「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
心がしんみりしたが、めげずに顔を向け続ける。
少女、というよりサイズ的に幼女は顔を逸らし続けながらもこちらを窺っている。
いや幼女と決めつけるのは良くない。俺の主観で幼女に見えても、彼女の種族的はこの状態が成人なのかもしれない。もしくは、気配を薄くするのと並行して体を小さく調整したのでかもしれない。
後者の仮説が正しければ、今の姿は彼女の本来の姿とは異なるということだ。
やがて何かを決意したのだろう、幼女は洗練された動作で滑らかに立ち上がった。そして俺と向かい合い、何かを伝えようと一生懸命に口をぱくぱくさせる。
やがて声が出ないことに気づいた幼女の顔がほんのわずかに歪む。それは注意深く観察しなければわからない変化かもしれない。
彼女はせっかく自分を奮い立たせて行動したのに、何もできない自らを嫌悪し、心の内側で責め立てているようだ。
俺にはその感情や思考が手に取るようにわかった。彼女は何も悪くない。悪くないが、そう考えてしまうのは理解できる。
幼女はそのまま体を俯かせて壁へと歩く。ともすればそのままこの世から消えてしまいそうだ。
俺は察した。彼女はおそらく精神的な要因で、うまく言葉を発することができなくなったのだろう。
俺も短い期間だが失語症の経験がある。だから、ほんの少しはその辛さを理解できる。
しかし辛さを理解できても、彼女とどう向き合えばいいのかはさっぱりわからない。
そして一連の幼女の動作を見て、俺もフラッシュバックが起こったのか、体が緊張している。
「しかしどうしようか」
その声に反応してか、幼女に渦巻く感情が水滴となって溢れ出してしまったようだ。
うー、あー、もうどうなってもしーらね。
「改めて互いに自己紹介をしませんか」
静かに目元を拭いながらも幼女はフルフルと首を振る。これは俺への拒絶というより、今は声を発せないから不可能だ、という意思表示と解釈しよう。
やはり普通に交流を図る方向性ではダメか。
先程、口を開いた様子を思い出す。彼女は何かを伝えたかったはずだ。それを手助けするのはどうだろう。
「いやこれは......どうだ」
しかし、思いついた方法だと彼女の精神に干渉することになってしまう。それは常識的に考えて非常にまずいことだ。
......緊急事態として必要な医療行為を施す許可を得てみよう。たとえ拒否されても仕方ない。その時は別の方法を考えるだけだ。
「横に座って独り言を話しても大丈夫ですか?」
俺と幼女の顔は再び向かい合った。内心に重く濁った泥のような感情が溜まっているのがわかる。これは苦しいだろうな。
強く葛藤している。また心を奮い立たせのだろう。その状態だと難しいだろうにすごいことだ。
今回は、体に過剰な力をかけて立ち上がり、椅子のと机が置かれている方に歩いて行く。
俺も過剰な恐怖を与えないようにゆっくりと近づいていく。
外の様子は......しばらくこちらに戻ってくることはなさそうだ。それを確認した俺はドアに行使していた《物体の固定》を解いておく。
小さくカチャリとドアが閉まる音が聞こえた。
見ればすでに幼女は椅子に座っていた。その隣には、苦心の末に用意してくれたであろうもう一つの椅子が置かれている。
さて正念場だ。
「ここに座ってもいいですか?」
小さくこくりと頷く幼女。小さく口元が開いたが、すぐに閉じられる。
「これは独り言ですが、私の故郷には声を出さずに会話ができるようになる魔法があります」
よし、聞いてくれてはいるようだ。
「そして私はこれを他者へと施すことができます」
幼女は首を傾げる。
「ただし、これは私の故郷では禁忌とされ、社会的に嫌悪されている精神干渉に分類される行為です」
これは誤ったか、精神干渉の単語に強く反応している。おそらく、トラウマはそれだろう。
この先のセリフにも精神干渉の単語が入る。彼女にとってはよくないことだろう。だが他の言い回しが思いつかないので仕方がない。ごめんよ。
「ただし、精神干渉となるのは双方の同意が形成されていない場合のことです。双方の合意があれば問題とはなりません」
彼女はトラウマを刺激されて苦しそうだが、必死にこちらへ耳を傾けているのがわかる。
俺も心苦しくなる。
「私はあなたと会話をしてみたい。なので、会話をするための魔法を行使してもいいですか?」
彼女は体を縮こめながら黙り込む。
これはダメか。まあ素人の俺には無理か。逆に彼女を苦しめてしまったようだし。
はあ。申し訳ないが一応最後まで続けるとしよう。
「誓って、あなたに苦痛を与えることはしません」
そうじゃない。彼女も黙り込んだままだ。
「先程あなたが何を伝えたかったのかを知りたいのです」
これもなんか酷いセリフな気がする。ああ俺はダメなやつだなぁ。気の利いた言い回しがまるで思いつかない。
天井を見ながら少し自己嫌悪するのをやめ、姿勢を戻して彼女と向き合う。
ん?こちらを見ている?
そして幼女は小さく頷いた。
これは......同意してもらえたということだろうか。どうなんだろう。
様子を伺っていた俺に対して、彼女はもう一度、今度は前より少しだけ大きく頷いた。
そのまま向き合って観察した限りなんとなくだが、初対面なのに随分と気を許してくれている気がする。なぜだろうか。
ともかく魔法の行使に同意してもらえたと解釈しよう。
「あー、では使いますね。《選択した思考伝達による念話》」
これで彼女が伝えたい情報が俺に伝わるはずだ。音を使わないので、通常の口頭会話より早く意思の伝達ができる。それに加えて《思考加速》をかければ......勝手にやるのはダメだ。許可を取ろう。
[あとは思考加速してたくさん会話しましょう]
え、なんで知ってるの。素直にそう伝える。
[あ、いえ、なんでもないです]
誤魔化しましたか?
[ゴマカシテナイヨ、タマタマオモイツイタダケダヨ]
随分と愉快な感じの人だなぁ。まあ許可は取れたということで。
[まあ誤魔化されたあげます、いま双方に《思考加速》を行使しました]
[これでたくさんお兄さんとお話しができますね]
そうですね、なんでこんなに好意的なんですかね。
[まずは私が声を発せないせいでご迷惑をおかけしました]
同時に彼女は頭を下げる。
[はい。でも大丈夫ですよ、気にする必要はありません]
[ご配慮いただきありがとうございます。さてそれでは自己紹介をしましょう。といってもお兄さんの分は聞いていましたので、するのは私だけですが]
《思考加速》のせいもあり、彼女の表情は全く変化しない。だが楽しそうにしている感情が伝わってくる。
よかった。
[まず私には名乗れる名前がありません。種族については何者であるかの知識を持ちません。ごめんなさい。出身地では機材の魔力リソースとして使われる意思なき人形でした]
覚悟はしていたけど過去が重い、重すぎるよ。ちょっと触れづらいかも。
[実はつい最近まで言葉というものを知らなかったんですよ。今こうしてまともに会話ができるのはかの方が私に与えてくださった知識のおかげです]
かの方というのは手紙の送り主達の誰かだろうか。与えてくれた知識というのは翻訳に関連したものだろう。しかしまあなんというか。
[出身地でのことについてお聞きしてもよろしいですか?]
[はい、かまいませんよ。でも多分ご心配なされるているようなトラウマとかは特に存在しないんです。声を出せないのは単純に今まで使う機会がなかったせいですね]
続けて今は練習中なんです、と明るい様子で伝えてくる。
心の強い人だ。いや彼女の感性が独特なのかもしれない。
[家族はどのような人でしたか?]
トラウマがないという思考を信じることにした。悪いが俺の好奇心を満たさせてくれ。
[うーんと、あんまり覚えていませんね。でも私を施設に提供した時には、お前のおかげで一生お金困らないってわざわざ伝えに来て喜んでいた様子でしたね]
まあ当たり前だが家族とはこういうものだ。特に生命の危機に瀕するなどのやむを得ない状態でもないのに、何らかの利得を得るために子供を利用する典型的なパターンだな。
故郷で得た知識のおかげでこの認識が一般的ではいことは理解している。だが俺の中での実感と認識は、やはり目の前の彼女が伝えたものの方が近い。
[ああ、思い出しました。そのまま目の前で殺されてましたね。その時は特に何も思わなかったのを覚えています]
よかった。彼女の家族はもう生きていないらしい。もうこれ以上彼女が家族に苦しめられる可能性はない。その点だけでも俺よりマシだ。
[そのあとはずっと意思なき人形として生きていましたね。そしたら......っとこれはあなたには話したくないです]
[話したくないことは話さなくても大丈夫ですよ]
[えと、うーんと、話したくないといえばちょっと違うけど......話せません!]
[はい、わかりました]
おそらく、異空間に来る前に手紙の送り主の誰かが接触したのだろう。その時のやり取りの内容や接触した事実は秘匿するようにと口止めされていると考えられる。
やり取りの内容は、ここから連れ出してやるからいくつかの依頼をこなせとかか?
手紙の送り主達は一体何が目的で異星の異世界召喚に干渉して、さらにこの異空間を用意したのだろうか。ちょっと考えるための材料が少なすぎるな。
[えっと、その代わりではありますが、ヒントです]
それは伝えても大丈夫なのだろうか、彼女の身が心配になる。ついでに知ってはいけないことを知ってしまう俺の身も。
[ヒントを渡したらいくつかお願いがあるのですが。叶えてくれますか?]
彼女はヒントとやらを何がなんでも伝えたいらしい。対価を求めているのは咄嗟に思いついた言い訳だ。
[まあ、あまり面倒なものでなければいいですよ]
[じゃあ後でお願いしますね]
彼女は俺に死を求めてくることはないだろうから、了承した。
ずっと謎ではあるが、彼女は俺に好意的なんだよな。
[はい、これがヒントです]
私の部屋の手紙ですと言って、渡されたのは開封されていない手紙だ。
そう、開封されていない手紙だ。
最初に複製した手紙の文言を思い出す。
『オリジナルの手紙を読まないとこの部屋からは出られない!』
そして、そのオリジナルの最後の文言はなんだったか。
『私だ、アホどもが好き放題したのでこの手紙は処分する必要がある。代わりのものはもう机の上にある。中身は本来のものだ。』
聞くべきことがある。いくつもある。
[オリジナルの手紙はどこにある]
[それは言えませ〜ん。一切の質問に答えられませ〜ん。でも代わりにその手紙、開けてもいいですよ]
慌てず丁寧に彼女から渡された手紙を開ける。ついでに《速読》を行使する。
『この手紙に記述されているのはわざわざ偽名を使用しているエリク君に渡した本来のものと同じ内容だ。確か今は羽織っているローブの内側に《接着》していたはずだ。』
ああ、予想通りだ。手紙の記述も、ずっと監視されていたことも。
[どうですかーって、私はお兄さんが読んでいる内容を見れないんでしたね]
『さて君にこれを渡したそこの小娘がヒントを与えたがっていたので、その願いを叶えてやろう。』
嘘つけ、お前達にとってその方が都合がいいだけだろうに。
『君が小娘と私との関係について考えたことはおおよそ正しい。これがヒントだ。』
なんのヒントだよ。それがわかったところでお前の目的は何一つわからねえよ。
『私達の目的についてはまだ君に教えることはできないな。』
そうですかそうですか。高みの見物ですか、とても素晴らしい趣味をお持ちですね。今度ぜひそれについてお話ししませんか?
[おー、すごく不機嫌そうですねー]
[ちょっと黙れ]
構ってもらって嬉しいのか、頭の中できゃーきゃーしている幼女がそこにいた。
ともかく続きだ。
『目的については開示できないが、君に伝えたいことがあったのを思い出した。』
なんだよ。こっちはお前達のせいですごく複雑ない気分なんだが。
[何が書いてあるんですかー、教えてくださいよー]
この幼女うざい。あ、おい俺の服を引っ張るな。あと俺とお前の仲はそこまで親しくねーよ。
『私達は君が《収納》した手紙を渡してくれる時を待ち遠しく思う。あの時の君の言葉は嬉しかったと素直に伝えよう。それと君がこの星に召喚された後に私達と出会うことを楽しみにしている。ああ、依頼もなるべく早く済ませるように』
なんだろう、お前を殺すために探しに行くよの暗喩だろうか。
もちろん素直に解釈すれば、今俺の服をいじくり回してローブの裏に《接着》させた手紙が取れないと文句を伝えてくる幼女にように、こちらに好意的な意思を伝えたいのだろう。
手紙の送り主達の目的が不明な以上、この情報を伝える意図も不明だ。どちらの可能性もあるとしておこう。
[読み終えましたかー?じゃあ私のお願いを叶えてくださいね]
だから服を引っ張るな、やめろ。このままでは執拗に引っ張られた生地が痛んでしまう
二人の椅子はガタガタと揺れていた。
次の投稿はしばらく間が開きます。今後はとにかく1章の最後まで書き切るつもりです。そのあとはいろいろ修正して2章に入るつもりです。
(設定した一部タグや注意書きが意味を成すのはいつになるのやら)
作者の初めての作品ですが、想定よりも多くの方々に読んでいただけているようで嬉しいです。第10話まで読んだ後にあとがきに目を通していただいている皆様も誠にありがとうございます。
ちなみに今話までの進捗をテンプレ展開に例えると、実は最初に出てくる盗賊(モブ暴漢など)とのチュートリアル戦闘すら終わっていません。早く戦え、と作者も思います。でもその前にいくつかやることがあるんです。
......この物語の結末で何が起こってどうなるかは大枠で定まっていますが、作品の完結はずいぶんと先になりそうです。その間に同じ世界観シリーズの短編に浮気するかもしれません。その際はそちらもお願いします。
最後まで読んでくれた方へ、嬉しいお知らせかは分かりませんが、第15話まで完成してます。8/9(日)より1日1話ずつ17:00に投稿します。
現在その続きを制作中です。