「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。   作:白木ケイ

24 / 28

 途中で視点変更があります


裏話(10) 暗闇での襲撃(引き継ぎ事項を了解)

 黒いローブのフードと、金属製の仮面で顔を隠した怪しい男が異空間の階段を上り、ラグジュアリーな廊下へ姿を表す。やはりここは素晴らしい景色だな。

 『毒物の混入の件を全て忘れさせられた』魔術師は、その仮面の内から何度も聞こえる舌打ちから苛立っているのがわかる。

 

「ちっ、エイサンドとかいうやつ、この状況がどれだけ異常なものかまるでわかってねえ」

 

 男は周囲を気にすることなく愚痴を吐き続ける。しかしその愚痴は魔術師の周囲から漏れることはない。

 先ほど階段の『認識阻害など施されていない』踊り場で行使した魔術が男の周囲を覆う膜を作り出している。それが内側からの音を遮っているようだ。そしてこれは物理攻撃に対する防御機能も備えている。

 廊下を歩きながら、魔術師はその感情のままに愚痴を吐き出し続ける。

 

「クソが、いきなり奴が現れて異世界召喚されるから好きに生きろとか言われたのに、目覚めたら異空間ってか?状況が何一つわからねえ」

 

 魔術師はここが異空間であることをエイサンドとのやり取りで理解していた。しかし、なぜこのような状況に置かれているのかは把握できていないようだ。

 

「そもそも奴が言っていた異世界召喚なんて誰がやるんだ?物語のように異世界から勇者が現れるわけないだろうに。そしてそもそも、召喚される存在を余さずこの異空間に閉じ込められる化け物野郎の目的は?」

 

 我を化け物とは。それは褒め言葉だな、だが......例えばボクは嫌がるだろう。

 魔術師は歩きながら考える。しかし、彼には正解に辿り着くための情報が手元にない。

 なので、まとまりのない思考が頭から流れていく。そして先ほどのエイサンドとの会話で生まれたむしゃくしゃした感情に引っ張られて随分と不機嫌そうだ。

 やがて魔術師はとある存在とのやり取りを振り返る。先程から口に出している奴という存在だ。先兵がよく口にする神ではないのか。

 

「奴もよくわからねえ。奴はいきなり現れて俺は死んだと言った。だが俺はどうやって死んだんだ。もしかして殺され......たのはあり得ないな。だが、その記憶だけが思い出せねえ。クソが。何がやり直すチャンスだ。何が異世界召喚だ。そもそもそこに辿り着いてすらいねえじゃねえか!ああ!?」

 

 すでに実証されているが、侵略者の加護は当人の思考すら制御できる。

 魔術師が侵略者によって意図的に殺されたのは単なる事実だろうに、その可能性をまともに考慮できないとは。気の毒なことで。

 しかし、一瞬であっても侵略者を疑うとは。やはり魔術師は先兵としては類を見ない人格者だな。

 そして魔術師は自身の部屋の扉にたどり着く。正確には何度か扉の前を通り過ぎてはいた。その時の魔術師は口を開くことに夢中で気づかなかったようだ。

 

「はあ、このままじゃまずいのはわかってる。一度戻って落ち着くか」

 

 魔術師は部屋の扉を開け、その足で廊下との境目を越えて自身の部屋へと入る。

 扉は本来であればその自重によって自然に閉まる設定だ。しかし、この瞬間だけはまるで魔術師の翻意を促すかのように、異空間での設定に反して扉は開いたままであった。

 加護による運命操作、そのゴミのような干渉だ。我らの異空間で設定したルールにすら干渉するとは。ほんの少し、不快だな。

 

「何か引っ掛かったのか?」

 

 魔術師は振り返ろうとする。偶然にも扉が閉まる音が聞こえないことを不思議に思ったのだ。それはいつも必ず起こる偶然だ。

 その時、扉は勢いよく閉まった。バタンという音が多少大きく発せられた。

 しかし魔術師は一連の扉の動きを『不自然に思えない』。なぜなら、魔術師が見たのは『物理法則に反する奇妙な扉の動きではなく、それが閉まる瞬間だけだからだ』。

 

「うお!びびらせんなよ。まあ振り返ると誰かがいるのは定番だが、それはホラーの世界だ。現実でそんなことはあり得ない」

 

 そしてそれが彼の持つ加護がもたらした最大にして最後のチャンスであった。

 もうすでに魔術師の部屋の扉は廊下と繋がっていない。

 廊下では魔術師の部屋の扉が消えた不自然さをなくすため、我ら以外の誰にも気づかれずに廊下の長さが変更された。

 

「ふう、まあ変なことは多いが、不満なことも多いが、ここは新天地だ。心機一転頑張りますか」

 

 そして彼は光の消えた魔道ランプを手に取り、《暗闇の眼》を頼りに寝室へ向かって歩く。その間に、部屋に仕掛けた侵入者対策の魔術が機能していることを確かめながら。

 魔術師は自身を安心させるため、あえてわかっていることを声に出す。

 

「異常なしだな」

 

 確かに異常は存在しない。この程度の魔術で探知できるものは。

 そして魔術師は感覚で探し出したベッドに横になる。深い暗闇の中、魔道ランプと金属の仮面が床に放り出されて跳ねる音が響いた。

 魔術師は気づけない。この部屋の速度が極端に遅くなったことに。そして間も無く《転移》してくる存在の予兆が隠匿されていることに。

 ふとベッドで休む魔術師はこのまま寝る前に入浴したいと思った。何も見えない暗闇でなぜそう思ったのかは魔術師にもわからない。

 しかし魔術師は自身の内側に生まれた不愉快な感覚を解消するために、重くなりかけていた瞼を開き、起き上がる。

 そのまま気怠そうに入り口と寝室の通路の途中にあるお風呂へと向かう。

 そしてちょうど寝室から通路に差し掛かる瞬間、彼の侵入者対策の魔術が機能を停止した。

 これが魔術師にとって初めての異常だ。付け加えると、魔術師を覆う薄い膜も消失している。

 続いて入り口の扉の内鍵が一人でに閉まる音が聞こえる。

 ——カチャン。

 連続して発生した二つの異常事態に関連がないわけがない。例に漏れず魔術師もそう考えた。

 理解できない超常現象の発生によって頭を覚醒させた魔術師は、冷静に出口の扉を注視し、そこに何もないことを確認するとすぐさま寝室へと振り返る。

 そこにいたのは——

 

「やあやあ、襲撃者のご登場だよー!」

 

 わざわざ《暗闇の眼》だけは残してやったぞ。

 いやー、素晴らしい気遣いをありがとう。

 

「・・さん、なぜ大声を出す必要が」

「ここはとても精巧なのね」

 

 ボクが名前を魔術師に聞き取らせるはずはないよね。もちろん皆の姿形も声も匂いも変更してるよ。

 あと目の前にいる魔術師の動作と意識はボクが停止させるね。ほい。

 

「......」

 

 私とお姉様はボクさんに連れられ、転移させられた。浮遊感もなく、一切の遅延もなく。閉ざされた異空間から別の異空間へと転移しているというのに、何も問題が発生せずに。まあそれもそうか、ボクさんだし。

 私は右手を見ながらその拳を握ったり開いたりする。特に意味のない行為だ。しかしこれで現実感が出てきた。

 転移した部屋は暗闇のようなので、すぐさま眼を対応させる。お姉様ほどではなくともこのくらいなら簡単だ。

 

「この異空間については後で教えてあげるから安心してね、金貨」

「はい、よろしくお願いします」

 

 お姉様の耳がとても嫌そうにへにゃっと垂れた。

 それよりも、ボクさんがお姉様を金貨と呼んだ。単純に髪色から付けた偽名のようだ。それにしても偽名が貨幣って。これだと私は銀貨ですね。

 

「ふふ」

 

 冗談のはずなのに、真面目腐った表情でやり取りするお姉様達が面白くて、私は思わず微笑んでしまう。同時に私の耳もピクピク動いている。

 先ほど発した声も普段の私やお姉様とは別のものだ。この分であれば、魔術師が認識する匂いや姿形も変化させているはず。

 事前に準備もしていないのに、転移と同時にこの対応。やはりボクさんはすごい。

 そして目の前にいる通路に差し掛かるあたりでじっと立つ黒ローブを着た赤い髪と顎髭の男が標的の魔術師なのだろう。

 奇妙なことに、魔術師らしき人物の下半身の向きが私達とは逆方向のままであり、上半身と首を捻り顔のみをこちらに向けた格好に固定されている。

 これまた中途半端な位置で固定された腕の位置を見るに、振り返る途中で停止させられているのか。

 私が右を見れば腰の高さくらいの小さな本棚がある。左には手前からボク様、お姉様、そして備え付けらしきベッドの順で一列に並んでいる。床に落ちている見たことのない道具と金属プレートはなんだろうか。

 私が周りを見渡していると、ボク様が一歩前に出て左手を挙げる。

 すると魔術師が奇妙な体勢のまま口を開く。

 同時に魔術師は体内にあるわずかな魔力を使用して貧弱な身体強化を実行し、拘束の脱出を試みているらしい。それは絶対に無理ですよ。

 

「誰だてめえら!」

 

 体を停止させられたままの魔術師が発する魂の叫びを発している最中、ボクさんが挙げた左手をゆっくりと下げ始める。

 

「いきな」

 

 左手が下がり切ると魔術師の発言が止まった。なるほど。

 

「この他にも魔術師の持つ加護による精神干渉のブロックとか、ボク達の会話の遮断とか色々してるよ」

「ありがとうございます」

「あれ、じゃあ私を金華と偽名で呼んだわけは?」

 

 私がお礼を言った後、ようやくお姉様はボクさんのイタズラに気づいたらしい。

 ボク様は口笛を吹いて顔を逸らした。斜め後ろからお姉様が強い圧をかける。でもボク様は答えない。

 そのやり取りを見れば少し心が軽くなる。二人とも私の緊張をほぐすために、ありがとうございます。

 やがてお姉様が一言冗談と言えば許してあげます、と後ろから囁いた。

 

「はい、冗談でーす」

 

 ふざける二人を眺めていると不謹慎にも私の心は弾んでしまう。一度目を閉じて落ち着きますか。

 その場で深呼吸をしながら、頭の中であれこれと考える。

 今から目の前の他人を殺す。それも無抵抗を強いられた相手を。それは圧倒的な上位者であるボクさんが命じたからだ。

 私はこれからの行為について微塵も罪悪感を感じていない。むしろ、喜ばしいと思うし、きっかけをくれたボクさんと魔術師さんには純粋に感謝している。それは多分命令が無くても同じだろう。

 ただし、伝え聞く通り、初めての人殺しはきっと苦いものになるだろうし、それは普通に嫌だと思う。

 

「ずいぶんと適当な言い方ですね」

「いやほんとごめんって、謝るからさ。あとボクが呼んだのは金色のお華じゃなくて、お金の方の金貨だからね。そこは誤解しないでね」

 

 かつて幼い私が内にある力を制御できず、大惨事を招いたことを思い返す。私はそのトラウマのせいで、己の力を使うことに酷く怯えるようになってしまった。

 現に今この瞬間も私の体は極度の緊張を訴える上、その震えが止まることはない。さらに急な肌寒さを感じている。多分顔も青くなっているし、尻尾の毛も逆立っているのだろう。

 実のところ私が死にかけていたとき、四肢を失いその痛みに悶えている最中であっても、私は安堵していたと思う。

 私はここに来る前の直前の出来事について後悔している。逃亡の際にみんなの足を引っ張り続けたことを。私の存在が敵に塩を送り続けることになったことを。でも一番後悔しているのは別のことだ。

 あの時私はこう考えた。これで、もう私がお姉様達に迷惑をかけることはない。でも皆がいなくなる前に、もっと早くに私がこうなればよかったのだと。

 あの死に際の瞬間に、私は犠牲になる順番を間違え続けたことを心の底から悔いていた。

 そして、幸いなことにお姉様はまだ生きている。だからこのまま私を捨てて生き残って欲しいと、私は傲慢にもそう考えたのだ。

 そして薄れゆく意識の中で、そこに佇むヒマイお姉様の姿が見えた。

 お姉様は悲しんでいたと思う。涙こそ流していないが、私が死ぬことをとても。

 お姉様はその場で口を開いていたと思う。何も言葉を発してはいないが、必死に何かを伝えようとしていたのだろう。

 そして、私の心のどこかが壊れた。生じた亀裂の中からたくさんのものが溢れ出してきた。どこが壊れて何が溢れたのか、私は言葉に表せなかった。

 そんな中で私は死んだのだ。

 

「は!?キンカとはそういう!どうやらボク様は私を怒らせたいようですね。いいでしょう、ご希望通りに激怒してあげましょう」

「いやこれは和やかな雰囲気作りのためのちょっとした冗談で〜......えーっと」

 

 ボクさんの異空間で目覚めた時、なぜ生きているのかについて困惑と疑問を抱くことはなかった。

 それよりも死ぬ直前に起こった出来事の方が私には重要だった。

 私は目覚めたベッドの上で、すぐに胸に手を当て心の内を探り始める。

 それまでの私が意地になって必死に作り上げた、今となっては取るに足らない何かはもう完全に失われていた。

 そして私に生まれた心の欠落を埋めたのは、死の間際で感じたお姉様の思いと、溢れ出した感情だ。

 ふと左を見れば私のものとは別のベッドがあり、そこには安らかに眠るお姉様がいた。

 湧いてくる情動に突き動かされて、私はお姉様の側に近寄り、お姉様のたわわな胸にそっと顔を埋める。そして鼻に吸い込まれる匂いを堪能した。

 次はお姉様の横顔を見れる位置に移動する。そして気づけばお姉様の顔に優しく頬擦りをしている自分がいた。

 そして私はようやく思えた。私のことを命を懸けて守ってくれた皆と同じように、私も皆のことを命懸けで守ろうと。

 なぜ手遅れになる前に、もっと早くにそう思えなかったのかと。私はあの時の私自身について、後悔している。

 

「......」

「はい、誠に申し訳ありませんでした。この通りです」

 

 そうしてお姉様と触れ合いふわふわとしたままの状態でボクさんに話しかけられて、一悶着が起こった。そして私が死んだ後のことを説明された。

 ボクさん達の一人がお姉様の前に現れたこと。そのまま二人を助けてくれたこと。その後の顛末について。

 それは起こった事実のみを淡々と語るものであり、そこにお姉様の様子はほとんど含まれていなかった。

 しかし、私はそこからお姉様が抱いた悲しみや辛さ、その味わった絶望感を克明になぞれてしまったのだ。

 気づけば私は涙を流して泣いていた。次の瞬間には口を開いて言葉が出ていた。

 次は私が頑張ります、死に物狂いで頑張ってお姉様を守れるようになります、と。

 君の大切なお姉様が悲しまないようにね。ボクさんにはそう言われた。

 そうしてあれこれ考えた末に、私は暗闇の中から一歩前に踏み出して、尊敬するボクさんへ意思表明をする。

 

「ではボクさん、打ち合わせ通りに参ります」

 

 あれ、いつのまにかボクさんはお姉様へと土下座している。なんで?

 

「あー、少し待ってね」

 

 土下座したまま返事をするボクさん。すごく情けない。あの時はあれだけ頼もしかったのに。こういう時は。

 

「お姉様」

 

 お願いします、と目で訴えかける。

 

「私はまだあなたの冗談を受け入れられません」

「はい、本当にごめんなさい」

 

 土下座したままのボクさんから聞こえる声がしわしわになっている。すごく悲しそうだ。

 お姉様、ボクさんと仲良くしましょう。お願い。

 

「はぁー、わかりました。これから頑張って受け入れるようにしますから」

 

 お姉様はなぜか私を見てたじろいた後、ボクさんへと許しを与えた。

 

「やった!次はもう少しわかりやすくするね!」

 

 伏した状態からすぐに飛び跳ねて喜ぶボクさん。そのニコニコした飾らない姿をとても可愛いと不敬にも......いや不敬ではなく、ごく自然にそう思った。

 

「ヨラメもありがとー」

 

 だって、今も私の手を掴んでブンブンと振り回す様がすごく愛くるしいから。

 無意識に尻尾を振りながらニマニマしてしまう。やむを得なかったとはいえ、お姉様を傷つけられたことを忘れてしまいそうになるくらいには。

 

「私は何もしてないです」

「してるしてるー、絶対してるー。そしてボクは感謝してるー」

 

 やめて、ぎゅっと抱きつかないで!私の体はお姉様のものなの!

 あ、ボクさんとても柔らかいし、いい匂いがする。

 

「ヨラメ、私もいい?」

 

 あれ、何でお姉様も抱きついてくるんですか!?

 あ、そんなに耳と尻尾を優しく撫でないでください!

 ボクさんのせいで腕が動かせない。ふみゅう。

 

「く、苦しいです」

「でもヨラメは喜んでるよね」

「ぐぅ」

 

 図星を突かれてぐうの音しか出ません。

 いつのまにか体の緊張は適度にほぐれていた。あとは、お姉様が触れるたびに感じるくすぐったさからくる震えと、その思いやりを味わうばかりであった。

 そこには二人のなすがままにされ続ける幸福な私がいた。




あとがき
 ヨラメの内面心理の説明が難しすぎー!
 どう表現すればいいのか迷いまくりました。多分後で変更するかも
 ついでに各キャラクターの口調がブレブレな気がする。キャラクターが崩壊してないかな。
 これが何となく雰囲気で動かしている弊害か。せめて口調について勉強しないと、本当によく分かってないから。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。