「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
正気を失ったとはいえ、頭は比較的冷静だった。
目覚めたら知らない異空間にいて余裕がない中、咄嗟の想像だけで椅子から転げ落ちたり、エキュア・スタト症候群に陥ったりした。
手紙に書かれた文言のみで、問答無用で俺を討ちにくるというのはあまりにも偏った思考だ。
また、俺を心配して気遣ってくれているという思考も同様だ。
「異世界召喚と同じだ」
手紙の送り主達がこちらに敵対的か友好的かはわからない。あるいは無関心に近いのかもしれない。
何を考えているのかわからない未知の相手だ。
「......さっきの圧力を考えると無関心だけはなさそうだな」
ともかく、向こうが抱いている感情や目的がこちらの憶測でしかない以上、偏った妄想に従う必要はどこにもない。
もしかしたら生涯の友になれるかもしれない。
もしかすると分かり合えない敵かもしれない。
今の2つの思考は完全な的外れかもしれない。
ならば過度に怯える必要はなく、過剰な親しみを持つ必要もない。
「中庸だ」
初対面の相手に少しの不安と恐怖から警戒しつつも、心のどこかで親しくできるかもと期待を抱く。俺はその様な有り方で手紙の送り主達に対応しよう。
何か色々あったせいで忘れていたが、俺とこの手紙の送り主達とはまさに初対面なのだ。
初めてのコミュニケーションで多少の行き違いがあるのはよくあることだ。何もおかしなことではない。相手との距離感は今後の付き合いで自然とわかるだろう。
そもそもあれだけの圧力をかけて手紙を《収納》させたのだから、いつかの機会に直接会うことになるのだろう。
ちょっと気が重い、憂鬱だ。
ともかく手紙は読み終えた。
気づけば感情の圧力は消失している。
俺も正気に戻れた気がする。
「スゥー、ふぅ」
疲れた。正しくは思考による脳の過労と精神的な疲労だ。
《疲労全般の回復》を行使する。回復した。
こういった魔法は体内のリズムを崩したりするのであまり行使したくないのだが、今の状況では仕方ない。
「よし」
やるべきことは明確だ。
1つ、窓から外を見る。
1つ、チェストの中身を確認する。
1つ、部屋から出られるか確かめる。
その後、部屋を出て屋敷の探索と隣人達への挨拶をしよう。
楽しい異文化交流は後にとっておこう。なにせ異世界召喚だ、きっと見たこともない人がたくさんいるはずだ。
もしかすると見たことがない異人種とかにも出会えたりして......そういえば価値観体系とかが根本から違う彼らではまともに会話できる可能性は低かったな。最悪、戦闘になるかもしれない。
「嫌だなぁ」
やっぱり人型、人外問わず異人種はいませんように。あ、ルガルみたいな人型の普人種と人型になれる人外の亜人種は大歓迎だ。
この2種であれば共通認識の下での相互理解ができるはずだ。
でも俺、コミュニケーション苦手だしな。
「大丈夫かな」
仮に大丈夫でなくてもやるしかない。頑張ろう。
そのためにもまずは、目が覚めた時より明るくなった窓の外を見よう。
というか、手紙が出現しなければそうしたはずだ。
机の左側にある窓は、一切の汚れもないクリアな素材でできている。近づいて軽く叩いてみるとガラスとは少し違う音と感触が返ってくる。
「なんだこれ、アクリルか?」
外枠はやはり木組みだ。窓の中にはこれも木材でできた十字状の構造がある。よくみると、雨や汚れに対する保護剤が木の表面に薄く膜を張るように仕上げられている。窓にはさらに劣化防止の効果を持つ魔法が目立たないようにかけられている。
「ん?」
この魔法、劣化防止の効果だけではない。いや二重にかけているのか。だが片方が解かれるともう片方の効果も失われるからセットになっているのか。非常に興味深い構成だ。
特に面白いのが外部からの妨害や解除に対する対策だ。魔法構成の偽装は最低限にする代わりに妨害や破壊に対する強度が非常に高い。
発動の解除については、仕掛けも簡単で誰でも解くことができるものだ。ただし、ひたすらに時間がかかる。見た感じシステムの補助ありでも1日はかかりそうだ。まして補助のない今だとすごく面倒くさい。費やす労力と結果が見合わない。
「いやこれほんと面倒だな」
例えるなら、5秒で答えが出る1問1答の計算問題を延々と解かされる感覚だ。さらに1問当たりの制限時間が1時間で、それが無くならなければ次の問題に取り組めない。つまり、解答に際して非常に面倒な制限がかけられている。
「パターン化して自動化すればいつか解けるが、終わるのはいつになるのやら」
異世界召喚されるて異空間が用済みになるまで解除されなければいいと考えれば、理にかなった魔法構成だ。勉強になる。
肝心のもう一つの効果は何かといえば。
「言語化するなら《入力と同様の出力》か?」
この窓ではない別のどこかからの光や音、熱、衝撃といった情報入力を受けて、かけられた魔法が全く同様の出力でこの部屋へ再現する。
「ほー」
ということはつまり、屋敷の外に入力を受けるための窓があり、そこからの情報をここに映しているわけか。
「これはあれだ、異空間を作るとき中においた建物とかを適当に仕上げたせいで外見と中身が合わなかったパターンだ」
異空間を作る時によくある失敗だ。俺も故郷の基礎教育課程で何度かやらかしたことがある。
多分だが、俺がいる建物の外見は手紙の通り屋敷なのだろう。しかし、事前か事後に作った俺の部屋を含む内部の部屋割りが屋敷の形状とは全く違うものになった。
だから追加で屋敷の中に再度異空間を作りだし、そのせいで外が見えなくなる内装の窓との辻褄合わせのために外が見えるようにこの魔法をかけたと。
そう考えるとやはり——
「よくできた窓だなぁ」
もちろん皮肉である。
《入力と同様の出力》の魔法を隠すように劣化防止の魔法がかけられているのはそういうこと。
そもそも木材の表面仕上げも窓のコーティングも結構しっかり作り込んでいるから、わざわざそんな魔法をかける必要性が薄い。
ていうか俺がやらかした時も全く同じ発想で解決したしな。
この制作者、あまり異空間の作成に慣れてないかもしれない。多分探せば初歩的なミスがぽろぽろと出てくるだろう。
だが馬鹿にしてはいけない。俺も昔は同じミスを繰り返したのだ。
人は練習して慣れていくことで成長できる。
気づけば窓には俺は腕を組んで顔を頷かせる様子がクリアに写っている。
「よくないな」
ちょっとよくない、勝手な想像で勝手に共感してしまった。
もちろん今の考察は的外れかもしれない。その可能性は大いにある。
でも当たりだったら面白いなぁ。
「ふふふ」
窓の魔法の考察はここまでにして、外を見よう。
手紙の通り外には見渡す限りの地面が広がっていた。《遠見》の魔法を行使してかなり奥まで見ても、岩もなく小石もなく、草木の一本も生えていない乾いた土しかない。
「死の大地かな」
土といっても砂漠のようにサラサラとして簡単に掬い上げられる性質ではなく、踏み固められて言葉通りの平面を形成しているものだ。
そして明るい。眩しいと言い換えてもいい。この異空間の光源は地面の発光だから当然か。
しかしみる限り、そよ風すら吹いていないようだ。空気が澱んでいそうであまり外出したくはない。
「ここから見渡す限り水場も無さそうだ、本当にただの地面しかない」
屋敷の部屋の窓に魔法をかけて外の景色を見れるように凝っているのだから、もう少し外の環境にも配慮してほしかった。
やはり異空間初心者か。
さてここでも魔法が見える。
「これは壁?だろうか、なんというか俺の部屋の木の壁の方が丈夫そうだが」
右手を木の壁にゆっくり沿わせるが、これはどう頑張っても破壊できそうにない感触が感じられる。
しかし窓から見える結界もどきはとても頼りなさそうだ。
偽装も隠蔽もできていないばかりか、解除対策もされていない。本当に一定の衝撃を防げる程度のものだ。
「ちょっと干渉しようかな」
ふふふ、面白そうだ。
特にすごく柔らかそうなあの辺りに触れるとすぐに崩れてしまいそうな感じとかすごく可愛い。
まるで制作者の魔法とは思えない。
「あ、まてよこれ隣人の魔法か?」
ちょっと干渉して崩してしまうと、その隣人との関係が最悪になるかも知れない。誰だって自分の作品を雑に壊されたくはないはずだ。
となると本当に残念だが干渉はやめておこう。
「あの結界もどきぷるぷるしていてすごく可愛いのに」
残念だ。
諦めてチェストを開けよう。
後ろ髪を引かれながらも踵を返してチェストの前に立つ。ああ、だめだ外のぷるぷるが気になりすぎてチラチラッと窓を見てしまう。
「本当に残念だが諦めよう。俺にはわからないが、もしかしたらこの部屋で魔法を行使しても干渉できないかもしれないからな」
いや待て、窓にかけられた《入力と同様の出力》の魔法、ちょっと改造して機能を追加したものを新たに行使すればこちらからも干渉できる。
「ぬぐうぁー!」
なんてこと思いつくんだ。
今日の俺は冴えてるのかもしれない。
「いやいやダメだ。隣人との関係は良きものにしないと。この異空間での暮らしが地獄になるぞ」
そうだ、だからやめるんだ。
やめる......やめ......やりたいなぁ。
「よしやろう」
そうと決まればあとは早い。有限の時間を無駄にすることなく、すぐに《入力と同様の出力》の魔法の改造に取り掛かる。
しかし問題が発生した。
ここは故郷ではない。通常、魔法の改造はシステムに補助してもらう。だが今はシステムと接続できないのだ。そんな俺に短時間での魔法の改造は難しい。
「できないわけではない、必ずできる」
しかし、思ったよりかなり時間がかかりそうなのが難点だ。具体的にはエルガルド標準時間で10日くらい。この異空間での時の進む速さは不明だが、正確に見積もればあと数日は前後しそうだ。
「数分で終わると思ったのに」
今の状況で10日も無駄にできないな。
仕方ない諦めよう。
「はあ」
俺は深く落ち込んだ内心を表すように、膝よりも下にある高さのチェストへ屈んだ。
そしてチェストの繋ぎ目にある長方形の縦から反時計回りに90度回す。
あっ、このチェストにも魔法がかかってる。
やったぜ。