界渡りの不確定な切り札 作:アルフレッド
???side
政府高官へ具申したが……
「アースクレイドルへの介入は認められない」
「アーチボルト追跡より現状維持を優先しろ」
「民間施設を襲っているアインストへの対応?それよりも我々の別荘を護れ!」
地球政府は腐りきっている!
だが――あの部隊ならば。
政府の命令も受けず、各地でアインストと戦い、民間人を救助しているという非正規部隊。
――シャドウミラー。
彼らならば、アーチボルトの情報を無視することはないはず。
ガーリオンは進路を変え、ある非正規部隊の旗艦へ向けて飛んでいく。
キョウスケside
「採用ですわ!」
「……何が?」
シロガネに戻ってみると、ミツコがクエルボさんの手を握っていた。
「何が、ではありませんわ! キョウスケさん! この方、医学研究者なんでしょう!?」
「そう聞いているが」
「しかも医師として患者の診療までできる!」
「まあ……そうだな」
「昨日わたくしが何と言ったか覚えていまして?」
「医者がいない」
「そうですわ!」
ミツコがクエルボさんの手をさらに強く握る。
「ようやく見つけましたわ! 我がシャドウミラー待望の医療責任者を!」
「いや、俺はまだ入るとは――」
「待遇についてお話しいたしましょう♪」
「話を聞いてくれ」
まあクエルボ気の毒だがミツコに目をつけられたら逃げられん。汗をぬぐってくれ。
「いや、待ってくれ。俺は医学研究者ではあるが、まだ正式な医師というわけじゃない」
「存じていますわ」
「なら――」
「現在のシャドウミラーには正式な医師どころか、医師そのものが一人もいませんの」
「…………」
「ゼロと一の違いがお分かりになりまして?」
「……それを言われると弱いな」
「それに研究設備も必要でしょう?」
「……まあ」
「用意いたしますわ♪」
「…………」
「研究費も」
「…………」
「助手も必要なら検討いたします」
「…………条件を聞こう」
「ありがとうございます♪」
「まだ入るとは言ってない!」
もう遅いと思うぞ、クエルボ。諦めが肝心だ。
「……分かった。少なくとも当面は世話になろう」
「ようこそシャドウミラーへ♪」
「だから正式加入とは――」
「クスハさん、次はこちらへ♪」
「えっ、わ、私ですか!?」
クエルボの話はもう終わったらしい。……クスハも逃げられないだろうから二人まとめて医療施設に案内するか。
「わ、私はまだ見習いで――」
「承知しておりますわ♪」
「資格だってまだ――」
「取得までの費用はこちらで負担いたしますわ♪」
「えっ」
「クエルボ先生の下で研修を続けていただけます」
「えっ」
「必要な教材、研修設備も用意いたしますわ」
「えっ」
「もちろん給与もお支払いいたします♪」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ユキコさんもこちらで治療させていただきますわ」
「他にご希望は?」
「私、まだ入るって言ってません!」
「まあ♪ では何がご不満なのかお聞かせくださいまし。改善いたしますわ」
「そういう意味じゃありません!」
(クスハも終わったな)
俺は部屋の隅でミツコの蜂蜜面接を傍観していた。
「この人、いつもこうなのか?」
クエルボが困った顔でつぶやく
「……三日徹夜したからな」
「寝、寝た方がいいんじゃ……ないんですか?」
クスハも心配しだした
「わたくしのことはいいんですの! さあ待遇について――」
「患者が一人増える前に寝かせるか」
気がついたらミツコは机に突っ伏して寝落ちしていた。
その後俺がミツコを抱えて部屋まで運ぶことになった……
◇ ◇ ◇
キョウスケside
「キョウスケさん、昨日は失礼いたしました」
俺の目の前ではミツコが恥ずかしそうに頭を下げている。
「まさか三徹したくらいであんな醜態をさらしてしまうとは」
「……ミツコ」
「なんですの?」
「三徹したことを反省しろ」
「ですが、帳簿の整理が――」
「倒れたら仕事が増えるだけだぞ」
「…………」
「クスハさんが言っていた。『倒れたら患者が一人増えて、患者を助ける人間が一人減る』とな」
「うっ……」
「経理も同じだろう。お前が倒れたら経理担当が一人減って、患者が一人増える」
「…………ごもっともですわ」
「今日は無理をするな」
「……善処いたします」
「休め」
「はい……」
「それと……」
「まだ何かあるのか?」
「その……昨日、部屋まで運んでいただいたそうで……」
「ああ」
「…………」
「どうした?」
「いえ! なんでもありませんわ!」
なぜ顔を赤くしているんだ?
熱でもあるのか?
「やはり医務室に――」
「結構ですわ!!」
「ところでキョウスケさん。ユキコさんのご様子は?」
「昨日はそのまま医務室で休んでもらった。クエルボさんによれば身体の方に大きな問題はないそうだ」
「……そうですか」
ミツコは少し考え込む。
「ご挨拶してきますわ」
「面接か?」
「違いますわよ!」
「クエルボさんとクスハさんにはやっていたぞ」
「事情が違いますわ。息子さんを亡くされたばかりの方に、働けなどと言えるわけがないでしょう」
「……そうだな」
◇ ◇ ◇
ミツコside
「失礼いたします」
「はい……どうぞ」
病室に入ると、ユキコさんはベッドの上で身体を起こしていた。
「初めまして。ミツコ・イスルギと申します。現在、このシロガネで経理や物資管理を担当しております」
「伊達ユキコです。この度はお世話になっています」
「お身体の具合はいかがですの?」
「身体は大丈夫です。クエルボ先生のおかげで、以前よりずっと」
「それは何よりですわ。……昨日は眠れましたか?」
「はい、ぐっすりと……」
そう答えるユキコさんの目は赤く腫れている。
……嘘ですわね。
おそらく昨夜は一人になってから、ずっと泣いていたのだろう。
無理もない。
昨日までわずかに残っていた息子の生存への希望を、キョウスケさんから完全に断たれたのだから。
「そうですの。それならよかったですわ」
私はそれ以上聞かなかった。
「ユキコさん。今後のことについてですが――」
「はい……」
「何も決めなくて結構ですわ」
「え?」
「当面はこちらでお身体を休めてくださいまし」
「でも、私はもう身体の方は――」
「身体だけの話をしているのではありませんわ」
「いつまでもご迷惑をおかけするわけには……」
「それに迷惑かどうかを決めるのは、経理を預かっているわたくしですわ」
「え……?」
「そしてわたくしが問題ないと言っています。ですから今は余計な心配をなさらないことですわ♪」
「お気になさらないでくださいまし。今回保護した患者さんたちの受け入れも行っております。ユキコさん一人増えたところで大した負担ではありませんわ」
「でも……」
「それに――」
私は微笑みが出てしまう。
「息子さんの戦友がいる場所なのでしょう?」
「…………」
「今すぐこれからのことを決める必要はありませんわ」
病室の食事を見るとあまり減っていない
「あまり召し上がっていませんのね」
「食欲がなくて……」
「無理にとは申しませんが、身体を戻すためにも少しは召し上がった方が」
「……そうですね」
ユキコさんが食事に目を落とす。
「ただ……もう少しお出汁を利かせた方が食べやすいかもしれませんね」
「……お料理を?」
「え? ええ。昔から料理は好きでしたから」
「そうですの……」
「……どうかなさいました?」
「いいえ。なんでもありませんわ♪」
病室から出る私の足取りは軽かった。
(今は駄目ですわ。今は……)
◇ ◇ ◇
キョウスケside
『艦長! こちらへ接近する機影を確認!』
「所属は?」
『地球政府軍のガーリオンです! パイロットはレオナ・ガーシュタイン少尉と名乗っています!』
「少尉……?」
ミツコの目から眠気が消えた。
「ミツコ」
「なんですの?」
「寝ろ」
「今それどころではありませんわ! 貴重な士官ですわよ!!」
「お前は休めと言っただろう!」
「とにかく着艦を許可する!」
「了解!」
「こちらシャドウミラー旗艦シロガネ、貴官の着艦を許可する!」
『その判断に感謝します!』
◇ ◇ ◇
キョウスケside
驚いた……アーチボルトがいる本拠地がわかるとは。
それ以上に政府の腐敗がひどいことも。
ヴィンデルはあきれたように
「相変わらずだな。この地球政府は上に行けば行くほど腐ってきている」
「だがガーシュタイン少尉、貴官のおかげで我々の当座の目的地が判明した。礼を言う。」
「いえ。私もアーチボルト・グリムズを放置するわけにはいきません」
「それで、奴がアースクレイドルにいるという情報の確度は?」
「かなり高いと思います。アーチボルトの部隊がアースクレイドル方面へ移動した記録を確認しました。ただ――」
レオナ少尉が言葉を濁す。
「問題が?」
「正確な場所が分かりません」
「……何?」
「アースクレイドルの所在地は最高機密です。私の権限では詳細な座標までは確認できませんでした」
「つまりアーチボルトの行き先は分かったが、目的地の場所が分からないのか」
「……申し訳ありません」
「いや、十分だ。今まで奴の足取りすら掴めていなかったんだ」
「……アースクレイドル?」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、医療施設へ案内したはずのクエルボが立っている。
「クエルボさん?」
「今、アースクレイドルと言ったか?」
「ああ。知っているのか?」
「…………」
クエルボは少し迷った後、口を開いた。
「知っているも何も――」
「俺はそこにいた」
「何?」
「俺はアースクレイドルで研究に携わっていた。場所も知っている」
「…………」
ヴィンデルと顔を見合わせる。
……昨日拾った医者が、目的地への案内人になった。
「クエルボさん」
「……なんだ?」
「昨日、当面は世話になると言ったな?」
「ああ」
「早速世話になりそうだ」
「…………」
「案内を頼めるか?」
クエルボはしばらく黙っていた。
「……分かった。ただし、俺も同行する」
「いいのか?」
「あそこには……俺にも因縁がある」
「それではわたくしはこれで」
レオナは立ち上がり部屋を辞するつもりのようだ。
が……
「どちらへ?」
ミツコが逃がさない。
「え?」
「貴女、地球政府に戻るおつもりですの?」
「そのつもりですが……」
「腐りきった政府に?」
「…………」
「実戦経験豊富な少尉。ガーリオンを扱えるパイロット。部隊指揮経験あり。そしてアーチボルトを追うという我々と共通の目的を持っている……」
「……あの?」
ミツコが立ち上がる。
「ミツコ、寝ろ」
「キョウスケさんは黙っていてくださいまし!」
ミツコの蜂蜜面談第三弾が始まってしまった。
◇ ◇ ◇
キョウスケside
「良かったのか?このままシャドウミラーに所属することにして」
レオナは苦笑いをしながら。
「かまいませんわ。アーチボルトには個人的恨みもあります」
「個人的恨み?」
「わたくしの叔父と従兄弟夫婦が奴に殺されているのです」
レオナは淡々と言ってのける
「わたくしの叔父、マイヤー・V・ブランシュタイン。そして従兄のエルザムと、その妻アトライア……三人とも奴に殺されています」
「…………」
レオナの声は落ち着いていた。
だが、その表情には隠しきれない怒りが浮かんでいる。
「ですから政府が何と言おうと、アーチボルト・グリムズを放置するつもりはありません」
「……そうか」
「それに、わたくしがシャドウミラーに協力する理由はそれだけではありませんわ」
「?」
「民間人が襲われても動かず、自分たちの別荘を守れという政府と――」
レオナがこちらを見る。
「命令されずとも、イスルギ重工や病院からの救難信号に応じたあなた方」
「…………」
「どちらと共に戦いたいかなど、考えるまでもありません」
「アースクレイドルへ向かうのでしょう? わたくしも同行します」
自然に俺の口に苦笑が浮かぶ
「危険だぞ」
「承知の上ですわ」
ミツコが口をはさむ
「では出撃手当について――」
「お前は寝ろ」
◇ ◇ ◇
レオナside
変わった軍隊だ。政府と違い自分たちの立場より民間人を護ることを主としている。
いや、本来はこれが当たり前なんだろう。統一政府が腐っていただけだ。
ましてやもう一人の従兄弟ライディースが死の直前までいた部隊、見定めてみたい。
そしてそのシャドウミラーの司令官ヴィンデルと前線指揮官ナンブが議論を交わしている。
「だからこそ、今の政府には一度崩壊してもらう必要がある」
「……崩壊?」
「腐敗した組織は内部からの改革では変わらん。上層部を排除し、新しい秩序を作る。そのためには戦いも必要だ」
「それで巻き込まれる人間はどうする?」
「犠牲なしに世界が変わると思うのか?」
「思っていない」
「ならば――」
「だが、最初から犠牲にする人間を決めるつもりもない」
「それは選民思想だ」
「俺は戦いを否定しているわけじゃない、ヴィンデル」
「なら何が不満だ?」
「戦う必要があるなら戦う。敵がいるなら倒す。だが――」
「…………」
「戦う必要がなくなった後まで、戦い続ける理由を探すつもりはない」
「戦いのない世界では、人はまた堕落するぞ。今の政府のようにな」
「だったらその時、また立て直せばいい」
「簡単に言う」
「簡単じゃない。だが――」
キョウスケはヴィンデルを見る。
「未来の人間が腐るかもしれないから、今の人間を戦わせ続けるのは違うだろう」
「ふぅっ、今のままでは俺とキョウスケの意見は平行線だな。またアースクレイドル戦が終わった後にこの続きをするとしよう」
ヴィンデル司令は去っていった。でも……
「私はキョウスケ隊長の意見に賛成です」
「レオナ?」
「確かに今の政府は腐っています。わたくし自身、今日それを嫌というほど思い知らされました」
私は拳を握りしめる。
「ですが、だからといって戦争を続ければ人が正しくなるとは思えません」
「…………」
「叔父も、エルザム兄様も、アトライア義姉様も戦いの中で亡くなりました」
「そしてライディースも……」
一瞬、言葉が詰まる。
「戦いが人を強くすることはあるでしょう。ですが、同じだけ人から大切なものを奪います」
キョウスケ隊長は黙ってこちらを見ている。
「腐った政府なら正せばいい。正せないなら作り直せばいい。ですが、そのために戦争そのものを必要とする世界を作るのは……間違っていると思います」
「……そうか」
「それに」
「?」
「今の政府が腐っているからこそ、あなた方のような人たちが必要なのではありませんか?」
「俺たちが?」
「命令も利益も関係なく、助けを求められれば動く。そんな組織が」
私は少しだけ笑った。
「だから、わたくしはここに残ることにしたのです」
「……そうか」
それだけ言って、少し笑った。