【ワスプモン!!!!】
それは巨大な機械蜂。ファンビーモンが進化して『成熟期』となった姿。両肩に推進器、背中にはスタビライザーを備えた空中機動に特化した戦闘蜂。
「ふんっ!」
ワスプモンはすぐさま両肩の推進器をフル稼働させ、落下速度を上回る速度を叩き出した。超高速の軌道でウェン達の下に潜り込むと、ワスプモンは逆噴射をかけウェンとゴツモンをその両肩に受け止めた。
「ご無事ですか、お二人とも」
「ごほっ、ごほっ、こいつは……」
「イテテテ?あれ?オイラ助かったのか?」
ウェンとゴツモンに余計な怪我はない。それを見てワスプモンはホッと息をついた。
「お前、ファンビーモンか?」
「はいっ、今はワスプモンですが。お二人とも、上昇しますよ。しっかりつかまって」
「えっ、あっ、ちょっ、待っ」
急上昇したワスプモンは羽澄のいる7階のベランダへと向かった。
「羽澄さん!ご無事ですか!!」
「……ワスプモン」
「はい!!」
羽澄は目元を袖で拭い、口元を引き締めた。
「……みんなは?」
「御無事です!!」
ワスプモンが自分の背負っている2人を見せる。
ウェンは口元の血をぬぐい不敵な顔で笑ってみせた。
「羽澄。次からはもう少し優しく受け止めてくれるようにしてくれ」
「……ウェン……」
「ありがとな。助かった……とはいえ、まだ何も終わってねぇんだがな」
その台詞にワスプモンも大きく頷く。
「戦いましょう、羽澄さん!私が……」
ワスプモンは羽澄に向け手を差し出した。
「私が……あなたの力になります!」
「……うん……うん!」
羽澄は再び溢れそうになる涙を瞬きで抑え込み、真っ赤な瞳で頷いた。
「羽澄!こっちに飛び移れ!ワスプモン、寄せてくれ」
「もちろんですとも!羽澄さん!私が必ず受け止めます!」
ウェンが手を伸ばし、ワスプモンが両手を広げた。
羽澄はベランダの柵に足をかけ、なんの躊躇いもなく空中に身を躍らせた。
素早くワスプモンが彼女の下に移動し、ウェンが抱きとめる。
「お前、躊躇わないのすげぇな」
「……褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
「お2人共!もう一度、シェイドモンのところに向かいますよ!」
羽澄を受け止めたワスプモンは再度上昇する。狙うはシェイドモンが占拠する羽澄の自宅だ。
ワスプモンはスラスターを吹かし、8階へと再び舞い戻ってきた。
部屋に満ち満ちた黒い影。
そこに向けて、ウェンが声を張り上げた。
「よう、シェイドモン!さっきはよくもやってくれやがったなぁ!弱いやつしか相手にできねぇ糞冷笑野郎が!引きこもりは引きこもりらしく、泣き目腫らしながら一人で妄想膨らませて糞して寝てろや、ゴラァ!!」
ウェンがこめかみに青筋を立てながらシェイドモンを煽る。
頭に血が上っているのか、普段より2割増しで口が悪い。
中指を立てるウェンを横目に、羽澄はワスプモンの肩を叩き、耳元に声をかけた。
「……ワスプモン……部屋ごと攻撃できる?」
「できますが、よろしいので?」
「……うん……もう……躊躇わない」
『家族』が帰ってくる家は、もういらない。
私の『家族』はもういない。
羽澄の据わった目を見て、ウェンは喉の奥で小さく笑った。
「俺も付き合うぞ。ゴツモン、ワスプモンが部屋を破壊したら進化して突っ込むぞ」
「お、おう!」
ゴツモンはワスプモンにしがみつきながらも拳を振り上げた。
進化したワスプモンの腹にある大口径レーザー砲が赤い光を帯びる。
それを見たシェイドモンの赤い瞳が激しくゆがんだ。
「……まったく……忌々しい」
その怒りは幾度となく立ち向かってくる2人に向けられたものではない。
羽澄の持つ『絶望』が薄れていることに対する怒りであった。
羽澄の中で先程まで燻ぶっていた『淡い希望』が消えていた。
『絶望』は『希望』があるからこそ味がよりコクと深みを増す。理想だけを夢想し、誰かがを与えてくれることを待ち続けた『家族』という名の『希望』。それが羽澄の中から消えていた。
羽澄の瞳の中にあるのは暗闇の中であろうと自身の足で進んでいく『覚悟』を宿した者の目だ。
シェイドモンはぼやく。
「これだから、人間の子供というものは……」
どれだけ矮小な存在に見えたとしても、何か小さなきっかけだけで驚く程に成長して何もかもぶち壊しにしていく。
いつの時代も、いつの世界でも、予測を突き破るのはいつだって子供の成長力だ。
「……ここで戦うのは分が悪いか……」
先程のフラッシュバンを使われたらこの狭い部屋の中では逃げ場がないし、本当に壁や天井ごと破壊されれば致命傷になりかねない。シェイドモンはワスプモンの砲撃が始まる前に部屋から飛び出した。
「シェシェシェ!!!」
「っ!!」
シェイドモンはワスプモン目掛け突進してくる。ワスプモンは空中機動でそれを回避したが、シェイドモンはそのまま飛び去っていく。
「……ワスプモン……逃がさないで」
「もちろんですとも!」
シェイドモンをワスプモンはすぐさま追跡する。シェイドモンが向かった先は大きな公園。そこは、羽澄が最初に襲われた『自然公園』だ。その中心にある枯れた噴水の上にシェイドモンは降り立った。
ワスプモンもすぐ近くに降下し、ウェンとゴツモンを地面に降ろした。
「どうしたよ、シェイドモン、もう逃げねぇのか?」
ウェンはゴツモンと共にシェイドモンに向けて拳を構える。
そんな彼等に向け、シェイドモンはせせら笑った
「……逃げる?何を言っている?機を逃したのはお前らだ、逃げるべきはお前らだったのだ」
シェイドモンがその瘴気を爆発させる。
「私が取り付いていたのがあの女だけかと思ったか!?この世に淡い『希望』を馬鹿のように抱いた者はいくらでもいる。熟した『絶望』などいくらでもある。私が何のためにオンラインゲームなどというくだらない遊びに興じていたと思う。何人も、何人も、何人もの人間に取り付き『絶望』を食ってきたのだ。今、教えてやる。私が取り付いている人間は38人。今、ここに、その全てを集めてやる!来い、我が分体よぉぉぉおっ!!!」
シェイドモンがその身体を翼のように広げた。
それを合図にしたかのように、周囲の団地の数か所から黒い瘴気が吹きあがった。
それらの瘴気は群青色の空を完全に夜闇の色へと変えながら、シェイドモンへと集まっていった。
瘴気を巨大化させ、翼の生えた球体のような姿になるシェイドモン。その図体はどこまでも大きくなりワスプモンすら越え、家一つ分の大きさへと成長を遂げた。
「シャシャシャシャシャ!」
高笑いをするシェイドモンをウェンは冷めた目で見つめた。
「でかけりゃいいってもんじゃねぇだろうに」
「……巨大化は……フラグ」
羽澄の台詞にウェンは思わず笑ってしまう。
「わかってんじゃん。羽澄、デジヴァイスの使い方はわかってるな?」
「……うん……」
羽澄は指先で左腕のデジヴァイスに触れた。
「……大丈夫……私も……戦える」
「いいね。俺らも負けてらんねぇな、ゴツモン」
「ああ、久々に燃えてきたぜ、ウェン!」
「ああ、進化だ」
デジヴァイスの光が、大地に溢れる
【ゴツモン………進化ァァァァアアアアアア!ゴーレモン……】
「ゴーレモン!リンクだ」
「……ワスプモン……リンク」
羽澄とワスプモンの身体が
羽澄の頭の中には一瞬で膨大な量の情報が流れ込んでくる。
「ワスプモン!上昇!」
「了解」
距離を取り、羽澄は自分とワスプモンの両方の視界の誤差を確認する。
「……っ」
「羽澄さん!」
「……大丈夫……ちょっと……酔っただけ」
頭の中に三つぐらい脳みそを突っ込まれたような感覚だった。
目が増え、耳が倍増し、気持ち悪い程に視野の隅々まで情報が入ってくる。
羽澄はすぐに自分が欲しい情報だけに意識を絞った。
痛覚を別のことに意識を向けることで誤魔化す感覚に似ていた。
そんな羽澄の耳朶ににシェイドモンの嗄れ声が叩きつけられた。
「貴様らの『絶望』はもういらん!影に食われろぉ!!」
シェイドモンの身体が波打つように動き出す。そこから繰り出される触腕は先程までとはまるで違う。
鋭く、太く、研ぎ澄まされた影のムチが彼等へと襲い掛かった。
「っ!ワスプモン!」
「お任せを!!」
ワスプモンが急旋回し、影の触腕から逃れる。
そして地上ではゴーレモンはシェイドモンの触手などまるで気にせずに前に出ていた。
途端に複数の黒い影が襲ってくる。だが、無数の影を相手にウェンとゴーレモンは一歩も引きはしなかった。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
「ウォオオオオオオ!」
ウェンの動きとゴーレモンの動きが
ウェンが強く足を踏み込み、ゴーレモンの掌底が突き刺さる。
裏拳を放ち、回し蹴りを放ち、鋭いフックが放たれる。
ゴーレモンの強靭な体躯から放たれる鋭い連撃はいともたやすく影達を撃ち滅ぼした。
ならばと、シェイドモンはゴーレモンを包囲するように影を操り、側面や背後に回り込んで襲い掛かろうとする。
「『ターボスティンガー』!」
それらの影に白い光線が突き刺さった。
ワスプモンの精密砲撃が死角に回った影の腕をことごとく撃ち落としていった。
ウェンは唇の端で笑う。
「……やるじゃん」
小さく呟いた言葉がワスプモンの収音機を通じて羽澄の頭に響く。
「………」
た打の小さな賛辞を受け、握りしめた拳に爪が食い込んだ。
だが、感動に浸っている暇はなかた。
眼下でウェンが前に出た。
「ゴーレモン!突っ込むぞ」
「……リョウカイ」
ウェンとゴーレモンの勢いは『前進』という言葉では足りず、最早『突進』に近かった。
背後に回り込まれることを恐れない猛攻を見て、羽澄を覚悟を決める。
「ワスプモン!!ウェンの背後は……私が!」
「わかっております!!」
ウェンの死角を守るようにワスプモンの砲撃が降り注ぐ。
「忌々しい!!!」
シェイドモンの攻撃の一部がワスプモンに向く。
だが、ワスプモンは縦横無尽の空中機動で影の攻撃を避け、的確な射撃で迎撃していく。
その射撃管制を行っているのが視覚と感覚を共有している羽澄だった。
オンラインゲームでチームを引率する立場にあった羽澄にとって、2人しかいない戦場などイージーゲームに等しい。
羽澄は流動的に動く戦場を俯瞰で確認し、ワスプモンに素早く指示を飛ばす。ワスプモンは羽澄の言葉だけを頼りに攻撃を行い、自身は回避に専念する。お互いの視界を共有しているからこその戦法だった。
ゴーレモンが眼前の敵を撃ち倒して道を開き、ワスプモンが背後をカバーする。
シェイドモンの影は次第に数を減らし、その攻撃密度も減っていく。そして、ワスプモンへの攻撃の手が緩んだ瞬間。上空からワスプモンが強力な制圧射撃で戦力差を一気に傾けた。
「一気に決めるぞ」
「オウ……『カース・クリムゾン』!」
ゴーレモンの背から噴煙が吹きあがった。体内のエネルギーが急激に増幅し、灼熱の闘気となってゴーレモンの全身を赤く染め上げた。
ゴーレモンが吠える。だが、野生的な叫びとは裏腹に、その身体はウェンと
そして、遂に彼等の猛攻が地上にいる全ての影を倒し切った。
残るはシェイドモンの本体のみ。ゴーレモンが一気に肉薄する。
ゴーレモンの燃え盛る身体に照らされ、シェイドモンの瞳が揺らぐ。
「くっ!」
背を向け、羽ばたいて逃げ出そうとするシェイドモン。
だが、その瞬間、公園中を強烈な光が貫いた。
「なにっ!!」
羽澄が持ってきたフラッシュバンだ。
シェイドモンの意識が『攻め』から『逃げ』に変じた瞬間を狙いすましたかのような一発にシェイドモンの動きが止まる。
その隙にゴーレモンが一気に間合いを詰めてその身体を捕まえた。
「しまっ……」
ゴーレモンは力任せにシェイドモンを引きずり下ろし、地面に叩きつける。
「つあっ……」
シェイドモンの身体が地面をバウンドして跳ね上がる。そこへ目掛け、ゴーレモンが深く腰を落とした。
左手は平手、右手は腰のあたりで掌を上に向けて軽く握りこむ。
それは空手の最も基本的な一撃。
正拳突き
「……ウォォォオオオオ!」
放たれる高熱の一撃。捻じりこむように打ち抜かれたゴーレモンの正拳突きはシェイドモンの膨れた身体に突き刺さり、その身体の大部分を吹き飛ばした。
「がはっ……」
家程の大きさだったシェイドモンも今となって軽自動車程度の大きさへとなり下がった。
殴り飛ばされ、地面に叩きつけられたシェイドモンはバラバラになった身体をかき集め、なんとか形を保とうとする。
だが、地面を這うように逃げようとするシェイドモンの身体をゴーレモンが踏みつけた。
「や、やめろ……私は…まだ……まだ……食べてないいのだ。あの極上の『絶望』を……」
「……コーヒー……デモ……ノメ」
「……は?」
「……コーヒーハ……ウマイ……ゾ」
「なにを、言って……」
そのゴーレモンの頭上に強い光が現れた。
「……………あ」
ワスプモンの腹の大口径ビーム砲の先端に巨大なエネルギーが収束していく。
その光を見て、シェイドモンは目を大きく見開いた。
「これは……ああ……そうか……これが……この、逃げ場のない感情こそが……」
ワスプモンの砲口が開いた。
「『ベア……バスタァァァアアア!』」
赤い夕焼けのようなレーザービームがシェイドモンを焼き払っていく。
「ガガ……ガガガガァァアアアァガアアアアガアアアアアアアア!!!!!」
ワスプモンのビームが消えた時、地上に残した僅かな焦げ跡を残してシェイドモンは跡形もなく消え去ったのだった。