怖かった。于ョ才]ワヵッ勺。
小布す、キ″τ声カゞ変レニナょっちゃぅ<ʖˋレヽ小布カゝっナニ。
いやはや、肝が冷えたというか。よくもまあアレだけ恐ろしい殺気を前にして表情を崩さなかったものだ。何というか、俺ってこんなポーカーフェイスだったっけ?
よもや冷汗の一滴すら出ないとは思うまい。動かない表情筋の裏では心臓が死に物狂いでポンプ作業を繰り返し、血流は雪崩を打って体中を駆け巡っていたというのに。
もしや魔物になった影響がついに出始めたとでもいうのか。
……まあとはいえ、下手に動揺を表側に出さなかったおかげで想定よりも拗れずに話が進んだと思う事にしよう。
背後をちらりと見る。三人の冒険者が俺の後ろで油断なく周囲を警戒している。その上で俺から片時も視線を外すことなくついて来ている。
よく見れば全員がさりげなく自らの得物の近くに手を置ており、俺が何かしでかせば即座に飛び掛かれる状態にあった。
ずいぶんと嫌われたものである。……いや、当然といえば当然なのだが。
俺は魔物で、彼らはそれを殺すことを生業とする冒険者。そのうえ一人は敬虔なキシリトール教の信者。出会った瞬間から仲良くなれるはずもない。本当によくもまああの状況からここまでこぎつけられたものである。
「……グレイ・ゴブリンとか言ったか」
俺の後ろで一人の冒険者が、確か名はカセマージといったか、がおもむろに話しかけてきた。
「ナンダイ?」
振り返らずに返事をする。
「お前、どうして人間の言葉が話せるんだ? 特異個体の話は色々聞くが、人語を放すなんて話は聞いたことがねえ」
「アァ、ソリャア俺ガ元々人間ダカラサ」
「はっ!」
俺が包み隠さず話せば、殿を務めていたキシリストのスルケープが笑い飛ばす。
「ハッハッハ! そんなバカな話があるか! 魔物風情が昔人間やってたから今でも喋れるだと? そんな都合の良い話があるわけねえだろうが! それに」
背中越しにさすような視線が突き刺さる。
「神のおつくりになった人は人に、野卑な獣は獣に生まれ変わる。お前の言う事なんか嘘っぱちだ。獣の戯言。聞き入れる価値など無し」
「ナラソレデモ構ワナイ」
俺はいったん足を止め、振り返って、睨みつけるキシリストの視線を見返しながら口を開く。
「ケドモソレハコノ世界ノ連中ダケノ話ダロ? 俺ハ異世界人デモアル。ソレガ適用サレテイナイ可能性ダッテアルダロ」
この世界には異世界人がたびたび現れ、酷く暴れたり、世界をしっちゃかめっちゃかにしたりすることがあるようだ。とりわけ彼らが現れると文化的な侵略甚だしく、この世界特有の物が何個もあちらの世界の物に置き換えられているという。その代表例が『パン』らしい。
「まあ!」
特に反応が良かったのはヌイセラという魔女の女性で、実に興味深そうな顔で話の続きを聞きたがっていた。
「フン、だったらその異世界とやらの話を聞かせて見せろ。どうせ嘘だろうがな」
スルケープはつまらなそうに鼻を鳴らし、カセマージへと目を向ける。一瞬の目配せの後カセマージはこちらへと目を向ける。興味津々といった目をしてた。
その言葉を待っていた俺は自分の前世の事をこれでもかとくっちゃべった。自分の生まれ故郷のこと。平凡な出生、平凡な学歴、平凡な就職先。虚無めいた日常についての全てを。
「荒唐無稽な作り話だ。聞くに値せんね」
「それにしちゃ具体的が過ぎるな」
そこから、なぜかは分からないが互いの過去についての打ち明け合いが始まった。
カセマージとヌイセラは互いに幼馴染の関係であり、はるか昔に互いに大きくなったら結婚しようという誓いを立てていた事、今の今まですっかり忘れてていた事、冒険者家業に夢を見て故郷を旅立ったこと、自分の実力が頭打ちになった事の絶望、青の町のギルドで新人いびりをしている傍らでその実若さへの羨望を感じていたこと。
「―――そういう訳で、及第点ぎりぎりだがなんとか合格をもぎ取れた俺は無事施設から『出荷』された……だが結局必死こいて外の世界に出られたっていうのに、よりでかい籠の中に飛び込んだっていうだけだ。先生達のいう事は、正しかったんだ」
「……ソッカ」
最後にスルケープが涙声交じりに過去を打ち明け終えれば、俺たちを隔てていた物は、いつの間にかなくなっていた。
俺が無言でスルケープの涙をハンカチで払ってやれば、カセマージは相棒の背中を叩き、肩を組んだ。ヌイセラは声を震わしてさめざめと泣き、鼻をすすった。
踏み越えるべき境界線は消え失せ、あるのは一体感という名の団結だった。俺たちの間には種族の隔たりなどはなく、ただ共通する未来へ向かおうとする意志だけが存在していた。
種族間を超えた友情が成立する瞬間のきっかけは、別段大きなエピソードなど必要はない。ただ対話する切っ掛けさえあればいいのだ。それが成立する事の、なんと難しい事か。
何の因果か。俺と彼らは対話する切っ掛けをひょんなことから得ることができた。もしこれすらもが神様とやらの思し召しというのであれば、やはり神は存在するのであろうと思わずにはいられなかった。
■
「―――ココダ」
俺は立ち止まり、背後を振り返って三人へと呼びかけた。この茂みの向こう側にターゲットのトロルはいる。冒険者たちは無言で頷き合い、得物を引き抜いて作戦通り散会した。
「スゥーッ……ハァーッ……」
俺は呼吸を深め、額の汗を払う。動揺を消し去り、武者震いに振るえる体を押さえつける。あれだけの事をしたのだ。きっと俺の顔を見た瞬間にあのデブは攻撃してくることだろう。どうにか会話の隙を見つけ、溜めの時間を作らねば。
作戦はいたって単純。俺が奴と会話をしている隙にヌイセラが魔法を溜め、隙を見てぶっぱなす。それだけのごく単純なものだった。
それで済めば良いのだが、相手は特異個体の魔物である。特異個体というものがどれだけしぶといのか、俺は経験が無いから分からない。文献を見たが、どれもこれも特異すぎてあまり参考にならなかった。
とにかく短期決戦を心掛ける。ここで仕留め切る。でなけりゃ奴は際限なく魔物から魔石を取り込み続け、やがては青の村ばかりか青の町まで被害が及びかねない。
何せ青の町には『鉄壁の盾』以上の冒険者がいないときた。つまり彼らが負ければ応援を要請している間に何十人もの犠牲が出ることがほぼ確定している。
つまり俺にかかる責任は俺が考えているよりもずっと重い訳だ。そんなプレッシャーを感じつつも、俺の口元は自然と笑みを形作っていた。
理由は知らないが、不思議と安心していた。心の底から信用できる仲間がいて、助け合う事ができるという現実に。集団で戦う機会の無かった俺には未知の体験だった。友情という名の共鳴が、俺の中で静かに響いていた。
「……行くか」
頬をぴしゃりと叩いてキアイを入れると、俺は立ち上がり、意を決して茂みを抜け、その先にいる怪物の前まで来た。
途端にむわっとした凄まじい死臭と血の匂いが俺を出迎えた。トロルは地面にデカい尻をでんと置いて座り込み、一心不乱に何かを貪っていた。
「ローレンス……!」
それはブルーベアのローレンス・ベアの成れの果てだった。彼はブルーベアの中でも一回り大きな個体で、そして残忍で意地悪な嫌な奴だった。
俺も散々小突かれたし、テディ・ベアもしょっちゅういじめられていた。テディと一緒に行動するときは決まってローレンス・ベアへの呪詛と悪口でもちきりだった程だ。
あんな奴は冒険者どもに殺されてしまえばいいというのが、俺とテディ、そしてこの森に生息する生き物の共通認識だった。
だがいざその死を目の当たりにすると、ざまあみろという感情よりも、信じられないという思いのほうがずっと大きかった。
人生、生きていれば憎悪を抱かずにはいられない人が必ずしもいるもので、しかしどれだけ願ってもそいつは死なないし、世界が滅ぶ事は無いものだった。
ローレンスもそうだと思っていた。だが彼は、あんなに憎しみで頭がおかしくなりそうだったブルーベアが、トロルの手によって食われていた。俺だって魔石を取り込んで強くなっているはずだが、今でもブルーベアにはまるで敵う気がしなかった。俺の中では彼らは勝てない存在と位置づけられていた。負けるはずの無い絶対者だった。
その幻想は、ローレンス・ベアの死という形で、実にあっけない形で崩れ去った。夢は覚めた。俺は現実と対峙しなければならない。ブルーベアをあっさりと叩き殺す存在の前に今一度立たなくては。明日に進むために。何より俺を受け入れた友人のために。
俺は足音を極力立てずに忍び歩き、足元の小石を拾い上げると、その背中に放り投げた。だが鈍いトロルはまるで反応せず、二個三個立て続けに投げることで漸く気が付いたようで、食む口を止め、こちらへと振り返ってきた。
「アン……? 何だお前? 人間……いやゴブリンか。なんでえ、人間の服なんか着やがって。気味の悪い奴だな」
灰色のトロルは口から滴る血を拭いもせず、とぼけた面で俺を見下ろしながら歯をせせった。このお頭の小さい巨人はたったの数日で俺の事なんか頭から抜け落ちてしまっているようだった。
目玉に鉈をくれてやったっていう張本人だっていうのに、跡形もなくなった傷と同じように、痛い目にあった記憶など奇麗さっぱり抜け落ちているようだった。
ただまあ、好都合といえば好都合だった。精々時間を稼がせてもらうとしよう。トロルの後方で魔力が渦巻くのを感じた。俺は彼女の存在に気が付かれないように出来る限り大声で話しかけてゆく。
「あぁ、俺はグレイ・ゴブリンだ。見てのとおり元人間さ。アンタは?」
「なんだそりゃ? ふん、まあいいや。俺様の名だと? 良いだろう、耳をかっぽじってようく聞け! そして焼き付けろ! 俺様はホーン・〝
「……
「そうだ、俺様はビックだ。もっとデッカクなるぜええ!」
そう言いながら、さっきまで食っていたローレンスの残骸をポイッと放り投げた。放られた肉塊はドスンと音を立てて俺の真横に落下した。
「今の俺様は腹が一杯だ。もういらね。そいつはお前にくれてやるよ」
「……」
腹を掻きながらトロルはそのまま大あくびをし、長々と屁をこいた。俺は注意深くトロルを警戒しながら、放られたローレンスの死骸へと目を向ける。
恐らく力で無理やりに引き裂かれたのだろう。死骸には下半身がなかった。虚ろな瞳はもはや何も映してはおらず、表情はいつもの残忍な笑みではなく、地獄の苦しみで引きつっていた。
『あの』ローレンス・ベアも、死んでしまえば無残なものだ。虚ろな瞳が恨めしそうに俺を見上げていた。
手を出さずに観察していると、途端にどこから湧いてきたのか、蠅どもがおこぼれをもらおうと殺到してきた。
「へっへへ、蠅どもも飯が欲しくて必死なもんだ。早くしないとお前の食い分も無くなっちまうぜ?」
「……」
鼻をほじりながら、トロルはにやりと笑みを浮かべた。肉のカスと血がベットリついてさえいなければ、なかなか男前な面をしていた
話してみれば、ホーン・〝
縄張り争いや撃退のために殺す事こそあれど、特段何か意志があって殺すような真似をしているわけではない。人間の社会ならば様々な理由で他者を害するが、魔物たちにはそんなものはない。強いから、食べるから、増えるから。ただそれだけだ。
彼の場合は特異個体特有の魔石を好んで摂取するというものがあるが、それもやはり食事の延長線で、より精強となり子孫を残すためのメカニズムに過ぎない。
「アンタのことは嫌いじゃないよ、〝
「あぁ、俺もお前の事は気に入ったぜ」
トロルは人好きのする笑みを浮かべた。
「でもね〝
トロルが何か言うよりも前に、俺はさっと手を上げた。
「ごめんな」
「ご苦労様、くらえ化け物! ファイヤートルネード!」
俺の謝罪を、迸る灼熱が遮った。魔法使いのヌイセラが放った高温の炎の渦が、たちまちのうちに巨人を包み込み、飲み込んだ。
「あ、アババババ―ッ!?」
巨人の悲鳴が森中に木霊した。燃え盛る火炎はそれこそ嵐のように暴れ回り、周囲の木々を焼き尽くしてゆく。
「クッソ……さっさと死になさいよ……!」
灼熱の立てる轟音と巨人の悲鳴がとどろく中、遠くでヌイセラの声が小さく聞こえた。俺はすぐさまその場から飛び出し、彼女のそばへと駆け寄った。遅れてカセマージとスルケープが合流し、柱の如き火炎の竜巻を凝視する。額に冷や汗をにじませながら、その表情は険しい。彼らの表情に、命を奪った確信はない。
「やったか……?」
「いや……これは……これは!」
様子を窺うスルケープへ、カセマージは心底驚いた様子で叫んだ。
火の粉を吹上げ、炎熱をまき散らす業火の中で、トロルの巨体が身じろぎするのが見えた。
「え……う、ウソでしょ!?」
真っ先に気が付いたのは術者のヌイセラで、彼女が驚愕とともに目を見開いたのと、怒れる巨人が炎を引き裂いたのはほぼ同時だった。