「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
——前書き
運動習慣は本当に大事だと思います。作者はあまりできてませんが。
蛮族はお怒りのようだ。
「俺様に嘘をついたのか!」
俺は蛮族を殺すための時間稼ぎを試みる。
【軍用魔法-用途:攻撃——《対軍用魔法、一般妨害》。
【軍用魔法】、《対軍用魔法、一般妨害》。
【軍用魔法】、《対軍用魔法、一般妨害》。
「その手にある腕輪ですが、私に返していただけますか?」
【軍用魔法】、《対軍用魔法、一般妨害》。
「舐めてんなのか、ああん?」
【軍用魔法】、《対軍用魔法、一般妨害》。
攻撃用の軍用魔法はもうダメだ。
……試しに、蛮族のはるか後方の地点で無意味な《魂の完全焼却》を行使してみる。
成功した。これなら殺せるか?
《魂の完全焼却》を蛮族へ向けて行使。
「そうすれば、今までのは全て無かったことにしましょう」
——
《一般魔法解除》によって《魂の完全焼却》を無効化。
——
「舐めてんなてめえ」
《音の制御》を行使、《光学制御》で口元の動きも隠してからできる限りの怒鳴り声を出す。
「ふっざけんな妾!まともな攻撃手段を返せ!」
「俺様をみてすらねえだと……」
蛮族はさらにお怒りのようだ。
俺にとっては瑣末なことだ。
それよりも、理不尽な妾に邪魔されないように腕輪を取り戻す方法を考えなければ。
ふと、蛮族は俺の視線が腕輪にしか向いていないことに気がついた。
「そんなに腕輪が大切か、ならぶっ壊してやる」
怒りは人の理性を失わせるが、それが極限に達すればある種の悟りをもたらす場合もある。
親切丁寧に優しげな微笑みを添えながら、俺は蛮族さんに不変の事実を教えてあげようと思う。
「お前のような雑魚には無理だよ」
あの二人の贈り物である腕輪を壊すのは、俺でも難しい。仮に壊れても、ひとりでに直ることは実証済みだ。
ここで俺は、手紙の送り主の干渉さえ除けば、落ち着いて対応すればいいことに気がつけた。
「蛮族さん。早く壊してみてくれよ。……どうした?その立派な体は鑑賞用の美術品か?」
まずい、ただの煽りのつもりが、素晴らしいムキムキマッチョメーンであると絶賛してしまった。
「クソがー!」
大丈夫そうだな。
「そんな乱暴に地面に叩きつけないでくださいよ」
放物線を描く俺に腕輪に一つの魔法を行使する。
《2工程・現実改変》を行使。成功。
これで元通りと。
「干渉されなくてよかった。はぁー」
「死ね!」
迫る蛮族を見ながら、冷静に《転移》を行使。まさかの成功。
ダメなら自力で避けるつもりだったのだが。
「てめえどこいきやがった!」
俺は優しく服の袖を捲り、左手首に腕輪があることを確認する。
おかえり。
ゆっくりと腕輪を外す。小うるさい羽虫の声が聞こえるが無視しよう。
そして、《収納》からお手入れ用の布を取り出して拭き拭き。
ほんの少しの汚れが除かれて、綺麗になった。
地面の光に照らして、感想を述べよう。
「よーし、ピカピカだ」
あ、《音の制御》で聞こえないのか。残念。
まだ羽虫は狼狽えてるよ。
「君よ、後ろだ」
俺はその声が羽虫に届くのを遅延する。アステアさんは声を絞って牽制しておく必要がある。
急いでいるので一息で。
「初めまして私はエリクです後で説明をお願いしますねアステアさん?」
「驚いた、なんとまあ器用な魔法じゃ」
まあ元からそのつもりじゃ。アステアさんはそう続けた。
ヨラメさんはヴィーシェルさんとエイサンドさんのお二人に異世界召喚と異空間にいる人々についての説明をしているようだ。
まあ、特に気になる内容ではない。既に分かっていることだ。
なんとなく見つめていれば、向こうから会釈をされた。
側にいるヒマイさんは……そんなに震えないでください。
金ケモ耳もプルプルしている。
「ヒマイさん?」
「はひ」
「別になにもしなければ、俺もなにもしませんよ」
「はひ」
「今から蛮族を殺そうと思いますが、問題ありませんか?」
ヒマイさん、戦いの話になると即座に意識が切り替わるんだよね。
いつのまにか、金ケモ耳はシゴデキの雰囲気を醸し出している。
「なにもありません。ご武運を」
「応援ありがとうございます」
左にいる観戦中の方々は放置でいいだろう。
右を見れば、お屋敷の外観は相変わらず素晴らしい。
……窓に対して《光学制御》を行使、は失敗ですか。干渉される基準がわからん。
そのまま、特になにもない異空間の空を見上げる。
すぐに考えはまとまった。
あとは手紙の送り主の干渉さえ……本当にこれだけが心配だ。
俺の正面、およそ30歩程の距離にいる蛮族はようやく振り返る。次は上も確認したほうがいいですよ。
「てめえ、どういうカラクリだ」
お目を合わせて、カラクリという文明的なお言葉をご存知なのですね野蛮な未開人。と煽ってもいいのだが、今回はそうしない。
まずはアステアさんの声を届けてみるか。
「遅えよババア!」
「酷い、私はただ君へ伝えようと思って」
アステアさんはすぐにほろりと涙を出して、儚げな声。
あざと可愛い、事前の準備が素晴らしいことで。
たじたじな蛮族さんは、実はアステアさんに一目惚れしてるのかな。
ちょっと面白い。
「っち、次はねえぞ」
蛮族は馬鹿ではなさそうだ、俺の固さを確認してからは猪のような勢いが失われている。
いや、猪だからこそ警戒心が強いのかも。
どうでもいいか。
ここで俺は独り言を呟いてみる。
「私はいつも、朝起きたら自室で運動をするんですよ」
「みて、エリクがなにか言い始めたわ」
「目的は自然派の体作りのためなんですが、まあそんなことはどうでもいいんです」
「自然派ってなによ」
「そういえば、この異空間ではいつもの習慣を忘れていたなと」
「彼の運動習慣とこの戦いにどんな関係が」
「別にないじゃろ。ただの煽りじゃ」
ギャラリーがうるさい。急に恥ずかしくなってきたな。
途中だけど、やめようかな。
「お姉様、ここまで来て彼が口上を中断しようとしてます」
「ええヨラメ。せっかくなら最後までやり切って欲しいわよね」
不思議と、俺は友人であるアミナとロウリに煽られた気分になる。つまり、このままだと負けた気がする。
いいだろう、最後まで言い切ってやるよ。
「がんばれー」
俺は目立つ予備動作として、独り言の最中に左手を動かす。
人差し指と中指を真っ直ぐに伸ばし、親指を立てる。最後に薬指と小指を使って三次元座標軸を模す形へと。
本来これは不要な動作だ。
「つまり、私は趣味の運動をしたいんです」
さて、お祈りの時間だ。どうか干渉されませんように。
「だからですね、——お前は的だ」
そう言い切ると同時に、生やしたばかりでも万全の左腕を、蛮族へ向け、滑らかな動作で構える。
——《仮想質量体の投射》を行使。成功。
構えた薬指の上に発光する物体が出現した。
正面に立つ蛮族はさらに身体を強化し、姿勢を低くして謎の攻撃に備える。
その目線は、白髪の手にあるダーツ状の光弾へと固定されている。
視界の端で、気に入らない白髪が目を細めながら微笑む。
それだけで、蛮族の全身へと電流が迸った。
「せっかくですから、派手にいきましょう」
——超音速で的が大きい胸部へと直線投射。
これは攻撃用途に用いる際、無色透明、無味無臭かつ高速無音にて相手に質量体をぶつける魔法だ。
今回はサービスとして、目に優しい暖色系に光らせてあげ、投射音を盛大にしてあげる。
質量体は超音速なので、聞こえる頃には粉微塵だろうが。
「っぶ」
「お!」
蛮族はギリギリで避けることができた。彼の筋肉の動きが地の光によって強調されている。
……質量体が蛮族の横を通りすがる際に、《爆破》してもいいのだが、やめておく。
この魔法を行使した目的が、咄嗟に思いついた認知戦のためだからね。
ここで、あいつは特徴的な形に左手を構えてわかりやすい脅威となる魔法を行使するという印象を与えておきたい。
そうすれば、いつ敵対するかもわからない隣人達に、予備動作無しで行う不意打ちが刺さりやすくなるだろう?
……潰れたトマトとキモキモ隠蔽魔法の時を振り返るに、ヒマイさんには通用しなそうだが。
「ッガ——」
冷や汗が噴き出る前に蛮族の筋肉が躍動する。
やや無理のある姿勢からほぼ完璧な疾走を開始。せっかくの盛大な投射音を置き去りにし、ぐんぐんと加速していく。
硬すぎる異空間の地面には土埃一つ起こらないが、俺の耳には反響する力強い音が届いた。
ほぼ同時に蛮族の右拳が迫りくる。
「——ァー!」
俺は余裕を持って蛮族を観察できている。なぜなら、近接格闘を補助してくれるマルエルツが複数の対処方法を示してくれているからだ。
俺は頼もしいガイドにエスコートをしてもらうか、素敵なマルエルツの反撃に任せればよい。
……あの時もこうなるはずだったのに。悪逆非道な誰かの干渉さえなければ。
しかしこれは認知戦でもある。
なので、今回は提示された一つの動きを参考に自力で動くことにしよう。右腕の力は少し抜いておかなければ。
「なにが"私は多少の魔法が使えます"よ、この大嘘つき」
上から押し潰すような蛮族の右拳は彼には当たらない。それどころか、彼は蛮族の目線と自分の間にその太い腕を置くことで生まれる、わずかな死角へと入り込んだ。
驚愕する蛮族の視点では、彼が視界から突如として消えたように見えるはずだ。
さらに、揺れることでさらにカラフルに目立つ白髪の内側で、彼は私達を窺う余裕すらみせる。
戦いの外にいる私からは、それらの様子がはっきりと見えている。
「体格差の利用か。上手いのう」
一連の動きには、ほとんど無駄がない。これだけでも分かる、明らかに彼は鍛錬を積み重ねた強者だ。
……これが、カラリル様の演出により相当な手加減をさせられた状態ですか。
ボクさんが、私とお姉様に口を酸っぱくして忠告するのも納得だ。
……そういえば、彼の実力を見たいとのお話は一体どこへ?
深く追求するのはやめておこう。
「いける、勝てるぞ」
ギャラリーが見当違いに騒いでいる。これは戦いではない、単なる運動だ。
とりあえず俺は、《思考加速》を行使してみる。よし成功した。本当によかった。
俺は左前にある蛮族の腹筋と太ももをよく観察する。やはり素晴らしいムキムキマッチョメーンだ。
ごほん。
《仮想質量体の投射》を見て即座に距離を詰めてきた蛮族は、馬鹿ではない。
もう少し賢ければ無条件での降伏を望むと思うのだが、そこは蛮族らしい選択だ。
当たり前だが、腕輪を奪い返却を拒否した蛮族を俺が許すはずもない。降伏しても絶対コロコロする。
……そう考えるとやはり、蛮族は賢いのかもな。
遠距離攻撃の伏せ札も警戒しておこう。
「ァアアー!」
俺は、迫る拳を紙一重で回避する。
蛮族の拳の先には、蛮族の手首と蛮族の太い右腕、蛮族の大きな肩がある。
その先は水平線の先まで平面でなにもない。
蛮族の運動速度を考慮して、アヌインの繊細な身体制御をしっかりと用いる。主に摩擦を減じるという用途で。
スローモーションの視界の中、ギャラリーの方々へアピールするために俺の右手の手をそっと沿わせる。
これも不要な動作だ。
そして同時に、蛮族の身体強化を貫通できる攻撃魔法を行使した。
これも、わざと周囲が感知できるようにしておこう。
——《魂への直接攻撃》を行使。妨害は感知できず。だが油断はできない。
頼むぞ……これが使えないとマジで面倒になるから、頼む頼むマジで本当に。
蛮族はその勢いのまま横を通り過ぎ、後方へとすっ飛んでいく。
俺は早く魔法の効果を確かめたいが、ギャラリーの目を気にして出来るだけ自然な動作で蛮族へと振り返った。
「ガフッ、グッ、ア゛」
地面を跳ねながら、苦しそうにしている蛮族。
その魂は?
「……」
頼んだアヌイン。俺の体を自然に保て、動揺を悟らせるな。
よっしゃー!
攻撃成功じゃー!
面倒事が簡単になったのじゃー!
実はなんの意味もない意味深に聞こえる独り言を言うのじゃー!
「あと二回」
やべ、興奮して変なテンションになちゃた。
こういう時はナトリム教官との訓練を思い出そう。
……油断大敵だな。
第8話終わり
白木ケイ
——備考
・「がんばれー」
どこかの誰かの特殊な声援。
主人公には聞こえている。しかし、意識されることはない。そう設定されている。
意味がわかると少しだけホラーテイストになる応援。
・《仮想質量体の投射》
様々な形の仮想的な実体を持った無色透明、無味無臭かつ無音の弾体を、自動形成される真空の通り道へと不規則軌道で打ち出せる魔法。
標準搭載された魔法内部のカスタム機能で着色できる。
この魔法の主な用途は、お祭りの射的やペイント弾です。もちろん、戦闘にも活用できますが。
効果がほぼ同じ魔法に《仮想質量の投射》がある。こちらの方がより隠蔽されていて厄介。
・現在の主人公が行使している軍用魔法まとめ
魂防御のスプアリト、身体強化のアヌイン、自動戦闘のマルエルツ、探知のエルハー、妨害のオビルクテ、治療のトラトムト、統合運用のスムアルト
以上です。
・認知戦
作者はこだわりを捨て、近年の流行りに乗った。
本当は、欺瞞工作とか印象操作とか偽情報の提供という表現を使いたかった。
・主人公「音が聞こえる頃には粉微塵」
主人公は、エイサンドとヴィーシェルの戦闘を観測している。そのデータ情報を元に、暖色系の飛翔体は確実に蛮族を粉砕できる威力を保持している。
さらに、蛮族の身体強化を探知のエルハーが詳細に分析し、統合運用のスムアルトが必要分まで飛翔体の威力を変化させる(軌道を変えずに質量を加算する)二段構え。
さらにさらに、盛大な爆音は《音の制御》によって蛮族の片耳に集音され、その鼓膜を破る三段構えの予定だった。
期せずして、蛮族はそれらを回避した。
・ナトリム教官との訓練
このように有利を生み出せても、普通に捲られて負ける。
いつも味わう敗北の日常。
主人公「苦い」
——後書き
やっと、主人公の運動会です。
あれ?ふわふわ基礎的世界構造理論はどこへ?
このままだと1章-3になりそうです。
どうしてこうなった。
ま、いいか(豹変)。
白木ケイ