界渡りの不確定な切り札 作:アルフレッド
第三者side
巨大な宇宙要塞アルテミス。
ユーラシア連邦が誇るその要塞は、《アルテミスの傘》と呼ばれる光波防御帯によって守られている。
外部からの攻撃を遮断するその防御力は高く、ザフトからも難攻不落の要塞として認識されていた。
その内部へ、傷ついた白い戦艦がゆっくりと進入していく。
アークエンジェル。
ヘリオポリスで建造されていた大西洋連邦の新造戦艦である。
「接舷完了しました」
ノイマンの報告にマリューが小さく息を吐いた。
戦闘が終わったわけではない。
しかし少なくとも今すぐザフト艦から砲撃を受ける心配はなくなった。
「ようやく一息つけるってところか」
ムウが肩を回す。
「補給を受けられればいいんですけど……」
マリューの表情はまだ硬い。
ナタルがそれに頷いた。
「同じ地球連合所属です。事情を説明すれば問題はないでしょう」
「そうね」
「……そうだといいけどな」
「フラガ大尉?」
「いや。なんでもない」
ムウはそう言いながら、格納庫の方角へ視線を向けた。
正確には――その向こう。
アルテミスへ入港する直前に艦を離れた二機のモビルスーツ。
キョウスケとエクセレン。
彼らがわざわざ外に残った理由。
――所属だけで信用するな。
先ほどキョウスケが言った言葉が、妙に耳に残っていた。
◇ ◇ ◇
アルテミス側から乗艦してきた兵士たちを迎えるため、マリューたちは格納庫へ集まっていた。
先頭に立っていたのは、恰幅のいい中年の男だった。
「よくぞアルテミスまでたどり着かれた。私はこの基地の司令官、ジェラード・ガルシアだ」
「大西洋連邦所属、マリュー・ラミアス大尉です」
敬礼を交わす。
だがガルシアの視線は、マリューよりもその背後へ向いていた。
白、青、赤の装甲。
ストライク。
そしてその隣に置かれたメビウス・ゼロ。
「ほう……」
ガルシアの目が細くなる。
「これが噂の新型か」
「噂?」
ナタルが僅かに眉を寄せる。
「ヘリオポリスがザフトの攻撃を受けたという情報程度はこちらにも届いている」
「では話が早い。本艦はその攻撃によって――」
「まあ待ちたまえ」
ガルシアが手を上げ、ナタルの言葉を遮った。
「事情についてはゆっくり聞かせてもらおう。君たちも疲れているだろう」
口調こそ穏やかだった。
しかしマリューは何故か違和感を覚えた。
ガルシアの視線が、自分たちではなくアークエンジェルとストライクばかりに向いている。
「まずは乗員名簿と艦の登録情報、それから新型機の資料を提出してもらいたい」
「新型機の資料?」
「友軍なのだろう?」
「それは……」
マリューが答えるより早く、ナタルが一歩前へ出た。
「本艦および搭載機は大西洋連邦軍の最高機密に該当します。正式な権限確認なしに資料を提出することはできません」
一瞬。
ガルシアの笑みが消えた。
だがすぐに元へ戻る。
「なるほど。バジルール少尉だったな?」
「はい」
「規則に忠実なのは結構なことだ」
「ありがとうございます」
「だがここはユーラシア連邦の軍事施設だ。我々も地球連合軍の一員だということを忘れないでもらいたい」
「承知しております」
二人の視線がぶつかる。
ムウはその様子を横から見ながら、心の中でため息をついた。
――こりゃ、キョウスケの勘が当たったかもしれねえな。
◇ ◇ ◇
キラたち避難民は別室へ案内されていた。
案内、と言えば聞こえはいい。
だが部屋の外には武装した兵士が二人立っている。
「これって……」
カズイが不安げに扉を見る。
「俺たち、保護されてるんだよな?」
「たぶんな」
トールが答える。
「じゃあなんで見張りがいるんだ?」
「知らないよ」
「なんか感じ悪いな」
カガリが露骨に顔をしかめた。
「友軍なんだろ?」
「僕に聞かれても……」
キラが困ったように答える。
そこへ扉が開いた。
数人の兵士が入ってくる。
「キラ・ヤマトは誰だ?」
「……僕ですけど」
「来てもらおう」
「え?」
「ストライクのパイロットだそうだな」
「ちょっと待ってください!」
ミリアリアが立ち上がる。
「キラは軍人じゃありません!」
「確認するだけだ」
「だったらここで――」
兵士の一人がキラの腕を掴む。
「痛っ!」
「キラ!」
カガリが飛び出そうとするが、別の兵士が銃に手を掛けた。
「動くな!」
「……!」
「カガリ!」
キラが止める。
「大丈夫だから」
「でも!」
「話をするだけだって」
自分に言い聞かせるようにそう言い、キラは兵士たちに連れられていった。
フレイはその後ろ姿を不安そうに見つめる。
「……コーディネイターだって知られたら……」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
◇ ◇ ◇
「コーディネイターだと?」
ガルシアの顔から先ほどまでの笑みが完全に消えた。
連れてこられたキラは部屋の中央に立たされている。
「はい……」
「君があの地球軍の新型を動かしている?」
「……はい」
「大西洋連邦は何を考えている」
吐き捨てるような声だった。
キラは僅かに身を強張らせる。
「僕は大西洋連邦の軍人じゃありません」
「ではなぜ乗っている?」
「それは……」
「コーディネイターが連合軍の最新鋭機を操縦している。十分問題だと思わんかね?」
「僕はただ……みんなを守るために……」
「皆?」
「友達や、避難してきた人たちです」
ガルシアが鼻で笑った。
「なるほど。美しい話だ」
「……」
「だが新型機を敵と同じコーディネイターに預けるなど、正気とは思えんな」
その言葉にキラの拳が握られる。
まただ。
また――コーディネイター。
自分が何をしたのかではない。
何を守ったのかでもない。
生まれだけを見る。
『別にナチュラルだろうがコーディネイターだろうが、人間に変わりはないさ』
ふとキョウスケの言葉を思い出した。
『この場合あるのは敵と味方だけだ』
あの時は随分乱暴な考え方だと思った。
でも今は。
少しだけ、その言葉の意味が分かった気がした。
「僕は――」
キラが顔を上げる。
「僕はザフトじゃありません」
「何?」
「コーディネイターです。でもザフトじゃない」
ガルシアの眉が動いた。
「僕は僕です」
「…………」
「ストライクに乗ったのも、大西洋連邦のためじゃありません」
「なら何のためだ?」
「僕の友達が乗っているからです」
沈黙。
キラは震えていた。
怖くないわけではない。
それでも目を逸らさなかった。
ガルシアはしばらくそんな少年を見ていたが、
「……連れていけ」
「はい」
結局、それ以上は何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
キョウスケside
「遅いな」
岩塊の陰。
ゴールドフレームのコックピットからアルテミスを見る。
アークエンジェルが内部へ入ってから、かなり時間が経っている。
『そうねぇ』
隣ではミラージュフレームが岩塊に機体を固定していた。
『補給だけなら、そろそろ連絡くらいあってもいいと思うけど♡』
「ああ」
通信はない。
向こうからも。
こちらからも。
アルテミスの内部に入ってしまえば、防御システムの影響もあって詳しい様子までは分からない。
だからこそ俺たちは外に残った。
最初から、そのつもりだった。
「エクセレン」
『なぁに?』
「行ってくる」
『やっぱり?』
「ああ」
『止めても行く?』
「行く」
『でしょうね♡』
返事が早い。
「お前はここで待て」
『それも予定通りね』
「ああ。何かあった場合は――」
『ミラージュコロイドで隠れて待機。ダーリンから合図があったら援護。アークエンジェルが強制的に出てきた場合はそっちを優先♡』
「分かってるならいい」
『でもダーリン』
「なんだ?」
『その子で入ったら目立つわよ?』
ゴールドフレームを見る。
金色だ。
確かに目立つ。
「問題ない」
『?』
コックピットハッチを開く。
宇宙服姿で機体の外へ出る。
「ストレージ」
ゴールドフレームの装甲へ手を触れた。
次の瞬間。
全長十数メートルのモビルスーツが、一瞬で消えた。
『…………』
「どうした?」
『いえ』
エクセレンが妙な間を置く。
『相変わらずそれ、反則よねぇ♡』
「便利だぞ」
『便利で済ませるところがダーリンよね♡』
宇宙服の小型スラスターを吹かす。
目指すのはアルテミス。
真正面から入る気はない。
こんな巨大要塞なら、整備用のハッチも資材搬入口もある。
それを探す。
『気をつけてね』
「ああ」
『無茶しちゃダメよ?』
「善処する」
『信用できなーい♡』
「……」
『返事は?』
「分かった」
『よろしい♡』
通信を切る。
アルテミスが徐々に近づいてくる。
さて。
友軍だから安全。
そう思って入港したアークエンジェル。
何も起きていなければそれでいい。
俺が笑われるだけで済む。
だが――。
「そうでないなら」
腰に固定した拳銃を確認する。
シシオウブレードはストレージの中。
必要ならゴールドフレームもすぐに出せる。
俺一人なら、潜り込む隙はいくらでもある。
小型スラスターを噴射。
アルテミスの外壁へ向かう。
「迎えに行くか」
◇ ◇ ◇
第三者side
その頃。
アークエンジェルの格納庫では、ユーラシア連邦兵がストライクの周囲を取り囲んでいた。
「何をしている!」
マードックが怒鳴る。
「触るんじゃねぇ! そいつはうちの機体だ!」
「命令だ」
「誰のだ!」
「アルテミス司令官の命令だ」
「ふざけんな!」
兵士たちは構わずストライクへ取りつこうとする。
その少し離れた場所。
拘束されたマリューたちの前で、ガルシアが悠然と歩いていた。
「本艦と新型モビルスーツは、当基地で保護する」
「保護ですって?」
マリューが睨みつける。
「これは大西洋連邦軍所属艦です!」
「ここはユーラシア連邦の基地だ」
「だからといって!」
「心配する必要はない。月への報告もこちらで行おう」
ナタルがガルシアを見る。
「最初から……これが目的だったのですか」
「何のことかな?」
「本艦とストライクを接収することです」
ガルシアは答えなかった。
それが答えだった。
ムウが壁へ背中を預けながら、ぼそりと呟く。
「……やっぱり残ってもらっといて正解だったな」
「フラガ大尉?」
「いや」
口元だけで笑う。
「ちょっと思っただけさ」
――あの男なら。
この程度でじっと待っているはずがない。
◇ ◇ ◇
「ハックション!」
『どうしたのダーリン?』
「いや」
宇宙服姿のキョウスケは、アルテミス外壁に設けられた小型メンテナンスハッチの前にいた。
「誰かが噂している気がした」
『宇宙服の中でくしゃみって嫌ねぇ』
「そこか?」
『そこよ♡』
ロック部分を見る。
軍事施設だけあって当然施錠されている。
だが――。
「さて」
ストレージへ手を伸ばす。
中から取り出したのは。
工具一式。
『……ダーリン』
「なんだ」
『剣じゃないの?』
「まだ必要ない」
『拳銃でもなく?』
「ああ」
『何するの?』
「開ける」
『物理的に?』
「物理的に」
数分後。
アルテミスのメンテナンスハッチが、何事もなかったように静かに開いた。
『…………』
「開いたぞ」
『ほんとに開けちゃった』
「鍵は開けるためにある」
『たぶん違うと思う♡』
ハッチの奥へ身体を滑り込ませる。
内側の扉を閉め、エアロックが作動する。
気圧が正常値へ。
ヘルメットを外す。
「よし」
人気はない。
格納庫や主要区画から離れた整備通路らしい。
侵入成功。
『ダーリン』
「なんだ」
『一応聞いておくけど』
「ああ」
『見つかったらどうするの?』
少し考える。
「話し合う」
『その腰の拳銃とストレージの刀は?』
「話し合いが成立しなかった時用だ」
『でしょうねぇ♡』
「じゃあ行ってくる」
『はいはい。お嫁さんは外で待ってますよー♡』
「頼んだ」
通信を切った。
静かな通路を歩き始める。
目的は一つ。
アークエンジェルと――そこに乗っている連中の無事を確認する。
問題がなければ、そのまま帰る。
問題があるなら。
その時考える。
「……分の悪い賭けは」
少しだけ口元が緩んだ。
「嫌いじゃない」
アルテミス内部へ、足を進めた。
◇ ◇ ◇
中編に続く