界渡りの不確定な切り札 作:アルフレッド
キョウスケside
デブリベルトへ入った俺たちは、使えそうな物資を求めて沈んだ艦を回っていた。
「駆逐艦だ。エンジンをやられたんだな」
デブリ帯に浮かんだ残骸はまだ原型をとどめている。
「あまり損傷は無いですね。弾薬とかありそうですけど」
サイは操縦席にいるパルに話しかけた。『墓荒らし』に対する当初の心理抵抗は、作業用ポッドで船外に出るというはじめての体験に対する興奮と、宝探しめいた感覚とに、ともすれば忘れ去られている。
「生命反応は?」
「ありません」
「遺体が残っている可能性もある。入る時は気をつけろ」
「はい」
「使える物資だけ確認する。私物には触るな」
「分かりました」
パルがぽつりとつぶやき、サイははっとした。
「んま、乗ってた人たちが全員無事脱出したんだといいよな」
「弾薬庫、生きてます!」
「よし」
「食料も少し残ってるみたいです」
「水は?」
「…………ありません」
「そうか」
「キョウスケ、露骨にがっかりすんなよ」
「今一番欲しいものだからな」
機関部にぽっかり空いた穴がまるで墓穴のように見えた。
【ストライク】はトールとミリアリアが乗ったポットに付き添うように、デブリの海を進んでいた。
宇宙船の残骸らしい外壁をかわすと、目の前に異質な光景が広がっていた。
「あっ」
「ああっ」
「……これ……って……」
キラとトールたちは同時に声を上げた。
『キョウスケさん!ムウさん!』
「どうした?……!」
目の前に凍り付いた大地が広がっていた。
かつてはのどかな農村風景に似たものだっただろう。
枯れて凍り付いた麦が一面に白くそそり立ち、ぽつぽつと散る農園らしき建物だけが真空中にほぼ完全な保存状態で残っている。
その大地の周囲を取り巻くのは、減圧によって沸騰し、そのまま凍り付いた、まるでこのプラントの運命に憤ってるかのような海だ。
それはかつてプラントの一基だったもの───その残骸だ。
「……ユニウスセブン」
誰かがつぶやいた。
船外作業服に身を包んだ俺たちは、その真空にさらされ凍り付いた大地に降り立った。
みんな自然と言葉少なくなる。仕方がないだろう。
ガランとした風景は、なぜか漆黒の宇宙空間よりも寂しかった。まるで、家族のいない家に帰ってきたような気分だ。
そうっと足音を忍ばせるように路地をたどり、納屋だったらしい建物に近づく。ドアを開けた途端、ミリアリアが悲鳴を上げた。
キラは凍り付いたように、目の前の浮遊物を見つめた。崩壊の直前、何とかこの小屋に駆け込んだのだろう。
子供をかばうように胸に抱き、背を丸めた母親の無惨な亡骸だった。
きつくまわされた母親の腕に隠されて、子供の性別まではわからない。
だが傍らにこの子の物らしい、目玉が取れた熊のぬいぐるみが漂っている。
かつてこのプラントに暮らしていた多くの人々が、この母子と同じ運命をたどったのだ。
これが【ユニウス・セブン】───《血のバレンタイン》の舞台となった場所の現在の姿だった。
◇ ◇ ◇
プラントside
「二十四万三千七百二十一名───我々はそれだけの同胞を失った」
そのうちの一名はレノア・ザラ。───アスランの母にしてパトリックの妻であった女性だ。
プラントの歴史は屈従の歴史だ。
地球各地で迫害を受けたコーディネイターたちは宇宙へその住処を求めた。地球は『プラント』にエネルギーと工業製品を生産させ、一部のプラント理事国だけでその利益を独占した。
プラント理事国はプラントに武装と食糧生産を禁じ、食糧の供給をまさに『エサ』にしてプラントを操ってきたのだ。
両者の対立が深刻化すると、プラントは工業製品の輸出を、地球側は食糧の供給を、それぞれ停止した。
そんななかプラントにとって貴重な食糧生産地であったユニウス市の一基、『ユニウス・セブン』に地球軍は核ミサイルを撃ち込んだのだ。
一瞬にして『ユニウス・セブン』は崩壊した。
「───それでも我々は最低限の要求で、早期に戦争を終結すべく、心を砕いてきました。だがナチュラルは、その努力をことごとく無にしてきたのです!」
パトリックの熱弁に議員たちは、沈痛な面持ちで聞き入っていた。
以後彼らは二度とこのような悲劇を招かぬよう、核弾頭を無効化する『ニュートロン・ジャマ―』を実用化し、地球とプラント周辺に配置したのである。
《ユニウス・セブン》、《血のバレンタイン》、───それらの単語は彼らコーディネイターに特別な思いを抱かせずにはいられない。
「我々は我々を守るために戦う……」
パトリック・ザラは静かな中にも、決然とした意志を込めて、告げた。
「───戦わなければ守れぬのなら、戦うしかないのです……!」
◇ ◇ ◇
キョウスケside
「あそこの水を……?本気なんですか!」
アークエンジェルのブリッジに戻るとキラが驚愕の声をあげていた。
「あそこには一億トン近い水が凍り付いているんだ」
ナタルは理由を説明するでもなく、ただ事実だけを口にした。
……キラはそれじゃ納得しないだろうな。
マリュー達はユニウス・セブンの残骸から水を運ぶことを決定したのか。
「でも、見たでしょう。あの場所は何十万もの人が亡くなった場所で……」
キラは懸命に抗議している。気持ちはわかるがな。コーディネイターである彼にとって、あの場所には俺たちとはまた違った重みがあるのだろう。
そしてキラ以外の大多数の者にとっても、心理的な抵抗があるのは間違いない。
だが、そうせざるを得ない理由があるんだよな。
マリューは言った。
「水は、あれしか見つかっていないのよ」
キラは、はっと言葉を飲む。
「誰だって、できればあそこには踏み込みたくはないさ」
ムウが畳みかけるように言う。
「けど、しょうがねえだろ。俺たちだって生きているんだ!───ってことは、生きなきゃなんねえってことなんだよ!」
◇ ◇ ◇
かつて砂浜だったであろう凍てついた波打ち際で、ミリアリアは両手一杯に抱えた花を投げた。
もちろん生花などアークエンジェルにはない。だから、俺たちやミリアリア、そしてキラたちが色とりどりの色紙で作った折り紙の花だ。
避難民の中に一人混じっていた小さな女の子も花作りを手伝ってくれた。
───怒りの形に固まった海の上で、小さな花々が舞う。
かつてこのプラントで、人々は俺たちと同じように走り、笑い、育ち、呼吸をしていたのだ。
凍った大地の上で、艦の中で、人々は同時に黙祷をささげた。
それは自分たちの気休めでしかないかもしれないが、せめてそれだけでも、せずにはいられなかった。
この墓場は、地球の───彼らの罪の烙印だったから……。
作業が始まった。キラはストライクで付近の宙域を哨戒しながら、切り取った氷の塊や弾薬が入ったポッドを見守っていた。
◇ ◇ ◇
プラントside
花が散る。風に吹かれて、切れぎれに飛ばされる花の行方を、アスランは見守った。
彼の前には一つの墓石があった。
レノア・ザラ C.E. 33~70 ───アスランの母親の墓石だ。
だが、その下に遺体は無い。『ユニウス・セブン』の犠牲者の多くがそうであるように。
彼女は農学の研究者だった。アスランは、あまり多くの時間を母と共にしたことは無かった。
だが一緒に過ごしたわずかな時間、彼女は控えめな、だがまぎれもない愛情を降り注いでくれた。
だから不満はなかった。彼は立派な仕事をしている母を誇りに思っていた。
彼女のように優秀な人材が、そしてそれ以上に誰かの大切な家族である人々が、一瞬のうちに命を奪われた。
それが、戦争だ。
───我々は、我々を守るために戦う……。
さっき父が歌い上げた言葉が、アスランの耳に蘇る。
───戦えねば守れぬならば……。
そう、座して待っていても平和は訪れない。戦争なんて嫌だと叫べば、戦争が無くなるのか。
違う、アスランは改めて自分の意志を確認した。
───戦うしかない……。
たたずむ彼のリストウィッチから、非常呼び出しのシグナルが鳴った。
◇ ◇ ◇
ストライクのコックピットに警戒警報が鳴り響いた。キラはハッと顔を上げた。
───敵がいたのか!
だがモニターに映っていたのは敵の機影ではなかった。
◇ ◇ ◇
キョウスケside
「つくづく君は落とし物を拾うのが好きなようだな」
ナタルの声には苦々しさとほんの少しの呆れが含まれていた。キラは憮然として答えない。
アークエンジェルの格納庫には、キラが見つけて曳航してきた救命ボートが横たわっている。
俺とマリューは目と目を交わし、小さくため息をついた。
……捨て犬を見つけるたびに拾ってくる子供を持った親って、こんな気分なんだろうな。
マードックがロックを操作し「開けますぜ」と言った。
ハッチがかすかな音を立てて開いた。
周囲に待機した兵士たちが銃を構える。そこへ───
<ハロ・ハロ……>
間抜けな声を発して出てきたのは、ピンク色をしたボール状の物体だった。ぱたぱたと耳が羽ばたくように動き、球の真ん中にはつぶらな目が二つ、光っている。
どうやらペット用のロボットらしい。
何者が出て来るかと身構えていた俺たちは、完全に毒気を抜かれた。
「ありがとう、ご苦労様です」
ハッチの中から、愛らしい声がし、キラは慌ててそちらに目を向けなおした。
ふわり───と、その視界に淡いピンクが漂い、キラは目を瞬かせた。
柔らかなピンクの髪と、長いスカートの裾をなびかせて、ハッチから出てきたのは、キラと同じくらいの年齢の少女だった。
ほんわりと白い肌、ほっそりした腕、優しく愛らしい顔には、見るものを幸せにするような笑みがたたえられている。
その少女が宙に浮かんだ様子は、まるでシャボン玉のように、キレイではかなげに見えた。
「……ああ、こりゃ拾ってきた本人が面倒を見ることになりそうだな」
キラの様子を眺めながら、俺はマリューにだけ聞こえる声でつぶやいた。
「そうね……」
ため息がちにマリューも返事を返す。
「あら……あらあら?」
慣性でそのまま漂っていってしまいそうになる彼女の体を、キラは我に返って手をつかんで止めた。細い手首だった。
「ありがとうございます」
間近で笑顔を見たキラはわかりやすいくらいに衝撃を受けてるな。春の空のようなブルーの瞳で見つめられキラの顔は真っ赤だ。
ふと少女の顔は疑問符を浮かべた。
「あら?」
その目はキラの制服の徽章にとまっている。
「あらあら?」
彼女はあたりをくるくると見回す。するとおっとりとした口調で言った。
「まあ、これはザフトの船ではありませんのね」
一拍置いてナタルは深々とため息をついた。