社会神10年目の俺と、社会神2年目の狐。   作:宮原ワタル

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短編版6「Sideイネ:心温まる休日と、遥か年上の新神さん」

 初めて先輩と一緒に朝ご飯を食べた日。そして、勢いのまま「好き」だと伝えてしまった日。

 あの日から、大体半年が経った。

 

 あの時は、自分でも何を言ってるんだろうと思った。

 部屋へ帰った途端、勢いで告白してしまったことを思い出して、枕へ顔を埋めながら悶えたぐらいには後悔もした。

 

 でも、返事はまだ貰えていないけれど、あの日の告白は、ちゃんと今へ繋がっている。

 

 〝休日のどちらかは、一緒にご飯を食べる〟

 たったそれだけの約束。気付けばそれは、〝休日のどちらかは、朝ご飯を一緒に食べて、ダラダラと同じ空間で過ごす〟ことへ変わっていた。

 毎週同じ部屋へ来て、同じ食卓へ向かい合って。

 他愛もない話をしながら朝ご飯を食べる。

 それだけの時間なのに、不思議と1週間分の疲れまで溶けていくようだった。

 

 生きていた頃には当たり前だった休日が、神になって二年経った今、ようやく戻ってきたような気さえする。

 

「イネー、皿持ってってくれー」

「はいっすー!」

 

 キッチンから聞こえてくる気の抜けた声に、思わず返事も弾む。

 小走りしたい気持ちを何とか抑えながら、それでも五本の尻尾だけは隠し切れず、ぶんぶんと嬉しそうに揺れてしまう。

 

 キッチンでは、お鍋から立ち上る湯気の向こうで、先輩が慣れた手つきで朝ご飯を仕上げていた。

 コンロの隣には、ふんわりと黄色く焼き上がった卵焼きと、ほんのり焼き色の付いた、ぷるぷるした白い豆腐。

 今では、先輩の部屋へ来れば当たり前のように並ぶ、大切な朝の風景だった。

 

 4枚のお皿をテーブルへ運んだ後、ぴょこぴょこと足取り軽くキッチンへ戻る。

 

「これ以外に何か手伝えることってあるっすかー?」

「あー……ご飯よそって持ってっといて」

「りょーかいっす!」

 

 もう何度も言われた役目だ。

 先輩の後ろに置かれた炊飯器へ向かい、慣れた手つきで蓋へ手を掛ける。

 

 ──ぱかっ。

 

 

「アッッッヅァ!!!」

 

 

 蓋を開けた途端、閉じ込められていた湯気が、覗き込んでいたウチの顔を直撃する。

 もちろん火傷するほどではないが、一瞬だけ顔全体を包み込む熱気に、毎度同じ反応をしてしまっていた。

 

「そろそろ慣れろよお前……炊飯器でそれなるの何回目だよ」

「いやぁ、つい……」

 

 羞恥心をごまかしながら、恐る恐るもう一度炊飯器の中を覗き込む。

 白い湯気の向こうには、つやつやと光る真っ白な粒がぎっしりと詰まっていた。

 

 ふわり、と立ち上る湯気はほんのり甘く、噛めば噛むほど甘いこの食べ物独特の香りを運んでくる。

 初めて見た時はどこか不思議な食べ物だと思ったけれど。

 今では、この匂いを嗅ぐだけで、「休日だなぁ」と思えるようになっていた。

 

 

 ご飯をテーブルに持って行って座っていると、先輩も味噌汁が入ったお椀を2個持ってテーブルに座った。

 漂う香りに、思わず身を乗り出す。

 

「おー!先輩!今日は油揚げの味噌汁っすか!ウチ、これが味噌汁で一番好きっス!」

「おう、なら良かった」

 

 先輩はそう言いながら、ふと首を傾げる。

 

「……てか、狐って本当に油揚げ好きなんだな……」

「ほぇ?本当に?」

「俺が過ごしてた所だと、そういうイメージがあんだよ」

「はぇ~」

 

 思わず感心した声が漏れる。

 こんな風に、先輩が生きていた世界の文化を1つ知っていくたび、少しだけ先輩のことを知れた気がする。

 その度に、やっぱり心がどこかぽかぽかした。

 

「いただきます!」

「だきやーす」

 

 先輩が生きていた世界の文化を真似した挨拶をして、スプーン……ではなく、お箸を掴む。

 

「……あぁイネ、持ち方違う」

「えっ、こうじゃなかったですっけ」

「中指を箸と箸の間に入れんだよ……ほら、こうやって」

 

 先輩は自分のお箸を持ち上げ、ゆっくり指の位置を見せてくれる。

 ウチも真似して持ち直してみるけれど、どうにもぎこちない。

 

「む、難しいっすね……」

「慣れれば普通にできる」

「先輩はできるんすもんねぇ」

「そりゃ、30年は使ってるからな」

 

 真似して持ち直す。

 ……持てた。

 そう思った次の瞬間、箸が一本だけするりと指の間から滑り落ちる。

 

「あっ」

 

 ころん、と卓上を転がる箸。

 

「ふっ」

「今笑ったっすね!?」

「笑ってないが?」

「絶対笑ってたっす!」

 

 どこか子ども扱いされているような気もしないではないが、この朝ごはんに免じて何も言わないでおく。

 

 箸に四苦八苦しながらご飯を食べていると、先輩が思い出したかのように「あっ」と声を上げた。

 

「そういやイネ、聞いたか?」

「……?ふぁい?」

 

 口いっぱいにご飯を頬張ったまま、首を傾げる。

 

「ウチの部署、明明後日から新神くるらしいぞ」

「………………え?」

 

 ——しん、じん?

 先輩の一言で、さっきまで温かかった朝の空気が、ほんの少しだけ変わった気がした。

 

 

***

 

 

「アネ=オンリーリ=トゥエンシと申します~。トゥエンシとおよび下さいませ~」

 

 新神さんは緩めの声と柔らかな笑みと共に頭を少し下げると、部署のあちこちから歓迎の拍手が湧き上がった。

 その音に合わせて軽く手を叩きながらも、ウチは最後まで拍手を続けることなく、隣に立つ先輩の制服の裾をちょいちょいと引っ張る。

 

「せんぱいせんぱい」

「ん?」

「新神さん、前世はエルフなんすね」

「……みたいだな」

 

 ──エルフ。

 ウチが前世で暮らしていた世界でも、何度か姿を見かけたことがある種族だ。

 森と共に生きる長命種で、どこかの世界では、〝自然の守護者〟なんて呼ばれていたと思う。

 

 世界ごとに文化や容姿は違うと聞くけれど、長く尖った耳だけは、どこの世界でも共通している特徴。

 トゥエンシと名乗った新神さんも、見た目こそ人間なものの、やはり耳の形状は人間のそれとは大きく異なっていた。

 

 スーツを着ているためか、〝自然の守護者〟みたいな幻想的な感じはそこまでしない。

 それでも、すっと伸びた背筋に、無駄のない立ち姿。柔らかな笑みを浮かべるだけで、どこか周囲の空気まで穏やかになるような、不思議な存在感がある。

 思わず見惚れてしまうくらいには、綺麗な容姿だった。

 

 拍手が止むと、モスさんがコホンと一息つき、ちょん、と手を合わせる。

 

「はい。これからよろしくね~!それじゃあ早速だけど~……」

 

 そう語尾を伸ばしながらモスさんは振り向き、こちらに視線を向ける。

 

 

「仕事は、あそこにいるタイヨーくんから教えて貰ってね!」

 

 

「「え?」」

「かしこまりました~」

 

 ウチと先輩は、同時に驚きの声を上げた。

 

「慣例的にはロイネオちゃんにお願いするんだけどねー。あ、もちろん、ロイネオちゃんを信用してないわけじゃないよ!?」

 

 モスさんは慌てるように両手を振る。

 

「ただ、今回は珍しく新神さんが入ってくる間隔がかなり短かったからさぁ。ロイネオちゃん自身も、まだ経験してない案件、結構あるでしょ?」

「は、はい……」

「だから今回はタイヨーくんがお願いね~」

「「…………」」

 

 ウチと先輩は、互いに顔を見合わせた。

 

「……また俺?」

「みたい、っすねぇ」

 

 先輩は、顔を引きつらせながら、「マジかよ」と小声でつぶやく。

 モスさんの声を皮切りに、部署の人たちはそれぞれ自分の席に戻っていた。

 

「……モスさん」

「ん~?」

「イネがメインで教えて、俺がサポートって形じゃダメなんすかね?よっぽどの案件じゃなければ、イネでも問題無いでしょう?」

 

 予想通りというか。なんというか。

 先輩は、面倒くさそうな顔でそう言った。

 

 個人的には、先輩が「イネでも問題無い」って言ってくれたことが嬉しかったけど、モスさんはいつもの緩い笑顔のまま首を横に振る。

 

「んー……そこまでこの部署のリソースに余裕がある訳でも無いから、ロイネオちゃんもタイヨーくんも両方トゥエンシさんを見る……ってのは、ちょっと現実的じゃないかなー」

「そっ……すよねー……」

 

 ぐうの音も出ない正論に、先輩は肩を落とす。

 

 結局、ウチの業務はいつもと変わらなそうだった。

 ただ、ちょっとだけ。

 先輩から教えてもらったことを、今度は自分が誰かに伝えるところを見て貰えないことは、ほんの少しだけ残念に思う。

 

「ロイネオちゃん?」

「あ、はいっす」

 

 考え込んでいたウチに、モスさんが声をかけてくれる。

 

「ロイネオちゃんはいつも通り、自分のお仕事お願いね~」

「……承知です」

 

 やっぱり、ウチはいつも通りの業務をこなすしかない。

 尻尾までしょんぼりしていないことだけを祈りながら、自分の席へと戻った。

 

 

 

 ほどなくして、先輩とトゥエンシさんは、現場へ向かっていった。

 

 きっと、先輩は必要なことを順番に説明するんだろう。──昔のウチにしてくれたみたいに。

 そう考えると、どこか胸がむずむずした。

 

 別に、嫌とかではない……と思う。多分。

 ただ、この社内では自分しか知らなかった、先輩に教えて貰う特別感のような何かを、別の相手も持つようになるのが、なんだか不思議な気分だった。

 

 

 ──そして、その日の夕方。

 

「戻りましたー」

「……え?」

 

 その姿を見て、思わず声が漏れた。

 

 戻ってきたのは、先輩とトゥエンシさん。

 時計を見ると、現場へ出てから、まだ数時間しか経っていない。

 

 ウチが初めて現場へ出た日は、帰ってきた頃にはもう定時ギリギリだった。

 それどころか、2週間ぐらいは先輩に定時ギリギリまで付き合ってもらっていた記憶がある。

 

「タイヨーくん、トゥエンシさん、随分早かったね~」

 

 モスさんも驚いたように声をかけと、先輩は珍しく驚いた様子で答えた。

 

「いや、トゥエンシさんの飲み込みが早すぎるんですよ」

「ほー?」

「説明したこと、1回聞いただけで大体理解してくれるんで……」

 

 先輩が少し困ったように笑う。

 

「基本的なとこで教えることは、もうほとんど無いですね。あとは何回か実務を確認すれば、すぐに1人でも問題ないと思います」

「おぉー!即戦力だね!」

「恐縮です~」

 

 モスさんはペチペチと拍手をし、トゥエンシさんは、照れくさそうに笑った。

 

「長く生きていましたから~。新しいことを覚える時の、私なりのコツがあるだけですよ~」

「いや、それにしても早いと思いますけどね」

 

 先輩は眼鏡をかけて資料を見ながら、少し考える素振りをする。

 そしてすぐに、モスさんとトゥエンシさんに向かって、口を開いた。

 

「……これなら、来週から普通に一人で回れると思いますよ、多分ですけど」

「そんなに早くですか~?」

「覚えること自体はそこまで多くないですし」

 

 そのやり取りを聞きながら、モスさんもうんうんと満足そうに頷いている。

 

「いやぁ、助かるねぇ~。タイヨーくんもこれなら残業しなくて済むね?」

「それが一番助かります」

 

 あまりにいつも通りすぎて、先輩が即答すると、部署のあちこちから苦笑が漏れた。

 

「相変わらずだねぇ」

「定時は守るためにありますから」

「あらあら~」

 

 そう真顔で返す先輩の横で、トゥエンシさんもくすくすと笑っている。

 オフィス内で、笑い声が重なる。

 

 ……。

 …………。

 …………別に、先輩が誰と話そうが自由だ。

 教育担当なんだから話すのだって当然だし、トゥエンシさんは穏やかそうだから、誰とでもああいう雰囲気になるんだと思う。

 

 それでも。

 綺麗で、落ち着いていて。

 誰が見ても素敵だと思うような人が、先輩の隣で楽しそうに笑っているのを見ると。

 

 

「(トゥエンシさんに、先輩のこと取られちゃうかもっす……!)」

 

 

 ──先輩は、まだ返事をくれていない。

 どうしようもなく、先輩に恋している自分にとっては、その光景は焦りに焦ってしまうものだった。

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