ローズリサイクル店から出た俺はそのまま町の出口へと直行、とはいかず、むしろ町の中心へと歩を進めた。そこにあるものを、俺はどうしても見たかった。
せっかく異世界にやって来たのだ。だったらまずはそれを見なければ始まらない。
こんなことをしている暇はない。それどころか命の危険がある場所だ。獅子の口の中に飛び込んでいくようなものだ。自殺行為以外の何物でもない。
それでも。リスクを背負ってでも俺はそこへ行ってみたかった。異世界物の定番。冒険者ギルドへ。
奇異の視線に晒されながらも歩を進め、町の中央広場に設置された木造の建物を見上げていた。これが冒険者ギルドか。
「……」
片田舎の市庁舎。と言えば伝わるだろうか。派手さや華美さはなく、必要最低限の改修で長年使用され続けてきたという風情だ。創作物で培った冒険者ギルドというものの漠然としたイメージが、急速に現実に侵食されていく。
俺は眩暈を覚えて顔を覆った。クレスは冒険者にあこがれていた。あの子にはこんな辺鄙な場所ではなく、もっとちゃんとしたところで冒険者登録をしてもらいたいものだ。夢見る子供に、それを覚ますようなことはあってはならない。
とはいえ、あくまで見てくれだけで中身はもっと整っているかもしれない。俺は勇気を出して重厚な木の扉を押し開けた。途端に鼻を突くのは先まで嗅いでいた安アルコールの匂いと焼いた肉の匂いが入り混じった臭いに包まれた。
中は意外にも賑わっており、カウンターやテーブルに座った人々が各自好き勝手に飲み食いしていた。どうやら飲食店の一角を改装して冒険者ギルドにしているようだった。厨房からひっきりなしに怒号が聞こえ、運び込まれた料理にケチをつける冒険者を店員が鼻で笑い、呼び止める声を無視して厨房へと戻ってゆく。
その反対側のスペースには依頼書の張られたボードが設置されていて、若い冒険者と中年の冒険者が互いに依頼を奪い合って口論していた。壁際には何人かの冒険者たちや職員が立っていて、タバコを吸いながら雑談していた。
「くそ、最近コカインも値上がりしたな。先月の二倍だぜ? ふざけやがって」
「あの売店のババア、俺たちが冒険者だからって足元みてやがる」
「やりすぎだよ、今にコロッと逝っちまっても知らないぜ?」
「~~~……」
耳をすませば聞こえてくる会話は似たり寄ったりで、そこにファンタジー作品で描かれる優雅さや気高さは微塵も感じられなかった。ギルドというものへ抱いていた幻想が、音を立てて崩れてゆく。今更ながら『鉄壁の盾』は本当に熟練の冒険者だったんだなと思い知った。
(出よ……)
長居するつもりは元より無かったが、今は一秒でも早くここからいなくなりたかった。自分勝手に期待して、自分勝手に裏切られた気になって、何をやっているんだろうか。
冒険者登録などするつもりはないし、そもそもできないので、これ以上の長居は無用だ。受付の男性の今にもお前を絞め殺してやるぞというような目に睨まれるのも良くない。冷やかしが、仕事の邪魔だ、とっとと失せろ。
踵を返して出ていこうとした矢先、入り口のドアが派手な音を立てて勢いよく開かれた。何事かと目を向ければ、そこには一目見て正気じゃないと分かる血走った眼をした二人の少年の冒険者が立っていた。
一人は革鎧の軽装の剣士の少年、もう一人はひび割れた眼鏡をかけた魔法使いの少年だった。両者ともに新旧の赤黒い汚れがこびりついており、取り分け片手の持つ生首……ゴブリンの生首から滴る大量の血でべっとりと濡れていた。
「ウヘ……」
思わず引きつった声を出す。それは俺だけではなく、他の人たちも同じだった。さっきまで下品に騒ぎ立てて少しでも自分を大きく見せようと躍起になっていた冒険者たちは借りてきた猫みたいに大人しくなり、手近の者と仕事の話をしたり、武器の手入れをしたりしていた。二人へと目を合わせようとする者は誰もいない。
少し変わったものならばたいした影響はないが、突き抜けておかしなものというのは何時だって強烈な影響力を持つ。あれだけ騒がしかったこの空間は、彼らの登場によりあっという間に塗り替えられた。
「「フーッ! フーッ!」」
おかしな少年たちは飢えた獣のように息を荒げながらカウンターへと直行した。生首から滴る血が一直線に赤い跡を刻む。
「「……!」
ドン、と音を立てて、二人は生首をカウンターへと置き、それ片叩きつけるように何かでいっぱいになった袋を置いた。
「あー、依頼達成と魔石の買い取りだな。ちょっと待ってくれ。すぐに終わらせるから、な? だから大人しくしていてくれ」
「「……」」
二人の目が一瞬で赤黒く濁った。殺気で空間が満杯になってゆく。それまで散々こちらを威圧していた受付の男は、今ではすっかり委縮してしまっている。受付は大慌てで査定を済ませ、報酬金の入った小袋を恭しく掲げた。頼むから早く消えてくれという思いが透けて見えた。
『ゴブリン全殺しブラザーズ』め……、ガキが、調子こきやがって、だったらテメエ突っかかって来いよいつもガキどもにやってるみてーによ、見てわかんねーのか食事中だ動けねえのよ、腰抜けが冒険者止めちまえ、なんだと、生かしちゃおかねぇ、三年前から随分と変わったなあいつら。
静まり返った室内はかえって彼らの潜めた声を聞き取りやすくした。表面上は平穏を取り繕っているものの、その実、ギルド内部では暗い感情が渦巻いている。俺は顔を引きつらせて、そろりそろりとその場から離れて出口へと向かった。
一目見た時からピンときた。そして潜めた声から聞こえた三年前という単語でほぼ確信に至った。あのへっぴり腰のあどけない少年たちが大した成長ぶりである。それだけ怒りのエネルギーというもののパワーがいかに凄まじいものか、身に染みる思いだ。
出口まであともうちょっとというところで、不意に背後から強い力で肩を掴まれた。振り返ると『ゴブリン全殺しブラザーズ』の片割れの剣士の少年が、尋常ならざる形相で俺の目を見つめていた。
「……何デスカ?」
普通ならば怯えて動けなくなってもおかしくない状況だが、幸いにも俺はずっと緊張感を持続させ続けていた。そう、先ほどから視界の隅に映り込む同族の生首が、これが現実なんだと教えてくれていたからだ。
だが肩を掴む手の握力ときたら! 常人ならば間違いなく肩が破壊されていたことだろう。
返答はない。少年はただ俺を凝視した。
「アノ―――」
毛なんかないのに、全身が総毛だつ感覚に襲われた。感覚に従って手を振り解いて仰け反った。コンマ数秒も経たない間に、俺の頭があった場所を鈍い軌跡が通過する。
「シイイイイイ!!!」
少年は憎悪に満ちた雄たけびを上げながら俺に向かって切りかかってきた。
「―――チョットッ!?」
事態が急速に転がり落ちてゆくのを直感した俺は瞬時に手の中に棍棒を生成すると、それを横に振るって少年の剣撃に叩きつけた。
「ギッ!」
「ヌウッ」
ガキンッと金属音が響いた。得物同士が衝突した反動で少年が一瞬硬直する。その隙を狙って俺は棍棒から片手を放して少年の脇腹にショートフックを叩き込んだ。
「アバーッ!?」
少年は体をくの字に折り曲げて吹っ飛び、クエストボードへと勢いよく叩きつけられた。衝撃でクエストボードが倒れ、近くで口論していた冒険者たちが悲鳴を上げて逃げ去ってゆく。
「カルバ! てめえ糞野郎が! くらえファイアスネーク!」
「ウオオ!?」
カルバと呼ばれた少年の相方の眼鏡の少年が憎悪に叫びながら杖を振るえば、灼熱の炎がのたくる蛇の形を取り、鎌首をもたげて襲い掛かってきた。
「ウワーッ! ウワーッ!」
側転回避。からの連続バク転。テーブルに飛び乗って跳躍し燃える舌を回避。だがいくら避けても眼鏡の少年は巧みに杖を操作して蛇を操り何度も何度も俺へと嗾けてきた。その執拗さはまさに蛇の名を関するに相応しい。
「なんてこった! ホーアのファイアスネークを軽々避けてやがるぞ!」
「バケモンだ!」
俺を指さしながら冒険者たちは次々と壁際へと後退し始めた。ギルド内部の視線が一斉に集まってくるのを感じる。その時ようやくフードが外れていることに気が付いた。俺は苦虫を嚙み潰したような気分に襲われた。
露わになった醜い素顔にギルドはてんやわんやの混沌模様だ。なぎ倒されたテーブル。転がる酒瓶。転がるように逃げ出すギルド職員と一部の冒険者。
当然であろう。何せこんな内部まで魔物に侵入されたことなど、この町ではありえない事態のはずだ。こんな事になるんなら外から見るだけで済ませるべきだった。
今更ながらこの状況下で自分の愚かしさを振り返る余裕もなく、眼鏡の少年の放つ炎の蛇をかわし続けた。人間と魔物では持久力が違う。こんな大技そう長くはもたないだろう。持続できなくなった隙を見計らって、一撃で終わらせる。
「フウウウウウ……!!!」
だが眼鏡の少年、ホーアの集中が途切れる様子はなく、このままでは何れ建物に火がついてボヤ騒ぎとなってしまうだろう。そうなれば人はもっと集まる。その後に何が起こるかは、考えるまでも無い。
「イクゾッ」
覚悟を決めた俺は、片手に持つ棍棒を頭上に振りかぶり、吶喊!
「糞ゴブリンが! 焼けて死ね!」
ホーア少年は狂気じみた形相で炎の蛇を操り、こちらへ向かって突進させてきた。互いの距離が近付くにつれて魔力の波動が高まり、術者の憎悪と比例するかの如く炎熱はより一層激しさを増す。
「火ノ輪クグリハ初メテダガ……!」
とぐろを巻いて飛び掛かってきた灼熱の蛇に向かって俺は跳躍し、螺旋を描く胴体をくぐりぬけ、ついに術者の前へと躍り出た。
「なあ!?」
目を見開いて固まるホーア少年の脳天へ、俺は加減しつつ棍棒を叩きつけた。
「火ノ用心!」
「アバーッ!?」
ホーア少年は鈍い音を立てて頭部を地面へと打ち付け、その場に倒れ込んだ。術者の意識が途絶えたことにより、炎の蛇は雲散し周囲の温度も急速に戻ってゆく。
「……スミマセンデシタ」
俺は素早く謝罪をすると、彼らが動き出すよりも早くギルドの外へと飛び出した。