「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
「理解できた?いろいろと」
間を置いて、私はなにを問いたいのかを考えた。
私が見た魂のことだろうか。
ヨラメと事前に話をつけていたことだろうか。
化け物の目的についてだろうか。
私と化け物の絶対的な能力差についてだろうか。
そうして考えた末に答える。
「少しだけ」
それで十分さ。いつのまにか窓際に立つ化け物は言う。
窓の縁には、目覚めた時と変わらない花が咲き、この部屋を彩る。
「じゃあ、説明を始めてもいいかい」
化け物は私達を同時に見て、反応を確認した。しきりに頷いて何かを納得したような様子をわからせてきた。
「その前に、ヒマイにはボクが変なふうに見えるみたいだね」
お前は化け物だ。それが変わるわけもない。
「だからちょっと調整するね」
目を瞑った方がいいよ。そう宣う化け物と私の間には、素直に言葉を聞ける関係性はない。しかし私はすぐに後悔した。
肉が溢れる。すぐに元に戻る。ブレる、またブレる。化け物が手で顔を揉んでいるらしき中で、それが私に視えた悍ましいものだ。
「さっき理解したヒマイの眼に合わせて......できた!」
うねうねする気持ちの悪い化け物が、次の瞬間には人の女性になった。
私の耳と尾がピンと立つ。驚愕した。
その顔立ちは華があり、見るものを惹きつける。向けられた無邪気に遊ぶ子供のような微笑みによって、私の中の印象は急激に変わっていく。
人とは不思議なものだ。あれだけ抱いていた異物に対する恐怖はもうなく、むしろ親しみさえ感じ始める。
ヨラメを助けてもらった恩義もあるし、当然か。
なぜか私は自然と目の前の女性が、ヨラメを助けてくれた人物と同じであると確信していた。
「うんうん、よかったよかった。こっちも参考になったし」
お互い様だよね。目の前の女性はそう続けた。
無意識の癖でヨラメと私は少し離れて横に並んだ。これは、上位の立場にいる相手の話を聞く時の姿勢と並びだ。
一連の出来事で、いや最初からだが、この部屋での主導権は目の前の彼女が持っている。
ヨラメと私は少し見つめ合って心をかわす。ヨラメも同じ思いのようだ。
そして私達は彼女の一挙一動に従うことを心の底から受け入れた。完全な服従と言い換えてもいい。
彼我の間に存在する生命としての絶対的な格差を考慮すればごく自然で当たり前の態度といえる。
両足を肩幅に開いて背筋を真っ直ぐにした姿勢で手を前に組んで床の上に立つ。当然、耳はピンと立て、尾の力は抜いて異空間の重力に従わせる。
これでヨラメと私は正面の椅子に腰掛けて、背もたれに両手と顎を預けている彼女の話を聞く用意ができた。
いつからその椅子があったのかは不明だ。少なくとも目覚めた時にはなかった。
「結果として服従を選ぶか......本当に残念」
なぜか、その発言は彼女の本音だと思えた。何か間違えたのだろうか。
気にすることはない、ちゃんと受け入れるよ。そのままリラックスした様子の彼女がそう発言した。
ならば先の発言は忘れることにする。
それから彼女はどこか気乗りしない様子で名乗った。正確には呼び名を伝えてきた。
「ボクはボクだよ、よろしくね。ボクって呼んでね」
私はありのままを受け入れるしかない。受け入れるしかないのだが、ボクとは名前ではない気がする。それと単純にボク様は呼びにくい。
「あー呼びにくいならそうだなー。ざっくりとした正式名称はカラリルシェイ・ミアサトムの中のボクだね」
「私もいる」
「妾も」
「他にも沢山いるよ。みんなのこともよろしくね」
彼女の存在が切り替わり、一瞬だけ別人が出てきたように視えた。しかしすぐさまそれは間違いだと指摘された。
「ボクは同時に他の私でもあり、全員が全くの同一人物だよ。簡単に説明するとね、君たちは一つの魂に一つの人格、一つの体だろう?」
そうです。ヨラメと私は肯定する。事実などどうでもいい。ボク様の発言が全てだ。
「そこら辺は盲目的な服従ではなくて、目標の達成に必要なことは自分で考えて行動してね。もし失敗てもボク達がフォローするし、そもそもできないことは任せないから。あとは面倒だからその態度はやめてほしいな」
もし信仰や崇拝をするなら殺すよ。覚悟しておいてね。
そう教えた後のボク様は私達に禁止行為を教えてくれた。これからは教えに従って、自分で考えて行動できるようになろう。
なぜか、目の前のボク様は両手で頭を激しく引っ掻いていた。
「やりにくいー!普通に同格の知人に対する態度でいいのにさ」
かしこまりました。そうします。
そしてボク様は勘弁してよと言いながら大きくため息を吐く。
ご不便をおかけして申し訳ありません。今後少しずつ改善していきます。
「ともかく説明を続けるとね、便宜上のボク達は一つの魂に複数の体と複数の人格を持つ存在なんだ」
もちろん同胞には全てを一つだけにしている変わり者もいるけど。とはボクの発言だ。
私はボク様の種族への理解を深めた。きっと、目の前にいるボクも私が視た巨大な魂も全てを合わせて一つの本体なのだろう。
「わかりやすく例えると、統一された意思を持つ一つの群れのようなものだよ。個々の人格は結構好き放題するしね」
するの後に続く二文字に独特なアクセントがあったが、特に触れないでおく。
「ボクについて理解してくれてありがとうね。さて、ようやく本題です。君達にはこの異空間でボク達からの依頼をこなしてもらいます」
「わかりました」
「はいです」
ボク様と向かい合いながら、私は強い胸の苦しみを覚えている。それは横にいるヨラメが心配だから。
少し様子を見て気付いた。ヨラメの全身が細かく震えていて、呼吸も浅い。顔全体にはびっしょりと汗が滲み出ている。
ボク様に対する強い恐怖心の表れね。
そのせいだろう、ヨラメの言葉遣いがおかしくなっている。あとで矯正しなければ。
「二人してそんなに硬くならなくても......あと、その後も何度か依頼を頼むと思うけど、その時は他のことを優先したいとかあれば断ってもいいからね」
私達に仕事を与えてくれるらしい。つまり、殺される懸念は少なくなった。
当たり前だが、仕事の報酬はもう支払われている。それは今の私達が生きていること。
ボク様からの命を助けた恩返しの要求を受け、私の内心は少し落ち着いた。
「いやいやいや。二人を手駒として便利に使って、その報酬に君達が慎ましく生きる許可を与えるだけとかあり得ないよ!ボク達はそんなに鬼畜じゃないよ!依頼の報酬は生存許可とは全くの別もので、二人にきちんとした恩恵があるよ!しかも先払いでも可!」
もう既にこれ以上ないものが与えられている気がする。その素直な困惑と疑問が声に出る。
「え?」
「え?」
すぐに右を向いて顔を見合わせることになったヨラメもやはり同じ考えよね。
「二人して、え?じゃないよ!えじゃ!ヨラメとヒマイを助けたのはちゃんと別の案件になるから!今回の依頼とは別件だから!」
なぜかボク様は体を動かしてわたわたとしていた。
さらなる報酬が与えられることに私は納得できない。その理由を顎に手を当て考える。
ヨラメを死の淵から助けてもらった恩に報いるのは当たり前で、これは私の一生を費やすべきことだ。いやそれでも足りない。捧げられるものは全て捧げてもいい。例えばこの眼はどうだろうか。自分で言うのもあれだがこの眼は特別なものだと思う。
まとまった考えを出すためにボク様を真っ直ぐに見る。
視界の中央にいるボク様はさらに両手を激しく動かしてわたわた、頭を横に振ってわたわた、立ち上がって歩き回りながらわたわたしている。
私はすごく焦っているボク様を見て不敬にも可愛らしいと思えてしまった。やはり容姿は印象を変える重要なファクターね。
やがてボク様はわたわたしなくなる。そして真面目な表情を作り、私達と真っ直ぐに向き合う。
これは謝るべきことだけど。そうボク様は前置きをした。
「あのね、ヨラメとヒマイを助けたのはボク達の利益追求の結果。他にいた四人も助けられたけど、実際はこっちの都合で見捨てちゃったし」
「当然のことです」
「お姉様に同意します」
第一声は当然肯定の意を返す。否定して機嫌を損ねれば次の瞬間には死ぬかもしれないから。
助けられるのに助けなかった、この言い方だと四人をわざわざ見殺しにしたのね。なんのために?ボク様の利益のために。
思うところは......大いにある。逃亡の際に亡くなった四人のことのついてはまだ割り切れていない。
「その理由について聞きたいならせつ——」
「それ以上は聞きたくありません......聞きたくありませんが、誠意ある心からの謝罪を求めます」
「わかったよ」
そしてボク様は、ゆっくりと立ち上がり、膝を曲げて床に座り、上半身を傾けて両手と頭を床につけた。由緒正しき謝罪の姿勢、すなわち土下座である。
「此度の件について、エフリー、キスト、トレイ、マコムの四人を自己の利益追求のために見殺しにしたことを謝罪いたします。誠に申し訳ありませんでした」
それは上位者が下位者に行うには過ぎたる行為で、その意味では真摯な謝罪であると感じれた。
しかし思いは晴れない。
だがそもそも四人が犠牲になったのではなく、二人も助かったのだ。いずれそう考えて割り切るようにしよう。
事実として、ボク様の介入がなければあの後すぐ二人とも死んでいただろうし。
ああ、私は私が嫌いだ。このように淡々と冷たく自己保身の言い訳をすぐに思いついてしまう。
ヨラメには知られてたくない醜い側面ね。だがたまには役に立つ。
しかし私は大丈夫でもヨラメは別だ。
「ヨラメ」
「お姉様、みんなは私が戦えないせいで亡くなりました。私はその罪を他人に被せたりはしません」
それは美しくもあるけど非常に危うい考えね。他責思考をせず自己責任で済ませることは、自ら心を傷つけている。
ヨラメ、あなたはもっと我儘になるべきよ。無責任にそういえれば苦労はしない。
でも、もしそれを伝えたことでヨラメの心がさらに苦しんでしまったらと思えば、自然と口を閉じる選択しかできない。
「うーん、部外者のボクが指摘するのもあれだけどさ、一度お互いの考えていることを全部伝えてみたらどうかな。もちろん今すぐにとは言わなよ」
きっといい方向に進むはずさ。ボク様はそういう。
しかしこれは複雑なものだ。分かっていても上手くできるわけではない。ものすごく繊細な問題なの。
内心でうじうじしている私を見かねてくれたのか、ヨラメの方から声がかかった。
「お姉様、いずれお願いします」
「......いずれ、そういずれきちんとお話しましょう」
それからしばらく黙って見つめ合う。
私達が落ち着いた頃合いを見てか、いつのまにか部屋に置かれている椅子に座り直したボク様から声がかかる。
「よし、湿っぽい雰囲気は終わりにしよう。これもこの空気を作ったボクが言い出すことじゃないけど」
「わかりました」
「はい」
「じゃあ、今からは未来の話をしよう」