界渡りの不確定な切り札   作:アルフレッド

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漂流編第六話「転移」

「念のため確認する。このアンカーを設置すれば、その場で帰れるわけじゃないんだな?」

 

「ええ」

 

レモンが頷く。

 

「今回のアンカーは、あくまでビーコンよ。設置した世界の座標を固定して、こちらからシステムXNで捕捉できるようにするためのもの」

 

「つまり設置に成功して初めて、ヴェルト側からこちらへ道を繋げられる」

 

「そういうこと」

 

「設置するまでは?」

 

「完全に孤立ね♪」

 

「…………」

 

「…………」

 

「レモン姉さん、さっきから説明が軽くない?」

 

「重く説明しても結果は変わらないでしょう?」

 

「それはそうだが」

 

「それに次からは改善する予定よ」

 

「改善?」

 

「アンカーだけじゃなく、ポータル発生装置そのものを小型化して持っていけるようにする」

 

「なら最初からそうしてくれ」

 

「一ヶ月でシステムXNを解析して、アンカーまで作った人間にそれを言う?」

 

「……すまん」

 

「分かればよろしい♪」

 

「でも、それなら次からは到着したらすぐ帰れるの?」

 

エクセレンの問いにレモンは首を横に振った。

 

「そこは変わらないわ。ポータルも大地に固定する必要があるもの」

 

「つまり宇宙に出たら?」

 

「大地に辿り着くまで頑張って♪」

 

「結局そこは変わらないのね」

 

「技術にも限界はあるのよ」

 

「それとアンカーは三基持っていって」

 

「三基?」

 

「一基しか持たせないと思った?」

 

「……いや」

 

「絶対思ったでしょ」

 

「壊れる可能性は考えていた」

 

「でしょう? 一基は本命、一基は予備、もう一基は予備の予備」

 

「ずいぶん慎重だな」

 

「あなたたち二人の命綱よ。当然でしょう」

 

「姉さんは心配性……」

 

「なに?」

 

「なんでもありません。」

 

「ところでなんで私が姉さんなの?」

 

「え?私のほうが若く見えない?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「エクセレン」

 

「なに?」

 

「一応言っておくけど、年齢で言えばあなたの方が上よ?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「え?」

 

「あなたが行方不明後に私は生まれたんだから」

 

「…………」

 

エクセレンがゆっくり俺を見る。

 

「ダーリン」

 

「なんだ」

 

「ほんと?」

 

「……そうなるな」

 

「じゃあ私がお姉さん!?」

 

「そういうことになるわね」

 

「レモンちゃん♪」

 

「やめなさい」

 

「お姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」

 

「絶対に嫌」

 

「遠慮しなくてもいいのに~♪」

 

「してないわよ!」

 

「エクセレン」

 

「なあに、ダーリン?」

 

「余計なことを言わなければ、今まで通り姉さんで済んだんだぞ」

 

「…………」

 

「墓穴を掘ったな」

 

「ダーリンがそれ言う!?」

 

「でもレモン姉さんはレモン姉さんよね♪」

 

「今の話を聞いてた?」

 

「聞いてたわよ?」

 

「あなたの方が年上なのよ?」

 

「でも姉さんっぽいのはレモン姉さんだし」

 

「どういう意味よ」

 

「しっかりしてる♪」

 

「あなたがしっかりしなさい!」

 

「ほら、やっぱりお姉さん♪」

 

「…………」

 

「レモン。諦めろ」

 

「あなたの嫁でしょう! なんとかしなさいよ!」

 

「無理だ」

 

「即答しないで!」

 

仲良くなってよかったというのが本音だがな。

さて転移で持ち込む物の選別を続けるか。

 

アンカー三基。

アギュイエウス。

食料。

医薬品。

換金用の宝石。

拳銃。

獅子王刀。

ゲシュペンスト。

アルトアイゼン。

 

「……多くないか?」

 

「ストレージに入るんでしょう?」

 

「入る」

 

「なら持っていきなさい」

 

「…………」

 

「他にも衣類、野営用品、工具、弾薬、アルトとゲシュペンストの予備部品も入れておいたわ」

 

「……二人分の荷物じゃないな」

 

「どこに飛ぶか分からないのよ。備えすぎて困ることはないでしょう?」

 

「ストレージがなければ遠征部隊だな」

 

「あるんだから問題なし♪」

 

「ダーリン、もう諦めましょ」

 

「……そうだな」

 

「それじゃあ準備はこれで終わりね」

 

レモンが端末を閉じた。

 

「出発は?」

 

「システムXNの最終確認が終わり次第。予定通りなら明日よ」

 

「分かった」

 

◇ ◇ ◇

 

「それじゃあ行ってくる」

 

「気をつけて」

 

「アンカーを設置するまでこちらからは何もできない。無茶はしないで」

 

「分かっている」

 

「エクセレン」

 

「なあに、レモン姉さん?」

 

「……ちゃんと帰ってきなさい」

 

「もちろん♪」

 

エクセレンが俺の腕に抱きついた。

 

「新婚旅行から帰ってくるまで待っててね♪」

 

「だから違う」

 

「婚前旅行?」

 

「それもやめろ」

 

「はいはい♪」

 

「……行くぞ」

 

システムXNが起動する。

 

空間が歪み始めた。

 

次に目を開けた時、そこがどんな世界なのか。

 

俺たちには分からない。

 

だが――

 

「ダーリン」

 

「なんだ?」

 

「二人なら何とかなるわよね?」

 

「ああ」

 

少なくとも。

 

一人ではない。

 

「行くぞ、エクセレン」

 

「了解♪」

 

◇ ◇ ◇

 

転移の光が収まった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「ダーリン」

 

「なんだ」

 

「宇宙ね」

 

「……宇宙だな」

 

「大地は?」

 

「ない」

 

「レモン姉さんの予言、大当たり♪」

 

「笑い事じゃない」

 

周囲を確認する。

 

幸い、完全な虚空というわけではなかった。

 

前方に巨大な人工構造物が見える。

 

「コロニーか?」

 

「みたいね」

 

「まずはあそこへ向かう」

 

「アルト?」

 

「いや。目立ちすぎる」

 

「じゃあゲシュペンスト?」

 

「……それでも十分目立つが、アルトよりはマシか」

 

「異世界初の第一印象って大切よねぇ」

 

「そういう問題でもない」

 

◇ ◇ ◇

 

コロニーにゲシュペンストで近づいていく俺たち。

そこでコロニーからの通信を拾う。

 

『――ユニウスセブン管制より――』

 

「…………」

 

聞き覚えのある名前だった。

 

いや。

 

忘れるはずがない。

 

「エクセレン」

 

「なに?」

 

「現在の日付を調べろ」

 

「急にどうしたの?」

 

「早くしろ」

 

「はいはい……えーっと――」

 

エクセレンの声が止まった。

 

「C.E.70年、二月十四日」

 

「…………」

 

「ダーリン?」

 

血の気が引いた。

 

ユニウスセブン。

 

C.E.70年二月十四日。

 

この二つが揃えば、さすがに忘れてはいない。

 

「まずい」

 

「何が?」

 

「ここから離れるぞ!」

 

「え?」

 

「いや――」

 

違う。

 

ここには大勢の人間がいる。

 

そして間もなく――

 

血のバレンタインが起きる。

 

「エクセレン、コロニーへ入るぞ」

 

「待って。さっき離れるって――」

 

「撤回する」

 

「何が起きるの?」

 

「核攻撃だ」

 

「…………」

 

「このコロニーは間もなく核攻撃を受ける」

 

「ちょっと待って」

 

エクセレンの声から軽さが消えた。

 

「どれくらい時間があるの?」

 

「分からん」

 

「攻撃してくる相手は?」

 

「分からん」

 

「攻撃方向は?」

 

「分からん」

 

「…………」

 

「俺が知っているのは、今日ここで大勢の人間が死ぬということだけだ」

 

「……なるほど」

 

「それでも行くか?」

 

「何言ってるのよ」

 

エクセレンが笑った。

 

「知っちゃったんでしょ?」

 

「……ああ」

 

「じゃあ、見捨てて新婚旅行を続けられるほど、私たち器用じゃないわよ」

 

「新婚旅行ではない」

 

「そこは訂正するのね」

 

トライロバイト級戦艦を持ってくるべきだったか!

 

かといって今からここに核が降り注ぐと言っても信じてくれる人はいないだろう。

 

ならばできることは一人でも救う!

 

「エクセレン! あれは?」

 

「シャトルみたいね。反応は……生きてる」

 

「使えるか?」

 

「待って、調べるから……」

 

エクセレンが通信回線から情報を拾う。

 

「大型スペースシャトル。定員は三十二名前後みたい」

 

「三十二……」

 

少ない。

 

このコロニーにいる人間の数を考えれば、あまりにも少ない。

 

だが――

 

「三十二人は救える」

 

「そういうと思った」

 

「確保するぞ」

 

「了解♪」

 

核攻撃が始まった……シリンダー型ではないこのコロニーは外部からの攻撃に弱い。一人でも多くの市民を救助する。

 

もうぎりぎりまで詰め込むことができた。

 

「この人、怪我がひどいわ!」

 

「乗せろ!」

 

「でももう定員が――」

 

「一人くらい俺たちが立っていればいい」

 

「そういう問題?」

 

「入るなら問題ない」

 

「……はいはい。ダーリン、そっち持って!」

 

「ああ!」

 

「機体は?」

 

「収納する」

 

「便利ねぇ、それ」

 

「俺もそう思う」

 

「シャトルも入る?」

 

「…………」

 

「ダーリン?」

 

「試してみるか」

 

「乗ってる時にやらないでよ?」

 

◇ ◇ ◇

 

「月へ行く」

 

「アンカーを置くの?」

 

「ああ。人目につかない場所を探す」

 

「この辺は?」

 

「……エンディミオン?」

 

「知ってるの?」

 

「名前だけはな」

 

「また?」

 

「…………」

 

「ダーリン、その『知ってるけど詳しく知らない』パターン多くない?」

 

「ゲームの設定資料集を丸暗記していたわけじゃない」

 

「あら残念♪」

 

『こちら――』

 

「…………」

 

「ダーリン?」

 

「いや」

 

「知ってる人?」

 

「……おそらく」

 

「またそれ?」

 

「まだ会うべきじゃない」

 

「未来のお友達?」

 

「さあな」

 

「未来の女?」

 

「男だ」

 

「じゃあいいわ♪」

 

「何がいいんだ」

 

ムウ・ラ・フラガか。今のところ無名だったよな。

 

……確か「エンディミオンの鷹」と呼ばれていたはずだ。

 

いつ、どういう経緯でそう呼ばれたのかまでは覚えていない。

 

そもそも俺は設定資料集ではない。

 

「ここはやめる」

 

「どうして?」

 

「嫌な予感がする」

 

「ダーリンの勘?」

 

「今回は記憶だ」

 

「どっちにしても信用した方がよさそうね」

 

「航法データに月面施設の位置は入っていないか?」

 

「ちょっと待って……あるわね」

 

エクセレンが端末を操作する。

 

「基地、居住施設、観測施設……結構あるわよ」

 

「全部避けろ」

 

「全部?」

 

「アンカーを見つけられたくない」

 

「じゃあ月の裏側?」

 

「候補を出してくれ」

 

「はいはい。えーっと……ここなんてどう?」

 

月の裏側。

 

既知の施設から離れたクレーターが表示される。

 

「着陸できるか?」

 

「シャトルの航法コンピューターでは問題なし」

 

「ならそこだ」

 

◇ ◇ ◇

 

「ここならいいだろう」

 

「周囲に人工物なし。通信反応もなし」

 

「アンカーを出す」

 

ストレージからアンカーを取り出す。

アンカーは大き目の釘のような形をしている。

 

「……しかし」

 

「なに?」

 

「異世界へ来て最初にやっていることが、月面に杭を打つ作業とは思わなかった」

 

「皇帝陛下自ら領土拡張?」

 

「違う」

 

「ヴェルト月面領第一号♪」

 

「絶対に違う」

 

「じゃあ旗も立てる?」

 

「立てん」

 

「記念碑は?」

 

「もっと立てん」

 

「『ヴェルト皇帝キョウスケ・ナンブ、ここに降り立つ』」

 

「歴史に残そうとするな」

 

「もう皇帝なんだから諦めなさいよ」

 

「……アンカーを設置するぞ」

 

「逃げた」

 

無視してアンカーを月面へ突き立てる。

 

見た目こそ巨大な杭だが、内部にはレモンたちが一ヶ月で組み上げたシステムXNの技術が詰め込まれている。

 

「固定完了」

 

「反応は?」

 

「待って……」

 

エクセレンがゲシュペンストから持ち出した端末を確認する。

 

「アンカー起動。座標固定開始……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「長いな」

 

「初めてなんだから急かさないの」

 

「分かっている」

 

数秒。

 

だが今の俺には妙に長く感じられた。

 

やがて――

 

『座標固定完了』

 

「……成功?」

 

「らしいな」

 

「じゃあヴェルトから私たちを見つけられる?」

 

「レモンの説明通りならな」

 

「また『なら』?」

 

「実験も兼ねた初転移だぞ」

 

「そうだったわねぇ」

 

俺は空を見上げた。

 

地球からは見えない月の裏側。

 

当然、ヴェルトが見えるはずもない。

 

それでも――

 

「これで帰れる」

 

「うん」

 

エクセレンも今度は茶化さなかった。

 

シャトルには、俺たちがユニウスセブンから救い出した人々がいる。

 

重傷者もいる。

 

一刻も早く治療を受けさせなければならない。

 

「アギュイエウスを出す」

 

「いよいよ帰宅ね」

 

「ああ」

 

「新婚旅行、一日で終わっちゃった」

 

「だから新婚旅行ではない」

 

「しかも帰りは三十人以上の団体様付き」

 

「…………」

 

「ダーリン?」

 

「レモンに何と言うか考えていた」

 

「そのまま言えば?」

 

「異世界に着いたら核攻撃が始まったので、三十人以上救助して帰ってきた、と?」

 

「うん♪」

 

「……信じると思うか?」

 

「私たちだって昨日まで信じてなかったわよ」

 

「それもそうか」

 

空間が歪む。

 

見覚えのある光景が、その向こうに現れた。

 

「……ヴェルト」

 

「帰ってきたわね」

 

「ああ」

 

たった一日。

 

それなのに、妙に懐かしく感じた。

 

シャトルをゆっくりとゲートへ進ませる。

 

◇ ◇ ◇

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

レモンが俺を見る。

 

次にエクセレンを見る。

 

最後に――俺たちの後ろにある見知らぬ大型スペースシャトルを見る。

 

「キョウスケ」

 

「なんだ」

 

「あなたたち、二人で行ったわよね?」

 

「ああ」

 

「なんで乗り物が増えてるの?」

 

「拾った」

 

「拾った!?」

 

「正確には借りた」

 

「誰に!?」

 

「分からん」

 

「…………」

 

「それと救助者がいる」

 

「何人?」

 

「三十人以上」

 

「…………」

 

「重傷者がいる。クスハを呼んでくれ」

 

「それはすぐに手配するけど――」

 

レモンが額を押さえた。

 

「あなたたち、何しに行ったの?」

 

「探索だ」

 

「探索よ♪」

 

「一日で異世界のシャトルと三十人以上の住民を持ち帰る探索がどこにあるのよ!」

 

「……色々あった」

 

「色々で済ませないで!」

 

とりあえず避難民に説明してくるか

 

「皆、聞いてくれ」

 

避難してきた者たちの視線が俺へ集まった。

 

「まず、ここは安全だ。少なくとも先ほどのような攻撃を受ける心配はない」

 

安堵する者もいれば、不安そうに周囲を見回す者もいる。

 

当然だろう。

 

昨日までいた世界とはまるで違う場所へ連れてこられたのだから。

 

「ここはヴェルト。俺たちの国だ」

 

「ヴェルト……?」

 

「聞いたことがない……」

 

「それも当然だ」

 

一度言葉を切る。

 

「ここは、君たちがいた世界とは別の世界にある」

 

「…………」

 

「…………」

 

ざわめきが広がった。

 

「今すぐ信じろとは言わない。だが事実だ」

 

「じゃ、じゃあ……私たちは帰れないんですか?」

 

「いや」

 

「――!」

 

「希望する者はプラントへ帰す」

 

何人かの表情が明るくなる。

 

「ただし一つ条件がある」

 

「条件?」

 

「ヴェルトの所在、そしてここへ来るための方法については明かすことができない」

 

「…………」

 

「こちらの安全保障に関わる。悪いが理解してほしい」

 

「帰る時はどうするんですか?」

 

「こちらで安全な場所まで送り届ける。そこから先は自力で帰れるよう手配する」

 

「じゃあ……ここに残ることも?」

 

「望むなら構わない」

 

「え?」

 

「帰る場所がない者、今すぐ帰りたくない者もいるだろう」

 

俺は彼らを見渡した。

 

「決めるのは治療が終わってからでいい。今は休んでくれ」

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