「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
忠誠の誓いを果たした後は、ボク様の要請によって元の位置に座る。再びテーブルを挟んで私の左には上位者のボク様が、右には共に下僕となったヨラメがいる。
「はい、じゃあもう簡潔にまとめます」
ボク様がやさぐれている。すごく投げやり気味だ。上位者であるボク様がその様子では下僕として心配になる。
しかし下僕ではボク様を本当の意味で慰めることはできないだろう。それができるのは対等な立場の仲間だけだ。
いつでも軽口を叩けて、冗談を言い合える。悩みについて相談できて、何かを失敗しても一緒になって笑い飛ばせるような。
そのような仲間こそ、きっとボク様には必要なのだろう。
残念だけどそれは私にはできないことね。私はボク様のことを心の底から恐れている。対等な立場なんてなれるはずもない。
そんなことを考えるながらボク様の説明を聞き続けた。
「で、次元侵略とは、先兵となった人物を別の次元に送り、その人生をサポートする。その代償......という表現は微妙かもしれないけど、ともかく将来的にその次元をテラフォーミングするというものだね。一人の人生と次元の改変、比較できる対象ではないよね。本当、割に合わないよ」
様子を見ればボク様は少しずつ調子を取り戻している。よかった。
「これを阻止するために、ヨラメには魔術師を殺してもらうというわけだね」
「その、恐縮ですが」
話は単純だ。将来の脅威を取り除くために今こそ行動する。それだけだ。
「恐縮する必要はどこにもないよ。遠慮なくどうぞ」
しかしヨラメには何か疑問があるようだ。彼女は恐る恐る片手を上げ、質問をした。
「魔術師や少年に与えられた加護が原因であれば、それを取り除くことはできないのですか」
それは難しいのではないか。侵略者は魂に癒着する形で加護を与えるらしい。魂とは繊細で扱いが難しいものだ。いくらボク様とはいえ困難だろう。
しかしボク様の返事は私の予想を裏切る。
「そうだね。先兵に与えられた加護を取り除くことは簡単にできるよ。費やす時間は半日くらいで済むね」
「なら、そうしないのはなぜですか」
少し表情が明るくなったヨラメが、身を乗り出す勢いで質問を続ける。
やはり揺るぎない覚悟を持っても、人を殺めるのは嫌よね。
そしてボク様は彼らを癒すのではなく始末する理由について、神妙に考えた上で返答する。
「これはヨラメとヒマイをある程度信頼して明かすけど、もともとボク達は彼ら二人に興味がないんだ。なんの価値もない。むしろ、敵の先兵である以上こちらのリソースを割かされる有害な存在だね」
どうやらボク様は少しだけ胸襟を開いてくれるらしい。今の返答からはボク様の非常に冷酷で無慈悲な一面が垣間見えた。
私は二人を始末することについては賛成だ。それによってボク様に庇護してもらえる。それはヨラメと私にとってこれ以上ない報酬だ。だから多少のことには目を瞑ることができる。
ただヨラメはこの返答について少し納得いかないようだ。
「有害であれば加護を取り除いて無害にすればいいのでは」
有害な存在を無害にすれば、始末をする必要はないのではないか。ヨラメのそれは一理はある。
ボク様はテーブルに腕を置いて、少しだけ気に入らない態度を示しながらヨラメを見る。まるでそれは出来の悪い生徒を見る目のようでもあった。そして、私には同族嫌悪のようにも感じとれた。
「情報保全、技術、コスト、大きな問題はこれくらいかな」
「全て教えてください」
「もちろんだよ」
全てなんとなくはわかる。特に最後の情報保全についてははっきりと。
もしかすると無害化した先兵に侵略者が接触するかもしれない。その可能性を考えれば生かすより始末する方が遥かに合理的ね。
「今ボクの右でヒマイが想像してくれた通り、無害になった先兵に対して侵略者が接触する可能性がある。その時に我々の存在が知られるのは非常によくない」
「そうですか」
この返答はヨラメには響かない様子だ。このまま不機嫌になられるのはボク様との関係でもよろしくはない。
今のボク様の話には不思議な点があった。それを聞こう。そして私もこの会話に入ることで、ヨラメの感情を少しでも和らげよう。
「お話ではボク様は侵略者にテラフォーミングされた次元をお掃除していると聞きました。なのになぜ侵略者はボク様のことを知らないのでしょうか」
話しぶりでは先兵を監視し、テラフォーミングの様子も眺め、その後の次元に大きな干渉を行っている。なのに侵略者に気づかれていないのはおかしい。辻褄が合わない。
「内容を訂正すると、次元のお掃除をしているのはボク達ではなくボク達の同胞だね」
「失礼しました」
それくらいの誤解は別にいいよ。すぐに訂正できるし。ボク様は手をひらひらとさせながらそういった。
どうやら私の誤解を冗談として流してくれるようだ。さらに今後も積極的に発言しやすくなるように配慮しているのだろう。
私は椅子に座ったまま軽く頭を下げて、ボク様に感謝を示した。
「細かい手法はヨラメとヒマイには理解できないから結果だけいうとね、侵略者側は我々の干渉を自然発生した災害であると誤解しているんだ」
「そのような方法があるのですか」
「そうだよ。だから侵略者は我々のことを知らない」
ボク様は何度も頷きながら、同胞の自慢話を始めた。私達はそれをお茶をたしなみながら聞いていた。
この方法はエウロスヒヤムが考えただとか、あいつはいまこうしているとか。
エウロスヒヤム氏とボク様の関係はよく知らないが決して悪くないのだろう。その自慢話の結びの言葉は、いつかまた会いたい、だったから。
一区切りついたようで、ボク様が話を戻した。
「次は技術的な問題だね」
「はい」
きっと私には理解できない複雑なものが始まるのだろう。思わず苦い顔をした。
そして私からはボク様の苦い顔が見える。なぜだろうか。
「癪に障るけど、侵略者の魂に関する理解とそれに基づく応用は高度なものなんだ。それこそボク達でも面倒なだと思うくらいにはね」
「しかし先程は」
「先兵の加護を取り除くことは可能といったね。これは嘘ではないよ。ただし、これは脆弱にすぎる先兵の魂が耐えられるものではない。君達でも少し怪しいかもね。そして加護を取り除く反動もあるからまず無理だね」
語られたのは厳しい現実だ。やはりヨラメの理想の通りにはいかない。ボク様もそれを理解した上での表情だったのだろう。
「本当ですか」
「本当だね」
再度の確認でヨラメは引き下がった。どうしようもないことに折り合いをつけたらしい。ヨラメの見せる細かな表情や体の反応からその葛藤を痛切に感じた。
ヨラメの心の折り合いがつくまで少し待つことを提案しよう、左に座るボク様を見ると様子がおかしい。
少し前までしかめていたはずの表情が、わざとらしいほどにニヤニヤとしている。まるでヨラメのことを馬鹿にしているようだ。少なくとも私はそう感じた。
私の心に油が注がれた。それによって燻っていた残火が激しく燃え上がる。
ヨラメの思いを蔑ろにするのはいくらボク様でも許せない。絶対に許せないが、私にできるのは問いただすことだけだ。ただし、ふざけた答えで誤魔化されるつもりは毛頭ない。
「何を隠しておられるのでしょうか」
「ヒマイは鋭いねー」
ボク様に絶対に許さないという圧をかける。これはボク様にとっては何も影響を与えないものだろう。しかし私の思いは伝わるはずだ。
これまでボク様は私達への気配りをされていた。ならば、絶対に隠したいこと以外は素直に答えてくれるはず。
私の眼差しを受けたボク様が頭をぽりぽりと掻く。そして答えた。
「あのね。ヒマイは少し誤解しているようだけど、ボクはヨラメのことを蔑ろにはしてないよ。そこははっきりと明言しようか」
「はい」
「お姉様、その」
「ヨラメは少し黙っていようか。で、ヒマイ。さっきヨラメを見て感じたのはのは、単なる懐かしさだよ。大事な過去の思い出に浸ってたんだ」
「それはわかりました。ですが、二人を始末することについての補足はあるのでしょう」
どうやら誤解していたのは私のようね。
ヨラメがついていけずに困惑している様子を視界の端で捉える。ごめんね。
「ヒマイはボクの本音が聞きたいんだよね、それでヨラメが傷つくとしても?」
その発言に私は怯む。実際、無意識のうちにテーブルの下の足がボク様から離れるように動いた。
それはただのはったりだ。しかし私を躊躇させるのに十分な。
様々な可能性が頭をめぐる。その中には当然、ヨラメが傷つくことも含まれる。
やがて決心した。それでも聞くべきだと。
「建前だけでは不十分です」
私の眼差しがより強くなる。強く興奮しているのは自覚できている。
これは下僕として分を超えた行動であるが、ヨラメの思いを放置はできない。ボク様は許してくれるだろうか。
頭をよぎった弱音から逃げるために、肩を広げ、手を少し開いてテーブルの上に叩きつける。これは私の心の弱さを隠すための強がりだ。
その際音はしなかった。きっとボク様が消したのだろう。感じていなかったはずの痛みもすぐに治る。これもボク様のおかげだろう。
ここまで気遣ってくれるのだ。おそらくボク様は全てを理解している。理解した上で隠したことがある。
それを私は知りたいの。たとえそれが残酷な事実であっても私は決して目を逸らさない。必ず向き合い続ける。そしてヨラメと一緒に......一緒にボク様に何をする?
私の思考が混乱し始めたその時、ボク様は目を見開く。その背筋が伸びることで、身長が高くなったと錯覚した。やがてボク様の口が開き口角が上がり、大きな笑い声を上げる。同時にボク様のそばがブレた。
私の眼に映る世界が大きく揺れる。
「あは、あはははは!すごい!すごいよヒマイ!こんなのあるんだ!そうか!そうか!!」
「あはは!此方の!」
「私の!」
「わたくしの!」
「我らが!!」
「お姉様!」
横からヨラメに抱きつかれた。ヨラメも異変を感じたのだろう。
それは劇的な変化だった。異空間で複数の声が聞こえ続ける。その全てが笑い声である。しかしこれは劇的な変化の序章にすぎない。
世界の風向きが変わり、空気が変わり、雲行きが変わり、潮流が変わった。
私の関わる全ての流れが目まぐるしく変化する。私がいかに矮小な存在であるかをこの上なく顕示する、巨大で緻密な未知の力が胎動する。そして無数にあった流れの行き先が一つに限定された。行きつく果てに何があるかはわからない。私の眼で分かったのは世界が不自然に揺れて、ただそうなったことだけだ。
気づけば私は幾人もの人に凝視されていた。それは近くもあり遠くもある。向けられているのは興味、好意、友愛、親愛。なぜかその内容が分かる。それらの感情は徐々に、この部屋に物理的な重圧をもたらしていく。
この間も多重の笑い声は響いている。もはや混乱する群衆が叫ぶ悲鳴のようだ。
いつのまにか私のすぐ側に立つボク様は、義務的でつまらないものを相手に行う演技をやめて、純粋な畏敬の念を伝えてくる。
とても奇妙なことに、そう理解させられたのだ。
「はいみんな、ヒマイとヨラメが怖がってるからやめてあげて」
ボク様の一言で、突如始まった異変は完全に消え去った。
私に引っ付いていたヨラメの腰が抜け、倒れそうになるのを支えた。ヨラメは耳を震わせ、怯えている。その口からは言葉にならない悲鳴が漏れている。
「見るならボクの瞳から間接的にね」
私はヨラメを安心させるために、頭を優しく撫でる。次に多少乱暴に。さらに耳を優しくもふもふこりこりと。そのまま耳を甘噛みをして、最後に強く抱きしめる。
「お姉様、これは」
「そうよ」
ヨラメにはわかるわよね。私がするのは皆が生前にしていたヨラメへの可愛がりだ。
今は私しかいないから、代わりに全部してあげないと。
そのままヨラメは目を閉じて甘えてくれる。この可愛いさは皆の分も私が堪能してあげる。むふー。
「もう大丈夫です、お姉様」
「そう、まだする?」
「それはヒマイがしたいだけだよね」
無言でヨラメが見つめてくる。私はそれに思いを返す。
ヨラメ、騙されてはだめよ。
ふふふ、騙されてあげます。
「違う。これはヨラメのためを思って」
「わかっていますお姉様。もう少し甘えさせて下さい」
やった。と思えばすぐに梯子を外される。
「あ・と・で」
「あははは!」
「お前は笑うな!」
っつ、まずい。下僕としてよろしくない振る舞いだ。
すぐに謝罪をしなければとボク様の方を向けば、なぜか気心の知れた友人と接するように軽く肩を叩かれた。
「お前と呼んだことは全然いいよ、ヒマイだからね。そんなことで謝罪しようとする方がボクはいやかな。あ、もちろんヨラメも遠慮しなくて大丈夫だよ。みんなで仲良くしようね」
私だからお前呼ばわりしていいらしい。意味がわからない。ついさっきから妙に態度が軟化している。馴れ馴れしいと言い換えてもいい。
ほら、ヨラメも唐突に変化したボク様の態度に困惑している。
先ほどまでとは明らかに雰囲気が違うのだ。変化したのはボク様の大笑いの直後に起こった異変の後だ。
それらの私の疑問は何も口に出していないのに、ボク様からすぐに返答される。
「何が変わったのかといえば、それはヒマイとヨラメだよ。ボク達は何も変化していないのに。ともかくボク達はそれを喜ばしく思った。だから距離感を近づけた。それが全てだね」
「一体どういうことですか」
困惑するヨラメが真剣に問う。
「うふふー、君達がボクの故郷に来た時に説明してあげる。もし来なかったらすごく悲しいか教えてあげない」
私の側で、今までよりもずっと感情豊かに表現するボク様。体の動きがすごくわかりやすい。
笑う時は口元に両手の握り拳を当てて、悲しみを表現するためにわざわざ背を向けて目元を擦る動作をした。
なんだろう、ボク様はとても可愛い生き物と化してしまった。
「はっ、ヨラメこれは違うの」
「いきなりどうしたんですか、お姉様?」
困惑したヨラメが冷たく問う。それは明確に呆れられていた。お姉ちゃんはとても悲しい。
ヒマイ視点なのでボク様の変化がわかりにくいのは仕様です。