「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
第1話 目覚めたら異空間(ようやくですか)
気がつけばベッドの上で仰向けで寝ていた。
視界に入るのは知らない天井だ。
おもむろに起き上がる。
視界に入るのはベッドの白布とその全面が木材による多様なグラデーションを魅せる部屋だ。
そして五体満足の体についた二つの足でフローリングを踏みしめる。
「ここはどこだ、私は誰だ」
感覚からするに謎の異空間だ。ログハウスの一室のように見える。
幸いなことに自身のことは記憶を辿ればすぐに思い出した。
エルドアル連合国-第3植民星-第7管区-エルガルド共同体13番外区に住居を持つ、ごくありふれた人類のルガル種族だ。
故郷とは、エルドアル連合国のことではない。個人的な主観になるが、あの2人がいる場所は嫌いだ。
エルガルド共同体こそが我が故郷である。
ちなみにエルガルド共同体は本国の書類では別名の小規模な街となっているが、実態は本国を圧倒する規模をもつ。
共同体では正式な構成員になるため故郷の基準時間で最低25年から上限50年かけておこなう基礎教育課程を修了する必要がある。これをこなしている最中の俺は仮構成員、いわゆる学生の身だ。
ちなみに修了認定の試験が受けられるようになるのが基礎教育課程を始めてから25年後なので、どれだけ優秀であったとしてもそれだけ時間がかかる。
とはいえ膨大な基礎教育課程の内容を全て網羅するのは最低でも20年はかかる。
我が親愛なる頭のおかしい友人はそれを18年でこなしたが。
あれは例外の天才だろう。天災の方かもしれないが。
教育を受け始めて20年が過ぎると、課外活動が認められる。
別の星に住むルガル種以外の異文明、異文化圏の中で仕事をするというものだ。
これは基礎教育課程修了における必須要件であるので、例に倣って俺も取り組まなければならない。
最初の課外活動は、口うるさく様々な権限をもつ保護者のせいで希望とは少々異なる内容になったが、とある星でおこなわれる魔法儀式の運営役だったはずだ。
そしてここで目覚める直前の記憶は、その星へ赴くために移動用転移ポータルへと足を踏み入れた瞬間だ。
この謎の異空間にいる原因は何だろうか。
「偶発的な転移事故か」
それは限りなく極小の可能性でしかない。
故郷では個人や企業などが毎日のように転移をおこなっているというのに、その二千年近い歴史の中で事故は発生していない。
本国の方では政治的な『配慮』による事故がしばしば発生しているようだが。
これらは、一部の非公開情報にもアクセスできる俺の保護者から聞いた確かな話だ。
ともかく今回の転移ポータルとその外部環境には、特別な配慮が求められる本国のそれとは違い、あらゆる事態に対する万全の安全対策が施されていた。
事故など起きる余地は存在しない。
万が一事故が起きた場合でもセーフティが作動するので、このような謎の異空間に飛ばされることはない。
この可能性は無視していいだろう。
「実験か」
最も可能性が高いのは、故郷の誰かの実験に巻き込まれた結果だろう。
単純に考えるならランダムな人を異空間に閉じ込めてシステムとの接続を遮断した際の反応の観察だろうか。
心当たりがある。
近ごろの故郷では充実したシステムよるサポートに若年層が依存する傾向があることが問題視されていると聞いたことがある。
そのために幾つかの実験について予算が通ったと友人の1人が喜んでいた。
"これで合法的に人を苦しめられる"だのなんだのと、とても不穏な発言をしていたのを覚えている。
それに巻き込まれたのだろうか。
だとしても事前の説明と参加者の同意が必要だろう。
倫理的配慮というやつだ。
まあ件の友人は後になってから知らせてくることもあるので油断はできないが。
「......」
なに、あいつが後になって謝罪してくるのなら貸しを一つだ。
もうすでにいくつもある気がするが、今回もそれで許してやるとしよう。
「他の可能性は......」
事実を並べよう。
俺は今、訳もわからず謎の異空間に閉じ込められている。
実は先ほどから緊急避難用の《転移》を行使しているのだが一向に発動する気配がない。
それどころか《転移》が使えない理由を説明するシステムからの通達すらない。
そして実験にはつきものである形式張った説明もない。
シンプルに考えよう。
俺は何者かに誘拐されて監禁されているのかもしれない。
あり得ない。
繰り返しになるが故郷の安全対策は鉄壁だ。
少なくとも個人でどうにかできる代物ではない。
転移ポータルが起動した瞬間に干渉するにしても、観測を担当する区域管轄のオペレーターに即時発見されて、それこそ異空間への隔離処置だ。
当然オペレーターは自分の仕事もできない無能な人物ではない。そんな人物はオペレーターにはなれない。
オペレーターの数万倍に加速した思考判断ととシステムに保存された膨大なリソースをもって対処すれば個人ではどうにもできないはずだ。
そして当然、俺は異空間に隔離されるような行為をしていないし、それを意図したことも無い。
もっといえば、異空間に隔離されたとしてもシステムとの接続は切れないはずだ。
絶対にあり得ない。
それは集団による試みであっても困難だ。
もし仮に、今の状況を考慮して、一旦仮定の話として俺を誘拐できたとしよう。
もしかすると万全の安全対策には思わぬ穴があったのかもしれない。
だがそれでも困難だ。
俺をポータルから連れ去ったその瞬間には故郷の基準戦力単位を満たした保安局の即応部隊から追跡班が編成される。
彼らは最低でも俺の2倍の能力を持つ。
誘拐されたその瞬間から、集団は出撃した追跡班に襲撃され全滅するはずだ。
初動の追跡班を退けたのか?
それでも誘拐から数秒後にはシステムからの本格的な救難オペレーションが実行されているはずだ。
この際、誘拐犯を必ず処分する必要はない。
必要なのは俺を補足し、召喚魔法でも他の手段でも安全な場所へと連れ戻せばいい。
異空間に隔離されようが、別次元に飛ばされようがシステムが俺を補足し続けているはずだ。その情報を使えば奪還はさほど難しくない。
そしてそれは誘拐犯が俺に接触していない今が好機のはず。
なのに——
「今も閉じ込められている」
そんな馬鹿なことはあり得ない。
追跡部隊を退け、救難オペレーションを妨害し、俺をシステムが干渉できない異空間に閉じ込めた。
あり得てしまっては困る。
そうであればもはや俺ができることは何もない。
カタカタと窓が揺れる。
自然とそこに注意が向く。
ガラスに写る自分の顔は酷いものだった。
「落ち着け」
そうだ落ち着け。
自分自身で不安を煽るな。
過度な恐怖を抱くな。
体の力を抜いて深呼吸だ。ゆっくりと落ち着いて呼吸を整えるんだ。
「すぅー、ふぅー」
これを何度か繰り返す。
再び窓を見れば、少し緊張した様子の顔があった。
これでいい。
あまり良くない想像をしてしまったが、どちらかといえばあいつの趣味の悪い実験に参加させられている可能性の方が高いだろう。
故郷はなんであいつに予算をだすのだろうか。もっとマシなことを考える奴に予算をつけろ。
「部屋の外の様子を見るか」
せっかく窓があるのだ。部屋の外を見なければ損だろう。
外を見れば手に入る情報が増えるのは自明の理。
可能性は低いだろうが、何か状況を打開するものがあるかもしれない。
相変わらずカタカタと音を立てる窓へ向かって歩く。
すると、俺の右にある木製の机の上に四角く白い平べったいものがあることに気づく。
「ひあ」
情けない声が出た。
それは先ほど目覚めた時に存在しなかった。何らかの罠かもしれない、いや確実にそうだろう。
警戒しなければ。
最悪の想定を考えるともう手遅れかもしれないが、魔法を使って身の安全を可能な限り確保する。
《周囲の空間統制》《空間縦深の生成》
典型的な空間や次元に作用す事象を耐えるための魔法だ。ちなみに故郷ではみんな使える。
《魂の保護と修復》
直接的な精神に対する事象に対応する。これもみんなが使える必須の魔法だ。洗脳されたり即死する可能性を大きく下げることができる。
《急変環境への適応》
周囲の物理法則の変化や体を構成する物質そのもの変性させる類いの事象にも実質的な無効化手段を用意する。
というか今から使う魔法は故郷のみんなが使えるものだ。
《各種結界の多重設置》《身体強度の向上》《肉体損失時の意識維持》《基本的な治癒》
結界の設置や強度の向上は上記の防御が意味をなさない場合の時間稼ぎにはなるはずだ。
最悪、意識を維持できれば全てが消失する前に治癒によって再生できるはずだ。
《身体機能の適切な活用》《基本的な動作の補助》
活用の魔法で体のポテンシャルのうち必要分のみを適切に使用する。動作補助によって近接戦闘での動きがある程度マシになるはずだ。
《受動的な探知》《有害事象への自動対処》
探知、自動対処の魔法をセットで運用することで自動で適切な防御をおこなう。
これらの魔法は、俺を異空間に閉じ込めることができる存在には、本当に無意味だろう。わざわざそのようなことをする必要がない。
それでもできる備えはしておこう。
《各種魔法の制御》
これで、それぞれの魔法が外部からの干渉を受けた事故を起こすことを防ぐ。
ちなみにそれぞれの魔法には複雑化(暗号化)措置、隠蔽措置、偽装措置などの対策が標準で備わっている。
その対策を突破してくる存在は考えたくはない。
《高度な偽装》
解析に対する情報隠蔽や不可知化などのステルスなどを可能にする魔法だ。今は情報隠蔽と能力偽装をしておく。
《転移先の検索》......は意味をなさないのでこちらか。
《転移先の捜索》
これで《転移》を行使する時の事故や発動時間の短縮ができる。
さて、故郷で習った未知の敵に対処する方法は、先に発見して、先制攻撃を叩きこみ、敵に気付かれることなく排除することだ。
そして今は白いブツの送り主がそれを実践している。なんということだ、勝ち目がない。
そして諦めた俺は死ぬのだろう。
「よし」
何もよくないが、できる限りの準備を整えた俺は白いブツと向き合ったまま距離を保つ。
今の備えをものともしない故郷の理不尽な魔法がいくつも頭によぎるが、今の俺にはどうにもできない。
覚悟を決めて割り切るしかない。
《全般的な解析》
対象を例のブツに絞って行使する。
特に魔法でわかる仕掛けはされていないようだ。
「ふぅー」
不気味だ。迂闊に白い何かには触れたくない。
ならばすることは一つ。
《物質の複製》
目の前の白い何かを解析した情報をもとに手元へと複製する。
成功だ。これで直接触れるよりも安全に調べられる。
白いブツからは特質するべき何かを感じない。
当然だ、俺が複製したものだからな。
形状は縦幅と横幅の差が少ない長方形だ。手触りは若干ザラついている。
裏面をなぞると何かの引っ掛かりがある。翻してみれば手で挟んだ左の端とは反対の右側に表面から折り込まれたフタがある。
裏面のフタが開かないようにするためだろう、そこには親指の爪2枚ほどの大きさの白い無印のシールが接着されている。
これは飾りの無いただの白い封筒のようだ。
少し安心する。封筒とくれば中身は手紙だろう。
このブツの送り主は手紙を読んでもらいたいらしい。
文字を読ませることで精神に何らかの影響を及ぼす魔法も存在するが、それも《魂の保護と修復》で対策済みだ。
もちろん油断はしないが。
フタを閉じているシールを剥がし封筒の中身を確認する。
案の定それは手紙だった。
横書きの文字に目を凝らす。
『手紙の内容を知りたかったら複製せずにオリジナルを確認してね!』
めまいがする。
気分が悪い。
口元を押さえる。
『オリジナルの手紙を読まないとこの部屋からは出られない!』
なぜか、力が入らない。
気づけば俺は既視感のある天井を見ていた。
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