「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
本日から第15話まで投稿します。
[何が書いてたんですか。教えてくださいよー。]
[まあまあ嫌なことが書いてありました]
[具体的にはー?]
[言いたくありません]
最後の方に、依頼の件について念押しされてしまった。よほどトマトの息の根を止めたいのか、あるいは使う魔法の指定を受けていたな。
魔法の効果を確かめたいのか。だがなんのために?
[私がいるのに考えごとはやめてください]
[ああ、申し訳ありません]
いつのまにか彼女は俺の手紙を覗き込んでいたらしい。俺の手元の方から向けられた幼女の思念で、意識が引き戻される。
改めて互いに向かい合う。
[ではお願いを叶えてくださいね]
[あまり長い時間はかけないでくださいね]
[もちろんですよー。じゃあ一つ目、私とお兄さんは敵同士ではないですよね]
[はい]
俺と彼女は互いに初めて会ったはずだ。ならば俺にとって彼女は敵でも味方でもない、他人だ。
[この先、どうか私のことを敵視しないでください]
[善処はしますが、確約はできません]
お願いにしてもいきなりだな。もしかして俺の敵になる懸念があるのか。その時に有利を取るために?
[私は死にたくないのです。どうかお願いします]
それは懇願だった。椅子と床が擦れる音と共にその思念を伝えると、おもむろに彼女は床に伏せた。
[どうかお願いします。お兄さんの意に沿わないことは決して行いません]
彼女は姿勢を保ったまま微動だにせず、部屋にはわずかな息遣いだけが響く。
そうして重くなった空気に耐えられなくなったのは俺の方だった。
[わかりました、条件を出しましょう]
[はい、なんでもどうぞ]
[その前に、なぜこの願いを?]
顔を上げた彼女が伝えたのは、単純な理由だった。
[私がお兄さんの敵になって生き残れるとは思わないからです]
なるほど、なるほど。彼我の能力差をよく理解できているようで。俺は《高度な偽装》を使用していたはずだが、彼女はそれを無視できるのだろうか。
[なぜ、そう思うのですか?]
[それは......伝えられません]
彼女は目を逸らしながらそう伝えてきた。後ろめたい事情があるのかもしれない。
俺は右手を顎に持っていき、首を傾げる。さらに足を組み替えて思考を深める。
[伝えられない事情について質問しても?]
無言で頭を下げられる。どうしても答えられないそうだ。
今の態度で俺の機嫌を損ねて敵視される可能性を考えたとしても、伝えられない事情か。
そして俺はその事情に察しがついた。手紙の送り主達が何か教えたのかもしれない。
そうであれば俺が探れるものではないな。
[敵対しない条件をお伺いさせていただきます]
[ああ、基本的には自由です。しかし、私の許可なく行う精神干渉や魂への攻撃は許可しません。それと......それくらいですかね]
[了解しました]
あくまで唐突に変わった後の態度を見る限りではあるが、彼女が積極的に俺を害するとは思えない。ならば絶対に許せないのはこれくらいだろう。
この会話の秘匿については念押しするまでもないだろう。
[態度を戻していただいてもいいですよ]
このままでは少しやりにくさを感じる。しかし俺の一言は彼女をさらに緊張させてしまったらしい。
彼女は全身を床に伏せたまま、体を震えさせ始めた。そして先ほど以上に必死になって頭を擦りつけている。
[それは命令でしょうか]
[命令ではありません。というか私は意思の強制をあまりしたくないのですが。その、どうしてそこまでするのでしょうか]
[申し訳ありません]
伝えられたのは思念だが、声に出せばそれはか細いものになるだろう。伏したままの彼女からかすかな嗚咽が聞こえる。
泣いているのか......いきなりの卑屈な態度の理由は不明だが、この絵面が続くのは少し不味そうに感じる。
やむを得ない。
[命令、顔を上げて立ち上がって、そこの椅子に座るように]
[はい、わかりました]
目が死んでいる。さっきまでの楽しそうな雰囲気はどうした。このまま椅子に座ったとしても良くない絵面が続く。
どうしてこうなった。俺はその場で頭を抱えると共に、椅子と床が擦れる。
[ああもう頼むから普通にしてくれ、後お願いの続きを教えてくれ]
[殺さないでください]
彼女はこちらを見てすらいなかった。まるで遠くの何かに懇願しているようだった。
おいおいマジか、本当にどうしたんだ。これはもう一度、真面目に答えるしかないか。
手を伸ばして強引に彼女の目を見て伝える。
[俺は基本的に、必要になるか、敵対しなければあなたを殺しません。あなたは基本的に大丈夫だと思います。ついでに、必要になったとしても最大限に配慮しますし、敵になったとしても納得できる理由があれば見逃します]
[本当ですか]
やはり至近距離で顔が向かい合っていても、彼女は俺を見ていない。なんなんだ。
[わかりました。ご配慮をありがとうございます]
応答に際しても違和感がある。
ふと俺は思い当たる節があって、それを確かめようと魔力を動かした。
「お前まさか、ぐっ!」
前兆はない、魔力感知にも反応なし。しかし、目の前にいた小さな幼女がさらに小さくなったことはわかる。
強い風が中空にいる俺の肌を切り裂きつつ、飛ばされた椅子が天井近くまで舞い上がっている様が加速された思考の中でコマ送りになる。
「が、うっ」
もたらされた2度目、3度目の衝撃と痛みが、背を壁に叩き付けられた後、反作用でそのまま床に落ちたことを理解させる。
右頬が硬く冷たい床に触れている。しかし咄嗟に手のひらで触れた木の床は生温かく、そして何より赤黒かった。
[立てない]
原因はすぐにわかった。目線の先にちぎれた右足を発見したのだ。無くなった下半身の感覚からして左足も同様だろう。
すでに《基本的な治癒》が発動し、根本からもげていた両足は止血され、混入した不純物の除去が完了して血液を回収しながら再生し始めている。すぐに元通りになるだろう。
そして高く舞い上がった椅子が床を跳ねる音が何度か耳に届いた。
「ふう」
再生が完了次第、ちぎれた服と靴を回収して修復しないといけない。
現実改変でいいか、《2行程・記録された情報への回帰》を行使する。すぐに散らばった衣類は消失し、俺は下半身露出狂の変態ではなくなった。
「あとは」
残るは血抜きされて骨付き肉になった両足と漂う血の臭いだけか。《物質の還元》《消臭》、これで痕跡は消失した。
少しの間だけ《遮音》する。
なぜこうなったのかは考える必要はない。干渉されたのだ。誰に?決まっている。
「奴ら、その中のオレか」
やはりというか何というか、攻撃を察知することはできなかった。挙句の果てには、幾重にも施した魔法防御が一切機能しなかった。
最悪だ、覚悟はしていたがくるものはある。頬の筋肉も強張らざるを得ない。
これは秘密を探ろうとした俺への明確なメッセージだ。イタズラをしたらダメだぞ、という軽い感じの。もしくは、いつでもお前を始末できるぞ、かもしれないが。
[お兄さん、またお願いをしていいですか]
物理的な距離が遠く離れても問題なく届く思念に対して思わずため息がでる。
彼女は歴史から学んだ賢い幼女だな。触れるべきでない事象には言及していない。俺もせめて経験から学べる愚者にならなければ。
[なんでしょうか]
[一緒に私の名前を考えて欲しいんです]
[ぜひ喜んで]
彼女のお願いが今の干渉とは無関係だったとしても、この流れで断れるはずもない。
俺が歩きながら念の為に再生した両足の状態を確かめている間に、彼女は近くに転がった椅子を元の位置に戻していた。
[はい、どうぞ]
やはり彼女は何事もなかったように戻した椅子を勧めてくる。座る前に確かめたが、吹き飛んだことで脚が折れたりはしていないようだ。
元の位置に座った俺は、お願いの通り名前を考え始める。
エルエ、シマクル、ラミリーフと故郷でよくある名前が浮かんでくるが、そうではないだろうと頭を振る。これは彼女の名前付けだ、当然彼女の希望を汲むべきだろう。
[私は、あなたが新しく自らの意思で名前をつける時、その人の信念や目指すあり方を象徴するものにするべきだと思います。そこで質問です。あなたはどのような意味を持つ名前にしたいですか]
[特にありません、お兄さんのお好きにどうぞ]
これは彼女の誕生日プレゼントはなんでもいいという意味だろう。つまりなんでもいい筈はない。
そして、こいつ一緒に考えるようにお願いしたくせに俺に任せるつもりだな。まあいい、問いを投げかけて考えさせるか。
[では、あなたは今後どう過ごしていくつもりですか]
[えっと、このまま気配を消して、この異空間で誰にも認識されずに召喚されたら一人で逃げる。そのあとは——]
聞き出したいのは彼女の人生の指針だ、人生哲学と言い換えてもいい。しかし、返ってきた答えは単なる今後の行動予定だ。
この問いかけではダメだな。返答の途中だが、その場を制するために掌を出す。
彼女の思考伝達が止まったのを見計らい、別の問いを投げかける。
[あなたが憧れる人や親しみを持つ人は誰ですか。その人はどのような人物ですか]
[えーと、誰もいません]
彼女は考えるために頭を下げて、《思考加速》のおかげで、すぐに上げると無感情に返答した。彼女にとってこれは単なる事実らしい。
彼女の自己紹介の内容を鑑みれば家族はともかくそれ以外の保護者もろくでなしだったことは容易に想像できた。そもそも彼女の人生においてはこうして意識が明瞭な時間のほうが短いのだろう。
これは俺がした問いかけが悪いな。
[あなたが楽しく感じたことはありますか]
[こうしてお兄さんとお話しするのはとても楽しいですよ?]
その発言と共に、彼女は軽く握った拳を顎に当て、瞳を潤ませながら上目遣いを作り、身長差を活かして下から覗き込んできた。
これは基礎教育課程での必須講義、ファッション史(エルガルド共同体)で習ったあれだ。ロリっ子のあざといポーズパターンその1だ。
故郷では240年ほど前に確立し10年ほど一世を風靡したスタイルだが、現在では廃れてたファッションだ。まさか今ここで実物を観れるとは。
なので俺がそのポーズを見て抱いた感覚は、歴史的価値が高い骨董品を眺めたときのものに近かった。
そして俺は目の前の彼女を無視して故郷の歴史に思いを馳せていることに気がついた。
[申し訳ありません]
[あ、はい]
そのまま何事もなかったかのように彼女は元の椅子に座った。彼女の頬はほんのり赤くなっている。
俺はそれを触れるべきでないと判断して、何事もなかったかのように問いかけを続ける。
[あなたの生の終わりはどのようになりたいですか]
[難しい質問ですね、考えます]
彼女は胸に手を当ててしばらく考え込む。便利な《思考加速》があるので返答はすぐに伝えられた。
[ちょっとよく分かりません、この感覚をうまく伝えられませんが......なんというか、もう十分に生きたと言い切れるまでは死にたくありません]
[そうですか]
死ぬのなら全てをやり切ってから死にたい。俺には彼女の言葉がそう聞こえた。彼女がこれから具体的に何をしたいかはわからない。だが十分な指針だ。
俺はこの情報を元に彼女の名前を考えることにした。
贅沢なものだ。システムが提供する基礎教育課程を経ることで、希望すれば永遠の寿命を得られるエルガルド共同体ならともかく、そうでないなら土台無理な指針だ。
しかし、俺はそんな贅沢を実践した人物を思い出した。
[今から私の故郷で有名なお話をします。太古から近代まで生きた不老不死の魔法使い、賢者ノイエガの話をしましょう]
[ノイエガが私の名前ですか?]
幼女よ、話が早すぎる。生き急ぎすぎだ。
永遠の時間を過ごせた賢者ノイエガならこう嗜めるだろう。だが俺は言わない。なぜなら彼女に残された時間は有限だからだ。
俺は故郷のお話を墓へと埋めて、先ほどの反省を生かして彼女の質問に答える。
[違います。そのままではなくノイエガを女性的な響きにした形がいいと思います]
[じゃあそれでお願いします]
俺は片手の指で数を示しながら候補を伝える。
[ノイエル、ノイエナ、ノイエミ。すぐに思いつくのはこの三つですね]
[ノイエル......ノイエナ......ノイエミ]
彼女は呟きながら俺が立てた三本の指先へと目線を順に動かす。三つの候補からどれにするかを悩んでいるようだ。
彼女の中で何か引っ掛かるものがあったのか、上唇を真っ直ぐにして顔を上げた。そして今度は俺の顔をじっと観察し始めた。
[ノイエル、ノイエナ、ノイエル、ノイエミ]
ノイエルが一つ多い。
仕切りに頷く彼女は何かを納得したらしい。
[お兄さんはなんでノイエルの時に嫌そうな顔をするんですか]
[俺の本名と似た響きがあるからな]
[じゃあそれにします。私の名前はノイエルです]
......図星を突かれて動揺して、考えたことをそのまま伝えてしまった。
しかし解せないのは彼女の好意的な態度だ。なぜここまでニコニコしているのか。
明日も17:00に投稿します
作中備考
・両足もげたのに平然としすぎでは?
彼的は最後に五体満足で再生できるなら何も問題はない。彼にとってはちょっとデコピンされて頭がイテっとなるのも、イタズラで下半身が消し飛ぶのも、爆発で全身が蒸発してしまうのも大した差はない。
問題は攻撃を感知できなかったことと、魔法防御が一切機能しなかったこと。つまり、相手が主人公を殺す手段をもっている場合、主人公は容易に殺されることを意味する。彼はこのことを恐れている。
・古代の魔法使いノイエガの話
ルガルの歴史上始めて不老魔法を行使した人物。有名な物語となっている。本人と当時の人たちは不老不死の魔法だと思ってた。仕事人間だったが、死にたくないと願い不老魔法を発現した。その後1000年ほど生きていたが、愛する妻を見つけて、妻が亡くなると一緒に寝ることにした。故人。