「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
——前書き
ようやく完成しました。
これからは完成次第投稿という形にします。
目標は週一更新です。
『お主、顔がやつれておるが大丈夫か』
妾さん達の責任です。
その気持ちを目の前の紙にぶつけるのは簡単だが、ペンを持つ俺の右手は頑なに動かない。
『本当にどうした。先ほどまでの元気がないぞ』
俺の推測では、妾さん、手紙の送り主達は故郷のエルガルド共同体を滅ぼすことができる。その可能性は非常に高いはずだ。
そうであれば脆弱な俺の相手をする必要はないはず。なのになぜ、こうして妾さんは俺に向き合い続けるのだろうか。
そもそも俺が要望を聞きたいと宣言した瞬間、紙に書いた要望書を転送すればいいだろうに。
『妾はお主が心配だ。もし原因が妾達にあるのなら謝罪しよう』
この文言を素直に受け入れることはできない。しかし、妾さんの文字のブレからは、記入の際に震えていることがわかる。
本当に心配しているのか?
そうであれば、どれほどありがたいことか。
『いいえ、少し嫌なことを想像して取り乱してしまいました。謝るべきは私の方です』
『そうか、ならばよいのだが』
そういえば、幾度か俺の意思が尊重されていたのを自覚する。
いや違う。そもそも興味が薄い可能性も考慮しなければ。手紙の送り主について、その本意が全くわからない。
俺は内心で頭を抱える。あくまで内心だけだ。向こうにはバレバレかもしてないが。
どうせ俺の思考が理解されているのなら、いっそのこと直接問うてみるか。
『つかぬことを聞きたいのですが』
『歓迎する』
『なぜ、こうして俺と交流するのですか?』
『妾達はお主の機嫌を損ねたくないからだ』
『なぜですか?』
その割には、どこかの誰かが俺の荷物を漁ったようだが。そのせいで俺が怒りに呑まれそうになったのだが。
『爆弾の件については、お主の懐から偶然零れ落ちた一つだけの予定だった。あの馬鹿が欲を出さなければな』
その記入は文字と行が乱れ、今までの整然としたものとは大きく異なっていた。妾さんの強い感情が垣間見える。
そして妾さんは肝心の理由については明かしていない。
自然と肩に力が入る。俺は緊張しているのだ。
「ふぅー」
曖昧な記入でお茶を濁されないように、もう一度聞いてみよう。
『なぜ、俺の機嫌を損ねたくないのですか?』
『お主に異空間を傷つけられたくないからだ』
それは嘘ではないだろうが、本意ではない。
『その懸念があるならば、先制攻撃で俺を殺せばいい。妾さんにはその力があるはずだ』
妾さんは、先程俺の魔法に介入し姿を暴けると記入した。それに、今も逆探知を防ぎながら一方的な干渉を続けられている。
手紙の送り主達は徹底している。俺に逆転の糸口を与えることがないように。
そしてこの回答で妾さんの認識を少しでも読み取ろう。
『そのような不本意なことはしない。妾達はお主に生きて欲しい。その理由は明かせない。だが、お主が死ぬのは許容できない』
不本意か、不可能ではないと。
その記入に対して、俺の体が震えたのを自覚する。
それと同時に思う。ここまで強調するということは、本当に俺を殺したくないのかもしれないと。
異文化コミュニケーションの真髄には最新の注意を払おう。相手のことを知らなければ、それも不可能であるが。
「しかし」
手紙の送り主達は故郷の報復を恐れているのか?
確かに俺を殺し、その事実が確認できれば故郷は報復してくれるだろう。
故郷がこの異空間を発見するか、もしくは異空間のあった座標を暴き、システムによる過去事象の観測によって俺の死亡を確認できれば。
残念ながらそれは実現の低い可能性だ。この広い世界で、位置不明の俺をピンポイントで探し出すのは困難だ。
さらに残念なことに、もし実現しても手紙の送り主達は、故郷の報復を恐れる必要がない可能性すらある。
『改めてお主のためにここに明記しよう。妾達の思いを明確にしよう』
あくまで、その可能性を排除できないという意味だが。
『妾達はお主の敵ではない。お主には生きて欲しい。これは明確な要望だ。できるものならこの異空間を壊しても構わん。また作るのは非常に面倒だが、それも許容する』
手紙の送り主達は、俺について中立の立場である。そして、俺の死亡は何らかの不利益をもたらすとので避けたい。
素直に解釈するとこうなるか。
そして、妾さんが異空間を壊されるのを相当嫌がっているというのは、その曲がりくねった文字の乱れと止めに対するインクの滲みでよく伝わった。
しかし、安易に味方と書かない点には好感を持てる。
俺は腕を組み、首を傾げ、目を様々な方向へ向け、加速した思考を巡らせる。
「スゥー、ふぅー」
その場で一息の深呼吸をすれば、すぐにまとまった。
『この異空間は素晴らしい作品です。俺も壊したくありません』
これは俺の純粋な本音である。
『そう言ってくれると助かる』
そして、手紙の送り主達への方針も決めた。
まずは最初に。
『皆様とは今後とも、こうして意思疎通を図る機会を設けたいと思います』
『それはダメだ』
いきなり躓いた。今考えた全ての前提が崩れ去った。
やばい、どうしよう。
と、とにかく、硬すぎる地面に水溜りができないように汗を拭くか。
よーし、《物質生成》を行使してハンカチを作って……あ、うっかり落とした。
『こうしてお主と関わるのは召喚までの間、つまり異空間内でのみだ。お主がどうしてもと希望するなら……どこを見ているお主』
多分きっと、俺の正面にある紙には妾さんが真面目な記入をしているはずなのに、俺は取り落としたハンカチが落ちる様を呆然と見つめていた。
『お主、面白いな。顔が世紀の阿保ズラだ』
そのままヒラヒラと異空間の重力に従うハンカチはやけにゆっくりと下に落ちていく。
身体強化と加速の組み合わせによってハンカチを確保しようと動くが、すでに高嶺の花と化していた。つまり、俺の手の中から紙一重で逃げていくのだ。
『くくくっ。そーれ。ハンカチはここだぞー』
そうかと思えば、ふわりと浮き上がり俺の周囲を周回する軌道を描き始める。
俺はそれに合わせて中に浮き上がり、くるくると体の向きを変えていた。
もちろん、これが妾さんのイタズラだとは察していた。
現に、俺は新しいハンカチを用意しようと再び《物質生成》を行使した。行使した魔法は、それはそれは、とても丁寧に介入された。
『それは面白くないから止めておこう』
今まさに魔法の発動が阻害され、無残にも解体されていく残酷なショーを見た俺の感想は。
「いろんな意味で、全く笑えないんだが」
俺は唐突に遠くの景色を見たい気分になり、実際に空を見上げた。
そして地面を見れば、俺の足元に水溜りができていた。これは、絶対に妾さんのイタズラだ。
俺の想像がことごとく現実になることについては、もはや何も言うまい。
それよりも、ハンカチが目の前で謎のダンスを披露していることが気になる。その動きからしてヘッドスピンだろうか。
なぜかBGMが想像できてしまうのが嫌だな。
首を軽く振って気を確かに保つ。そして正面の不愉快な文章をわざわざ声に出して読んでやろう。
「『焦りすぎて地面に水溜りができているな、妾は非常に面白い』」
実は少し楽しんでいるのは秘密だ。
俺は、不思議二人組であるアミナとロウリのくだらなくも愉快なやり取りを思い出していた。
さて、この適温の異空間であるのにもかかわらず、焦りの感情から細かい汗が出ていることは認めよう。額から流れた汗が顎に滴を形成していることも認める。
そうした事実のみを認めた上で、俺はペンを動かす。
『やりすぎです』
『やめて欲しいか?』
アミナとロウリなら、しばらく黙すればいい。自然と向こうから申し出てくれるはずだ。
ほら。
『妾はお主の誠意を求める』
失礼ながら妾さん。それはアミナよりも柔らかい物言いですよ。よって俺にはノーダメージ。
いいだろう。今の俺の不快感を素直に表現してやる。感情には誠意も必要だろうから行動も伴わせようじゃないか。
「どうか、ご勘弁を」
当たり前だが、俺が妾様に生意気なことを言えるはずがない。
それは説明するまでもない、当たり前のはずだ。
『何も土下座しなくてもよいのだが』
反応はあった、しかし、現状に変化はない。
空間縦深の機能で俺は一切濡れていない。これがダメなのだろう。
もし仮に空間縦深をカットしても、完全防水かつ除水機能付きの衣服は水に濡れることはない。
ならば。
——空間縦深防御の一部をカット。
準備よし。
「再度!妾様にお願い申し上げます!」
これで俺の顔は水に濡れる。ついでに顔を叩きつけておこう。
身体強化はカットしていないので怪我はない。
いてっ!
『そして水溜りから綺麗に飛散する水飛沫を見せられた妾』
「何卒どうか、お戯れをやめていただけないでしょうか!」
『妾、困惑中』
こういうのは勢いが大事だ。恥を感じて躊躇するのが一番よくない。
俺は水溜りが無くなり、ハンカチが手元に戻るまで続けるつもりだ。
これは決してふざけているわけではない、むしろ大真面目だ。
「何卒!どうか何卒!」
『あ、うん』
水が消えた、ハンカチは俺の後頭部に降りてきた。俺は何事もなく、当然、恥ずかしげもなく立ち上がる。
さて、これは一連の記入を見た感想だ。
『妾さん、意外とノリがいいですね』
特に最後の記述。完全に合わせてるだろう。
『これで正解なのか?』
そして、最低限の確認は済んだ。
おそらく、あくまでも推測になるが、多分手紙の送り主達には対等な物言いをする方が良さそうだ。
強引な脅しをかけるのは論外として、しかし極端に卑屈な態度もよくない。
初めは不満もあったが、これからは普通の知人として接することが、波風のたたない交流になるだろう。
俺の生存が手紙の送り主達の利益に適うことも関係してそうだが。さらに、手紙の送り主達の目的を偶然にも害していないだけの可能性があるが。
俺にとって都合のいい可能性が否定されていないだけましだと思おう。
「では、要望をまとめましょうか」
『そのまま続けるのか……』
「何か不都合がありますか?」
『お主が不安を感じておるのは、その手先の震えからよく伝わった』
その通りだ。何より相手の目的が一切不明というのが恐ろしい。
詳しく聞き出したいのだが、やり取りからして教えてくれないだろう。
『何が不安の要因か?』
「妾さん達の目的がわかれば、おのずと不安は無くなるかと」
無理に聞き出すわけにはいかない。だが、このままでは不安だ。
『そうか。すまないが、それはお主には教えてやれん』
俺は肩を落とし、少しだけ脱力感を覚えた。未だに足元に残る起爆スイッチを無心で眺める。
やがて顔をあげ、正面に置いた紙を眺め始める。
『妾達の目的について、お主に伝えられるのは——』
妾さんの文面と今まで以上に丁寧に書かれた文字からは、できうる限りの誠意を感じる。
ありがたいことだ。
続きを読もう。
『異空間の作成と一連の異世界召喚への介入によって、妾達はその目的のほぼ全てを既に達成しているということだ。そして、こうしてお主らに依頼をしているのは最終段階の細かな調整だということだな』
ふむ。参考になる情報を得られた。
やはりヒマイさんとヨラメさんは手紙の送り主の依頼を受けていたのだろう。それはノイエルもほぼ確実。
外にいたアステアさんと名前も出ているか怪しいセンス抜群の彼は情報不足で判断保留。
エイサンドさんとヴィーシェルさんはおそらく関係なし。
白魔女とチンピラさん、区別のつかないドンヨークさんとクアチリーさんらは不明。
あとは……踊り場の奥にいる何者か、彼もしくは彼女もしくはその他についても不明。
潰れたトマトは俺にとっての明確な敵。
俺を含めて全部で14人。二階の廊下の扉は14枚。ちょうど一致するな。
ん?
何かを忘れている違和感があるが、まあいいだろう。
『魔術師については、お主が目覚める前に殺しておいた。オレとお主の言う潰れたトマトは妾の方で死亡を確認した』
そういえば、エイサンドさんが人違いをしていた魔術師さんがいたな。もう死んでいるのか。
まあ、この書き方だとトマトの同類か。
そうだ思い出した。二階の廊下の壁にあった違和感はそれか。
『納得してくれたようでなによりだ』
『はい、おおよそ繋がりました』
おおよそまとまった。
つまり、この件に関する手紙の送り主達の目的は、言葉を借りれば調整だ。
調整、という単語の周りにどのような修りが付くのかは相変わらず分からない。調整以外にどこでどのようなことをしてきたのか、これから行うのかも分からない。
そして、故郷の厳重な防御を突破して俺をここに転移させた理由も同様に。それは本当に調整に必要だったのだろうか。
俺は首を傾げて紙を見つめる。
向こうが誠意を見せてくれたのだ、やめておこう。
俺はすらすらとペンを動かす。
『これ以上は詮索しないでおきますね』
『助かる。妾達からの要望は以上だ』
いちいち紙に書くのも飽きたし、いいか。
「では私は……俺はこのまま面倒事に巻き込まれてしまい、それをどうにか穏便に回避しようと精一杯の努力をするも、どうにもならないと」
後半は割と雑な内容だ。そうなるとは限らない。
『そうだ』
返事はまさかの断定。
思わず顔を逸らしたよ。そしたら紙が連動して正面に来たよ。
妾さんは理不尽な現実から逃避するなといいたいんですね。
ならば、俺にも考えがある。
『妾が強制的に加速を解除してもよいぞ?』
この加速状態のまま一年くらい引き篭もろうかと思考したタイミングで図星を突かれた。
それはあまりにも理不尽だよ妾さん。
「本当にやめてください。自分でやります」
『お主の焦る姿は面白い』
「あなた趣味悪いね」
それは思わず咄嗟に出てしまった、しかし精一杯の皮肉だ。
『妾、超楽しい』
——急募、強大な存在への反撃手段。皆の知恵を募集。
——エラー、システムに接続できません。
——おそらく物理的なものはほとんど効果がないので、相手が嫌がる精神的なものを。
——エラー、システムに接続できません。
「ちくしょう」
『お主に一ついいことを教えてやろう。最後に頼れるのは自分自身だけだ。よーく、覚えておくといい』
「俺の故郷の報復が楽しみだよ」
『やーい、テクノロジー依存!』
何も言い返せない。ちくしょう。
というか、完全に思考が覗かれてやがるなこれ。
「妾さんはストーカー」
『実は魔法で覗かずとも、お主の思考は簡単に読めるのでーす!』
「……」
惨すぎる。世の中は実に残酷だ。
『……もうやめるか?』
挙げ句の果てには慰めの言葉をいただいた。
手紙の送り主達に対しては、俺に張り合うプライドはない。よってありがたく受け取ろう。
「そうします」
『ではお遊びは終了だ』
これでようやく、今回のやり取りは終了だ。
『またこうして交流しよう。お主ならばいつでも呼びかけるがよい。いい暇潰しになる』
気まぐれに俺は、最後の返事のためにペンを動かした。
『また面白い様で楽しませてあげますよ。対価として、妾さん達のことを教えてください』
『よかろう。妾は対価を払わず楽しむことにする』
返事を読み、俺のペンの動きが止まった。
『冗談だぞ?』
「微妙。笑えない」
『そうか……』
今度は意識してペンを動かす。
『ではまたの機会に』
『いつでも是非に』
——《記録》を行使して内容を保存。保存した内容を確認。齟齬なし。
——紙とペンに対して《焼却》を行使。焼失を確認。
——空間縦深内の防御を再構築。作業を完了。
「ふぅー」
空間縦深を縮小。
減速後は異空間内の速度へと適合。
この時、俺は異空間の基本速度がエルガルド標準時間に近似していることに気がついた。
まあ、手紙の送り主ならこれくらいはな。
それよりの、確か加速前はヴィーシェルさんの発言が途中だったな。
姿を見せるために、隠蔽魔法を一時停止するか。
最後に、《過去事象の再現》を行使して、俺を元の位置に戻して、加速前の姿勢を再現して準備完了。
——減速を開始。
そして周りが動き出す。
「——あ、3人は屋敷に逃げなさいよ?」
少し間延びしたヴィーシェルさんの声が面白かった。
俺はすぐに、左に立つヴィーシェルさんへと返答する。
「諸事情により、私は残らざるを得ないようです」
「なんでよ。絶対に逃げた方がいいわよ」
その表情は切迫していて、時間がないことを教えてくれる。
ヴィーシェルさんはとても良い子だなぁ。純粋に俺達を心配しているのがよくわかる。
悪辣な妾さんは見習ってはどうですか?
俺からのささやかな提案ですよ?
ねえ?
第5話終わり
白木ケイ
——備考
・妾様『顔が世紀の阿保ズラだな』
妾様は大爆笑中。とっても面白くてご満悦です。主人公の顔は妾様にとっての笑いのツボになったみたいです。
・主人公「いろんな意味で、全く笑えない」
魔法の解体ショーが目の前で実演されて、いよいよ抵抗できないことを確信した。
それはそれとして、魔法の発動阻害についての勉強になった。できれば普通に学びたかった。
・手紙の送り主、妾様の要望まとめ
1、お主は屋敷の外にいろ、外の出来事に関わるように。
2、隠れ潜むことも逃げることも許さん。
3、異空間の法理を確認しろ。苦労した作品の凄さを理解できるやつに自慢したい。ついでに私への意趣返しをしたい。
4、落ち着いたら一度自室に戻れ。そこに手紙を用意した。爆弾を盗って勝手に改造したことは本当にごめんなさい。
5、お主は死ぬな。それは妾達が困る。
6、作者が悲鳴をあげる「ひぃー!」
・手紙の送り主、カラリルシェイ・ミアサトムと他キャラクターとの関係性について
作者の力量不足を感じます。
——後書き
1章-1での5話か6話での廊下の説明を修正する予定です。時期は未定です。
白木ケイ