界渡りの不確定な切り札 作:アルフレッド
――キョウスケside
ライの死から、数日が過ぎた。
格納庫には、規則正しい工具の音が響いていた。
俺は足場の下からアルトアイゼンを見上げる。
ライン・ヴァイスリッターとの戦い。
そして、アーチボルトとの戦闘。
短期間に無理を重ねた代償は大きかった。
装甲の各所が外され、内部フレームが剥き出しになっている。
「……思ったより酷いですね」
アルトの胸部から顔を出した、ツナギ姿のミオ・サスガが額の汗を拭った。
「こりゃまた派手にやりましたねぇ……」
同じくツナギ姿のタスク・シングウジが、ぼやきながらスパナで肩を叩く。
言い返す言葉はない。
ライン・ヴァイスリッターに追いつくため、限界以上の機動を繰り返した。
その後の戦闘でも、アルトを休ませる余裕はなかった。
こうなった責任が俺にあることくらいは分かっている。
だが――直してもらわなければ困る。
「直せるか」
「そこは『すまない』とかじゃないんスか?」
「すまない」
「……素直に言われると調子狂うな」
タスクが頭を掻いた。
ミオはそんな俺たちを横目に、再び剥き出しになった内部フレームへ視線を戻す。
「直します」
即答だった。
だが、続いた言葉は俺が期待していたものではなかった。
「ただし、時間はもらいます」
「どれくらいだ」
「数日は乗れないと思ってください」
「そうか」
俺はもう一度、アルトを見上げた。
戦えない。
なら――。
その時間を無駄にする理由もない。
「ミオ」
「はい?」
「アルトを頼む」
「任せてください」
「タスクも頼む」
「はいはい。今度はもう少し大事に乗ってくださいよ」
「善処する」
「……一番信用できない返事だなぁ」
俺は格納庫を後にした。
機体を直すのは、俺の仕事ではない。
ならば。
アルトが戻ってくるまでに――俺自身を鍛える。
向かう場所は、すでに決めていた。
リシュウ・トウゴウ。
剣を学ぶなら、あの男以上の相手を俺は知らない。
◇ ◇ ◇
基地を離れて、数時間。
山間部のさらに奥。
軍の施設どころか、人の気配すらほとんどない場所に、その家はあった。
古い日本家屋。
そこに、リシュウ・トウゴウはいた。
薪を割るリシュウに
「頼みます。アルトの修理が終わるまでの三日間、俺を鍛えてください」
こちらの方を見ずにリシュウは
「三日、か」
「短いか」
「剣を学ぶにはの」
「なら――」
「じゃが」
軒先に置いてあった木刀を俺に放ってくる。
「戦い方を覚えるだけならば、十分じゃ」
こちらを振り向くとにやりと笑う。
リシュウが、
「では、始めるかの」
「何からだ」
「そうじゃな――」
次の瞬間、俺は地面に転がっていた。
「…………」
「まずは、自分が何も知らぬことを知るところからじゃな」
居住まいを正して俺は正座した。
「よろしくお願いします。リシュウ先生」
「まずは薪でも割ってみるかの」
「薪?」
リシュウは答えず、一つの薪を台の上に立てた。
そして俺に木刀を向ける。
「やってみい」
「……これででしょうか?」
「そうじゃ」
木刀で薪を割れ。
無茶を言う。
だが、できないと言うつもりもない。
木刀を両手で握る。
振り上げ――。
「ふっ!」
一気に振り下ろした。
鈍い音。
薪が台から弾き飛ばされる。
割れてはいない。
「…………」
「力みすぎじゃ」
「木刀で薪を割れと言ったのは先生です」
「誰が力任せに叩けと言った?」
「何と?」
リシュウは転がった薪を拾い上げ、再び台の上に置いた。
「薪を割ろうとするな」
「……薪割りではないのですか?」
「薪を割らずに、薪の目を打つんじゃ」
リシュウが木刀を手に取る。
「そうすれば、力を使わずとも自然に割れる」
「…………」
リシュウは薪を見つめる。
構えらしい構えすら取らない。
ただ木刀を軽く持ち上げ――薪の中心付近を打った。
乾いた音がした。
「!」
薪が、割れた。
真っ二つに。
「…………」
「力とは、ただ込めればよいものではない」
リシュウは割れた薪を拾い上げる。
「どこへ、いつ、どれだけ使うか。それを見極めねばならん」
見極める。
その言葉に、ライの声が脳裏をよぎった。
――必要なものだけを見ろ。
俺は手の中の木刀を見る。
「……なるほど」
「分かったか?」
「はい」
新しい薪を台に置く。
木刀を構えた。
「なら、やってみい」
薪を見る。
中心。
木目。
亀裂。
どこを打てばいい。
「…………」
振り下ろす。
――ゴッ!
薪が勢いよく吹き飛んだ。
「…………」
「全然分かっておらんではないか」
「……もう一度です」
リシュウが笑った。
「その意気だけはよし」
――ゴッ!
また薪が飛んだ。
「…………」
何本目だ。
「キョウスケ」
「はい」
「薪割りをしておるのか、薪飛ばしをしておるのか、どちらじゃ?」
「……薪割りです」
「ならば一度くらい割ってみせい」
「…………」
もう一度。
木刀を上段に構える。
今度こそ――。
振り下ろす!
――ゴッ!
「痛っ……!」
薪は飛ばなかった。
だが、割れてもいない。
代わりに打ちつけた衝撃が木刀を伝い、まともに両手へ返ってきた。
痺れた手を押さえる。
「…………」
「まだまだじゃな」
それだけ言うと、先生は俺に背を向けた。
「先生?」
「夕餉の支度じゃ」
「…………」
先生はそのまま家の中へ入っていった。
庭先に残されたのは、俺と木刀。
そして――。
割れていない薪。
「…………」
もう一度だ。
日が沈むまで、俺は木刀を振り続けた。
結局、その日。
一本の薪も割ることはできなかった。
◇ ◇ ◇
「…………」
目の前には、先生が用意してくれた夕餉が並んでいる。
湯気の立つ飯。
味噌汁。
山菜と、焼いた魚。
質素だが、腹を空かせた身体には十分すぎる。
「いただきます」
箸を取る。
「……っ」
カラン。
箸が落ちた。
「…………」
拾う。
もう一度、持つ。
指に力を入れる。
震える。
カラン。
「…………」
向かいでは、先生が何事もなかったように飯を食べている。
「先生」
「なんじゃ」
「箸が持てません」
「そうか」
「…………」
それだけだった。
先生は味噌汁を一口すすった。
俺は自分の手を見る。
木刀を握り続けた両手は赤く腫れ、まだ痺れが残っている。
薪を割ることすらできず。
飯を食うことすらできない。
「……まだまだ、か」
昼間に言われた言葉を呟く。
「分かっておるならよい」
先生は、それ以上何も言わなかった。
俺はもう一度、箸を拾った。
先生は布団も準備してくれていた。
「体を休めるときに休むのも戦士の役目だ」
「ただし常在戦場じゃがな」
その言葉の意味を考えるより早く、先生の箸が俺の眉間に突き付けられていた。
……見えなかった。
「ありがとうございます」
自然に頭が下がっていた。
◇ ◇ ◇
二日目
今日も朝から薪割りをしている、木刀で。
まだ一本も割れてはいないが。
「おぬし薪をちゃんと見ておるか?」
先生が後ろにいつの間にかいた。
「薪を見ることに集中して儂を見失ったのう」
「申し訳ありません。薪は見ております」
「なるほど、ではその薪は昨日おぬしが飛ばした薪との違いは何じゃ?」
「薪とて一本一本、木目や樹皮、流れに違いがある。それに気がついておるか?」
「すべて同じ薪ではない。それと同じように相対する者も常に同じではない。そこに気がつかない限りたとえ一本割れても先が続かんぞ」
先生の気配が消えた。いや周囲の樹木の気配と同化してわからなくなっている。俺はまた薪に集中した。しかし今度は周囲の気配を感じながら……
自分の気配が周囲の樹木に散っていく――そんな感覚が、一瞬だけあった。
次の瞬間には消えてしまったが、今の感覚を忘れないように木刀を構え直す。
◇ ◇ ◇
岩の上で気配を同化させていたリシュウは二日で才能の花を開かせ始めたキョウスケに舌を巻いた。
(今のは……戦場の経験もあるだろうが才能というのは有るところにはあるものだ。二日でここまで行くとはの。キョウスケ本人はまだ何をつかんだのかわからんじゃろうが……な)
◇ ◇ ◇
――キョウスケside
今日は俺が料理を作らせてもらった。本来師匠の世話は弟子が行うものだろうと言っても煮物ぐらいだが。先生が釣ってきた川魚を焼き出汁を取り味噌を溶いた味噌汁を作った。男の一人暮らしが長いとこのぐらいはできる。
「おぬし料理のセンスはなかなかじゃな。平和な時代なら食堂でもできたかものう」
先生は味噌汁に口をつけると
「……なるほどの」
「何か?」
「いや。おぬし、料理ではちゃんと相手を見ておるではないか」
「どういう事でしょう?」
「魚も味噌も、その日の状態を見て加減したじゃろう」
俺にとって当たり前のことだが。
「まあ……同じ魚でも大きさや脂の乗りは違いますから」
「ならば、なぜ薪には同じ一撃を打ち込む?」
「…………」
「魚も薪も同じじゃ。相対するときは、その状態を見て手を入れる」
先生は一度言葉を切った。
「人も同じじゃ。相対する者の重心、動き、視線――すべての流れを観る。そして撃ち込むべきところへ撃ち込む。それが『観の目』じゃ」
「先祖が超機人という今でいう特機に携わっての。その時に【気の流れ】を読むようになったという話じゃ」
「さて昼飯を喰ったら続きじゃ。薪割りはまだ終わっておらんぞ」
◇ ◇ ◇
先生はおっしゃった。料理では普通にやっている、と。
薪にも個体差がある。それを観てどこへ力を通すべきか考える。
木刀を構える。
「ふっ!」
振り下ろした木刀により薪にひびが入った!
よしっ!
「ようやく入り口にたどり着いたようじゃな。ほれ次じゃ。」
先生は薪を交換している。
「何を呆けた顔をしておる。薪割りが一本で済むわけが無かろう。それにひびが入った薪を使ったら修練にならんわ」
◇ ◇ ◇
「今日はここまでじゃ」
結局、今日も一本も割れなかった。何本かひびが入っただけだ。
だが――昨日とは違う。
明日は割れる。
なぜか、そう思えた。
◇ ◇ ◇
三日目
「ふむ今日は始めから肩の力が抜けておるようじゃの」
そこには無数の割れた薪が散らばっていた。
俺は木刀を持ち上げる。軽く薪を撃つ。
薪は十字に割れた……
「薪割りは免許皆伝じゃな。」
「さて次は……ちょうどよいのが来たな」
先生の耳に何か聞こえたのか森の方に目を向けると、轟音とともに樹木を蹴り倒しリオンシリーズの機体と思われるPTが現れた。
『久しぶりだな爺さん!今日こそはシシオウブレードを譲ってもらうぞ!力ずくでもな!』
「あれが次に割るやつじゃ」
先生、あれは人間には割れそうにないです。
「おぬしはここに機体を持ってきておらんしの」
「うむムラタよ。この新弟子と試合をして勝ったらシシオウブレードを譲ってやろう」
『ほう、そこにいるのは俺の弟弟子か。いいだろうこの兄弟子が貴様に身の程を知らしめてやろう』
まだ弟子になって三日目なんだが……
「じゃがこのキョウスケ、機体を修理中でな。おぬしもそんな不利な相手にガーリオン・カスタム“無明”を使うなどという卑怯なことはせんじゃろう」
「試合は生身の木刀形式でやってくれんか」
『なんだ機体を修理に出さなければならないほど未熟ものか』
『よかろうこの兄弟子ムラタ・ケンゾウが寛大な心で貴様に修行を付けてやろう』
「……先生」
「なんじゃ?」
「さっき『あれを割れ』と」
「中身のことじゃ」
「…………」
コクピットのハッチが開くと中から声にふさわしいヒゲと長髪のむさくるしい男が出てきた。
先生はムラタに木刀を投げつけると俺とムラタの間に立った。
その瞬間ムラタはまっすぐ俺を上段から撃ちにきた!すんでのところで俺は受けることができたが……
「ムラタ殿、始めの合図も待たんのですか?」
「ほざけ!常在戦中。始めの合図などおぬしも待つ気はなかったのであろう!」
「さすが兄弟子ですね。確かにその通りです」
俺はその言葉と同時にムラタに蹴りを入れ距離を取る。
そして中段に構えるとムラタの観察を始めた。
(言うだけの技量は持っているようだ。力もある。だが先生の教えを生かせていない)
更に斬りかかってくるムラタの唐竹斬りを横にいなして横一文字に斬ろうとするとムラタは素早く受けて下から払う。
「さすが我が弟弟子!いっぱしの腕は持つようだな!」
「だがまだまだよ!」
ムラタは砂を蹴飛ばして目つぶしにしようとしたんだろう。だが!
足の動き。
視線。
重心。
だから砂を蹴る前兆を読めた。
俺はそれを木刀を盾に躱しムラタの撃ってくる袈裟斬りを受ける!
素早くいなすとそのまま俺はムラタを左袈裟斬りで対応する。だが敵もさるもの引っ掻くものムラタも同じように木刀でいなし距離を取った。
「どうだ爺さん! 俺の方が上だろう!」
「……おぬし、『常在戦場』をいつまで『常在戦中』と覚えておるんじゃ」
あ、先生訂正した。
「…………」
「…………」
「同じ意味だろう!」
「まるで違うわ!!」
先生が頭を押さえている。勉強はできなかったんだなこいつ。
が、油断大敵!
俺はムラタに下からの袈裟斬り、逆袈裟斬りを撃つ!
「おっと、まだまだだな弟弟子よ。俺は油断なんぞせん」
瞬間後ろに飛びのいて逆袈裟斬りを躱された。
落ち着け、俺はこの薪を割るために木目に集中するんだ。俺はまた薪いやムラタに集中した。そして周囲の気配を感じながら……
自分の気配が周囲の樹木に散っていく……
「ヌッ!奴の隙が消えていく」
その瞬間鈍い音とともにムラタの眉間に木刀が打ち付けられる!
「そこまで!」
先生の停止合図を待たずにムラタは気絶したのか前に倒れていく……
いや気絶こそしなくても立つことがつらくなったのか膝をつく。
「弟弟子よ、おぬしは弟子入りして何年になる」
「三日だ」
「は?」
「三日だ。正確には一昨日弟子入りしたばかりだ。
「俺は三日弟子入りした奴に負けたのか……」
今度こそ気絶したようだな。
「勝負あり!キョウスケの勝利!」
俺は先生に向けて礼をする。
と、頭に師匠の杖が突き付けられる。
「残心が足りん。まだまだじゃ六十点というところじゃな。」
「……勝ったんですが」
「気配を散らすことに意識を向けすぎじゃ。相手が儂なら、その瞬間に斬られておる」
「…………」
「じゃが――」
そこで倒れているムラタを見る。
「薪割りは合格じゃ」
「やはり薪割りの一環でしたか」
「最初からそう言っておる」
不憫だなムラタ。
◇ ◇ ◇
ムラタが気絶から目が覚めた
「……待て。俺が負けたということは……」
「当然、シシオウブレードはやれん」
「ぬおおおおおお!!」
まあ当然だろうな。
「キョウスケ。おぬしにシシオウブレードを預ける。」
「よろしいのですか?」
「免許皆伝とはいかんがおぬしが使ったほうが剣も生きよう」
「それと、この獅子王刀も預けよう」
そう言うと床の間に飾ってあった打ち刀を俺に渡してきた。
「シシオウブレードのもととなった刀じゃこれもおぬしが使うが良かろう」
「はっ、ありがとうございます」
俺は両手で受け取った。
「先生。先生もいっしょに来ていただけませんか」
「おぬしにはおぬしの道がある、わしはここでこの世界の行く末を見守らせてもらうとしよう」
「ところで、すまんがムラタをおぬしのところで引き取ってくれんか?シシオウブレードを持っていくために機体も必要じゃろう。ムラタのガーリオンを使うがいい。」
「それは構いませんがムラタもですか?」
「こやつは少し普通の修行をしたほうがいい。わしのところにいてもまた飛び出すだけじゃ」
「承知いたしました」
ムラタは素薪もとい簀巻きにしてガーリオンに積むことにした。
◇ ◇ ◇
「あ!隊長!レモンさんから連絡が入っています!」
ミオがこちらに走ってくる。
「わかった。タスクすまないが操縦席に積んである簀巻きをシロガネの営倉に突っ込んでおいてくれ。俺の兄弟子だ。」
「ミオは持ってきたシシオウブレードをアルトに装備。よろしく頼む。」
「「了解!」」
俺は通信機のところに行くとレモンに通話をつなげる。
「どうしたレモン。何かあったのか。」
「イスルギ重工からSOSが発信されてるの。アインストに襲われてるらしいわ」
俺はガーリオンカスタムを見上げると
こいつの元になった機体を作った企業か……
「救助に向かう!全艦発進準備!」