騎士たちは黒フードの不審者を発見したかと思えば、隊長格と思わしき男の号令であっという間に取り囲んだ。
「貴様が喋る小鬼とやらか」
この集団の隊長と思わしき背の高い騎士が、グレイ・ゴブリンを値踏みするかの如く冷たい目線を向けながら言った。
「……ナンノコトヤラ。人違イダ。他ヲ当タッテクレ」
この期に及んですっとぼけて見せるグレイ・ゴブリン。それに対して隊長は嘲り笑いながら応じた。
「何を言うかと思えば。我らの聖獣が貴様を追ったことがその証拠よ。そして貴様はその棍棒で殺した。祝福されし聖獣を害するなど、罪深いぞ貴様……!」
「全ク事実無根ダ。俺ハタマタマコイツラノ死体二出クワシタダケ。言イガカリハ止シテクレナイカ」
「じゃあその棍棒はなんだ? えぇ?」
「町ノ外ヲ出レバ危険地帯ナンダ。自衛ノタメニ得物ヲ持ツ事ハ何ラ罪デハ無イ」
「あー……」
グレイ・ゴブリンの言い分は詭弁もいいところだが、この隊長は非常に押しが弱い。もうすでに丸め込まれる一歩手前だった。実際確固たる証拠は無いことにも拍車をかけた。
「隊長、もう話はいいでしょう」
「状況証拠及び見かけの怪しさで確保重点!」
「コロセー!」
「あー……そうだな!」
死んで動かなくなったホワイトドックを血走った目で見ていた騎士の憎悪に満ちた発言を皮切りに口に出される殺意に流され、隊長は勢いを取り戻し、得物である長剣を引き抜いた。
「貴様が何者であろうと知るか! その不審者へ攻撃開始重点!」
「「「重点!」」」
号令一下、騎士達が一気にグレイ・ゴブリンに殺到した。彼はフードの奥で口元を歪めて吐き捨てると棍棒を痛いほどに握りしめ、迎え撃つ体勢を整えた。
こうなれば戦うしか無い。グレイ・ゴブリンは理解していた。しかし本来ならば人間と闘う事は本意ではない。戦わずに済むのならばそれにこしたことはない。実際火蓋が切られるその時まで彼は回避する方法を模索していたほどだ
殺意を向けてきている相手に対して、あまりにも悠長が過ぎる選択だ。いっそ馬鹿馬鹿しいくらいに。何の事は無い、この男はこの状況下になっても人と闘う覚悟ができてなかったのだ。
剥き出しの殺意を食らって、得物を構えて突っこんできてようやく迎撃の決心がつくくらいには。
「オラ!」
突き出された槍を半身になってかわし、素早く踏み込みながらローキックを繰り出して軸足を破壊する。
「ギャアッ!」
倒れ込んだ騎士は破壊された足を抱えたまま失神した。残り十一人。グレイ・ゴブリンは込み上げる罪悪感をこらえながら、次の相手へと向き直った。
「一人やられた!」
「未熟者め! かまうな、押し込め!」
「特異個体とはいえ所詮はゴブリン。恐れるに足らんわ!」
隊長の指示の元、騎士たちは負傷した仲間に頓着することなく再び殺到してきた。グレイ・ゴブリンは刮目した。
「「ワハ―ッ!」」
まずはじめに突っ込んできたのは槍持ちの二人組だった。それぞれ頭と胸に狙いを定めた恐るべき刺突を、グレイゴブリンは狙いすました棍棒の一撃で弾き返し、体勢を崩した二人へと飛び掛かり、それぞれの脳天へと棍棒を叩きつけて二人を無力化した。残り十人。
「次ダ!」
続いて立ち向かってきたのは大盾を構えた騎士だった。グレイ・ゴブリンが振り回した棍棒をあっさりと受け止める。しかし反撃に転じようとした直後、大盾の隙間から放たれた細剣による突きがグレイ・ゴブリンへと襲い掛かった。
「ヌウ―ッ!」
かろうじて交わしたグレイ・ゴブリンへ、間髪入れずに襲い来るのは高速で接近する光の玉だった。
「グハッ」
かわし切れずに側頭部に着弾。フードが千切れ跳び、グレイ・ゴブリンは地面を二転三転した。
「見ろ、やはり魔物だ!」
「しかも『角付き』だ。こいつをしとめれば金星だぞ!」
「ライトシュートくらえ!」
「おうとも!」
再び飛んできた光の玉を今度は全て避け切り、立ち上がったグレイ・ゴブリンは流れ落ちる血を払う間もなく跳んだ。支援砲撃を行う騎士へ向かってだ。
「な、あ、当たらない!?」
接近を拒絶すべくやたらめったらにライトシュートを放つ魔術騎士だが、グレイ・ゴブリンはランダムなジグザグ移動で軌道を読ませず接近し、騎士が悲鳴を上げる間もなく腹部にボディブローを叩き込んで無力化に成功した。残り八人。
「もらった!」
「同ジ手ハクラワナイ!」
その隙に背後へと迫っていた細剣の騎士の刺突攻撃を、グレイ・ゴブリンは回し蹴りで剣の側面を蹴って弾き、バランスを崩した騎士へ向けて再度の回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばした。残り七人。
「ぬあああしゃらくさいわ!」
息つく間も無く迫りくるのは大盾を構えた騎士だった。大柄な体躯にふさわしい大盾を構えてのシールドバッシュだ。グレイ・ゴブリンは……なんと避けずにその場にどっしりと腰を添え、両手を突き出して真っ向から受け止めた。
「なにっ!?」
盾の騎士は目を剥いた。押しても引いてもびくともしなかった。こんな小さな体躯だというのに、190センチ越えの鍛えた肉体の上に身体強化の魔法までかけている騎士が、完全に力負けしていた。
「ソオレ!」
「「「グワーッ!?」」」
グレイ・ゴブリンは渾身の力でもって盾ごと騎士を抱え上げると、思い切り投げ飛ばし後方で支援射撃を試みていた騎士三人を巻き添えにして押しつぶした。残り四人。
「ウワーッ!」
瞬く間に仲間をやられ、恐慌状態に陥った三人の騎士に棍棒を叩き込んで気絶させれば、最後に残ったのは隊長と思わしき騎士だけとなった。
「ゴブリンと言えども特異個体、という事か。雑兵どもでは碌な手傷も負わせなんだか……役立たずどもめ」
倒れ伏す部下たちへ冷たい一瞥を送りながら言い捨てた。そして組んでいた腕を解き、自らの得物である長剣を引き抜いて構えた。
「殺す前に名を聞いておこう」
「……グレイ・ゴブリン」
「
「……ソリャドーモ」
グレイ・ゴブリンは無感情に答えた。隊長は醜い怪物を嘲笑いながら、尊大な名乗りを上げた。
「私はアニマ! 偉大なるキシリトール教第二部隊『白犬騎士団』青の町支部支部長である! 私の剣に殺されること、光栄に思え!」
アニマは体にうっすらと魔力光を纏わせた。身体強化の魔法だ。それも先ほどの騎士たちとは比べ物にならない強度の。グレイ・ゴブリンは内心で身震いするほどのプレッシャーを感じ取った。
この男は強い。ただ力任せなだけではなく、技術と経験を兼ね備えた真の戦士だ。グレイ・ゴブリンは本能的に理解した。これまで戦ってきたどんな相手よりも強い。
―――だが、諦めはしない。この先これ以上の使い手と対峙する可能性だってあるのだ。
「行くぞ! 我が『光波剣』をその身に受けて散れ!」
アニマが高々と剣を振り上げた。その切っ先からは神々しく輝いたかと思えば、長剣を一閃した。グレイ・ゴブリンとアニマとの間合いはかなりある。空振り?
その疑問は刃から放たれた三日月状の光波を見た瞬間に氷解した。遠距離から放たれた光波はグレイ・ゴブリン目掛けてまっすぐに飛んできたのだ。
強烈な死の予感に体は勝手に反応していた。グレイ・ゴブリンは投げ出した体の姿勢を変え前転して硬直を消して立ち上がって棍棒を振るった。
「ほう!」
すでに間合いにまで入り込んでいたアニマは、躊躇せずに振り下ろされた棍棒を自らの剣で迎え撃つ。
得物同士が打ち合わさる重々しい音が響き渡った。
「ヌウッ」
「―――ッ!」
一瞬の力比べだったが、それで両者は相手との膂力の差を理解した。グレイ・ゴブリンはすぐさま力で押しにかかったが、アニマは一瞬早く跳び離れることで押し倒される事態を避けた。
距離を取りなおした二人は再度対峙する。
「ゴブリンにしてはやるようだな。褒めてやろう」
「ドーモ……」
言葉少なに応じるグレイ・ゴブリンに向けてアニマは再び切りかかった。
高速の突き、横薙ぎ、斬り上げ。どれもが致命的な威力を秘めている。グレイ・ゴブリンはそれら全てを見切り、受け流し、反撃に転じる。身体能力では明確に優位に立っていた。しかし、アニマの動きは精緻であり、グレイ・ゴブリンの獣の動きでは決定打に欠けた。
それも無理はない。グレイ・ゴブリンは正規の軍隊に所属していたわけではない。戦闘技術もまた野性の中で自然と身につけたものだ。三年ほど村の自警団に交じって訓練を続けていたが、マニュアルがあったわけでも指標があったわけでもない。
一方、アニマはキシリトール教が運営する『施設』から指揮官クラスとして育てられ、見事合格を勝ち取って出荷された優良騎士だった。土台が違う。経験が違う。戦う者としての心構えが違う。
そして心の中に生じていた人間へ攻撃を振るう事への躊躇いが、隙を生んだ。
武器での攻撃ばかりを気にしていたために、素手での攻撃に反応が遅れた。アニマは柄から片手を放し、鋭い左ストレートをグレイ・ゴブリン目掛けて放った。
「クッ!」
かろうじて反応が間に合い片腕でブロック。しかし間髪入れずに放たれたサイドキックを避ける事は叶わず、まともにくらったグレイ・ゴブリンは地面を転がった。
「フハハ、もらった!」
とどめとばかりに放たれたのは、あの恐るべき光波剣だった。聖なる三日月が、邪悪なる魔物めがけて迫る。
「──────」
強烈な死線に、脳内麻薬が分泌され、主観時間が鈍化した。目前まで迫っていた光波が凍り付いたかのように動かない。勝ち誇ったような笑みを浮かべる居丈高な騎士も。風に舞う落ち葉も。何もかもが色を失って停止した。
敵は強い。体格。技の鋭さ。そして敵は肯定されるべき人間で。邪悪はこちら側で。抵抗すればするほどに人々は指をさして彼の死を願うだろう。
―――だからどうした!
グレイ・ゴブリンはかっと目を見開いた。
敵から降りかかる圧力も、目を曇らせていた敵への躊躇いも吹き飛ばされた。心の中はクリアとなった。そこに最早人間へ攻撃する事への躊躇は無い。仮に自分の攻撃で相手が死んだところで、知らぬ。
目的を遂げる。人間に戻る。そのためならば、どのような困難が立ち塞がろうと粉々に打ち砕くのみ。
次の瞬間、世界が再び動き出す。
「ガアア!!!」
「バカナ―ッ!」
アニマは目を剥いた。グレイ・ゴブリンの右拳が、光波剣を正面から捉えたのだ。強烈な衝撃音が周囲一帯に響き渡り、光波剣は木っ端微塵に砕け散った。
「馬鹿な……あれを防ぐなど……」
信じられない光景に言葉を失うアニマ。しかし次の瞬間灰色の魔人は騎士の懐に入り込んでいた。
「オオ!」
「ぐふっ」
右ショートフック、左ストレート、右アッパー。連続攻撃を浴びせてよろめくアニマへ、グレイ・ゴブリンは棍棒を再生成して体を捻り、強烈なタメを作って握りしめる棍棒へと力を、魔力を注いだ。棍棒がうっすらと灰色の光を放つ。
「馬鹿な、こんなことが……こんな、くだらないゴミに……エリートたるこの私が……」
譫言めいてつぶやくアニマへ、グレイ・ゴブリンは渾身の力でもって棍棒を叩きつけた。それはまさに必殺の一撃だった。
「ラァ!」
「ギャア!?」
棍棒は無防備腹部に直撃した。轟音と共に桐鎧は砕け散り、アニマは破片とともに吹き飛び大木に叩きつけられた。
アニマは立ち上がろうと試みるが、激痛によってそれは叶わず、血を吐きながら腹を抑えて身悶えていた。グレイ・ゴブリンは眉間を寄せた。
殺す気こそなかったが、それこそ躊躇いの無い一撃だった。今の一瞬で後方にでも跳んだか。それとも加減が抜けきらなかったのか。
なんにせよ、敵はもはやこちらを追う余力など無いだろう。グレイ・ゴブリンは振り上げかけた棍棒を下ろした。手の中の棍棒は主の戦意の喪失に伴って灰色の粒子となって消えた。
「俺ノ勝チダ。モウ追ッテコナイデネ」
一息つき、関所へと歩を進めていたグレイ・ゴブリンだが、途中で振り返り、未だ戦意の衰えぬアニマへ向けてそう言った。
「この……ゴブリン風情が! ……―――」
途中まで憎悪に燃える視線で睨みつけていたアニマだが、途中で凍り付いたかのようにグレイ・ゴブリンを見た。正確には、
「何ですか、このザマは」
「──────ッッッ!!!」
毛なんかないのに、全身が総毛だつような感覚に襲われたグレイ・ゴブリンは手の中に棍棒を生成し、声の主へと反射的に殴りかかろうとした。
その背が、裂けた。
グレイ・ゴブリンは意識が途絶える瞬間に、一瞬だけ見た。背中を裂き、背骨を断ち切った光り輝く三日月を。
彼の意識は途絶えた。