界渡りの不確定な切り札 作:アルフレッド
アルトアイゼンのコックピット。
敵はアーチボルド・グリムズ。
激しい戦闘の最中、キョウスケの脳裏にあの飛行機事故がフラッシュバックする。
エクセレン。
墜落。
アインスト。
そして――自分ではないはずなのに、間違いなく自分自身だった男の人生。
キョウスケは操縦桿を握り直す。
目の前には圧倒的不利な状況。
それでもアルトアイゼンを前進させる。
「……分の悪い賭けは嫌いじゃない……!」
第1話ベーオウルフ
ここは戦火に包まれるリクセント公国。
公都上空――。
アルトアイゼンとアーチボルドのアシュセイヴァーが対峙する。
アーチボルドはいつもの薄ら笑いを浮かべる。
「良いのですか?」
通信回線が開き、アーチボルドの声が響いた。
「……何がだ。」
「ここはリクセント公国の公都。」
「あなたと私が本気で暴れれば……町は破壊されるだけですよ?」
相変わらず、人を苛立たせることだけは得意な男だ。
「…………。」
通信越しにも、薄ら笑いを浮かべているのが分かる声だった。
「いやぁ、困りましたねぇ。」
「正義の味方というものは、守るものが多くて。」
イラついた俺は即座に切る。
「さえずるな。」
「おや……?」
アーチボルドの声から、一瞬だけ嘲笑が消えた。
「貴様が公都に爆弾を仕掛けているのも分かっている!」
だが、その驚きはすぐに愉悦を含んだ笑いへ変わった。
「…………ほう。」
アーチボルドの笑みが少し深くなる。
「そこまでご存じでしたか。」
前世の記憶にあるアーチボルドという男のやり方を、俺はよく知っている。
「お前のやり方は知っている。」
なぜかアーチボルドは、俺の言葉を喜ぶように笑った。
「おやおや。随分と私を理解してくださっているようで。」
俺は嫌悪ごと吐き出すように答えた。
「理解などしたくもない。」
そしてアーチボルドは、そこで当然もう一段仕掛けてくる。
「では……どうします?」
「何?」
「爆弾を解除するまで私を見逃しますか?」
「…………。」
「それとも――」
アーチボルドは、こちらの反応を楽しむように笑った。
「公都の人々を見殺しにして、私を殺しますか?」
その瞬間、俺は一度だけ公都へ目を向けた。
祭りの夜を彩るような、穏やかな炎ではない。
人の暮らしを焼き、奪う炎だ。
民家から立ち上る黒煙。
避難する市民。
消火活動を続ける消防隊。
泣き叫ぶ子供。
この街は、まだ生きている。
そして――
答えは決まっている。
「どちらも選ばん。」
「……はい?」
通信モニターの中で、アーチボルドがわずかに目を見開いた。
「爆弾は解除する。」
「そして貴様もここで倒す。」
アーチボルドは、なおもいやらしい笑みを貼り付けていた。
「欲張りですねぇ。」
前世の記憶があろうとなかろうと、俺はキョウスケ・ナンブだ。
ならば、やることは一つ。
俺が俺である以上!
「分の悪い賭けは――」
アルトアイゼンのスラスターが咆哮する。
「嫌いじゃない……!」
だが、そこで通信が入る。
『キョウスケ、こちら爆弾処理班。まだ全部は見つけられていない!』
焦る必要はない。
爆弾処理は仲間に任せ、俺はこいつを公都の中心部へ近づけさせない。
「構わん。続けろ。」
『だが――』
俺がやるべきことは変わらん!
「奴は俺が引き付ける。」
アーチボルドはなおも、耳障りな声で揺さぶりをかけてくる。
「いつまで持ちますかねぇ?」
だが、決定権を奴に渡した覚えはない。
「それを決めるのは貴様じゃない。」
俺だ。
アーチボルドは楽しそうに声を弾ませた。
「だからあなたとの戦いは面白いのですよ、キョウスケ・ナンブ!」
「俺は貴様との戦いなど――」
リボルビング・ステーク、装填。
「さっさと終わらせたいだけだ!」
アーチボルドのアシュセイヴァーが射撃を続ける。
しかし俺は真正面から突っ込まない。
アシュセイヴァーを公都中心部から引き離すように、俺は高度を落とした。
アルトアイゼンの巨体が、公都外縁の大通りへ降り立つ。
着地と同時に脚部とスラスターを使い――
機体を横向きに滑らせる。
まるで車両のドリフト。
土煙と瓦礫を巻き上げながら、アルトアイゼンがアシュセイヴァーの射線を横切る。
巨体が石畳を削る。
火花が一直線に走る。
建物の窓ガラスが衝撃波で震えた。
「その巨体で……!」
アルトアイゼンは止まらない。
横滑りの勢いを殺さないまま機体を旋回。
アシュセイヴァーとの距離を一気に詰める。
その瞬間――通信。
『キョウスケ!』
アクセルか!
『爆弾の解除は終わった!』
『好きなようにやれ!』
俺の口元がわずかに上がる。
「――その言葉を待っていた!」
リボルビング・ステーク起動。
ガシャン!
回転弾倉が次の炸薬カートリッジを送り込む。
「後は――」
アルトアイゼンが地面を蹴る。
「撃ち貫くのみ!」
だが、アーチボルドも即座に反応する。
「させませんよ!」
アインストに侵食されたアシュセイヴァーから異形の触手が伸びる。
だが――
「遅い!」
バンカー接触。
「な――!」
俺はトリガーを引く!
一発目。
装甲が陥没する。
二発目。
アインスト組織が飛び散る。
それでも異形の肉が傷口を塞ごうと蠢く。
「無駄ですよ! この機体は既に――!」
一撃ごとにアシュセイヴァーの装甲が弾け飛ぶ。
飛散したアインスト細胞が蠢き、再生しようとする。
「知ったことか。」
三発目。
アシュセイヴァーの装甲が弾け、その奥で蠢く異形の組織が露出する。
「再生するなら――」
四発目。
機体を覆っていた異形の組織が大きく裂ける。
「再生できなくなるまで――」
五発目。
アシュセイヴァーの内部へ衝撃が突き抜ける。
アシュセイヴァーのフレームが悲鳴を上げ、機体全体がくの字に折れた。
残る炸薬は、あと一発。
「撃ち貫くのみ!」
零距離――最終撃発。
――SYSTEM
『UNKNOWN ENERGY DETECTED.』
「…………。」
『ABSORB――』
「黙っていろ。」
俺の中で蠢いたものを、アーチボルドも察したらしい。
「……なるほど。」
「?」
「あなたは……こちら側ではなかった。」
「何を言っている。」
「あなたは――」
「アインストを喰らっている……!」
目を細め、アーチボルドを睨みつける。
「だからどうした。」
「ハ……ハハ……!」
「面白い! 実に――」
「話は終わりだ。」
最終撃発の衝撃が、アシュセイヴァーの胸部を内側から撃ち抜いた。
異形の組織を撒き散らしながら、機体が大きく仰け反る。
次の瞬間、内部から膨れ上がった爆炎が機体を呑み込んだ。
アルトアイゼンは爆風を装甲で受け止めながら、炎の中から後退する。
アシュセイヴァーの反応は――消えた。
『終わったか?』
「ああ。」
『公都の爆弾は全部処理した。被害も最小限だ。』
「そうか。」
『……礼くらい言ったらどうだ?』
「助かった。」
『…………。』
通信モニターの向こうで、アクセルが意外そうに眉を上げた。
「なんだ?」
『いや。お前が素直に礼を言うとは思わなかっただけだ。』
失礼な奴だ。
「切るぞ。」
『待て待て!』
公都に仕掛けられた爆弾は、アクセルたちがすべて解除した。
アシュセイヴァーの反応も消えている。
ひとまず、この戦いは俺たちの勝ちだった。
損傷したアルトアイゼンを整備班に預けた俺は、アクセルたちとリクセント公国公邸へ向かった。
そこで待っていたのは――シャイン王女だった。
「助かりました、ベーオウルフ――キョウスケさま。」
「……『さま』は余計だ。」
「ですが――」
「俺は……いや。」
俺は一度言葉を止め、後ろの仲間たちを見た。
「俺たちは、俺たちが正しいと思ったことをなしているだけだ。」
「…………。」
シャインは俺の後ろにいる仲間たちへ目を向け、静かに頷いた。
「……でしたら。」
「?」
「わたくしも、わたくしが正しいと思うことをいたします。」
室内にいた近衛騎士たちが息を呑む。
文官たちが顔を見合わせる。
「ほう?」
「リクセント公国は――あなた方を支持します。」
傍らに控えていた執事のジョイスが、満足そうに頷いた。
「…………。」
連邦から見れば、シャドウミラーは反乱軍だ。
そこへ俺たちベーオウルブズまで合流した。
リクセント公国が俺たちを支持すれば、連邦から敵対勢力と見なされる可能性は高い。
だが、この国を守ったのが誰で、爆弾を仕掛けたのが誰なのか。
シャインは、その事実を選んだのだ。
「シャイン。それがどういう意味か分かっているのか。」
「もちろんです。」
「連邦を敵に回す可能性がある。」
「それでもです。」
「…………。」
「公都へ爆弾を仕掛けた者と、それを解除してくださった方々。」
「どちらを信じるべきか――」
「わたくしにも、それくらいは分かります。」
その沈黙を破るように、アクセルが横から口を挟んだ。
「キョウスケ。」
「なんだ。」
「お前、『俺たちは正しいと思ったことをしているだけだ』と言ったな。」
「ああ。」
「その結果、国一つ味方についたぞ。」
「…………。」
「どうする、ベーオウルフ?」
「俺に聞くな。」
「お前が原因だろうが!」
「それでキョウスケさま。アーチボルドですが……。」
「……。」
「機体の残骸から、その姿は見つけられなかったということですが。」
「ああ。」
「では……。」
「おそらく奴はまだ生きている。」
俺はわずかに眉をひそめた。
「……面倒くさい話だ。」
(むしろあの男が、あれだけで終わるとは思えん。)
その時――公邸の扉が勢いよく開く。
焦りを浮かべたベーオウルフ隊員が飛び込んできた。
「隊長! ただいま捜索隊から緊急連絡!」
「どうした。」
「テンザン・ナカジマを確認!」
「ノイエDCの……!」
「ヴァルシオン改に搭乗! さらに――」
一瞬、隊員が言葉を失う。
「報告を続けろ。」
「アインストの大群を引き連れています!」
「数は?」
「……計測不能!」
「ちっ……。」
俺はシャインを見る。
「シャイン。」
「はい。」
「これ以上、公都は守れない。」
「……!」
シャインの顔に焦りが浮かぶ。だが、公女としての矜持がそれをすぐに押し隠した。
「悪いが、公都の市民を俺たちの戦艦に乗せて避難してくれ。」
「公都を……捨てるのですか?」
シャインの声が微かに震えた。
窓の向こうでは、黒煙を上げる公都の街並みが見える。
生まれ育った城。
見慣れた広場。
昨日まで人々が笑い、行き交っていた通り。
その全てを置いて逃げろと、俺は言っている。
「違う。」
シャインが顔を上げた。
「街は取り戻せる。」
一度失ったとしても、建物は造り直せる。
道も、城も、国そのものさえ再建できる。
だが――。
「死んだ人間は戻らない。」
室内が静まり返った。
近衛兵も、文官も、誰一人として言葉を発しなかった。
シャインはもう一度だけ、窓の向こうの公都を見た。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました。」
「レモン! シロガネ、ギャンランド、ワンダーランド、ネバーランドへ連絡。」
「搭載スペースを可能な限り空けろ。」
レモンは努めて平静な声で応じた。
「兵器と物資は?」
「必要最低限を残して降ろせ。」
さすがのレモンも、わずかに声を強張らせた。
「しかし、それでは今後の作戦行動に――」
「人間より優先する物資があるなら言ってみろ。」
レモンも同じ結論に達したようだ。
「…………ないわね。」
「ならやれ。」
「分かりました。」
「リクセント公国公女シャイン・ハウゼンの名において、公都市民へ避難命令を出します。」
「頼む。」
「キョウスケさまは?」
「残る。」
シャインは、初めから俺の答えを予想していたらしい。
「やはり……。」
だが、これだけは譲れない。
「追撃させるわけにはいかん。」
アクセルはため息をつきながら前へ出てきた。
「一人で格好をつけるな、ベーオウルフ。」
「アクセル。」
「シャドウミラーを忘れたか?」
「忘れてはいない。」
「なら最初から『俺たちが残る』と言え。」
「ふっ……そうだな。」
少なくとも、前世の記憶で知るキョウスケより、俺には信頼できる仲間がいる。
避難開始直後。
公都の発着場には、すでに長蛇の列ができていた。
抱きかかえられる老人。
泣きながら母親にしがみつく子供。
荷車を押す兵士。
そして公都に再び影が落ちる。
黒い雲のように空を埋め尽くすアインスト。
太陽が隠れる。
その中央から巨大な機影。
その姿は――ヴァルシオン改。
『ヒャハハハハハ!!』
『なんだよ、逃げんのかよ!?』
「テンザン・ナカジマ。」
『よう、ベーオウルフ!』
『今度はこいつらも一緒だ!』
ヴァルシオン改の背後で、無数のアインストが不気味に蠢いていた。
『最高のゲームにしようぜぇ!!』
「……ゲームか。」
『ああ!』
「なら一人でやっていろ。」
『あぁ!?』
「俺たちは――」
アルトアイゼンがヴァルシオン改の前へ立つ。
「戦争をしている。」
◇ ◇ ◇
――避難開始から数十分後
「また増援だと!?」
「構うな。撃墜数を競っているわけじゃない。」
「市民を逃がせれば俺たちの勝ちだ。」
シロガネから通信が入った。
『公都市民、収容完了!』
「全艦、離脱。」
『キョウスケさま!』
「先に行け。」
『必ず……必ず戻ってきてください!』
「努力する。」
『そこは「必ず戻る」と言え!』
「保証できんことは言わん。」
通信から、アクセルの呆れた声が響いた。
『お前という奴は……!』
続いて、オペレーターの切迫した声が割り込んだ。
『敵部隊、進路変更! 避難艦隊へ向かっています!』
「ちっ! 回り込まれたか!」
「……ヴィンデル!」
『聞こえている!』
「頼んだ! そっちは守ってくれ!」
『言われるまでもない!』
「シャドウミラー各機! 防衛線を構築!」
『一機たりとも艦隊へ近づけるな!』
『了解!』
無数の応答が、一つの声となって通信回線を震わせた。
俺はアクセルへ通信を開く。
「アクセル。」
『今度は何だ?』
「テンザンは俺がやる。」
『……またそれか。』
「お前は――」
『言っておくが、「避難艦隊を頼む」なら断るぞ。』
「…………。」
『ヴィンデルがいる。』
「なら俺はこっちだ、ベーオウルフ!」
アクセルの機体がアルトアイゼンの横へ並ぶ。
「……好きにしろ。」
『最初からそのつもりだ。』
◇ ◇ ◇
――避難艦隊・シロガネ
シャインはブリッジから、遠ざかっていく公都を見つめていた。
炎と黒煙に包まれた故郷が、少しずつ小さくなっていく。
「キョウスケさま……」
『シャイン王女。』
通信機からヴィンデルの声が響いた。
「ヴィンデルさま?」
『後ろを見る必要はない。あなたは前だけを見て、市民を導かれよ。』
「ですが、皆様が――」
『我々はそのために残った。』
短く、だが揺るぎのない声だった。
『ならば、我々を信じていただきたい。』
シャインは唇を結び、もう一度だけ遠ざかる戦場を見つめた。
やがて目を閉じ、決意とともに前を向く。
「……分かりました。全艦、避難を継続してください!」
『了解!』
◇ ◇ ◇
――公都防衛線
レーダーには、ヴァルシオン改を示す反応が一つ。
その背後を、画面に収まりきらないほどの赤い光点が埋め尽くしていた。
『ヒャハハ! 逃がすと思ってんのかよ!』
「逃がすさ。」
『あぁ!?』
「ヴィンデルが守ると言った。」
リボルビング・ステークの回転弾倉が、重い駆動音を響かせる。
仲間が守ると言ったのだ。
なら、背後を振り返る必要はない。
「俺が心配する必要はない!」
ROM専でしたが初めて書いてみました