「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
天才が天災たる所以。
ニコニコとしている彼女は、名前が決まったことを噛み締めている様子だった。
[私はノイエルです。種族は分かりません]
[一つ決まったじゃないか、よかったな]
[はい]
これで彼女のお願いは完了だ。両手を胸の前で握り締め、顔の目を開いて口角を上げてながら仕切りにノイエルと呟いている。
喜んでいるようだしもう大丈夫だろう。また対処できない干渉をされる前にとっとと依頼に取り組むか。
椅子から立ち上がり、そのままエイサンドさんとヴィーシェルさんが開けたドアへと歩き始める。
[お兄さん、お兄さん。まだ私のお願いは終わってませんよ]
俺は無言かつ無心で踵を返し、元の椅子に座って彼女と向かい合う。
彼女は表情を真面目なものに変えて、次のお願いとやらを伝える。
[新しい服が欲しんです]
彼女には何も伝えず、俺はただ天井を見た。
やりたくない、面倒くさい。
今から外装デザインと使用する素材を決めて、新しい服を試作する。彼女が試作品に着替えるのを待ち、着心地に違和感がないかを確認する。
そうして服の基本設計を決めたあとは、彼女が使用する環境を想定して魔法付与しなければならない。場合によっては追加で要求された機能も盛り込まなければならない。
それが単純な魔法付与で済めばいいが、編み込む繊維糸の配列構造を最適化することを考慮すれば......ああもう嫌だ。素材の組み合わせを計算させられるのは、もう二度とやりたくない。
申し訳ないが、俺は彼女にそこまで手間暇を費やす気はない。このお願いは断ろう。
[今着ている服があるだろう]
[お兄さんはこの服をどう思いますか]
一応真面目に考えるか。俺は彼女の服を《解析》する。
まず指摘するべきは戦闘には耐えられないことだ。この服にはあらゆる種類の攻撃が有効だ。魔法付与を考慮しないと仮定しても、素材の耐久性そのものが劣悪を極める。
さらに一度汚れたり破けたりすれば都度補修する必要があるため、整備性に大きな難がある。既存魔法との互換性を持たせていないため、応急的な《修復》の行使には慎重な運用が求められる。
では、今着ている服には彼女の魅力を引き出す芸術性はあるのだろうか。
これも微妙なところだ。単色で体のラインを曖昧にするゆとりのある構造設計は評価が分かれるだろう。
それにそもそも俺は素人評論家だ。美しさや可愛らしさを引き出す芸術的なデザインを定義することなど烏滸がましいにも程がある。
芸術の評価で俺にできるのは主観に満ちる無責任な意見を述べることだけだ。
長々と考えたが、これを正直に伝える必要はない。当たり障りのない意見を伝えよう。
[......]
[お兄さん?]
当たり障りのない意見とはなんだろうか。俺はその定義を明確にするために哲学を学ばないといけないのだろう。
[何も思い浮かばない]
それを伝えられて、彼女は顔を逸らしてわざとらしくため息を吐いた。そして人差し指を立てて、俺に何かを教えるように振る舞う。
[お兄さんは難しく考えすぎだと思います。なのでもっと簡単なお願いにします]
よかった、期せずして地獄のような製作作業から解放されそうだ。もう二度と魔法での服作りはやりたくない。
[お兄さんの持っている服の中から何かください]
[ノイエルさんは変態ですか]
[違いますー!]
いきなりどうした。なぜ立ち上がって怒る。勢いで椅子が倒れてしまうだろう。《物体の運動制御》を行使して元の位置に戻したが。
俺の返答はなにかおかしいだろうか。気安い友人でもないのに他者の衣類をねだるのは変態以外の何者でもないだろうに。
[話は変わりますが、私は召喚された後もすぐに死にたくありません。なので生存できる魔法とかを教えろください。特に防御の魔法が欲しいです。これも私からのお願いです。お兄さんが荷物を漁っている間に練習します]
怒りのままに背伸びをして体を大きく見せながら捲し立てた幼女は、魔法を教えろ、魔法を教えろと繰り返し伝えてくる。ついには俺の手を握ってさっさと魔力を流せときた。
確かに魔法を教える方法の一つに、外部から体内の魔力の動きを制御してもらうものがある。それを踏まえると俺の手を握るのは手間を省いたともいえる。しかし、彼女の自己紹介の経歴を踏まえるとそれを知っていることに大きな違和感がある。
これも手紙の送り主達の差金だろうか、であれば俺にできることはない。
俺が疑いを持ったのを察したのだろう。彼女は俺の目を見てあることを伝えてきた。
[お願いの内容について、私からは答えられません]
彼女にそう言われてはしょうがない。そういうことなのだろう。経験から学んだ俺は観念するしかない。
[ノイエルに防御魔法を教えて、何か服を贈ればいいんだな]
[そうです、お願いします]
防御魔法か、何にするか悩ましい。
パッと見た彼女の能力では、理想的な多層防御を組むことは負担が大きいだろう。なにより生き残るための強力な防御魔法を行使した結果、敵の排除や転移による逃亡などの選択肢が失われるのは本末転倒だ。
したがって防御以外に割くリソースとのバランスも考慮する必要がある。
より適切な魔法を教えるためには正確に彼女の能力を測る必要がある。そのためには魂を見る必要がある。
当然ながら故郷でこのような提案をすれば嫌悪され、最悪の場合システムから粛正されるかもしれない。
しかしそのことを問われた彼女はあっさりと了承した。俺は目の前で彼女がみせた異常な判断には驚愕せざるを得ない。
ともかく許可をくれた彼女に対して《解析》と《詳細な分析》を行使すると、現時点で位階8の半ばくらいのポテンシャルを持つことが分かる。
なんの鍛練も強化も無しにこれか。生来のスペックが世界全体で下の中とされるルガルとは大違いだな。
彼女が故郷で魔力リソース人形となったのも少しだけ納得できる。
[これはすごいな、今まで見てきた異空間の住人の中で一番の高い能力だろう]
[ありがとうございます]
能力の単純比較だけで考えれば、白魔女を鎧袖一触できる。もちろん、これはあくまでもポテンシャルであって、実戦でそれを活かせるかは別の話だ。
[この分であれば、隠密、索敵、攻撃、防御をある程度は同時にこなせるな。移動については少し制限がかかるが——]
[生き残り方までは教えてもらわなくていいです。防御魔法だけで十分です]
[ノイエルさんがそれでいいなら]
どの程度の防御魔法を教えるべきか。こういうのは本人の希望次第だ。
[ノイエルさんは防御魔法にはどの程度の性能を求めますか]
[お兄さんに教えてもらいたいのは、最後の手段としての強力な防御魔法です]
多少負担が大きくてもいざというときに身を守れるものなら問題ありません、とのことだ。
彼女の能力を考慮してその要望を満たせる魔法は何かを考える。どこかそわそわしながら待つ彼女を見てちょうど良さそうな魔法を思いついた。過去に俺が試作したあれがいいだろう。
[今から教えますが、準備はいいですか]
[はい、いつでもどうぞ]
彼女に魔力を流す合図として握った腕の力を多少強くする。そして俺は彼女を通して魔法を行使した。
【試作魔法-用途: 一般防御-17工程-エスヒルデ】
これは星を破壊するスマート爆弾を投げられた時に、友人2人組の片割れが行使した《シールド》を参考にした魔法だ。
彼女の行使したそれは非常に美しく、高性能すぎた。当時の俺にはとても行使できる代物ではなかったので、必死に廉価かつ低スペの魔法を開発したのはいい思い出だ。
開発の途中でふと思い至り、《シールド》を行使できる最低限必要なスペックを理論的に計算したことがある。
結果わかったのは行使には最低限の能力として位階12ほどが必要だった。なんだよ必要工程数74って、今考えるとあの二人組ちょっとおかしいよ。
余計な思考を巡らせている間に魔法は発動した。あとは彼女次第だ。
[はい、ありがとうございます。じゃあお兄さんがプレゼントを選んでくれている間に練習してますね]
そのまま立ち上がって、俺に背を向けて魔法の練習を始めた。
こいつ、自分から服を強請ったくせにプレゼントだと言い換えて変態の汚名を免れようとしている。少し気にくわないな。
まあ、彼女が変態だろうがそうでなかろうが俺には関係ないか。
そのまま切り替えた俺は《収納》から工作したカバンを取り出す。
この机よりあっちのテーブルの方がいいか。テーブルがある方へ移動すると、それを見た彼女は律儀に体の向きを変えた。
テーブルにカバンを置いて中身を漁る......前に持っていたヘルメットを仕舞う。それから女性用の服を探し始めたのだが、俺が用意しているはずもない。
両手でカバンを漁ると、俺が用意していないはずの収納箱が3つも見つかった。全てをカバンから取り出して中を確認してみる。
「なんであるんだよ......」
一つ目の箱には女性用の全身コーディネートが4セット入っていた。おかしい、絶対に何かがおかしい。一緒に入っていたメッセージカードは後で読む。
もう一つの箱の中身は何かといえば、芸術用の工具箱とパステルカラーの小物入れだ。それを見て俺はため息を吐き、げんなりした。
工具箱が誰がのものかはすぐに察した。芸術家の友人だろう。実際に痒いところに手が届く有用な道具ばかりだ。
気分よく俺の頭が上下に動く。とてもありがたい。俺の内心はニコニコだ。
問題はメルヘンの方だ。誰がなんと主張しようとこれは弾薬袋ではなく小物入れのはずだ。決して中身は天才にして天災なる友人のスマートな作品ではないはずだ。
手に持ってみる、じゃらじゃらと音がする。覚悟して右手を突っ込む。グリップの効いた感触で卵のような形ではありませんように。
「明らかにグリップが効いた卵型の何かだ」
見たくない。確かめたくない。このままルトラスの猫にして歴史の闇に葬りたい。
しかし理性の権化と化した俺の右手は、俺の繊細な情緒を蔑ろにして、恐ろしい物を異空間に表出させた。そして恐怖する本能に反応した眼球が動いたため右手にあるものを視界に捉えざるを得ない。
さてそこにあったのはなんでしょうか?
手榴弾として使えるように大型化された星を破壊するスマートな爆弾だ。ワオ、サプライズ。
「なんであるんだよ!」
[びっくりしました。いきなり大声を出さないでください。それでどうかしましたか]
[問題はあるが問題はない]
[はい?]
矛盾した表現だがふざけたつもりはない。......悪かったな、ノイエル。
明日も17:00に投稿します。
備考
・【試作魔法-用途: 一般防御-17工程-エスヒルデ】
シールドより、shield-エスヒアイエエルデ-エスヒルデとする。
・ルトラスの猫
シュレティンガーの猫のこと。例によって名前は適当。