宇宙の平和より俺の命を大切にして何が悪い   作:最高司祭アドミニストレータ

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資源戦略会議

 帝国元帥府、戦略会議室。

 

 首都惑星の陽光を完全に遮断したその巨大な部屋の中央には、最新鋭のホログラム投影機が銀河系の広大な星図と資源分布を青白く浮かび上がらせていた。

 

 その上座──最高権力者のために用意された、無駄に豪華な椅子に深く腰を沈めているケイイチ・フォン・タチバナ帝国元帥は、内心で果てしない欠伸を噛み殺すのに必死だった。

 

 

(長い。専門用語ばっかりで何言ってるか一ミリも分からん。なんで俺がこんな難しい会議に出なきゃいけないんだ。ハンコを押すだけの簡単な仕事じゃなかったのかよ)

 

 

 タチバナの視界には、ホログラムを取り囲むように展開された十数枚の通信モニターが並んでいる。そこに映し出されているのは、彼が率いることになった大艦隊を実質的に動かしている、十三人の女性指揮官たちだ。

 

 

「現在、第7セクターにおける『金属』採掘プラットフォーム群の設営は完了。周辺宙域の治安維持体制も盤石だ。海賊の小規模な接近はあったが、我が艦隊が軍規に則り、一切の容赦なく排除した」

 

 

 モニターの一つでカレン・マクシミリアン大将が、一切の無駄を省いた冷徹な口調で報告する。彼女の漆黒の髪と鋼鉄のような瞳は、画面越しでも背筋が凍るほどの威圧感を持っていた。

 

 それに続くように、アデライード・フォン・ローゼンベルク大将が華やかな笑顔を浮かべる。

 

 

「ええ。わたくしの《ローゼンカヴァリエ》が展開した電子戦により、海賊どもの通信網は完全に沈黙いたしましたわ。カレンの完璧な陣形の前では、ネズミ一匹逃げ出すことは不可能ですのよ、タチバナ様♡」

(凄いな、お前ら。俺なんかただ座ってるだけなのに、勝手に仕事が進んでいく。それにしても、なんであんな軍規の鬼みたいな堅物と大貴族の令嬢が、俺なんかに心酔してるんだ?)

 

 

 タチバナが内心で首を傾げた瞬間、椅子のすぐ背後に控えていたフィリア・アージェント大将から、容赦のないテレパシーが脳髄を直撃した。

 

 

『忘れたとは言わせませんよ。かつてカレン大将が腐敗貴族の陰謀で軍法会議にかけられそうになった際、貴方が「めんどくせぇ。適当に書類書いて無罪にしとけ」と私に丸投げしたのを、彼女が「不当な権力に屈しない、絶対の正義」と壮大に勘違いしたからです。アデライード大将に至っては、社交界で貴方が早く帰りたくて「君が一番美しいから、もう帰る」と適当に言ったのを、「腐敗を正す理想の騎士に見初められた」と思い込んでいるだけです』

 

(全部俺の行動が原因じゃねえか! だから怖いんだよ! いつかメッキが剥がれたら、真っ先にあの二人に切り捨てられるだろ!)

 

 

 タチバナが冷や汗を流していると、別のモニターから騒がしい声が飛び込んできた。

 

 

「司令官! あたしたちの担当宙域も完璧っすよ! 『重水素』の採掘基地を襲ってきた連中を、《カグツチ》の突撃で一網打尽にしてやりました!」

 

 

 元気いっぱいにピースサインを出しているのは、ヒナ・アカギ大将だ。その隣のモニターでは、メグ・フレイムハート中将が豊満な胸元を揺らしながら、挑戦的な笑みを浮かべている。

 

 

「あたしの《フェニックス》から飛ばした艦載機も大活躍よ♡ 逃げようとした残党は全部、宇宙の塵にしてやりました! 司令官、後でたっぷりご褒美お願いします!」

「我が《スサノオ》の火力をもってすれば、あのような海賊の大型拠点など、木っ端微塵にするのも容易いことです。全ては、閣下への絶対的な忠誠の証」

 

 

 さらにその隣でレイナ・フォン・クロサワ上級大将が、底知れない破壊衝動を秘めた瞳で報告を締めくくった。

 

 

(おいおいおい、あの武闘派トリオ、血の気が多すぎるだろ! なんであんな凶暴な連中が、俺の命令を大人しく聞いてるんだよ!?)

 

 

 タチバナが内心で悲鳴を上げると、フィリアの冷徹な声が再び脳内に響き渡る。

 

 

『ヒナ大将は、過去に彼女が敵陣で孤立した際、貴方が敵前逃亡で我先にと後退した先が、偶然彼女を包囲していた敵の背後だったため、「奇襲で助けてくれた命の恩人」と勘違いしています。メグ中将には「前に出ると危ないから適当に空から援護してて」と丸投げしたのを「私の翼にすべてを委ねてくれた」と解釈し、レイナ上級大将には「怖いから君に先陣を任せる」と後ろに下がったのを「自分を最強の剣として全幅の信頼を置いている」と思い込んでいるからです』

 

(だから完全な勘違いだろ! 俺はただ逃げたかっただけで、一ミリも勇気ある行動なんてとってないんだよ!)

 

 

 タチバナの胃痛は限界に達しつつあった。だが、報告は終わらない。

 

 

「あの…閣下…指定された小惑星帯で…高純度の『結晶体』の巨大鉱脈を…発見しました…」

 

 

 モニターの隅でクロエ・フォスター少将が、消え入るような小声で報告する。それに被せるように、ユキノ・シライシ中将が分厚い眼鏡を光らせて身を乗り出した。

 

 

「その情報を元に、我が局で防衛システムの立案を完了しました。プラットフォームの防衛網には、私が開発した特製の自律型パルス砲塔群を配置します…完璧なデータです」

「兵站も滞りなく進行しておりますわ、閣下」

 

 

 アンナ・ホーキンス少将が、聖母のような笑みを浮かべて続く。

 

 

「X20級大型作業艦を用いた移動精錬工場によるネットワークは順調です。全艦隊への金属、結晶体、重水素の補給ラインに遅れは一切ございません。…すべては、閣下のお身体と兵士の命を守るため」

「ご飯も超特大盛りで配給してますよー! タチバナ閣下のおかげで、みんなお腹いっぱいです!」

 

 

 ベッキー・スターリング少将がフライパンを片手に満面の笑みで割り込み、さらにセシリア・ホワイトリリー中将が優しく微笑む。

 

 

「野戦病院艦での医療体制も万全ですわ。怪我をした兵士は、わたくしが一人残らず手当ていたします。…タチバナ様のお疲れも、後でじっくりと癒して差し上げますわね」

(俺、ただ身の回りの世話を頼んだだけなのに、なんでこいつら戦略級の働きしてんの!?)

 

 

 タチバナは、もはや頭を抱えたかった。

 

 

『クロエ少将には「視界に入ると緊張するから隠れてろ」と言ったのを「影の任務を託された」と勘違いし、ユキノ中将には会議中に暇つぶしで描いたテキトーな落書きを「天才的な魔改造兵器の設計図」だと思い込まれています。アンナ少将は私が用意した「兵の命を任せる」という台本を丸読みした結果、母性を爆発させましたし、ベッキー少将は「腹減ったからとりあえず飯食わせとけ」を「士気を重んじる名将」と解釈。セシリア中将に至っては、貴方が胃痛で倒れ込んだのを「帝国の重圧に一人で傷ついている」と勘違いし、庇護欲を暴走させているだけです』

 

(俺のせいだけど俺のせいじゃないだろ! なんでどいつもこいつも、俺のクズな言動を勝手に美化して変換してんだよ! 脳内に自動翻訳フィルターでも入ってんのか!?)

 

 

 タチバナの心の中で、ツッコミの嵐が吹き荒れる。が、彼には表面上、無言で鷹揚に頷くことしか許されていない。

 

 

「帝都防衛艦隊の配備も、完璧に完了しておりますわ。タチバナ元帥」

 

 

 モニターの一つから、アリシア・フォン・ローゼンベルク上級大将が、誇り高く言い放った。彼女の純白の軍服は一分の隙もなく、黄金の髪が威厳を放っている。

 

 

「タチバナ様! わたくしも、タチバナ様のための豪華慰問艦隊を出撃させる準備が整いましてよ! 今すぐそちらへ向かいますわ!」

 

 

 その隣の画面で、アナスタシア・フォン・ミラックス特務少将が、恋に浮かれた少女のように両手を組んで叫んだ。

 

 しかし次の瞬間、彼女の背後から伸びてきた腕が、アナスタシアの首根っこを物理的に押さえつけた。

 

 

「姫様! いい加減になさらないと私の胃がマッハです! 閣下、申し訳ありません。こっちは私が物理的に鎮圧しておきます!」

 

 

 クラリッサ・フォン・ミューゼル中将が、片手でアナスタシアを押さえ込みながら、もう片方の手で胃薬を水なしで飲み込んでいる様子が画面に映し出された。

 

 

(もう帝都の防衛より、あの姫様の暴走を防衛してくれ…クラリッサ、お前だけがこの中で唯一の常識人だよ…)

 

 

 タチバナは本気で同情した。

 

 

『アリシア上級大将は、貴方が皇帝の威圧から逃れるためにガチガチに緊張して行った完璧な礼を「腐敗貴族とは違う気高き獅子」と勘違いしています。アナスタシア少将は、転びそうになったのを反射的に抱き止めただけで「運命の王子様」と認定しました。そしてクラリッサ中将は、アナスタシアの暴走に巻き込まれて貴方が本気でため息をついた際、「私と同じ苦労を分かち合える人だ」と不本意ながら同情し、惚れてしまったのです』

 

 

 フィリアの容赦のない総括が、タチバナの脳裏に重くのしかかる。

 

 

(もう嫌だ。全員の好意が重すぎる。というか、いつかすべての勘違いがバレた時、俺は十三方向から同時に命を狙われるってことじゃないか! 怖すぎるだろ!)

 

 

 タチバナは、ホログラムの青い光を見つめながら、ただひたすらにこの会議が終わることを祈り続けた。

 

 表面上は「有能な部下からの報告を静かに聞き入れる孤高の総司令官」を演じながら内心では冷や汗を流し、早く自分の安全なベッドに潜り込むことだけを夢見ていた。

 

 

「各方面の状況は把握した。引き続き、各個の判断で任務を遂行せよ。会議を終了する」

 

 

 タチバナが極力威厳を保った声で宣言すると、十三のモニターに映るヒロインたちは一斉に完璧な敬礼を行い、通信は次々と途絶していった。

 

 静寂が戻った戦略会議室でタチバナは椅子に深く背中を預け、ようやく肺の底に溜まっていた息を長く吐き出した。

 

 

(終わった…とりあえず今日の仕事は終了だ。それにしても、俺が何もしなくても、あいつらが勝手に海賊を殲滅して、勝手に資源を確保して、勝手に帝都を防衛してくれている。まさに丸投げ最高! 座っているだけで銀河が平和になっていくじゃないか。これなら元帥生活も悪くないかもしれないな…グヘヘ)

 

 

 タチバナは安堵と共に、持ち前のクズな楽観主義を取り戻しつつあった。

 

 ところが、彼が立ち上がり、自室へ戻ろうとしたその矢先である。傍らに控えていたフィリアが、不意に耳元のインカムに手を当て、その無機質な顔をわずかに──本当にコンマ数ミリだけ──険しくした。

 

 

「フィリア? どうした」

 

 

 タチバナの問いかけに対し、フィリアはすぐには答えなかった。彼女はコンソールを高速で操作し、届いたばかりの最高機密・緊急暗号通信を復号化していく。

 

 やがて彼女はタチバナの耳元に顔を寄せ、一切の感情を排した声で、氷のような事実を告げた。

 

 

「皇帝陛下が、先ほど崩御されました」

「…は?」

 

 

 タチバナの思考が、完全に停止した。

 崩御。つまり、死んだということだ。自分を銀河最年少の帝国元帥に任命し、全宇宙艦隊の半分の指揮権を与えた、あの皇帝が。

 

 

「現在、帝国宰相が『代理皇帝』として政務の実権を掌握しつつあるとのことです。軍の最高幹部たちも、宰相の元へ集結し始めています」

「ちょっと待て…待ってくれ! 皇帝陛下が死んだ!? 嘘だろ!?」

 

 

 タチバナの顔面から一瞬にして血の気が引き、土気色へと変わっていく。

 

 皇帝の死。それは、タチバナにとって単なる一国の主の死を意味しない。彼をあらゆる政治的攻撃から守っていた「最強の盾」が消滅したという、絶対的な死の宣告に他ならなかった。

 

 タチバナがなぜ、帝国宰相や最高幹部たちから目の敵にされているか。理由は単純明快だ。

 

 彼ら最高幹部は、門閥貴族として長い年月をかけて特権と地位を築き上げてきた、いわば帝国の「古い血」である。彼らにとって二十代の若造であるタチバナが実績を盾に、自分たちをごぼう抜きにして元帥の座に就いたことは、軍の伝統と階級制度に対する最大の冒涜であった。

 

 ましてや、タチバナが全戦力の半分を掌握しているのだ。「運だけで成り上がった小僧が、自分たちの既得権益を脅かす」──その強烈な嫉妬と侮蔑、そして実権を奪われることへの反感は、すでに沸点に達していた。

 

 皇帝という絶対的な重石があったからこそ、彼らは辛うじてタチバナへの直接的な手出しを控えていたに過ぎない。

 

 

(終わった…! 後ろ盾がなくなった! あのタヌキジジイ共に抑えが利かなくなる! 今、俺を毛嫌いしてる宰相が権力を握ったってことは、確実に俺、真っ先に粛清の対象になるじゃん!)

 

 

 タチバナの胃袋が、ギリギリと限界を突破した音を立てる。

 

 暗殺、毒殺、あるいは不当な軍法会議での公開処刑。考えうる最悪のシナリオが次々と脳裏に浮かび、タチバナは両手で頭を抱え込んだ。

 

 

「ど、どうする!? フィリア、どうすればいい!? このままじゃ俺、絶対に殺される! い、そうだ! 逃げよう! 全部捨てて、辺境の星に逃げよう!」

 

 

 タチバナはパニックに陥り、思考が完全にショートしたまま、すがるような目でフィリアを見上げた。

 

 

「なぁ、フィリア! もう元帥なんて辞める! 俺、お前と結婚して、二人で田舎の星で農業でもして暮らすわ! だから一緒に逃げてくれ!」

 

 

 極度の恐怖から飛び出した、現実逃避も甚だしい冗談──いや、彼にとっては一縷の望みを賭けた命懸けのプロポーズだった。

 

 だがフィリアは美しい顔に完璧な「営業スマイル」を浮かべると、タチバナの顔を覗き込み、冷たく言い放った。

 

 

「素晴らしいプロポーズですね、閣下。感動のあまりフリーズしそうです。ところで、貴方のお葬式は何葬でいたしましょうか? 帝国の国教に則るか、あるいは宇宙葬がお好みですか? にっこり」

「にっこりって口で言うな! そして即座に俺を殺そうとするなァァァ!」

 

 

 タチバナは涙目で絶叫した。頼みの綱である精霊の副官は、彼の逃亡を許す気など毛頭ないらしい。

 

 

「逃げる場所など、この銀河のどこにもありませんよ、タチバナ。貴方はすでに、帝国の頂点という盤上に立ってしまったのですから。…盤から降りる方法は、死のみです」

 

 

 フィリアの残酷な正論が、会議室に冷たく響く。

 

 タチバナは崩れ落ちそうになる膝を必死に支えながら、暗く口を開いた帝国の陰謀という名の深淵を前に、ただ絶望の冷や汗を流し続けるしかなかった。

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