「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
次に倒れる時は両手両足を使って被害を軽減しよう。その方が人として自然の反応だろう。両手両足を使って立ち上がりながら俺は反省したのだった。
別に床に倒れた程度の衝撃で怪我を負うことはない。だがなんとなく今の転倒はダサいし、恥ずかしい。
この部屋で横になったあとは天井を見る。俺はそれを実践するために頭を上げた。これで3度目、もはや様式美かもしれない。
随分と既視感のある特に思い入れのない天井だ。部屋の木材のグラデーションも特に変わり映えしないため、飽きてきた。
そしてなんと窓が音を立てていない。静かだ。
「すぅー、ふぅー」
今回の導入は深呼吸だ。実に自然に心を落ち着かせてくれる。システムはもうないからな、自立していくしかない。
システムは共同体に属する人類と亜人類の生命の安全を至上命題の役割としている。なお時と場合によるが財産は保護してくれないことが多いので注意が必要だ。
故郷でシステムの庇護を受け、つい最近までぬるま湯に浸っていた俺にはストレスへの耐性が低いのかもしれない。だから何度も床に倒れてしまうのだろう。
こういう時に俺のような奴が床に倒れ伏さないように、友人は人を苦しめることでストレス耐性を高めようとしていたのだろう。
天才にして天災なる友人の方は笑いながら「また馬鹿の実験が始まったよ」といいそうだ。
「よし」
床に散らばった手紙を拾い机の上に並べる。
再び椅子に座って続きを読もう。
とも思ったがまだ覚悟ができていない。メンタルケアとしてもう少し故郷の思い出に浸ろう。
俺には親愛なる無口で奇妙ないつも2人でいる友人がいる。そいつらがいつかの機会にプレゼントを渡してくれたことがある。それが左手首にある腕輪だ。
その素材は金属に似ていて頑丈だ。しかし鏡面のように光を反射することはなく、その佇まいは空間に静かなる重みを与える。表面は全体として凹凸の少ない滑らかな仕上がりながらも、施された直線を基調とした幾何学的な意匠はその高潔さを示す。
決して目立たない、しかし一度気づけば否応なしに惹きつけられる。そんな不思議で美しい腕輪だ。
不思議といえば、あの2人俺と初めて会話した時は変なことを言っていたな。
口を開けばやれ「まだ会話をするには早すぎる」だの、「50年後ぐらいに真なる友になろう」だの、「このままでは未来が崩壊する」だの、「決して親しくしないわけではないが、今はダメだ」だの両人ともやけに額に汗をかき、顔を逸らして目が揺れていたな。
こちらが理由を問い掛ければ、「これは同胞ではないお前には明かすことのできない秘密だ」とか、「遠い未来で出会った我らの同胞から詳しく聞いてくれ」とか、なんかもう酷い醜態を晒していた。
にしても同胞ってなんだよ。もう少し上手い言い訳があるだろう。
だが今だからわかる。その時の彼女達は年頃に流行するアレを患っていたのだろう。
今でも当時のことを指摘すると2人ともカンカンに怒るからな。具体的な病名は伏せておこう。
とても恥ずかしいことなのだろうからな。
「......帰ったらもう一度揶揄おう」
きっと混乱してあわあわと狼狽えながらも、手に持った物とかを投げつけてくるんだろうな。
もしそれがたまたま星を破壊できる小型爆弾だったとしても、故郷ならシステムが封じ込めてくれる。
ちなみに実体験だ。あの時は体の半分が蒸発した。
2人の歓迎会を行きつけのお店で催したとき、「これでもくらえ!」、と怒りのままに例のスマート爆弾を投げつけてくる片割れ。
「この程度はシステムが解決するから問題ない、だがお前は死ね!」、と言いながらも念の為に《シールド》を展開して後ろで若干怯えているもう1人。
そして店にちょっとした被害を出したことで、店長に激怒されて大人しくなる2人の友人。
それを傍目に俺は別の友人に治療されながら笑っていたのを憶えている。
コミカルな情景を振り返って少し気分が良くなった。
あと治癒が終わった俺も一緒に店長に怒られたのを思い出した。
少し苦い気分になった。
店長へ、あの時はマジで申し訳なかった。反省してます。あといつも美味しい食事をありがとう。
そういえばあいつらの行使する《シールド》は高度に洗練されていて過剰なほどに高性能だったな。今思い出しても美しい魔法だった。
あれを俺が行使するならシステムの補助が必要になるだろう。
にしても不思議な友人だったな。
そしてカタカタと窓が鳴る。
「よし、続きを読もう」
『書き手を交代するぜ。お前もう分かってるだろ?分からなくてもこれで察しろ。ここで例のちょっとした依頼だ。』
「ふう」
向こうは俺に隠す気はないようだ。相変わらずその目的はさっぱりだが。
『この建物の外に出て右側の方に上半身が潰れたトマトがある。このトマトにトドメを刺せ。使う魔法も指定する。《魂の完全焼却》だ。別にこれである必要はないが、トマトにある魂を消滅させることが依頼の条件だぜ。それを考えればこの魔法一択のはずだ。』
本当にこちらのことをよく知っている。言語だけでなく魔法体系の知識もあるのか。
対象への《魂の完全焼却》の行使か。本当にそれだけなら特に手間はかからない。
確かに通常であればこの魔法がもっとも適切だ。しかしシステムとの接続が切れた今は前提条件が違う。
この依頼でちょっとした実験をしてみよう。うまくいけば強力な自衛の手段が使えるようになる。
「......」
唐突に部屋の空気を重苦しく感じる。静寂が鬱陶しい。
何もしていない潰れたトマトさんには申し訳なく思う。すまないが俺が生き残るために犠牲になってくれ。
当然、トマトさんは必死に抵抗するだろう。それはトマトさんが生き残るために必要なことだ。抵抗の結果として俺が死んでも文句はない。それは己の尊厳を守る正当な行為だ。
頭の中でもう一度繰り返す、敵ではない人を殺すのは気分が悪くなる。だが俺が死ぬのはもっと嫌だ。
「怖い」
顎が震えているのがわかる。さらに息苦しくなる。
だが、俺はこの行為を必要と断ずる。
問題はない、基礎教育課程のカリキュラムの一貫で殺人は経験済みだ。そのおかげで、いざその時になれば内心は別として行為をためらうことはない。
「嫌になるな」
『相手は無抵抗だ、大した手間でもないだろうよ。あと私はしないだろうがオレは干渉できるぜ。だから無視するなよ。』
ホラ、やらなければきっと俺は殺されるのだ。
俺は無力なのでシカタナイ。ダカラやるしかないのだ。ホントニゴメンネ。
「オえ」
幸い胃の中には何も入っていなかったので床は綺麗なままだ。
待機させていた《基本的な治癒》がまた発動した。部屋の静けさも相まって、これで少し落ち着ける。
さて続きだ。
『ここからはわたくしが書きます。オレは依頼を無視しなければこの件では干渉しません。これは本人の意思ですのでご安心ください。』
念押しされなくても依頼はこなすつもりだ。無視できないリスクがあり、一応俺にも得があるかもしれない。
ああ恐ろしい。
だが手紙はもう少しで終わりだ。早く気を楽にしたい。
『はい交代!君は転移ポータルに入る前仕事のためにたくさん装備と物資を用意していたけど、それは今どこにあるでしょーか?正解は机の横にいま出現したチェストの中だ!君の装備はそこにある!じゃあ頑張ってね〜♪』
うざい。
「黙れ失せろ」
しまった、つい心の中の本音が出た。仕事の前の研修で絡んできたあいつを思い出して勢いのままに。
機嫌を損ねただろう。殺されるだろう。
ああ、終わった。
「......」
覚悟を決めていた静寂の中、それは日が変わるまでの長い時間だったのか、それとも瞬きすらできない一瞬のことだったのか。
窓から差し込む光が明るくなった。
「あれ?」
死んでない。
未だ五体満足のままだ。精神的な余裕は少ないがこれはこの異空間で目覚めてからずっとそうだ。
椅子から立ち上がる。緊張で硬くなった体をゆっくりと動かす。そして深く呼吸をする。
一通りの確認を終えたとき、柔らかくなった体から自然と言葉が出た。
「よかった」
噛み締める。生きている実感がする。
大きく息を吐く。
悪辣なやつは気が緩んで油断した瞬間に攻撃してくるのだが、その気配もない。
根拠は全くないがなんとなく思う。
「手紙の送り主達は俺に害意や悪意はない」
むしろ逆で、そこにあるのは俺への気遣いだ。心配すらしてくれているように感じる。
再度思う、根拠は全くない。
ただの主観だ。
もちろん相手を雑に扱っていいわけはない。まして、見下したり、相手を否定するなどもっての外だ。
よし、謝ろう。
「先程は非礼な発言をしてしまい申し訳ありませんでした」
椅子から立ち上がり、しっかりと頭を下げる。30秒ほど数えたら頭を上げる。
そして無言で机の右にあるチェストを見る。
また出現を感知できなかった。
「いくつか疑問がある」
なぜか感知できない魔法......については諦めよう。一応、既知の種族の中でルガル種は非常に優れた魔力感覚を持つはずだ。これもシステムへの依存で俺が特別鈍ったのか?
さておき、俺が聞きたいのは次の3つだ。なぜ転移ポータルの件を知っているのか。なぜ俺の事情に詳しいのか。装備はわかったが俺の物資はどこにあるのか。
手紙を複製した時の推測が正しいのなら返事を返せるはずだ。
続きを読む。
『私だ、アホどもが好き放題したのでこの手紙は処分する必要がある。代わりのものはもう机の上にある。中身は本来のものだ。』
抱いた疑問への返事はなかった。
代わりにこの手紙は本来のものではないようだ。
なぜ俺がそんな手紙を読んでいるのかは不明だ。もしかして他の隣人にも同様の配慮をしているのだろうか。特別扱いは困る。
確認のために、送られてきた本来の手紙を読んで見る。
「ずいぶんと無機質だな」
冒頭にルガルという言葉がなく、単に『ログハウスの部屋にいる者へ』となっている。そして途中で書き手が交代することもなかった。
それはただ情報を伝達するためだけの手紙だ。
『この手紙は机に置いてくれ、私達からは以上だ。君の幸運を祈る。』
本来の手紙には最後のこの一文もなかった。
無機質な手紙と比較したからだろうか、俺は手紙の相手にどこか親しみを感じてしまっている。
自分でもおかしいと思う。今の感想を素直に言えば故郷にいる友人達は皆心配するだろう。
そして手紙の送り主達も心配してくれる気がした。
だから気づけば俺はオリジナルの手紙と複製したものを手元に《収納》していた。
そして今から気持ち悪いことをいう。どうか我慢してくれ。
「直接会った時に渡すよ、その時に処分してくれ」
反応がないのは寂しい、あとこのセリフすごく恥ずかしい。このままだと俺はただ勘違いした痛いやつになる。
どうか不快に感じてませんように。本当に頼みます。
「店長」
不安になった俺は、多くの人から人生相談を受け付けて、その評判からいくつもの異名をもつ行きつけのお店の店長へ祈った。
どこからか幻聴が聞こえる。
「それエキュア・スタト症候群よ、あなた極限状態におかれて加害者に好感を抱いているの、正気に戻りなさい」
おお店長、私はあなたが正しいと思います。
尊敬できる店長からの啓示によって俺は正気を取り戻した。
《収納》から手紙を取り出す。そして机に置こうとした時、どこからか強い感情が伝わってくる。
「私達はとてもとても悲しいです、悲しいですね、私達に嘘をついたのですか?いえ君の判断は尊重されるべきですね、ええ尊重しますとも。でもとても悲しいです」
怖いよ、助けて店長。
無情にもここに頼れる店長はいない。今ごろはあの不思議2人組のわがままな注文を満たす食事を四苦八苦しながら作っているのかもしれない。そんな店長を俺は尊敬してます。だから助けてください。
しかし伝わる感情は強まるばかりで、物理的な圧力すら感じるようになった。
重い、重すぎる。正気の俺には背負えない。
俺は手紙を《収納》して再び正気を失うことにした。