界渡りの不確定な切り札 作:アルフレッド
キョウスケside
「再度確認しました。距離5000に敵艦の反応ありません!」
トノムラの報告に、クルーはほっと息をついた。
「アルテミスの消滅が逆にいい目くらましになってくれたのかな?」
「「「「「「いや、それはない」」」」」」
一斉に突っ込みが入った。なぜだ。
「と、とにかく追跡されていないなら今のうちに補給方法を考えましょう」
「そうだな」
「アルテミスを出すのは禁止です」
「まだ何も言ってないぞ」
「先に言っておきます!」
「実際のところ、どうなんだ?やばいのか?」
俺はマリューのところに行ってそっと聞く。
「これから地球を挟んで、逆側の月まで行くとなると、かなり厳しいわね」
アルテミスの中で、補給物資だけ先に収納しておけばよかったな。
「食糧は非常食もあるけど、弾薬と水がね……」
「水か……」
「とにかく方策を考えましょう?水は避難民にもできるだけ節約に協力してもらって……」
かくなる上は、できるだけ早く月へたどり着かなければならない。航行予定コースのシミュレーションがモニター上に現れた。
「これで精一杯か?もっとましな航路は取れないのか?」
ナタルがイライラと言う。
「無理ですよ。これ以上地球に軌道を寄せればデブリベルトに入ってしまいます」
「デブリベルトを突っ切ることができれば早いのにね」
と、マリューが苦笑気味に言うと、ノイマンも苦笑に応じた。
「この速度で突っ込んだら、デブリの仲間入りですよ」
ノイマンならできそうな気もするがな……。
「待て」
「どうしたの?」
「今、デブリベルトと言ったな」
「ええ」
「あそこには戦争で破壊された艦もあるんだろう?」
「……あるでしょうね」
「なら、使える物資が残っている可能性もあるんじゃないか?」
「…………」
「燃料、水、弾薬。全部とは言わんが、探す価値はある」
ムウが顎に手を当てた。
「なるほどな。墓場から部品をいただくってわけか」
「言い方が悪いな。有効活用させてもらうんだ」
「どう違う?」
「畏敬の念だな」
「なるほど」
◇ ◇ ◇
第三者side
《プラント》
エレベータが降下するにしたがって雲の切れ間からアプリリウス市の全景が見えてくる。
ミラーからの反射光を受けてきらめく海、そこに浮かぶ碧い島々、それらが奇跡のように美しいと感じるのは、無機的な軍艦で何週間も暮らしたからというだけではない。
白銀にけむる自己修復ガラスの外は、生命の存在を許さない非情な宇宙空間だ。
その中にぽっかり浮かんだ、浮島のような儚い人間の営みは、だからこそ偉大に、そして美しく映る。
アスランとラウは、プラントの支点に設けられた宇宙船ドッキングベイから、底部へと延びる全長60キロに及ぶ長大なシャフトを、エレベータで降下していた。
ラウはシートに座ってコンピュータ上の資料を読み、アスランは立って美しい下界を見下ろしていた。
エレベータ壁面のモニターではニュース映像を流している。
《───では次にユニウスセブン追悼一周年式典を控え、昨夜クライン最高評議会議長が声明を発表しました……》
アナウンサーの声にアスランとラウの目がそちらを向いた。画面には40代の品の良い面長の男とその脇に控えるように立つ一人の少女が映っていた。
その姿にはどこにも尖った所や、硬いところがない。ふわふわと波打つ長い髪はきれいなピンクブロンドで、透き通るような白い肌によく映えている。おおきな瞳はどこか夢見るような色をたたえ、ふっくらとした頬をつつけば、今にも笑みをこぼしそうだ───彼女の名はラクス・クライン。クライン議長の愛娘にして【プラント】一の歌姫にして……
「あの少女は確か君の婚約者だったね……」
《クライン議長は、ユニウスセブンで犠牲となった多くの市民への哀悼の意を改めて示すとともに――》
「ラクス……」
アスランが小さく呟く。
画面の少女――ラクス・クラインは、いつもの柔らかな笑顔を浮かべてはいなかった。
「ほぉ~、なかなかかわいい婚約者じゃありませんか。お幸せですねぇ」
【そこにいた】三人目の男が急に声を出す。神経質そうな男だ。
「……ハッキネン」
「なんです?」
「いえ……なんでもありません」
「いやいやしかしご結婚したらぜひお呼ばれしたいですね」
ユニウスセブン追悼一周年式典にはふさわしくない不謹慎な言葉が続く。
「しかしユニウスセブンに核ミサイルが撃ち込まれて一周年ですか(もったいないなぁ死の間際の顔が見れないなんて)」
「……ハッキネン」
「はい?」
「少し黙っていたまえ」
「これは失礼」
ルビッカ・ハッキネンは表面だけは真面目な顔に戻ると眼鏡を拭き始めた。
《なお、式典ではクライン議長の令嬢、ラクス・クライン嬢による追悼歌も予定されており――》
「…………」
アスランは再び画面へ視線を戻した。
「彼女は今回の追悼慰霊団の代表も務めるそうじゃないか。素晴らしい」
「はい、ぜひ母の霊を慰めてほしいです」
空々しくさえ聞こえるラウの賛辞に、アスランは軽く頭を下げた。
◇ ◇ ◇
キョウスケside
ストライクの整備を終えてキラが食堂に向かって行く。俺とムウがパイロットなら自分の機体は他人任せにするな、と伝えたためだ。もちろん専門的なことは整備士に任せないといけないこともあるが自分の目で見ることも必要だからな。
『キョウスケさん、エクセレンさん、艦長がお呼びです。ブリッジまでおいでください』
ん、例の『補給』の話か。行くとするか。
「補給を受けられるんですか!いったいどこで!」
中ではすでに話が始まっていた。
「受けられるって言うか、セルフサービスって言うか……」
まあムウも歯切れが悪いな、仕方がないが。そこへマリューが意を決したように口を開いた。
「私たちは今デブリベルトに向かっています」
「デブリベルト……?」
少年たちは一瞬顔を見合わせた。サイがはっと気がついたような顔をする。
「ってちょっと待ってくださいよ、まさか!」
「キミは勘がいいな」
と、ごまかすようにムウが肩を叩く。マリューは変わらず重い口調だ。
「デブリベルトには宇宙をただよう様々なものが集まっています。そこにはもちろん戦闘で破壊された戦艦などもあるわけで……」
「……つまり沈んだ艦から物資を漁るの?」
ミリアリアが顔を曇らせる。
「もちろん、好きでこんなことをするわけじゃないわ。でもアルテミスで補給を受けられなかった以上、このまま月へ向かうには物資が足りないの」
「特に水と弾薬だな」
ムウが付け加える。
「使えるものが残ってりゃ御の字。なけりゃ……まあ、その時はその時だ」
思った通りの反応にマリューはため息をつく。
「あなた達にはその際ポッドでの船外活動を手伝ってもらいたいの」
彼女自身、俺の案に、心の奥で根強いためらいを感じている。だが……。
「死者の眠りを妨げようというつもりはないわ。ただ、失われたものの中からほんの少しいま私たちに必要なものを分けてもらうの。───生きるために」
それがわかってれば……俺から付け加えることはない。
◇ ◇ ◇
第三者side
《プラント》
十二人の評議会議員たちが湾曲したテーブルについていた。
その中央に立つのは、白い仮面で素顔を覆ったザフト軍人――ラウ・ル・クルーゼ。
その少し後ろにはアスラン・ザラと、先ほどラウから「少し黙っていたまえ」と注意されたルビッカ・ハッキネンの姿もある。
「以上が、ヘリオポリスにおける作戦の概要です」
室内に小さなどよめきが起こった。
地球連合がオーブの資源衛星ヘリオポリスで極秘裏に建造していた五機の新型モビルスーツ。そのうち四機をザフトは奪取した。
だが、一機――ストライクだけは取り逃がしている。
「───以上の経過から、ご理解いただけると思いますが、我々の行動は決して『へリオポリス』自体を攻撃したものではなく、あの崩壊の最大の原因はむしろ地球連合軍にあったものだとご報告いたします」
堂々と論じるとラウは自らの席に引き下がる。
だが、本当だろうか。アスランは疑問に思っていた。あの時、部隊にD装備を命じた時点で本当にラウはヘリオポリスの被害を想定していなかったのか?
「やはりオーブは地球軍に与していたのだ!条約を無視したのはあちらの方ですぞ!」
「謎の二機のMSというのもオーブのものに違いない!」
「しかしアスハ代表は !」
「地球に住む者の言葉などあてになるものか!」
「静粛に」
シーゲル・クラインの声に、議場のざわめきが少しずつ収まっていく。
「オーブが地球連合軍のモビルスーツ開発に関与していたことと、先ほど報告にあった二機の所属がオーブであることは別の問題だ。推測だけで結論を出すべきではない」
「だが、疑うだけの理由は十分にある」
パトリック・ザラは返した。
「二機については、現時点で所属を断定できるだけの情報はありません」
ラウも発言を許してもらい報告した。
「しかしクルーゼ隊長」
パトリック・ザラだった。
「その地球軍のMSはそれだけの犠牲を払っても手に入れるべき価値があるものだったのかな?」
ラウはあらかじめ質問を予測していたかのように滑らかに応答した。
「その性能については、奪取した一機に搭乗し、なおかつ取り逃がした一機との交戦経験もあるアスラン・ザラより報告させたいと思います」
「はい」
突然自分へ向けられた十二人の視線に、アスランはわずかに姿勢を正した。
「我々が奪取した四機については、従来のモビルスーツを大きく上回る性能を持っていると判断します。特にフェイズシフト装甲は、実弾兵器に対して極めて高い防御力を発揮します」
「フェイズシフト装甲……」
「はい。ですが、最大の問題は取り逃がした一機――ストライクです」
クライン議長がじっとパトリックを見つめている、この茶番劇に気がついているのかもしれない。
「以上のデータが示す通り、ハードウェアとしての性能は我らザフトが次期主力として進めているシグーを上回る性能を持っていると思われます。……クルーゼ隊長のご判断は正しかったものと私は信じます」
「ただし、奪取時点ではその性能を十分に発揮できる状態ではありませんでした」
「どういうことかね?」
「OSです。ナチュラルが実戦で運用するには、まだ問題があるものと思われます」
「ストライクのパイロットが、その場でOSを書き換えました」
議場がざわめいた。
「戦闘中にかね?」
「はい」
「地球軍にそのようなナチュラルが?」
「……いいえ」
アスランは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「彼はコーディネイターです」
「その者は何者だ?」
「……キラ・ヤマト。私の幼い頃からの友人です」
アスランのつぶやきはすぐに喧騒の中に消えていった。
「こんなものを作り上げるとはナチュラルどもめ!」
「でもまだ試作機の段階でしょう。まだたった五機ですよ?」
エザリア・ジュールが冷静に発言する。
「問題は五機しかないことではありません。一度完成した技術は、いずれ量産されます」
「それに、先ほどの報告ではナチュラルには扱えないという話ではなかったか?」
「現状では、です」
「ならばOSさえ完成すれば……」
「ナチュラルにも運用できる可能性はあります」
「……そのキラ・ヤマトという少年は、地球連合軍人なのかね?」
「いいえ。少なくともヘリオポリスで再会した時には、民間人でした」
「ではなぜ民間人のコーディネイターが、地球軍のモビルスーツに乗って我々と戦っている?」
ルビッカが楽しそうに口を開いた。
「そりゃあ我々が攻めてきたからでしょう」
ラウがルビッカを軽くにらむ。
「そういう事だ。───戦いたがるものなどおらぬ」
その言葉に、皆口を閉ざして彼を見やった。
「平和に……穏やかに……幸せに暮らしたい、我らの願いはそれだけでした」
皆静かにうなずく。と、パトリックの声が突然激した。
「だがその願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です!自分たちの都合と欲望のためだけに、我らコーディネーターを縛り、利用し続けてきたのは!我らは忘れない……!」
彼は力強く皆の顔を見渡した。
「あの───血のバレンタイン───『ユニウスセブン』の悲劇を!」
◇ ◇ ◇
ユニクロンside
「くしゅん!」
「あら、風邪?」
レモンに声をかけられ、女性は鼻元を押さえた。
「いえ、大丈夫です」
彼女は一年前、キョウスケたちがユニウスセブン近辺から救助した三十人を超える避難民、その中の一人だった。
他の者たちとは違い、自分の名前も、家族も、どこで暮らしていたのかも思い出せない。
ただ一つ奇妙なのは、植物や農業について尋ねられれば、専門家顔負けの知識が次々と口から出てくることだった。
「そういえば、いつまでも『あなた』じゃ不便ね」
「そうですね……」
「本当の名前を思い出すまで、仮の名前を決めない?」
女性はしばらく考え、自分の周囲で育つ植物へ目を向けた。
「では……フローラ、と」
「フローラ?」
「はい。不思議と、植物を見ていると落ち着くんです」
「いい名前じゃない」
ルビッカのせいで後編に続くw