社会神10年目の俺と、社会神2年目の狐。 作:宮原ワタル
俺の名前は岩中太陽……改め、タイヨウ・イワナカ。
新卒でゲーム会社に入って二年目の終わりが見え始めた頃、ようやくデスマーチを抜けたその帰り道で死んだ、元人間だ。
デスマーチ超えて、ホントにデスったんですよハハハ…………笑えないが?
そうして、気づけば真っ白な空間にいた。
お偉いさんに囲まれ、説明もそこそこに大量の書類へサインを書かされ、気づけば『株式会社 世界イベント』とかいう会社に入社である。
死後まで労働が続くとは聞いてない。
しかも〝神の世界〟とか言うくせに、やってることはほぼ普通の会社。
上司がいる。会議がある。ノルマがある。進捗が遅れると普通に詰められる。
そんな生活にも多少は慣れ、気づけばこっちに来て10年。
社会人ならぬ、〝社会
しかし、2年前。そんな俺にも後輩ができた。
前世から換算しても、初めての後輩。
慣例だか何だかで教育係を任され、増えた仕事に心の底から辟易しながらも、どうにか面倒を見ていたのだが──
「タイヨー先輩!あのパフェ食べたいっす!」
空中にふわりと浮かぶ彼女の目線の先。ガラス張りのショーケースの中で、巨大なフルーツパフェがこれでもかと存在感を主張していた。
山のように盛られた生クリーム。艶やかなご当地モノの苺。輪切りのキウイに柑橘、ブルーベリー。
どう見ても観光客向けに作られた、豪華仕様のパフェ。
「仕事中だぞ。あと今回は実体で顕現してないんだから、そもそも食えねーよ」
「えぇー!」
見ての通り、(俺の勘違いで無ければ、)なぜかやたら懐かれた。
ぶーぶーと不満を漏らしながら、狐耳の少女──ロイネオ、通称イネは、すぐに切り替える。
「じゃ、仕事終わったら飲み行きましょ!」
「パフェじゃないのかよ」
「そりゃ、あっち帰ったら夜じゃないっすか。なら飲みっす」
「なんだコイツ……いやまぁ良いけど」
「っしゃー!先輩との初サシ飲みっす!奢りっす!」
「多少は遠慮しろよお前おい」
キャッキャッと騒ぐイネに冷ややかな目線を向ける。
別に奢ること自体が嫌というわけではないが、当然のように言い切っているあたり、そもそも遠慮という概念がなさそうだった。
というか、懐かれていると言うべきなのかコレは。どちらかと言えば、かなり気安く……つまり、舐められている気がする。
他の上席相手にはこんな態度取らずにちゃんとした敬語を使って後輩してるんだから、少なくとも俺への尊敬が限りなく薄いことだけは間違いない。
まぁ、別にいい。自分で言うのもなんだが、こんなサボりたがりを尊敬しているヤツがいたら、普通にダメだろう。
「ここっす」
イネの声に導かれ、視線を下げる。
あの桜の木から10分ほどで飛んで辿り着いたのは、先程の場所から60kmほど離れた地域にある中学校だった。
夕日に照らされた建物を見下ろしながら、ゆっくりと降下する。
「んで、何のタスク残ってんの?」
「……〝怒り〟の、イベント開始っす」
「あー、先週会議で言ってたやつか」
俺たちの仕事をざっくり言えば、生き物の〝感情〟を高ぶらせるようなイベントの企画、進行、完遂。
そしてその最終目標は、生き物の〝感情〟を回収すること。
詳しい仕組みは専門外すぎてよく分かっていないが、その回収された〝感情〟は、神の世界におけるインフラエネルギーとなる。
前世の感覚で言えば、俺たちの会社はエンタメ企業に近い。
感情を生み出すためにイベントを設計し、演出する。
だが実態は、その生物の一生を動かし、生み出した感情によって世界を動かしている、インフラ企業だった。
「……にしても、
「流石にちょっとは慣れたっすよ。……ただ」
イネが苦笑混じりに肩をすくめる。
感情は種類によって加工法が異なる。
水力発電と火力発電で必要な設備が違うように、怒りと喜びでは、エネルギー変換工程そのものが別物らしい。
だから、俺たちの集める感情の種類は、多岐にわたる。
今回イネが回収するのは、〝怒り〟。
シンプル故に
──しかし、怒りの感情を集めることとはつまり。意図的に、誰かを傷つけるということだ。
「ウチのせいで、誰かの関係性が悪くなるのは……まだそんなに、割り切れないっす」
「ま、そりゃそうだ」
イネは軽く顔をしかめ、1本の尻尾を毛先を弄っていた。
生まれながらの神ではない俺たちは、どうしても前世の倫理観を引きずってしまう。
何より、イネは生前、まだ若かった。自分の周りが全てで、誰かの涙ひとつが、世界の全部みたいに感じられる年齢で死に、神類となった。
だからこそ。生き物の未来を自分の意思で動かすこと。
特に、悪感情を引き起こすための因果へ介入することに、イネはまだ、慣れきっていなかった。
「……どうせなら、〝喜び〟とか〝驚き〟とか、皆の幸せに繋がる因果だけ動かしときたいっす」
「別にそれでも良いが、勝手にそれやって、評価下がって給料増えないのはお前だぞ?」
「そうなんすよね~~~!お金貯まんない方が困るっす、ホントに」
さっきまで少し曇っていた表情はどこへやら。
イネは大学生みたいな軽いノリでそう言って、イーッと口を横に伸ばした。
その現金な切り替えの早さに、思わず鼻で笑う。
「ウチの会社、そこまで給料悪くないだろ」
「何言ってんすか、将来のためにはいくらお金あったって困んないっすよ!ほら、誰かと結婚して会社辞めた後とか!」
「相手いんの?」
「……ウチの未来は決まってないっすよ!」
「必死で草」
「やかましいっす!?」
などと軽口を叩き合いながら、俺たちは校舎の屋上へ降り立つ。
足元のコンクリートはひび割れ、フェンスには赤茶けた錆が浮いていた。
「あの2人っす」
フェンスの向こう。校庭では、2人の男子生徒がボールを蹴っている。
時間的に、部活終わりだろう。疲れているはずなのに、響く笑い声は妙に大きく、若さ特有の熱気が滲んでいた。
イネはポケットから取り出したモノクルを左目に押し当てた。
俺も首から提げていた眼鏡を装着すると、視界の先にある様々な物体に対しての情報が景色として映し出される。
男子2人の間に意識を集中すると、1本の淡い光の線が浮かび上がってきた。
「因果線ふっといな。かなり仲良いだろ、この2人」
「幼馴染っすね。今はサッカー部で同じレギュラー。進学先も一緒にしたいって話してるっぽいっす」
片方は快活そうな少年。まさしくクラスの1軍という風貌だ。
もう片方は少し気弱そうな雰囲気で、添付されているどの参考写真を見ても、どこか遠慮がちに笑っている。
それでも、彼らは肩を組んで笑っている。共に悔しがっている。
因果線や他の情報なんて見なくても分かるくらい、彼らの絆は強固なものだった。
ただ──
「それを壊すレベルの〝怒り〟イベントを始める、と」
「っす」
返事は短かったが、その語尾にはわずかな硬さが混じっていた。
イネは2人に視線を向けたまま、小さく息を吐く。
「先週の会議の繰り返しっすけど……今回は、〝疑念からの裏切り〟。この2段階で最終的な〝怒り〟を大きくするっす。まぁ、定番っすね」
強めの夕風が吹き抜け、校庭脇の木々がざわりと葉擦れの音を鳴らす。
イネは落ち着かない様子で尻尾をぱたぱたと揺らしていた。耳もわずかに伏せられていて、平静を装ってはいるものの、やはり気は重いらしい。
「先輩には、他部員の調整お願いしたいっす。……あ、仕様は眼鏡に共有しとくんで確認お願いするっす。部室は向こうの校舎1階っすね」
「おっけ、後で男子2人の調整結果も見せろな」
「了解っす」
首肯すると同時に、イネの身体がふわりと宙へ浮かぶ。
スーツの裾が揺れ、5本の尻尾が柔らかな軌道を描いた。
そのまま彼女は校舎側へ滑るように飛んでいき、夕暮れの光の中へ溶け込んでいく。
ポツンと取り残された俺も、ゆっくりと身体を浮かせた。
人間だった前世では絶対に味わえない浮遊感。
こっちの世界に顕現している間しか経験できないが、それでも空を飛ぶという行為には10年経った今でも若干テンションが上がる。
……とは言え、この先に待っているのは普通に仕事なわけだが。
「さっさと終わらせて、寝るか」
どうせ定時まであと少しだ。無駄な残業は回避したい。
誰に聞かせるでもなく呟きながら、俺は夕方の校舎へ向かって飛んだ。
***
**
*
「う゛う゛……やっばりこのじごどいやっず~!」
「酔ってんなぁ」
結局、定時退社は失敗した。遺憾である。
俺は10分ほどで頼まれた調整を終えらせ、本気で寝ようとしたものの、直後にイネから「ヘルプっす!」と連絡が飛んできたため、結局彼女側の調整まで手伝わされる羽目になってしまった。
気づけば、定時はとっくに過ぎていたのだ。
しかしそれはそれでと神層に戻った俺たちは、そのまま会社のデスクに戻ることなく直帰。
会社近くの提灯が並ぶ飲み屋街の一角にある店に入った……まではコイツも普通だったのだが。
「ぜんばいもまだまだのんでぐらざい!」
頬は真っ赤に染まり、耳はへにゃりと垂れ、尻尾はぶんぶんと動いて荒れている。
仕事終わりの社会神たちで賑わう店内で、俺はぐでんぐでんになった狐を眺めていた。
「アルハラやめろや」
「う゛る゛さ゛い゛!の゛め゛!」
「メンドいなこの酔っぱらい!」
テーブルには空になったジョッキや皿が雑多に並び、枝豆(のような別物)の殻が小鉢一杯に溢れていた。
このことから分かる通り、 イネは見事にできあがっていた。
彼女はこの時点で10杯以上のジョッキを空にしている。そりゃあ酔っぱらって当然だ。
「あだっ!」
イネが壁に身体を預けると、荒ぶっていた尻尾が、そのまま彼女の頬をベチっと叩く。
「だれだ!ウチをだだぐやづば!!」
「それ尻尾だよ。お前の」
「な~んだ~ウチの尻尾ちゅあ~ん!」
「ダメだコイツ」
急に怒り始めたかと思えば自分の尻尾を抱えてチュッチュッと何度も接吻するイネ。
「ほら水飲め。もう酒やめろ」
「ウヂば!よっで、なぁぁぁぁい!!!」
「素面でそのテンションなら逆に怖いんだが?」
勢いよく俺の忠告を無視したイネだったが、そのまま顔を机に突っ伏した。
狐耳がぴくぴくと忙しなく動いたかと思えば、次の瞬間には頭頂でべたりと伏せられる。
本人はまだ正気のつもりらしいが、耳は適格に今のイネの状態を表していた。感情が耳と尻尾に直結しているせいで、酔い状態が視覚的にもさらに分かりやすい。
「………………はぁ……。すんませーん、お会計でー」
「しぇんぱぁい……ウヂぃばぁ、まだ飲めまずぅ」
「無理」
会計を済ませてそのまま席へ戻り、机に突っ伏したイネの肩を揺する。
「ほら、立て」
「おさけ……おしゃけぇ、のむぅ……」
まだ酒を求めて空中を掴むように手を彷徨わせているイネ。
酒癖が、悪すぎる。
無理やり身体を起こすと、イネは当然のように俺の肩へ寄りかかってきた。
「おい、自分で歩け」
「むりっす~……」
ふにゃふにゃに笑いながら、完全に体重を預けてくる。
後でマジのセクハラ扱いされないか若干不安だったが、このまま床に転がられても困るので、仕方なく肩を貸したまま店を出た。
夜風が吹き抜ける。
提灯の赤い灯りが揺れ、酒の匂いが過ぎ去っていった。
「さむ……」
イネの狐耳がぴくりと震える。
そう呟いた次の瞬間、「ひっく」としゃっくりを漏らしながら、今度は俺の背中をよじ登り、身体を預けてきた。
つまるところ、おんぶである。
「おいお前、何して……」
「zzz……」
「マジかよ」
──この狐、寝やがった。
「はぁ…………」
大きくため息を吐き、諦めてそのまま提灯の並ぶ通りを数分ほど歩く。
背中からは規則正しい寝息。
時折、尻尾がぱた、と俺の脇腹に当たった。
「おっっっっっっっも」
……いや、普通に重いなおい!
人間よりも尻尾の重量も増えているためか、想像してたよりも背中から感じる重量が大きい。
「おいイネ。起きろ」
「……んがぁ?」
無理矢理身体を揺すってイネの意識を覚醒させる。
「寝ても良いから狐の姿なれ。獣人状態だと重い」
「ふぇ?……っす」
ぼふん、と淡い光が弾けると、背中に張り付いていたのは、爆睡している黄金色の狐だった。
「……まぁ、軽くはなったか」
まだ腕が疲れるぐらいには重かったが、さっきよりは全然マシだと思い、持ち方を俵担ぎに持ち替える。
狐状態のイネは「くぅ……」と小さく鳴きながら、されるがまま揺られていた。
正直、面倒ではある。
だがまぁ、今日は気分が悪くなかった。
なにせ、明日から待ちに待った休日なんだから。