけで窓はなく、正面にはドアノブが付いた扉と、社訓の掲示に使われるような額縁の中に達筆な字で『セッ〇〇しないと出られない部屋』と仰々しく掲げられていた。
「あー……セッしないと出られない部屋……ってやつみたいですね」
確か私たち二人は公園のベンチでエスを辞めたあとどうしているか、近況を話していて……その辺りから記憶が無い。
何かを使って気絶させられたにせよ、公安の風見さんまで一緒となると、私たちを拉致監禁した相手はプロの人間。
「……開かないな。一度ドアノブを破壊してみよう」
風見さんがドアまで近づくと、貼り紙があったようで私も近づいて書いてある内容を覗き込んだ。
一、家具や配管及び天井、壁、床の破壊を禁ずる
一、備品は好きに使用されたし
一、監視カメラや盗聴器はない
一、センサーが一定の条件を観測すると扉が開く
一、食事は出ない
「……要するに、しない限り外には出しませんと言う事みたいですね」
チラリと風見さんの方を見上げると、真剣な表情で紙を見ている。
……風見さんって『とにかく脱出手段を探そう』として部屋を探索するのか『仕方がない、セッするか』と割り切るタイプのトッチなんだろう。
長い間、協力関係ではいたものの行動パターンの予測が正確に出来るほどの深い付き合いをしていたわけじゃなかった。
……だからこそ、協力関係が解消されて新しい関係性になれたんだから……。
「……仕方かない。橘さん」
鋭い眼光が私を捉えて、心臓が跳ねた。
……す、するタイプなんだ。
「……はい。なんですか?」
此処はあくまで『風見さんがどうしてもと言い、私を求めてきたから仕方がなく応えた』という体裁を保たないと……。
「あなたをセットクします」
……そうよね、服を脱いで……シャワーを浴びて……服は脱がせてくれるタイプなのかな……。
……ん?
「はあ!?説得!?」
思わず二度見をすると、両肩に手を置かれた。
そ、そうよね……ジャケットを脱がせて……シャツのボタンに手を掛けて……。
「橘 境子。君は私に深入りしようとしているな?……私と君は『元エスとハンドラー』という関係であって切っても切れない縁があるが……。君は自分の人生を歩め。……私が全力でサポートをする」
……はあ?
「……風見さんは未だそんな意識だったんですね。公安として私の人生を乱しておいて、介入はしても介入はさせてくれない。貴方は私より優位な立場にいるということですか」
肩に乗せられた手を叩いた。
「……ああ。君の人生を見守り続ける役目がある。君がどんなに私を嫌おうと、私は君の安全を保証しなければならない」
……なんで対等に扱ってくれないの?
「私はそんなの望んでない!!貴方と同じ目線に立ちたいという願いすら聞き入れてくれないんですね!!」
思い切り彼の両腕を叩いて肩から振り落とし、キャビネットまで歩いた。
……こうなったら、その気にさせてやる。
キャビネットの一段目はローションやティッシュ、タオルや衛生品と……避妊具が3箱あった。
「……説得は失敗か……これは」
風見さんが隣で避妊具の箱を空けて、連なるパッケージを出した。
……流石に言い逃れは出来ないわね。
「分かりますよね?……これの使い方」
不敵に笑って風見さんを見上げると、コクッと頷いた。
成人男性、公安警察官、分からないわけがない。
「爆弾を作っての脱出か……同僚がやり方を教えてくれたのはいいが材料が足りない。……ルールに反した場合の罰則規定も確認出来ていないから、推奨はしない」
……この人。
「私を馬鹿にしてますよね?」
キッと睨みつけると、風見さんは眼鏡のブリッジを押さえて下を向いた。
「……仕方がない。……するしかないか」
風見さんが右足を前に出すと、私と彼は拳2個分を隔てた距離に近づいた。
「……どうぞ、手本を見せてください」
ゴクリと唾を飲み込んで、指先をギュッと握りしめた。
……とうとう、するんだ。
目をゆっくりと閉じると、両腕を掴まれて言葉が上から落ちてくる。
「セッポウするぞ……」
……唇が重な……重ならない……
「……説法って……」
呆れて声に上手く感情が乗らない。
「……君と私は対等だ。……だからこそ人生という道において互いに平行に走り、交わることがない。これが私達の関係だ」
……どうしてそこまで私を拒絶するの?
受け入れてくれないの?
……私は友人からでいいから、一歩ずつ歩み寄っていきたいだけなのに。
「……私、そんなに贅沢で我が儘、無理な注文をしていますか?」
自分の頬に、涙の筋が伝わった。
私は貴方を困らせているんですか?
「……泣くな。境子さん。」
次に落ちる涙の雫が彼の指に掬い取られる。
涙でぼやけた彼の顔は、微かに微笑んでいるように見えた。
「……誰が泣かしたんですか……馬鹿……」
泣いていると指摘されると、だんだん嘔吐くように声が上擦ってしまう。
「……すまない。泣かせたのは私だ。」
彼の手が私の背中を撫でて、無意識に私は彼の胸に顔を埋めた。
……初めて彼の匂いを間近で感じとれた喜びに、涙腺が刺激される。
「風見さんが……風見さんが……」
暫く過呼吸じみた憂さ晴らしの号泣は続いて、私を抱きしめている逞しい腕は血の通っていないように見える冷血漢な男性にも温もりがあるということを教えてくれた。
「残りのセッシュ……接種は食事がでないことと器具が無いから違うだろう。……まさか何方かが折檻、切腹をしないとでられないとでも言うのか?」
彼の胸に耳を当てると、大して鼓動に変化はない。
……やっぱり、分かってたんだ。
「……まだ試していないものがありますよ。……接待と……接吻……」
トクントクンと鳴っていた心臓の音は、トクトクとスピードを速めていった。
「せ、接待をするか……。境子さん、何をご所望ですか?」
……風見さん、ドキドキしてくれてるんだ。
彼の腕の中で顔を見上げながら、つま先立ちになって背伸びをした。
「……こんな感じの……接吻と……接待」
風見さんは初めて狼狽えた顔をして、目を伏せた。
「う……上手くやれるか分からない」
私はもう一度つま先立ちをして、顔を見合わせて微笑んだ。
「……急に素直になりましたね。ポンコツなフリはもうしないでください。……私だって上手くやれるか分かりません。……だって、私たちは……」
そう言って角度を変えながら唇を合わせようとすると、扉からカチャリという鍵が開いた音がした。
ふう、という溜息が額の辺りを通り抜ける。
「……脱出するぞ。……橘さん」
彼がまた、元に戻ってしまう。
そのままの態勢でネクタイを引いた。
「……私はまだ、接待をうけていませんよ?……裕也さん」