「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
チェストにかけられた魔法は大したことがなかった。
別に魔法の機能に問題があるとか、見るに耐えない醜い魔法が使われていたとかではない。
「見覚えのある魔法だ」
というか、これと同様の魔法がかけられた箱を体感で1週間前に仕事の研修で訪問した軍の施設で見た。
外見が木材でできたただのチェストで、機能は故郷で広く普及している量産型の収納ボックスだ。
「好奇心がそそられない」
なんの面白味もない。ただチェストの容量を超えて物を入れられて、中にあるものが変化しなくなるとかの効果をもつ定番の魔法だ。
今いった効果をパッケージした魔法の名前はそのまま《アイテムボックス》だ。
以前、俺が天才にして天災なる友人にこの魔法について話した時、名前に違和感があることに共感を得られたのは懐かしい思い出だ。
他の魔法とは命名規則がなんとなく違う気がするのだ。
閑話休題。
欠点としては箱の口の大きさ以上の物は収納できないことぐらいだ。逆に収納さえしてしまえば取り出すことは自由にできる。
「《アイテムボックス》魔法は謎に一方通行なんだよな」
収納問題の解決方法は《物体の縮小》で物を小さくするか《物体の拡大》で箱を大きくするかだ。
どちらも使えなければ利用の際に多少の不便は許容しなければならない。
「もちろん俺は両方使える」
しかしまあ、手紙の送り主達はこういった魔道具も用意してくれるのか。
手紙の内容で散々に示唆されていたので今さら故郷の道具があっても驚きはない。
「しかしこれ」
おもむろにチェストの下に手を入れて持ち上げてみる。
このサイズと素材が木材であることを加味すれば恐ろしく軽い。もちろん《アイテムボックス》の重量調整機能で後から重くすることもできる。
表面を手で撫でても、ささくれた木片が突き刺さることはない。何かのコーティングがされている。
色合いが少し明るくて薄いのが好みではないので残念だ。
「あとで変えよう」
先程チェストのロックを解除したが、再度長方形の金具を時計回りに回して閉じる。
「ふむ」
少し改造して召喚された異星に持っていければ便利に使えそうだ。
もち歩く手間を省けるか、《収納》を試してみる。
「お、できた」
しまったチェストを取り出して、再び《収納》する。何度か繰り返しても付与された魔法にほころびはない。さすがエルガルドクオリティ。
雑な魔法付与だど、《収納》の魔法で事故が起こるからな。
再度取り出して机の上に置く。
「ちょっと調整するか」
チェストの高さを縮めて、横幅も少し狭めれば手頃なサイズ感になる。
《物体の大きさの変更》
「よし」
あとは《物質創造》で魔力から生成した金属でできてそうな見た目の持ち手を《接着》する。同じく2つの留め具を生成してチェストの開口部の位置に《接着》する。角に補強用に見えるシンプルな装飾を《接着》すれば片手で持てるカバンの完成だ。
ついでに全体に《塗装》をすれば濃い茶色で目立たない色合いになる。
「よし」
ちょっとした工作に満足した。
あとはガバンへ《世界との適応》を行使する。これを行使しないといつか消失してしまうから、よく《物質創造》と組み合わせられる。
これで数分ほど放置すれば完成だ。
早速できたカバンを開けて中身を確認する。もちろん今の一連の流れで中の物が壊れたり無くなったりすることはない。なんといっても故郷の魔法だからな。
手紙では中に装備品があるらしいが、物資はどうなったのだろうか。
「お」
目覚める前に用意したものが物資も含めて結構残っている。これは失ったものを数える方が早いな。
目を隠すバイザーデバイスと耳にかけていた通信端末、それと魔力を回復する特殊な補水液を入れていた円柱型の水筒か。
まあ最後の水筒以外は故郷のシステムとの接続が前提のものだし惜しくない。
そして水筒は《物質創造》で物を生み出し、水筒のための《水筒》をサクッと付与して新しく製作すればいい。
「ほらできた」
あとは先ほど工作したカバンと同様に《世界との適応》を行使してその存在を永続的なものにする。
あとで水差しから特殊な補水液も補充しておこう。
水筒の完成まで部屋の中で待ちぼうけるのは勿体無いので、カバンからフルフェイスのヘルメットを取り出して被る。
「ちょっと耳が窮屈だが仕方がない」
ヘルメットで顔を隠す理由は単純なものだ。
異星の異世界召喚で集められたこの異空間で、ちょっとどんな格好をすればいいのかわからないからだ。
まず今の俺のファッションについて振り返ろう。
白い肌にそこそこ筋肉のついた体格、故郷の基準で中肉中背、顔立ちを整えて少し小さめに尖った耳を持つ。
故郷ではこの体も含めて類似的特徴を持つ姿の名をエルフという。
服装は靴に靴下にズボンに長袖のシャツ全てが統一された漆黒の装いだ。
そして上着として金糸で綺麗な刺繍が施された濃い紺色のローブを羽織っている。これは腰近くまで生地があるが、不思議と上半身の動きを阻害しないように設計されている。
実際にこの服装のまま研修で戦闘訓練をした際には、かなり良い感触だった。
まとめると、極端に体格が大きくも小さくもないエルフの肉体。服装は全身黒服に紺色のローブ。そして顔を完全に隠すためのフルフェイスヘルメット。
これらは故郷で受けた魔法儀式の監督役の仕事で指定された装いだ。
「何も怪しさはないが、果たしてこの体で隣人たちに受け入れられるのか」
俺は外回りの保護者から聞いた話と仕事をしている友人から聞いた話を思い出しながら考えをまとめる。
現在エルガルド共同体は2つの次元を生存圏としている。そして新たな生存圏を確保するため、別次元へ向けて追加で8個の外征任務群を編成している。
当然ながら、今ある生存圏内でもこれから確保される生存圏でも俺たちルガル種族以外の知的種族が住む星がある。
事前に決定された対象種族の絶滅命令か特定個人やグループに対する排除命令がない限り、外征任務群とシステムは極限の状況になるまでルガルと別種族の人々との共生関係を追求する。
もちろん共生関係には様々な形があり、残念ながらその知的種族が短期的に追求する目標が故郷の目的とそぐわないことで軋轢が生まれるケースもあるようだ。
また、故郷の生存圏内に在るか事前に接触を持った星々の中で、エルガルド共同体を知らない星がいくつもある。
俺が仕事で受けた魔法儀式が行われる星もその一つだ。
そして問題は、その星々の中でルガル種の外交用の正装とされるエルフの姿に対して差別的な動向が散見されるそうだ。
例えば、エルフの姿をしたものを捕らえることを金銭を与えることで奨励したり。
別の場合では、エルフの姿を一つの星の大陸という物凄く狭い範囲にある地域信仰に迎合しない異端の証として物理的に排除しようとしたり。
あるいは単純にある星のローカル国家が法律でエルフの姿を劣等種族であると規定したり。
どれも話を聞く限り優劣なく酷いものだと思う。
故郷はシステムによる共生を実現したいだけだ。相手を奴隷として不当に扱うこともない。たとえ故郷の知識体系に照らす必要がないほどの明らかな空想であっても、少数の信仰を否定しない。全ての種族は共同体での相互理解のもとで平等に扱われる。
たとえエルガルド共同体は生存圏内の空間とそこにある星々を完全の掌握して制御下においているとしても、そこに生きている普人種や亜人種の人々と相互に妥協可能である異人種を決して蔑ろにはしない。
個人的には話に聞いたルガル種の扱いに含むところも多い。
ただ公平にみるならば、ある日突然出会った外見の違う、互いの価値観を十分に共有できていない謎の相手をすぐに信頼して友好的な関係を結べるのかということだ。
簡単にできるのか。もしそうであるならばこの世の苦労の大半は存在していないはずだ。
「というかもしできたら、相手が本当に知的種族かを疑ってしまう」
一部の人々はエルガルド共同体が与える莫大な恩恵を無視してルガル種にこのような扱いをするのはけしからんと批判しているがこれは現実を知らない人々の意見だ。
そもそもルガル種をそのように扱う者達に、システムの完全適用による生存保証や希望する個人への基礎教育課程の実施などの恩恵が与えられるはずはないだろうに。
閑話休題。
つまり俺が懸念しているのは、今のエルフの外見が異空間にいる隣人たちにとって蔑視の対象になるかについてだ。
あと普通に俺だけがエルフの姿で孤立するのは嫌だ。
蔑視の対象であれば姿を変える必要がある。しかし一度見せた姿を変えるのはそれはそれで問題となりそうなのだ。
一つ歴史の話をしよう。
故郷が本国の小さな街から生存圏を拡大し始めたころ、ある衝撃の事実が明らかになった。初めて接触した普人種の知的種族では自らの姿形を生まれた時から一生変わらないまま過ごすというのだ。
ルガル種では、魔法を用いて場所や行事に合わせて外見を変えるのは古代からの常識である。
最初に接触するのはルガル種と同じく種族的に魔法に優れた適性を持つ種族であったはずなのに、この初歩的な常識が異なっていたのだ。
その後も接触する知的種族の多くが自らの体を自由に変えられないことがわかる。また変化させられる種族であってもルガル種ほど頻繁に姿を変えないと分かり、それらのことは生存圏を拡大して以来の常識となった。
当初の共同体・システム運営は、体は生まれたままで死ぬまで過ごすという新常識にそれはもう慌てたらしい。
狼狽えすぎたせいで、当時大流行していたエルフの姿をルガル種としての固有の外見であるとしたぐらいだ。実際の姿は少し違うのだが。
そのせいで今では全てのルガル種がエルフの姿を持っている。俺もフォーマルエルフやカジュアルエルフ、変わり種だとムキムキマッチョエルフとかシナシナエルフの姿を持っている。
この歴史を知った人体デザイナーの友人はその日の気分で性別や姿形を変えられないのはすごく不便そうだと話していたのを思い出す。
俺はそれに対して、彼らにはそもそも姿形を変える必要性がないと返した記憶がある。
懐かしい思い出だ。
まあ長々と考えたがとどのつまり。
「どんな姿でいけばいいのかわからなくて不安だ」
俺の心配はこれに尽きる。
なんとなくヘルメットを被った理由を考えていたら、水筒が完成した。
そういえば転移ポータルにいた時、水筒はきちんと《収納》していた気がする。生半可なことではなくならないはずなのだが......。
「まあ今更か」
システムの防御を突破してこの異空間に閉じ込められたことに比べれば些細なことだ。
俺は水筒を手に持ち蓋を開ける。
カバンの中にあった魔力を込めれば《物質創造》より効率的に様々な液体を出せる水差しを取り出してそっと水筒の口に添える。
あとは付与された《液体生成》の魔法に魔力を通せば、補水液が注がれる。
「とりあえずこれくらいでいいか」
補水液の方は普段使いはしないので、水筒の蓋を閉めてカバンの中に入れておく。
カバンの蓋を閉めて長方形の突起を回して鍵をかける。
なんとなく音と感触が気持ちよかったのでもう一度開け閉めしておく。
そしてカバンを《収納》すれば準備は完了だ。
「やっと部屋を出るのか」
ん?今かすかに何かが聞こえた気がする。聞き覚えがない声だったので、おそらく手紙の送り主達の誰かだろう。内容は聞き取れなかったが。
それよりも歩きながらヘルメットを被って顔を隠している理由を考えよう。
「うーん」