青の町は今日も平和で、朝まで飲み明け、自らの吐き出した吐瀉物の海の中に倒れ込む中年冒険者を鼻で笑いながら、いずれ自分もああなるのだろうという不安を胸裏に隠し、肩を怒らせて自分を大きく見せる若い冒険者達が表通りを練り歩く。
町に住む者はその対応も慣れたもので、彼らは一様に凄む
夢見がちな新人冒険者と夢破れて新人いびりを生きがいとする中堅未満の冒険者の吹き溜まり。そんな奴らを食いものにしている商人たちがギルド周辺に店を乱立させて、顰め面で買い物しにきた冒険者たちに上から目線で説教垂れてはぼったくる。
表裏問わずに諍いの種はそこかしこに転がっており、冒険者は冒険者の、商人は商人の、住民は住民の、子供は子供の、各々の諍いを探し回っている。
絶望と諦念。夢想と無謀。そして僅かばかりの輝きを死に物狂いで押し込めようとする負け犬たち。これが青の町の日常だった。
だがそんな彼らですら関わり合いを持とうとしない話題があった。
それは二つある。一つは特異個体に関すること。もう一つは宗教関連である。
身の丈を超える大捕物が出れば彼らはこぞって依頼に精を出し、宗教関係の話題が出れば、それまでさんざ口汚く罵り合いをしていた者たちが口を揃えて賛美歌を歌う始末だった。
だから、滝のように汗を流すシスターの恰好をした老婆が、目が飛び出さんばかりのぎょろ目でもって通りを見渡す様を見ても、誰もが見て見ぬふりをして、手近の者と有意義なようでその実何の意味も無い会話を繰り広げていた。
「ハアーッ! ハアーッ!」
そんな負け犬どもの会話など老婆は気にも留めずに血走った目を忙しなく動かして周囲を探り、枯れ木のような足を気味が悪いほど素早く動かして走り去っていった。
老婆はこの町へ初めてやって来た。それゆえ土地勘も無ければ住民の聖職者への当たりの悪さも知らぬ。だがしかし彼女は誰の力も借りず執念で教会の場所を自力で探り当てると、中へと転がり込む様に入り込み、周囲の神父やシスターにキシリトールの騎士を呼ぶように捲し立てた。
その剣幕たるや鬼気迫るものがあり、気の弱い聖職者たちはあからさまに怪しい老婆から碌な事情も聴かぬまま、言われるがままに在中している騎士を引っ張り出してきた。
彼らは騎士へと早口でまくしたて、騎士が二の句を告げるよりも前に自らの仕事場へと引っ込んでいった。面倒事はごめん被ると言わんばかりに。彼らも立派なこの町の住民という訳だ。
「何事だ? 私とて暇では」
「おお、おお、騎士様! 私めのような者のお呼び出しに応えていただき誠にありがとう存じます!」
「……」
キシリトール騎士団第二隊所属の青の町支部長の騎士はその老婆の押しの強さにたまらず閉口した。彼女が求める理由を問うために声を上げようとすれば、老婆は畳みかけるように言葉を投げつけてくる。
「大変申し訳ございませんが、どうかこのコメットのお話をお聞きくださいませ!」
「あぁ、うむ」
飛び出さんばかりに真っ赤に充血した目玉をぎょろつかせる老婆コメットに根負けし、支部長は続きを促した。了承を得れば、老コメットの口は加速した。
「あぁ我が故郷たる青の村の事は騎士様はご存じでしょうか? かつて初代村長が自らとその側近だけで切り開いた小さな村ですじゃ。私はその村でただ一人敬虔な神の信徒として生活を送っておりました……うぅ、村の不信心な糞どもめ……地獄へ落ちろ……」
「あぁ、うむ、続けて」
支部長は老婆の狂気に満ちた独白を最後まで聞き流した。
「申し訳ありませぬ騎士様、どうも年を取ると話が長くなってしまいます。私めコメットが騎士様をお尋ねした理由は我が村を汚染する邪悪を打ち払っていただきたく、お願いを致したく思いまして参上した次第です!」
「ふむ……具体的にはどのような問題が発生しているのか教えてもらっても良いか?」
うんざりした口調で支部長が尋ねると、老婆の目がギラリと光った。
「はい……何と我が村に
「なぬ!?」
全く期待していなかった老婆の嘆願から聞き捨てならぬ単語が飛び出し、支部長は驚愕禁じえなかった。支部長は一瞬だけ老コメットから視線を外して思案した。
「―――良かろう!」
そしてすぐに視線を戻せば、それまでのどこか緩んでいた雰囲気を一変させ、力強く言葉を放った。その表情には信仰と野心とに燃えており、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
彼がさっそく呼び鈴を鳴らせば、ぞろぞろと十名程度の教会在中の騎士が支部長室へと入ってくるではないか。
「「ガフッ! ガフッ!」」
「オ―よしよし、お前ら喜べ、新鮮な血肉を浴びられるぞ」
その内の最後にやって来た騎士は物々しい首輪につながれた純白の猟犬を三頭引っ張ってきた。猟犬の図体はブルードックよりも一回りほど大きく、口元から除く牙は残忍で恐ろしい。
「聞け我がキシリトール騎士団第二隊青の町支部の兄弟たち!」
支部長が声高に宣言すると、集まった騎士たちは何事かと静まり返った。
「今ここに、青の村のシスターコメットの要請を受け……シスターコメット?」
支部長が隣を仰ぎ見れば、老コメットは白目を剥いてひっくり返っていた。支部長は部下の手前動揺を押し殺し、努めて冷静に振る舞い老婆の脈をとった。
「し、死んでる……」
「「「……」」」
集められた騎士たちは互いに見やり、この居た堪れない空気の中、気まずい沈黙を保った。
「あー、ごほん……この殉教者コメットの命がけの嘆願により、私たちキシリトール騎士団第二隊青の町支部は青の村へ向かうことを決定した! 曰く……喋る小鬼が出たそうだ」
「そ、それは本当ですか支部長!?」
一人の若い騎士が声を上げた。彼は善良で敬虔なキシリスチャンであり、生真面目な性格な彼は聖書を何度も読み返しては自らの徳を高めることに邁進していた。それ故喋る魔物が出たという事の重大性を誰よりも良く知っていた。
「そうだ! 兄弟たちよ! 事の重大さが分かったか? あの小さな村を隠れ蓑に、神の完全性を損なう不出来な邪悪が存在しているのだ!」
「「おぉおおおお!!」」
支部長の煽動的な演説は見事に効き、集まった騎士たちは熱狂的な声を上げて信仰に燃えた。彼らはキシリトール騎士団員として敬虔であり、何より辺鄙な場所に送られた事への鬱憤が溜まっていた。
そんな中での大捕物だ。ここで手柄を上げれば上に上がれるチャンスとなるかもしれない。若く野心あふれる騎士たちは目をギラつかせて、青の村へと向かう準備を始めた。
「あ、その前に!」
と若い騎士が声を上げた。
「シスターコメットをここに放置しておく訳にはいきますまい。支部長殿!」
「あー……シスターコメットへの略式を終えてから出発する。諸君、行くぞ」
「「「ア、ハイ」」」
そういう訳で青の村で敬虔なキシリトール教徒の最後の一人は青の町の共同墓地へと葬られることとなった。
「信仰のために我が身を犠牲にした兄妹、シスターコメットのご冥福をお祈りいたします」
騎士団員たちは手を組み合わせて頭を下げ、老コメットの安らかな旅立ちを見守った。
「…………良し、もういいな。では改めまして……各員、早急に準備を始めろ! 全員の準備が済み次第、出動だ!」
支部長の号令により、キシリトール騎士団第二隊青の町支部の騎士たちは再び動き出す。戦いへ向けて―――。
「さあて喋る小鬼とやら、俺の出世の糧となれ……!」