「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
「未来の話をしよう。質問は随時受け付けております。まずはこの異空間について、ボク達が作りました。ここで君達にはいくつかの依頼をこなしてもらいます」
「はい」
依頼については既に聞いた話だ。異空間についても予想通り。これほどの精度のものを作り出せる存在を、私は目の前のボク様以外に知らない。
「依頼をこなした後は自由に過ごしていいけど、いずれ異星で行われる、というか現在進行形で行われている異世界召喚の儀式で呼び出されてもらいます」
「あの、現在進行形で行われている異世界召喚とはなんですか」
ヨラメはいいことを聞いてくれた。異世界召喚という聞き馴染みのない単語の意味もそうだが、それが今この瞬間に進行しているとは?
「えーと、はいはい。まず現在進行形について。この異空間の設定速度と、世界起源仮説にもとづくエルガルド標準設定速度と、異星の存在する次元標準速度と異星の設定速度はそれぞれ異なります、というのが前提ね」
唐突に私の頭に速度とは観測因果の連続変遷速度という定義が理解できた。おそらく、ボク様が念話か何かで伝えてくれたのだろう。
でも観測因果の連続変遷速度なんて言葉、私の人生で一度も聞いたことないです。どういう意味ですか。
混乱している私とは異なり、ヨラメはどうにか咀嚼した説明を自分なりの言葉で表現していた。
「時間の進む速度が違うということですか?」
私のヨラメは天才だと思う。先の説明に時間という言葉は存在しなかった。なんでその言葉を思いついたのか私にはさっぱりわからない。
「そうだね、まず絶対時間を基準に一単位を定めるよね。そして定めた一単位に対応する各々の観測因果の連続変遷速度の値は異なる値になるよね。この値は相対的な速度差を示すもので、それが時間の進む速度が違うという概念を肯定するのさ」
「?」
「?」
よく理解できない。きっと今の私達の頭からはぷすぷすとした煙が上がっているはずだ。ついでに目もぐるぐるしていると思う。でもボク様は容赦なく説明を続ける。
「そもそもの前提として、この世界の絶対時間は絶対法の不完全観測結果の速度を基準にした便宜上の単位のことだけど。あ、絶対法っていうのはね、この世界の根底にある我々でもそうであるという事後情報しか観測できない法もしくはルールともいえるものだね。ちなみに、この世界の絶対時間に一番近い速度はさっき述べたエルガルド標準設定速度になるね。両者の誤差はものすごく極小なんだよ。すごいでしょ。でももし世界の根底にある法が観測できなくても、何らかの事象における観測因果の変遷速度を絶対時間であると定義して......」
「??、!、???」
「??、???、????」
「......たとえばそれは星系における居住星と光源星との周回周期を元にしても成り立つね。これは多くの知的種族が通る初期から生まれる時間の定義だ。あとは珍しい例だと......」
私達二人はその場で立ち尽くしたまま、共通の言語で伝えられているはずの謎の言語についての理解を放棄した。
その後も水の沸騰を観測するのが異空間内と異空間外での観測結果が違うやら異空間での速度設定の方法やらと次々と意味の分からない説明を続けていた。
もうなにも考えたくない。ほらヨラメなんて頭の糖分を使い果たしたのか立ったまま気絶してるし。
「......もう説明についてきてなさそうだね。お菓子たべる?」
やっとボク様が状況を理解してくれた。ついでに今目の前で無から生成されたとしか思えない、とてもいい匂いのする甘いお菓子を与えてくれた。
もきゅもきゅ。あー、疲れた脳に糖分が染み渡る〜。
普段の状態でこれを食べると甘すぎる気もするが今は違う。あれだけ頭から煙を出したのだから、甘味の補給は必須よね。
「お茶飲む?」
「ぜひ」
「いただきます」
また無から生成したとしか思えない陶器で作られた、クリーム色のコップがそれぞれ渡された。そしてコップの中から湧き出たお茶はいい香りで、そに味はほろ苦いものだった。
「美味しい」
「お姉様、これとても美味しいです」
いつのまにか意識が戻ったらしいヨラメが、私の横でお菓子を食べている。
あ、こら、そんなにぱくぱくお菓子を食べたら虫歯になりますよ。それくらいにしなさい。
「はい、お姉様」
「うぅ」
胸が苦しくて苦しくて仕方ない。ヨラメ、耳を垂れさせてまでしょんぼりしないで。それは私に効果覿面よ。
お茶は大丈夫ですよね、とばかりにお菓子の代わりにお茶を味わうヨラメがすごく可愛い。とても癒される。
あ、耳が元に戻った。よかったぁ。
「それじゃあ休憩も済んだし、説明の続きをいいかな」
「ダメです、無理です、理解できません」
とは間髪入れないヨラメの言だ。私も全く同じ思いだ。激しく頭を縦に振ってヨラメと連携する。
今こそ姉妹の絆が試されるとき。
「いや、それは違う気がするけど......まあ、簡潔かつ簡単な結論をいうね」
最初から小難しいことを抜きにしてそれでお願いします。
「これは手厳しい。結論としては、異星......とある次元のとある星ではとある人達が異世界召喚の魔法を行使している最中で、その完了までは彼らにとって数分の出来事だ」
そうなんだ。知らなかったねヨラメ。
そうですね。
無言で交差する私達の視線で行われたやり取りだ。
「しかし、彼らの数分はこの異空間内では1日でも1ヶ月でも、それこそ100年にでも変換できる。その方法はそれぞれの速度に差をつけることで生まれるものなんだ。というわけだね。本当はこれをゼロから体系的に理解して欲しかったんだけど......」
絶対に無理です、お姉様。
本当にそうね。
同じく私達の交差した視線が訴えるものだ。
「まあ、それもそうだね。はあ」
しばらくヨラメが与えられたお茶をするる音が響いた。こら、行儀が悪いのでやめなさい。
「......ズズッ」
「......はあ」
「依頼の一つ目、この部屋から出て階段を降りる途中の踊り場には視界を誤魔化す魔法がかけられています。ヒマイの眼はそれを簡単に見破るだろうけど、それに対して二人は干渉してはいけません」
踊り場にある違和感を無視しろと。随分と簡単なことだ。
しかしこの依頼の後半部分は異なるものだった。
「ついでに異空間で生存した人物全員がその部屋に招かれた後、とある魔女が簡単な講義をします。別に形式的な理論とかはどうでもいいけど、そこで説明される世界観について最低限の理解をしなさい」
ヨラメと顔を見合わせる。
これ以上のお勉強を?簡単らしいですから頑張りましょうお姉様。
よし、この件はやる気があるヨラメに任せましょう。
「この件は、心の底からやる気のないヒマイにも必ず取り組んでもらいます。こら、耳を垂れてそんなに嫌そうな顔をしないで。頑張れば理解できるから」
「お姉様、一緒に頑張りましょう」
これはお勉強ではなくヨラメとの共同作業であるとして、自身を無理やり納得させる。
なんだか急にできそうに思えてくる。やる気も湧いてきた。
美味しいお菓子を口に運びながらそう考える。
気づけばいつのまにか、私達三人の中央にテーブルが置かれ、貴金属で落ち着いた装飾の施された木の椅子が五人分用意されていた。
「なぜ椅子が五つなのですか。誰か後でこの部屋に来るのですか?」
ヨラメ、それは鋭い質問ね。さあ答えはいかに。
「おふざけしているヒマイはさておき、この部屋にこれ以上の人は来ないよ。五つ用意したのは後で使うからだよ。その時はこのお菓子とお茶を振る舞ってあげてね」
「それも依頼ね」
「そうそう、この椅子とテーブルはこの話が終わったあと、屋敷の外に出るドアの近くに置いておくからいい感じによろしくね」
お茶会のようなものを開催すればいいのね。あまり自信はないけれど、頑張りましょう。
「そのついでに、多少強引にでも椅子に座った五人を誘導して、張った結界を解除して状況を見せてあげてね」
ん?少し話が飛んだ気がする。張った結界とは?それを解除する状況とは?
「ああ、話が飛ぶのはボクの悪い癖かな。ごめんね。後でまた話すよ」
「わかりました」
ボク様に対して二人で頷きを返す。
「はい次、ヨラメの質問の後半部分、異世界召喚について.......の前にせっかく椅子を用意したし二人とも座ったら?」
何も言わずに頭を伏せて黙する。この場合は上位者の明確な命令が出るまでは座ることはできないのが常識だ。
「はい座らないと......じゃあ二人ともこの椅子に座りなさい。ヨラメはボクの左に、ヒマイは同じく右にね」
命令が出たのでそろそろと歩いて、指し示された椅子へと座る。これで私の右に可愛いヨラメが、左に畏れ多くも可愛いらしいボク様が位置する。
そしてヨラメの顔がクイっと跳ねた。さっきの謎速度に関するお話について何かを掴んだらしい。
「先ほどの速度?のお話の結論。つまりそれぞれが体感する時間に大きな差があるということですか?」
「うーん、ボク的には時間って概念を用いるのは好きじゃないんだけどさ」
「ご不快な思いをさせてしま——」
「わー!謝らないでよ悪かったからさ。それで、うん、ヨラメの理解でいいと思うよ」
ヨラメはすごいわね。その思いを伝えるためにえらいえらいと頭を優しく撫で撫でする。
ちなみに私は少しも理解できていない。そもそものお題が現在進行形の説明のはずなのに使われる言葉が難しすぎる。
「ヒマイは少し頭を使おうか」
「ひっ、申し訳ありません。頑張ります」
ボク様のその言葉には底知れぬ圧力があった。そのまま真顔で真っ直ぐに見つめられ続ているのがとても怖い。
いつの間にか、ヨラメは怖がる私の頭を撫でながら、横から怖くないよと優しく囁いてくれている。あー、幸せ。
「で、異世界召喚についての話をしようか」
「異世界召喚?は召喚魔法のことですか?」
「そうだね、召喚魔法の系統に含まれる非常に危険な魔法さ。これは我々にとっても変わらないね」
召喚魔法が危険とはどういう意味だろうか。
「この異世界召喚は術者の認識で異世界とされる場所から何かを召喚する魔法さ。そして、基本的に何が召喚されるかはランダムだ」
「つまりまずいものが呼び出される可能性があると」
「そのヒマイの懸念は正解。あとは色々と悪用できたりする。今回のケースでいえば、都合よくボク達に利用されたり、自らの種族が新たな次元で活動できるようにするための先兵を送り込まれたり、はたまた自己目的の達成のために単純に自らを召喚対象となるよう介入されたりね」
「は?」
ついでに星を破壊するスマート手榴弾なんてものを送り込まれたりしなくて、彼らはとても幸運だったね。なんて、ボク様はほんの軽い冗談で恐ろしいことを述べた。
何でそんなに無邪気な笑顔なんですか。星を破壊するスマート手榴弾とやらのどこが面白いのですか。
あと、そんなに干渉される魔法は欠陥すぎるのでは?
どこか萎縮している私達を見て、ボク様は話を続ける。少しは労わって欲しいですね。
「そもそもの話として何の干渉も受けない場合の異世界召喚であっても大問題だったしねー」
へらへらとしているボク様は軽い調子で茶化している。思わずその可愛さに気が緩んでしまった。
そしてふと気づいた。ヨラメと私は異世界召喚の対象だ。今は二人とも異空間にいる。
「つまり今回の異世界召喚の対象となった人物全員をこの異空間に閉じ込めて、都合の悪い人物を処理しようということですか」
ピンポーン!
「うわ!」
「え!何」
突如として空間全体から奇妙な音がした。驚いた私達は、頭の両耳を手で押さえて椅子に座ったまま肩を丸める。
発生原は不明だ。だが犯人は簡単、ボク様だ。
「そんなに驚くことかな。まあ怖かったならごめんね」
「怖くはありません」
「お姉様に同じく」
「そんなに真っ直ぐ直立した耳をぴくぴくと震えさせながら言われても......わかったよ。まあ、さっきの音はだいたい正解って意味さ」
この状況で不謹慎かも知れないが、安心してしまった。こうしてお話をしてくれる以上、少なくともボク様たちはヨラメと私を殺しに来ることはないだろうから。
そして同時に始末される人物を哀れにおもう。
「で、始末する予定なのは合計三人。蛮族と魔術師と自称無能の少年だね。このうち魔術師と少年は何が何でも消す。この二人が異空間から生きて出られることは絶対にないから安心していいよ」
ボク様から極めて明確な殺意を感じる。先に挙げられた二人はどうしてそこまでするのだろうか。もしかして殺さなければならないほどの脅威なのか。
素直に今の疑問を口に出してみた。
「そうともいえるね。でも現時点ではさほどの脅威ではないよ」
「ならどうしてですか?」
ヨラメの声からは見知らぬ相手を殺す行為に対する強い嫌悪が滲み出ていた。この子の心を護るために私がやろう。
「魔術師と少年が生きたまま異空間の外に出れば、我々にとって非常に望ましくない事態になる」
「なぜ望ましくないのですか」
テーブルに身を乗り出して聞いた私の質問に対してボク様はしばらく考え込んだ後、こう答えた。
「うーん、これくらいはいいか。もし仮に、この異空間の外に二人を放置して......それこそ死ぬまで何の手出しもしなかったケースを考えようか。この場合は二人が老衰した後、はるか先の未来にてこの異世界召喚に干渉した別の種族による次元侵略が開始される」
途中で補足の念話が伝えられた。
次元侵略とは侵略対象となる宇宙を侵略元の種族が暮らせる環境となるように、その次元の環境を変化させることだね。ついでに、余波で大体の原住種族は変化に耐えられずに絶滅するんじゃないかな。
あ、もちろんボク達は生き残れるけど。その後に不毛な消耗戦を延々とやり続けることになりそうだから嫌かな。
壮大なスケールの話だ。だけど要旨は理解できた。放置すればボク様にとってすら厄介な敵が攻めてくるらしい。
つまり魔術師と少年は何者かに送り込まれた先兵に当たるのだろう。なぜ、どうやってなどの疑問が浮かぶが、それよりも重要な問いがある。
「次元侵略?に対抗はできないのですか?」
これもボク様はしばらく考え込んだ末に返答した。左に見えた真剣な表情から、ことの深刻さを非常に重く受け止めていることがわかる。
「対抗すること自体は可能だね、多量の労力とエネルギーを浪費することになるけど。ただし、膨大なリソースを費やしても負ける可能性はある。現時点で次元侵略が発生した場合の勝率はだいたい8割かな。そして、この手の侵略が別の次元で発生して同時に複数の対処を迫られた場合は、もっと悪い数字になるね」
私は心配する。それは私達の死後、はるか先の未来のことではない。この殺害依頼の実行者についてだ。
そっと右にいるヨラメを見た。
「だからね、ヨラメとヒマイの死後の安寧のために、もしくは不老化して永遠の時間を過ごすこと場合を考えて、二人を始末するんだ。そうすれば悲惨な事態を防げるから」
ヨラメと私が不老になるのは多分無理だと思うからそんなことを考えても......。
「あの、聞いてもいいですか」
「もちろん」
恐る恐るヨラメが質問を始める。非常に勇気のある行動だと思う。でも不孝を買って殺されるのは私が先。だからあえてボク様の懐を探ってみよう。
「私達は二人を始末できません。他の方に依頼してください」
これでボク様がそうすると答えれば、この異空間には私達と同じ立場の仲間がいることがわかる。
彼ら彼女らと協力できるかは別にして、とりあえず相互不干渉までは持っていけるだろう。
「少年の方はそうするよ。でも残念ながら魔術師の始末の実行者はヨラメ、君だ」
「それ——」
割り込もうとした途中で私の声がなくなった。そして全く体を動かすことができない。
ダメよ、ヨラメ。魔術師の始末は私がする。だからダメ。絶対にダメ。
ねえなんで私を見てくれないの、ヨラメ。
「君もこの先でいざというときに人を殺せないのはまずいからね。無理にでも経験してもらう」
「わかりました」
「始末の失敗は君の死を意味するよ。相手は死に物狂いで抵抗するから覚悟して臨んでね」
ヨラメなんでそんな辛いことをしようとするの。なんで、なんで。
私の希望とは別に、ヨラメは真っ直ぐに答える。
「私はうまく戦えません。そのせいでみんなの足を引っ張り続けていました。その......もし私が失敗したらあとはお願いします」
ボク様はヨラメと見つめ合う。示された覚悟は本物であるかを探っているようだ。
ダメ、私なら簡単にできる。ヨラメが無理をする必要はない。
「というのは冗談で、今のヒマイみたいに意識だけは働くけど他は何もできない、無抵抗の魔術師を始末しようか。流石に君達に死んでもらうつもりはないよ」
「ヨラメ!」
やっと声が出せた。すぐに断固たる声をあげる。
「私が始末します。ヨラメは人を殺したことがないので、私の方が適任かと」
「いいや、今後の君達のためにも必ずヨラメにしてもらう。もちろん見学は認めるよ。そばで見守ってあげてね」
その後のボク様に訴える私のわがままはあしらわれ続けた。
激しくなる押し問答の最中、横から肩を掴まれ、体の向きを変えられた。
目と鼻の先で涙ぐんだヨラメから声が掛かる。
「お姉様、お願いします。もう迷惑をかけ続ける私は嫌なのです。これを機会に少しでもお役に立てるようになりたいのです」
どうかお願いします。どうか。お姉様。
そうしてあの時のトレイのように強い意思を示されてしまえば、もう私にはどうすることもできない。
私はヨラメのお姉さんだ。ならば、慕ってくれているヨラメの意思を蔑ろにするような酷い姉にはなりたくない。
ヨラメの思いが私の頑なな心を変えた。彼女を信じて見守る。私にできることはもうそれしかない。
落ち着いた私を見たのだろう。ボク様が私達の絆の間にずけずけと入ってくる。
「ボクそんなに空気読めてないかな。まあこれが依頼の二つ目、異空間でヨラメが魔術師を始末するだね」
観測因果の連続変遷速度に関する設定は、なんとなくのイメージのみです。作者は物理学を知らない人なので細かい理論は存在しません。
なお主人公はエルガルド共同体の基礎教育課程を受けているので、この辺りの世界観設定はそのほとんどを当然の常識として学習済みです。