ゴブリンに転生した元人間の話   作:三流二式

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第2話 余所者と引き篭もり

 地図をもらった。場所も教えてもらった。しかしだからといってすぐに辿り着けるという訳ではない。初めて来た場所。迂闊な行動をできない関係上どうしてもこそこそとした行動を取らざるを得ず、ようやっと目的地に着いたのは町へ入ってから二時間後の事だった。

 

 

 村長に指定された協力者がいるという場所は『ローズリサイクル店』という看板を出した小振りの建物だった。店の前には使い物になるんだかならないんだか良く分からないものが積み上がっており、うさん臭さが鼻につき、案の定客は一人もいやしない。

 

 

 周りに軒を連ねる店も似たり寄ったりで、娼館だったり、賭博所だったりと、碌な店が並んでいない。

 

 

 格安のパブから漂う安アルコールが風に乗って臭ってくる。女性の歌声が微かに聞こえ、下品な歓声と手拍子が後に続く。

 

 

 露出の激しいニキビ面の女がこんな昼間だというのに白昼堂々酒瓶を傾けては嘔吐する冒険者の腕を引き、娼館と思わしき建物の中へと消えていった。

 

 

 その真横の建物で浮浪者めいた男がござを広げていて、その上にはけばけばしい色の薬品が入った小瓶や怪しげな壺等の品を所狭しと置いて通りかかる人々へ押し売ろうと必死だった。

 

 

 そしてこちらの視線に気づくと、浮浪者のおっさんは黄ばんだ歯を剥き出しにしてニヤリと笑いかけてきた。慌てて視線をそらし、ノックもせずにローズリサイクル店へと逃げるように入店した。

 

 

 カランカランとドアベルの音とともに中へ入れば、途端にむわっとした古臭い臭いが鼻についた。店の中は見かけ通りにごちゃついていた。使い古された木箱や台車、本の山。罅の入ったランタンに木彫りの馬。他に挙げればキリが無く、リサイクル店というよりもゴミ屋敷のようだ。

 

 

「……」

 

 

 足の踏み場もないほどのガラクタの山々を見れば見るほど、埋没した記憶の奥底を刺激された。()()()()のねぐらの何倍もここは猥雑だった。ただ一点違うところを上げるなら、あそこと違って少なからずここの物品は使い物になりそうだという点だ。曲がりなりにもリサイクルを謳った店なのだ。当然と言えば当然か。

 

 

「なんだ? 誰だ? 今は()()()()()()で閉店中だぞ」

 

 

 カウンターの方から声がして、そちらへと首を巡らせれば二重顎を揺らした中年の男が俺を睨んでいた。この世界に来てからこんなに太った男を見たことがない。周りにいた人たちはみんな脂肪を溜め込む余地の無い程に忙しない人たちばっかりだったから。

 

 

 仰天して固まっていると、男は見事な太鼓腹を揺らしながら近付いてきた。

 

 

 初老の白髪混じりの男性だった。朝黒の肌はひび割れた岩礁を思わせ、口元には深く刻まれた皺があった。その眼光は親の仇を見るように険しく、なるほど。こんなうすっ暗い掃きだめのような場所で店を構えるに相応しい性格の持ち主のようだった。客が来ないのも頷ける。

 

 

 脂肪を揺らしながら目の前まで来ると、男は顔をぬっと近づけてきた。酒臭い息が顔にかかった。思わずえずいてしまう。

 

 

「糞が、せっかく夢心地でいたっていうのによ。何様のつもりだ。お?」

 

 

 酒焼けしたしわがれ声に吐き捨てられる。今にも殺人を犯しそうな濁った眼差しに慌てて此度の来訪理由を告げると、男はははぁと小さな目を見開けば、片手に持った酒瓶を呷った。

 

 

「てえことはテメエがあの爺さんの言ってた訳ありって事かよ」

 

 

 俺が頷けば、男はガラガラ声で笑い出した。そして再びカウンターへと戻ると、こちらへと手招きしてみせた。俺が何かを言うよりも前に、男はすたすたと店の奥へと引っ込んでいった。

 

 

「……」

 

 

 口を開けてしばしの間呆けていたが、すぐに我に返る。客が一人も居ない店内で大声で話していても周りに迷惑だろう。俺は意を決して彼の後を追った。

 

 

 奥へ行けば、そこは意外にも整えられていた。木製の長机とイスが数個置かれ、壁には様々な品物が並べられている。魔法書や古代文字で書かれた板や金属片等、どれもやや古ぼけてはいるが、売り物として十分に価値がありそうなものばかりだ。

 

 

「昔、あの爺さんに強盗から助けられたからというもの、恩着せがましくさんざこき使われてばっかりだった。今回もそうさ。全くよ……」

 

 

 先に行っていた男が不機嫌そうに愚痴を零しながら奥の木製デスクに肘を乗せ、大きな尻をどっかりと椅子に下して俺を待っていた。俺はデスク前に立ち、男の出方を窺った。

 

 

「このローズリサイクル店の店主のボビーだ。ボビー様と呼べ、疫病神」

 

 

 ふんと鼻を鳴らす男、ボビー。猜疑心に満ちた目で眺め下す肥満体の男へ、俺も遅れて自己紹介をする。

 

 

「……グレイ、俺ハグレイ・ゴブリン」

「『ゴブリン』、ふん」

 

 

 名乗ると、目の前の男(ファットマン)は気に食わないと言わんばかりに片眉を釣り上げた。

 

 

「……俺ハ」

「おっと待て、まずは面を見せろ。話はそれからだ」

「……」

 

 

 用件を告げようとすれば、ボビーは待ったをかけ、それから手ぶりでフードを取るように促してきた。

 

 

「エ? イヤ、ソレハ」

「言ったろ、事情は聴いてる。時間の無駄だ。時は金なり(タイムイズマネー)! とっととはずせ、このボケ」

「……分カッタ」

 

 

 仕方なくフードを外し、この醜い素顔を曝した。この素顔を目の当たりにすれば、酒で濁った眼もさすがに見開かれ、それから手を叩いて笑いだした。

 

 

「なるほど! こりゃあ確かに表通りの店が使えないって話だぜ! 傑作だ!」

 

 

 ボビーはげひげひと下品に笑いこけ、景気づけとでもいうかのように酒を呷った。

 

 

「ぶはっ……良し、分かった。こっちの用意は済んでいる。オラ、出すもんだせ。交換だ」

「……何ノ話?」

「とぼけんじゃねえ」

 

 

 ボビーは欲深い目を向ければ、俺の背負っている鞄に人差し指を突き付けた。

 

 

「爺さんから聞いたぜ。村を出るときに色々持たせてもらったんだってな。そいつをよこせ。そうすりゃ用意してたモンと交換してやる。どうせ使わねえものばっかりなんだろ? 荷物を軽くするって意味じゃ、悪くねえ話だ。違うか?」

 

 

 言われてみれば確かにそうだった。沢山の思いが込められた大切な品々だったが、あいにくこの旅では足枷となりかねなかった。

 

 

 ボビーの言い分は横暴の極みだったが、ここで争っていても無意味に時間を浪費するだけだ。何より俺は鼻つまみ者で、そして本来はここに居てはいけない異物だ。

 

 

 拒絶されずに、あまつさえ交換に応じてくれるだけ、俺は感謝しなければならない立場なのだ。癪だが素直に聞き入れたほうが、きっとお互いのためだった。俺は渋々と頷いた。ボビーは喝采した。

 

 

「そうこなくちゃ! よし、そうと決まればとっとと出すもんだせ!」

「……」

 

 

 言われた通り背負っていたバックから老人方から押し付けられた青の村の酒、使い古したランタン、そして長年使っていた魔道具のテント球その他諸々をデスクの上に置いた。

 

 

「酒! ランタン? まあ直せば中古として割高で売れるか? こりゃギルドの短期訓練を合格したらもらえるキャンプ球じゃねえか! よし、良いだろう!」

 

 

 興奮気味に品物を手に取ったボビーは、そのどれもが予想以上の値段で売れることを確信している様子だった。俺はそんなボビーの反応を見て少し安心した。どうやら交換条件は釣り合っているようだ。

 

 

「これだ、お前さんに渡すモンは……」

 

 

 早速青の村の酒をがぶがぶ飲みながら、ボビーは次々とデスクの上に物品を乗せていった。

 

 

 旅に耐えうる頑丈なズボンにシャツ、それから内側に鞘があるタイプのロングブーツ、さらには小型ナイフ一本。他にも何点か装備品や消耗品を渡され、最後に俺が渡したテント球よりやや古い同型のテント球を投げてよこしてきた。

 

 

「ナンダ、同ジ物ガアルンジャナイカ」

 

 

 俺がジト目で睨めば、ボビーは鼻を鳴らした。

 

 

「消耗度が違うんだよ。そいつとこいつじゃ値打ちが違う。素人が訳知り顔であれこれ口にするな。お前は自分が賢いとでも思ってんのか? ゴブリン風情が調子に乗るな」

「……ハイハイ。専門家ノ仰セノ通リニ」

 

 

 頭を振りながら俺はいそいそと着替えを始めた。ズボンとシャツを履き替え、新しいブーツにフンターさんから貰った鉈を仕込み、それから靴底に唾を吐きかけてから履く。背中に薪割り用の斧を背負い、腰には束ねたロープを、その上から黒のローブを被り、最後に鞄を背負えば立派な不審者改善の出来上がりだ。

 

 

「よし、これで取引は終わりだな、えぇ?」

「アァ、助カッタヨ、ボビー」

 

 

 俺と店主は互いに手を差し出して握手を交わす。汗でしっとりと湿った感触が伝わってきた。ボビーは笑いながら、俺に向かって言葉を投げかける。

 

 

「なかなか悪くない時間だったぜ。お前がこの後どうなるか知りゃしないが、ま、精々頑張んな」

「アンタモナ。テイウカモウ少シ節制シタ方ガイインジャナイカ? ジャナイト長生キ出来ナイゾ」

 

 

 俺がそう言えば、ボビーは一笑に伏した。

 

 

「こんな世の中だぜ? いつ死ぬかも分からねえってのに節制なんかしてられるか。俺は他人なんかには殺されてやらねえ。俺は俺の都合で死ぬんだ。神様は我々をこの世に生み落とし、だからって何かを縛り付けたためしはねえ。だったら俺は好きに生きるぜ。自由ってのはそういうもんだろ?」

 

 

 ふんと鼻息荒く言い放ったボビーに対し、俺は苦笑いしか返せなかった。確かに彼の言う通りかもしれない。俺が彼のことを案じたところで、だから何だというのか。

 

 

 このせまっ苦しい世界の中に閉じこもる偏屈者は、しかし俺なんかよりも遥かに自由だった。檻の外の野良犬の遠吠えを聞き入れることに、いったい何の意味がある?

 

 

「ここからそう遠くない所にレッド領への関所がある。まずはそこを目指すんだな」

「分カッタ」

 

 

 店主に地図を渡され、俺はこれから向かうべき道のりを確認した。レッド領はここから北東に位置するレッド辺境伯が治める土地だ。そこへ行けば、少なくともブルー領を管轄にしているという白犬騎士団の追っ手は撒くことができるだろう。

 

 

「何カラ何マデアリガトウ。生キテイタラマタ会オウ」

「はん、冗談じゃねえや!」

 

 

 ボビーは心底バカにしたように笑い飛ばした。彼は野良犬を払うかのように手を振った。

 

 

 俺は頓着せず頭を下げて一礼をし、それから背を向けてローズリサイクル店を後にした。

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