界渡りの不確定な切り札   作:アルフレッド

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第4話エクセレン・ブロウニング

――キョウスケside

 

ライン・ヴァイスリッターが、夜空に白い翼を広げる。

 

あの時と同じ機体。

 

あの時と同じ敵。

 

だが――俺はあの時とは違う。

 

アヤ。

 

リュウセイ。

 

二人が俺に残してくれたものがある。

 

そして何より。

 

もう一度、目の前でエクセレンを失うつもりはない。

 

「エクセレン!」

 

ライン・ヴァイスリッターへアルトアイゼンを向ける。

 

「たとえ分が悪くとも――」

 

操縦桿を握り締める。

 

「俺はきっと、お前を取り返す!」

 

『…………』

 

一瞬。

 

ライン・ヴァイスリッターの動きが止まった――ように見えた。

 

だが。

 

『クスクス……』

 

聞き慣れた声。

 

しかし、俺の知っているエクセレンとは違う笑い方。

 

『相変わらず強情な方ですこと』

 

「行くぞ!」

 

アルトアイゼンを加速させる。

 

まずは接近する。

 

ライン・ヴァイスリッターの最大の武器は、圧倒的な機動性と射程。

 

対するアルトアイゼンは近接戦闘型。

 

なら――懐へ飛び込む!

 

「そこだ!」

 

だが。

 

ライン・ヴァイスリッターが後退する。

 

「ちっ!」

 

追う。

 

さらに下がる。

 

追いつけない。

 

こちらが距離を詰めた分だけ、向こうはさらに距離を取る。

 

なら!

 

「3連チェーンガンだ!」

 

アルトアイゼンの腕部から銃弾を叩き込む。

 

弾幕がライン・ヴァイスリッターへ迫る。

 

しかし――。

 

『遅いですわ』

 

白い機体が翻る。

 

「何!?」

 

一発。

 

二発。

 

三発。

 

まるで弾道そのものが見えているかのように、ライン・ヴァイスリッターが銃弾の間をすり抜けていく。

 

当たらない。

 

『クスクス……』

 

通信から笑い声。

 

『全然届きませんわ』

 

「くっ……!」

 

ハウリング・ランチャーがこちらへ向く。

 

「!」

 

咄嗟にアルトアイゼンを横へ振る。

 

光線が装甲を掠める。

 

警告音。

 

右肩装甲、損傷。

 

だが致命傷ではない。

 

「まだだ!」

 

再び前へ出る。

 

距離を詰める。

 

離される。

 

撃つ。

 

躱される。

 

そして向こうからの攻撃だけが、こちらの装甲を少しずつ削っていく。

 

「くそっ!」

 

分かっていた。

 

相性が悪いことくらい。

 

だが――。

 

実際に戦えば嫌でも思い知らされる。

 

足りない。

 

何もかもが。

 

接近するための――速さ。

 

相手の攻撃を躱しながら、自分の攻撃だけを当てる――精度。

 

そして。

 

たとえ一撃を叩き込めたとしても。

 

あのアインストの再生能力を突破するだけの――火力。

 

だが、それだけではない。

 

仮に全てが揃ったとして。

 

ライン・ヴァイスリッターを破壊してしまえば――。

 

その中にいるエクセレンまで殺してしまう。

 

「…………」

 

どうする。

 

追いつけない。

 

当たらない。

 

火力も足りない。

 

そして――殺すわけにもいかない。

 

『どうしましたの?』

 

ライン・ヴァイスリッターが、こちらを嘲笑うように旋回する。

 

『先ほどの威勢はどこへ行ったのかしら?』

 

「……黙れ」

 

『取り返すのでしょう? この私を』

 

「当然だ」

 

『でしたら――』

 

ハウリング・ランチャーの砲口がこちらへ向く。

 

『もっと頑張ってくださいな』

 

「言われるまでもない!」

 

アルトアイゼンを再び加速させた。

 

◇ ◇ ◇

 

何度目の突撃だったか、もう数えていない。

 

アルトアイゼンのスラスターを限界まで噴かし、ライン・ヴァイスリッターとの距離を詰める。

 

だが、届く寸前で白い翼が翻った。

 

『惜しかったですわね』

 

「まだだ!」

 

機体を強引に旋回させる。

 

装甲の軋む音。

 

限界を知らせる警告表示。

 

それらを無視して、再びライン・ヴァイスリッターを追う。

 

三連チェーンガンを放つ。

 

躱される。

 

クレイモアを撃ち込める距離まで踏み込もうとする。

 

離される。

 

ようやく装甲へ傷をつけても、赤黒い組織が傷口を覆い、瞬く間に塞いでいく。

 

『何度繰り返しても同じですわ』

 

「黙れ!」

 

『あなたでは、私には届かない』

 

ハウリング・ランチャーの光がアルトアイゼンの左腕を掠めた。

 

激しい衝撃に機体が大きく傾く。

 

左腕部、出力低下。

 

姿勢制御にも異常。

 

それでも操縦桿を押し込んだ。

 

「届かせる!」

 

『強情ですこと』

 

「それだけが取り柄でな!」

 

アルトアイゼンが再び突撃する。

 

だが、白い機体はまた遠ざかっていく。

 

近づいたと思えば離される。

 

手を伸ばせば、その分だけ遠くへ逃げていく。

 

まるで、あの日から何も変わっていないと言われているようだった。

 

アヤにも。

 

リュウセイにも。

 

そして、エクセレンにも。

 

あと少しのところで、俺の手は届かない。

 

それでも止まれなかった。

 

止まれば、二度と届かなくなる気がした。

 

「エクセレン!」

 

返事の代わりに放たれた光が、アルトアイゼンの胸部装甲を抉った。

 

コックピットが激しく揺れる。

 

視界が一瞬暗転し、口の中に血の味が広がった。

 

それでも俺は、操縦桿から手を離さなかった。

 

「まだ……終わっていない!」

 

だが――。

 

機体は、俺の意志についてこなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

俺の手は――また届かなかった。

 

 

『ここまでですわね』

 

「……くっ」

 

アルトアイゼンは満身創痍だった。

 

装甲は各所で砕け、警告表示がモニターを埋め尽くしている。

 

まともに動くことすらできない。

 

対して、ライン・ヴァイスリッターは俺の前に浮かんでいた。

 

無傷ではない。

 

俺も何度か攻撃を当てた。

 

だが――。

 

足りなかった。

 

傷つけても、アインストが再生させる。

 

距離を詰めようとしても、さらに距離を取られる。

 

銃撃は躱される。

 

無理に追えば、ハウリング・ランチャーに狙い撃たれる。

 

何もかも――足りない。

 

『クスクス……』

 

ライン・ヴァイスリッターが、ゆっくりとハウリング・ランチャーを構える。

 

その砲口が。

 

アルトアイゼンのコックピットへ向けられた。

 

『随分と頑張りましたけれど――』

 

逃げられない。

 

『これで、おしまいですわ』

 

「…………」

 

ここまでなのか。

 

俺は――。

 

まだ何も成していない。

 

リクセントを守れなかった。

 

アヤを救えなかった。

 

リュウセイも救えなかった。

 

そして。

 

エクセレンすら――。

 

「……くそっ」

 

操縦桿を握る。

 

動け。

 

「動け、アルト……!」

 

反応しない。

 

「まだだ……!」

 

ここで終われるものか。

 

何も成さず。

 

何も取り返せず。

 

仲間が残してくれたものを抱えたまま――。

 

俺だけが、ここで死ぬのか!

 

「俺は……!」

 

ハウリング・ランチャーに光が集まっていく。

 

間に合わない。

 

それでも。

 

俺はモニターに映るライン・ヴァイスリッターを睨みつけた。

 

「エクセレン!!」

 

『…………!』

 

ほんの一瞬。

 

ライン・ヴァイスリッターの砲身が――震えた。

 

「……?」

 

『…………』

 

撃ってこない。

 

いや。

 

撃てない……?

 

「エクセレン……?」

 

『……違う』

 

「!」

 

聞こえた。

 

『私は……エクセレンでは……』

 

声が震えている。

 

さっきまでの余裕に満ちた声ではない。

 

「いるんだな」

 

『…………』

 

「そこにいるんだな、エクセレン!」

 

『違う……!』

 

「エクセレン!!」

 

『違う!!』

 

ライン・ヴァイスリッターが突然、ハウリング・ランチャーを振り上げた。

 

砲口がアルトアイゼンから逸れる。

 

そのまま空へ向けて――発射。

 

夜空を光が貫いた。

 

『私は……私は……!』

 

「エクセレン!」

 

『……っ!』

 

ライン・ヴァイスリッターが後退する。

 

「待て!」

 

アルトアイゼンを動かそうとする。

 

だが――動かない。

 

『…………』

 

白い機体がこちらを見る。

 

一瞬。

 

本当に一瞬だけ。

 

その向こうに――。

 

俺の知っているエクセレンがいるような気がした。

 

だが。

 

『……ふう』

 

再び声が変わる。

 

『興が失せましたわ』

 

「…………!」

 

『今日のところは、ここまでにして差し上げます』

 

「待て、エクセレン!」

 

『それでは――ごきげんよう』

 

ライン・ヴァイスリッターが夜空へ飛び立つ。

 

「エクセレン!!」

 

追えない。

 

俺はただ。

 

遠ざかっていく白い機体を見ていることしかできなかった。

 

通信機から、遅れて味方の声が届く。

 

『キョウスケ少佐! 応答してください!』

 

「……聞こえている」

 

『救援部隊を向かわせます!』

 

「必要ない。まず負傷者を――」

 

言い終える前に、全身へ痛みが走った。

 

視界が揺れる。

 

どうやら、自分で思っていた以上にやられているらしい。

 

それでも、遠ざかる白い光から目を離すことはできなかった。

 

『少佐!』

 

「分かっている……」

 

今は追えない。

 

遠ざかる白い光は、やがて夜の闇へ溶けていった。

 

「…………」

 

敗北だ。

 

二度目の――完全な敗北。

 

だが、次は違う。

 

同じ敗北を繰り返すつもりはなかった。

 

「……そうか」

 

俺は見た。

 

最後の一撃。

 

あいつは――撃てた。

 

俺を殺せた。

 

なのに。

 

「お前が……止めたんだな」

 

アインストに取り込まれても。

 

身体を奪われても。

 

意識を押さえつけられても。

 

まだ――戦っている。

 

「エクセレン……」

 

なら。

 

俺が諦める理由などない。

 

「待っていろ」

 

今の俺では届かない。

 

速さも。

 

力も。

 

技も。

 

何もかも足りない。

 

だったら――手に入れる。

 

「次は……」

 

拳を握る。

 

「必ず、お前のところまで行く」




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