宇宙の平和より俺の命を大切にして何が悪い   作:最高司祭アドミニストレータ

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今日から出勤、5連勤の始まりですね…


歴史授業

「──いいか貴様ら! 我々が生きるこのラグランジュ銀河の平和は、血によって購われたものだ!」

 

 

 黒板の代わりに教室中央に展開された、巨大な銀河系の立体ホログラム。そこには幾千、幾万もの光の点が網の目のように結ばれた、壮大な『ラグランジュ・ネットワーク』が映し出されていた。

 

 壇上で吠えるのは、顔にレーザー火傷の痕を持つ厳格な教官バルガス退役大佐だ。

 

 その熱弁を、ケイイチ・フォン・タチバナは盛大に舟を漕いでいた。

 

 

(眠い。歴史なんて知ったこっちゃない。過去に誰がどこで死のうが、今の俺の睡眠時間に何ら影響もないね…)

 

 

 睡魔の海へと深く沈みかけた、その瞬間だった。

 

 

『──そんな文字通りの“おめでたい頭”をしているから、卒業後は棺桶船に詰め込まれて前線へ叩き落とされるのですよ、タチバナ』

「ぶふっ!?」

 

 

 脳内に直接、鼓膜を介さず冷徹な美少女の声が響き渡った。

 

 タチバナは飛び起きた。慌てて隣を見るが、隣の席の男子生徒は教官の顔を真剣に見つめている。

 

 

(おいフィリア! 脳内に直接語りかけるな! 安眠妨害で帝国法違反だぞ!)

 

 

 タチバナは内心の思考だけで、必死に毒づいた。

 

 

『私のストレージに帝国法を犯した記録はありません。それより授業を聞きなさい。バルガス教官が、あなたが一生怯え続けることになる巨大勢力の説明を始めましたよ』

 

 

 ホログラムの銀河地図が切り替わり、いくつかの巨大な領域が色分けされていく。

 

 

「我が『神聖群星帝国』──現在の銀河帝国は、かつてチュー・ロッシ クランが建国し、艦船の完全自動化技術という無敵の軍事力で銀河を統治した!」

 

 

 バルガス教官が胸を張る。

 

 

「未曾有の『銀河戦争』において、かつての帝国はスターゲートを破壊して回る狂気に走ったが、我が国はその崩壊の淵から奇跡の復活を遂げ、五百年の永きにわたり秩序を維持している!」

『…大層な言い振りですが、実態はガタガタです』

 

 

 教官の熱弁に重なるように、フィリアの冷ややかなテレパシーが脳髄を刺す。

 

 

『永すぎる平和は、特権階級たる門閥貴族を骨の髄まで腐敗させました。現在の銀河帝国は、表向きは無敵の宇宙艦隊を誇っていますが、その足元は新興の巨大勢力たちによって音もなく切り崩されているのが現状です。例えば、あの領域──』

 

 

 ホログラムの中で、青く輝く一角がズームアップされた。人類の故郷、地球を中心とした星域だ。

 

 

「地球圏政府!」

 

 

 教官が解説する。

 

 

「人類発祥の地を擁し、帝国に次ぐナンバーツーの力を持つ、我が国の最も強固な盟友だ。地球を覆う超巨大リング都市『エンドレス ドーン』を擁し、星間戦争を生き抜いた誇り高き同盟者である!」

『──修正します。彼らは盟友などではなく、老獪なタカ派です』

 

 

 フィリアの解説が続く。

 

 

『彼らは「地球至上主義」を掲げ、帝国の政治中枢に対して水面下で強烈な干渉を行っています。「ドーン協定」を締結させた立役者でもありますが、その腹の内は、常に帝国の覇権を奪い取る機会を狙っています。あなたの実家であるタチバナ財閥も、彼らの政治工作の資金源にされていますよ』

(うへぇ…親の金がそんなヤバい政治闘争に使われてんのかよ。やっぱり貴族の権力争いには近づかないに限るな)

 

 

 タチバナが内心で身震いしていると、今度は黄色く指定された星域が輝いた。本拠地たる銀河系屈指の巨大都市『アントンタス』のホログラムが浮かび上がる。

 

 

「アントニオス財団!」

 

 

 教官の声が響く。

 

 

「千年の歴史を持つ超巨大企業であり、未知の星系を開拓する『新エクスプローラー作戦』を主導し、帝国の辺境開拓を経済的・技術的に支える優秀な組織だ!」

『──さらに修正。彼らはすでに「エイリアン」です』

 

 

 フィリアの声は冷酷だった。

 

 

『地球圏から見れば、千年も宇宙で独自進化を遂げた彼らは、もはや文化も思想も異なる異人類。帝国の法が及ばない辺境の地で、独自の最先端艦船設計技術を着々と蓄積し、独自の勢力圏を爆発的に拡大しています。彼らが本気で牙を剥けば、帝国の前線は一瞬で崩壊するでしょう』

 

 

 ホログラムは治安の悪化を極める、コレゴ星系の巨大都市『ベロボーグ』を映し出す。不気味な黒い輝きを放つ、最も貪欲なメガコーポレーションの領域だ。

 

 

「ノマシッピンググループ!」

 

 

 教官が苦々しげにその名を口にする。

 

 

「旧帝国崩壊の混乱期に三大企業を吸収合併して設立された、銀河最大の貿易・海運・採掘コングロマリットだ。ドーン協定を支持し、エイグラム星域などの過酷な探索を主導する、帝国の兵站の要である!」

『──最大級の警告を。彼らは「銀河の寄生虫」です』

 

 

 フィリアのテレパシーに、明らかな嫌悪感が混じる。

 

 

『完全な資本主義思考で動く彼らは、中小の開拓勢力を容赦なく吸い上げ、エイグラム星域の利権を独占して周囲の怨嗟を集めています。帝国の腐った門閥貴族たちに莫大な賄賂を贈り、補給路の利権を貪る血も涙もないビジネス。タチバナ、あなたがもし最前線に送られたなら、彼らの売る高額で粗悪な補給物資によって、飢え死にする確率が跳ね上がります』

(最悪じゃねえかノマシッピング! 絶対に関わりたくない!)

 

 

 タチバナは机の下でガタガタと震えた。

 

 教官はそんなタチバナの様子に気づくこともなく、ホログラムの地図をさらに広げ、私掠団や、旧帝国の残党勢力『スターリベルタドーレス』。さらには宇宙人説すら囁かれる勢力『エグザイル』の脅威について、唾を飛ばしながら語り続けている。

 

 

「いいか! 銀河は今、これら巨大企業と新興勢力がドロドロの陰謀を巡らせる、血みどろの覇権争いの舞台なのだ! 昨日の友が今日の敵となるこの暗黒の時代、貴様ら士官候補生が前線に立ち、帝国の盾とならねばならんのだ!!」

 

 

 教官の熱い咆哮が響き渡る中、タチバナは完全に白目を剥いていた。

 

 

(無理無理無理! なにが帝国の盾だ! どこを見ても陰謀と最新鋭兵器の地獄じゃねえか! 地球圏政府もアントニオスもノマも私掠団もエグザイルも、全員まとめて勝手に殺し合え! 俺は絶対に士官学校をギリギリの成績で卒業して、誰も来ない辺境の、机とハンコしかない安全な後方事務官の席を勝ち取ってやる!!)

『──対象の怠惰と臆病さは、全銀河の危機を前にして、むしろ神がかり的な保身の決意へと昇華された。実に嘆かわしい人間のバグである』

 

 

 脳内に直接響くフィリアの冷ややかなテレパシーに、タチバナが心の中で必死に「バグ言うな!」と言い返していた、その時だった。

 

 

「──おい、タチバナ!」

 

 

 教壇からの怒声。バルガス教官の鋭い眼光が、冷や汗を流して固まっているタチバナを捉える。

 

 

「貴様、先ほどから白目を剥いて何を呆けている! では、その後ろに控えている付き人の娘。主人の代わりに貴様が答えてみろ。我が帝国と地球圏政府、アントニオス財団が締結した、ラグランジュ・ネットワーク再建のための条約の正式名称はなんだ!」

 

 

 教室中の視線が一斉にタチバナの席へと集まる。

 

 タチバナが慌てて「え、ええと…」と口ごもる前に、フィリアが一歩前へ出た。彼女は実体化しているため、周囲からは完全に「人間」として認識されている。

 

 

「『ドーン協定』です、バルガス大佐」

 

 

 フィリアは感情の起伏がない、鈴を転がすような澄んだ声で滑らかに答えた。

 

 

「人類発祥の地である地球圏政府の呼びかけにより、アントニオス財団やノマシッピンググループなどの主要勢力が署名。旧帝国崩壊後の混乱を収拾し、スターゲート網の再統合と秩序維持を名目として結ばれた星間条約です。なお、現在ホログラムに表示されているベロボーグ星域における兵站網の利権争いは、この協定の第四条に抵触する恐れがありますが、門閥貴族への特例措置により見過ごされているのが現状かと」

 

 

 あまりにも的確かつ帝国の腐敗にまで踏み込んだ回答に、教室がしんと静まり返った。バルガス教官は驚きに目を見張り、それから苦々しげに顎を引いた。

 

 

「ふん、付き人のほうがよほど優秀なようだな。タチバナ、貴様も少しは見習え」

「あはは、面目ないです先生!」

 

 

 タチバナは頭を掻きながらヘラヘラと笑った。

 

 周囲の生徒たちからは「やっぱりあのボンボンは女任せの無能だな」という軽蔑の視線が飛んでくるが、タチバナの内心は(よっしゃ完璧! さすが俺のフィリア、モブ教官を完全論破だぜ!)と大満足だった。

 

 彼にとって、他人に無能と思われることなど、前線に送られるリスクに比べれば安いものだった。

 

 やがて、終了を告げる重々しいチャイムが校舎に鳴り響いた。

 

 教官が退出した瞬間、タチバナはフィリアを伴って真っ先に教室を抜け出した。他の生徒と関わって無駄な派閥争いに巻き込まれないための、素早い撤退だ。

 

 二人が向かったのは、士官学校の敷地内でも一際異彩を放つ、タチバナ財閥が寄贈した特別豪華学生寮の一室だった。

 

 二重の生体認証と、軍用規格の暗号化防壁を解除して室内に入った瞬間、タチバナは端正な制服のネクタイを乱暴に緩め、最高級本革のソファーへと泥のように崩れ落ちた。

 

 

「アァ疲れた! 死ぬ! 緊張感で寿命が3年縮んだわ! なんだよあの教官、歴史の授業のフリして『お前ら前線で盾になれ』って脅迫してんじゃねえよ! 狂ってる、この学校の奴ら全員アドレナリンが出すぎて狂ってやがる!」

 

 

 ソファーに顔を埋めてじたばたと足を暴れさせる主人の姿を、フィリアはただ静かに見下ろしていた。

 

 室内の自動セキュリティが完全に作動したことを確認すると、彼女はふっと息を吐き、周囲に見せていた「人間の付き人」としての緊張感を解く。

 

 

「お見事な取り乱し振りですね、タチバナ。周囲からは『無能なタチバナの、やけに優秀な女付き人』として完全に定着したようです。聖剣の精霊たる私が、人間の小娘のフリをしてあなたのタンク役をさせられている事実に、私のストレージは深く呪っています」

「いいじゃん別に! 周りから見ればお前はただの超絶美人な人間の秘書なんだからさ。それに、人類の至宝たるこの俺をサポートするのはお前の光栄だろ?」

 

 

 タチバナはソファーから顔を跳ね上げ、不敵に笑った。

 

 

「さっきのモブ貴族どもや教官がお前のこと見下すたびに、俺は内心でほくそ笑んでんだよ。お前らがバカにしてるその子はな、実家の蔵に眠ってた伝説の、名も知れぬ超古代の至宝なんだぞってな! つまり、それを従えてる俺のセンスを理解できないあいつらは、全員感性が死んでる重罪人ってわけだ」

「相変わらず、自身の傲慢さと自己愛を処世術という名の言い訳でコーティングするのがお上手ですね。呆れを通り越して感心すら覚えます」

 

 

 フィリアはそう言いながら空中に手記のホログラムを展開し、流れるような手つきでキーを叩き始めた。

 

 

「あ、また書いてる! 『対象は自室に戻るや否や、人類の至宝を自称しながらソファーで醜く悶絶した』とか書くなよ!」

「書いていません。事実をより正確に、『対象の精神構造は、全銀河のメガコーポレーションの陰謀よりも不可解かつ卑屈である』と修正しただけです」

「それ悪化してんだろ!!」

 

 

 タチバナはフィリアとの不毛な言い合いに熱を上げながら、無事卒業できますようにと心から願うのだった。

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