「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
「どこから見てました?」
「いえ、その......」
とても恥ずかしい。
しばらくお互いの沈黙が続く。この中で騒がしいのは私はラグジュアリーだと訴える廊下と、私はミニマリストですと主張している照明くらいだ。
というか扉を開けたときに視界に入る位置じゃないか。異空間を品評するのに夢中で全く注意が向かなかったよ。
改めて顔を窺っても整った容姿をしている。つまり故郷で広く普及しているタイプの顔立ちということだ。
惜しむらくは白ローブについたフードを被っているせいで耳の形が見えない。俺がエルフのファッションでいられるかの参考情報が欲しい。
「では改めて、どうも初めまして」
「え、ああ初めまして」
ただの挨拶なのに随分と困惑しているな。表情が面白いことになっている。例えるなら関わりたくないという感じだろうか。
なぜそこまで拒絶される?エルフ耳は隠しているだろうに。それ以外は特に怪しい格好というわけではないだろう。
「気づいたら後ろの扉の部屋で寝ていた者です。何かご存知のことがあればぜひ教えていただきたいのです。お時間を許していただけるのなら、このまま質問をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「えと、ちょっと忙しいので後でいいですか」
思ったよりも明確な拒絶がみえる。先程の品評に際した独り言が大きな悪印象を与えたのだろうか。
まあ部屋の扉を開けたらぶつぶつと1人で照明に対して文句言っている奴は確かにヤバい奴だな。
これは周囲の確認を怠った俺の過失だ。反省しなければ。
「そうですか。ではまた後ほどご挨拶させていただきますね」
また面白い表情をしている。口角が少しひくついているぞ。そして何かを葛藤しているな。
なになに、こんなやつとは関わりたくないと強く思うし、また挨拶をされるのがとても嫌だ。しかし、おそらく閉鎖空間のこの場では逃げ場はない。ならもう諦めるしかないかといったところだろうか。
他にも考慮していることはありそうだが、それは俺が知らないことだろう。
初対面で俺めちゃくちゃ嫌われたかも。ちょっと悲しい。
「あの、やっぱり大丈夫ですよ」
「お時間は大丈夫なのですか」
「はい。それでその、失礼に感じたら申し訳ないのですが、なぜ顔を隠されているのですか」
しまったヘルメットを被って顔を隠す言い訳を考えていなかった。俺ピンチ。
ここが一番の正念場だ。アドリブでペラを回せ。
「ええ、それを指摘されると少し弱ってしまいます」
弱ってしまう理由は何だ。つまり臆病ということか。では何に怯えている。
「ではお恥ずかしながら、ここは未知の場所でしょう」
「はあ」
ここは相手に同意を求めるように振る舞う。これは共通認識だよねと訴えかけるのだ。
次はできるだけ妥当性のある合理的な理由を探せ。
「であれば未知の病原体や未知の毒ガスが充満している可能性を懸念するべきです」
「え」
これはいいぞ、咄嗟にしてはうまい言い訳だろう。相手が納得できるものか不明なのが減点ポイントだが。
「つまりこれは顔を隠しているのではなく、呼吸器などを保護するためのものです」
「そうですか」
ちなみにこのヘルメットにそんな効果はない。単に顔と耳を隠すためだけのものだ。
さて相手の反応としては、面倒くさいなこいつという嫌悪、もしくはわけがわからないという困惑か。そこに理解や納得は読み取れない。
完全に失敗したかもしれない。
というか初対面の相手にわざわざ演説練習で身につけた振る舞いをする必要はなかった。これでは相手に親しみを抱かれにくいではないか。
「とにかくそれを外す気がないのはわかりました」
「なんというか、すいません」
ぺこりと頭を下げる。
また相手が困惑しているのが伝わる。今の謝罪に何かまずいことがあったのだろうか。
「謝罪ができるのですか?」
「はい、当然では?」
なんだこの問いかけ、前の質問よりよほど失礼なものだ。
「なぜ謝ったのですか」
「その、失礼かもしれませんがどこか不機嫌に見えたので、何か私が不快なことをしてしまったのかと思いまして」
「確かに不快にある感じていたのは事実です。ですがいいでしょう、許します」
おや?相手の体内で魔力が一定の規則で動かされている。
魔法を構築しているのか?
「そのかわりいくつか質問してもいいですか?」
おやおや。恒常展開されている精神防壁に反応あり。ふむふむ魔法の方向性は精神干渉でその効果はは行使者に良い印象を持って質問に進んで答えるようになるという感じか。
発動隠蔽も効果偽装もなし。お粗末にすぎる。
しかしこれはすごいな。もし故郷でこの魔法を一般人に対して行使したら問答無用でコロコロされても文句がいえない。
まさに異世界コミュニケーションの真髄だろう。このまま相手を敵とするかはかなり悩ましいが、まあこれなら十分に受け流せる。
相手にはこちらが術中に嵌ったと勘違いさせることもできるが、今回はややかかりが悪いという具合に調整しておくか。
まあ異世界の文化や慣習の違いには注意しろと手紙にも書かれていたしな。寛容になろう。
さて白ローブの狙いはこちらの情報を聞き出すためだろう。となれば何を聞きたいのか。
こうなったからにはこちらも遠慮なく探らせてもらうよ。
「はい、大丈夫ですよ」
「よかった、あなたは良い人ですね」
唐突に俺を褒めてきた、魔法の効果が弱い時の常套手段だろう。あいにくこちらには何の影響もないが。
それと今の言葉に別のニュアンスを感じた。他の話の通じないヤバい奴と比較して相対的には良い人だという感じだ。
ここには話が通じない奴がいるのか。嫌だなぁ。
「では最初の質問です。あなたの本名と出身地を教えてください」
「私の名前はエリクです。出身地はエルドアル連合王国です」
ようやく魔法の詳しい仕様がわかった。この魔法は会話の途中で挿入される不自然な質問に対しても情報を正確かつ正直に答させるためのものだ。そしてその間の記憶をあやふやにしつつ、印象は良いものとして残す。
もちろんそんなもの無視してもいいがここはあえて乗ろう。少し補足すると、今の返答は名前が偽名で出身地は本当のことだ。
「ではエリクさん、あなたの出身地はどのようなところですか」
ちょっとイタズラしよう。まあ今から言うことは俺の本音だしな
「ゴミクズ共の掃き溜めです」
「え、あれ?」
「正確に述べると、今すぐに滅亡するべき場所です」
「エ、エリクさんは故郷にすごく恨みがあるのね、どんなふうに滅亡させたい?」
これすごく面白い。白ローブのお姉さんが内心で困惑しているのがよくわかる。
多分今の質問は俺の知る技術水準とか魔法体系とかを探りたかったのだろうな。だがその方向には進ませない。
「もう滅亡してますよ?今は残党を排除している頃でしょう」
「あれれー?」
正確にはこれからそうなる。これはなんだかんだとシステムをクラックして情報を引き出したりしている不思議な2人組の友人たちがここで目覚める数日前に教えてくれたものだ。冷静に考えるとシステムをクラックできるってものすごいことだ。少なくとも俺にはできないし、多分大半のハッカーもできないだろう。
友人が言うには「あなたの家族は必ずいなくなるから安心して」とのことだ。それを聞いた時、俺の心に刺さった棘が何本か抜けた気がする。あの言葉で故郷での心残りが少し減った。
閑話休題。
質問では具体的な手段を聞き出すことでやはり技術の水準を知りたかったと思う。なので具体的なことについては一切言及しない。
あと俺は故郷に不満はあっても恨みはない。
「えっと、エリクさんは、エリクさんはー」
すごく楽しい。混乱しすぎて思考が上手くまとまっていないようだ。楽しませてもらったし、今回の精神干渉の件はチャラにしよう。
「あ、連合王国ということはいくつかの国ひとりの王様を君主としているの?」
「そうですね」
質問して相手に説明させることで情報を引き出すつもりが自分から説明してるよ。うける。
「ではそこにどのくらいの人が住んでいるのか教えて」
「わかりません」
「それはなぜ?」
「出身地では考えたことがないからです」
「つかえないわねー」
本音が出た。あーあーこめかみを抑えてらっしゃる。とても不機嫌そうに見えますが大丈夫ですか?
心の余裕、足りてますか?
「大丈夫ですか?」
「黙って」
「はい」
このとおり俺はとてもあなたを心配しています。
ここで実は全てお見通しですよとネタばらしをしたらどうなるだろうか。まあするわけないが。
「故郷がどんな風に滅亡したかわかる?」
「わかりません」
出身地は滅亡するが、故郷は俺が知る限りでは滅亡していないはずだ。
「本当につかえないわねー。どうして故郷は滅亡したの説明して」
「私の出身地が滅亡した原因は身の程をわきまえなかったからでしょう」
故郷を出身地と読み換えて返答する。
「もうこれで最後の質問。素顔を見せてくれるかしら」
「は?なぜあなたのために死なないといけないんですか?」
これは先程の言い訳を使って多少の怒りを表現する。
「あっそう、もういいわ、もうなにを聞いてもまともな答えが返って来なそうだし。はい《解除》」
ああそうすれば解けるのね。《解除》の中のどの機能が必要なのかが勉強になったよ。ありがとう。
あとわざわざ声に出して魔法を使うんだ。まじでいいことないからやめた方がいいと思うよ。
「いろいろ質問に答えてくれてありがとう」
ここで面白いのが思い通りにいかず不貞腐れて投げやり気味な発言なのだ。こういうのは最後までやり切らないと勘付かれる。俺の教訓としておこう。
あと僭越ながら素人魔法使いとして意見を述べさせていただくと、この手の精神干渉は《解除》も丁寧にやらないと相手に違和感を与えるよ。
だから普通はこんな質問が返ってくる。
「こちらこそ。あれ?なぜか分かりませんが、あなたの名前を知らない気がするのですが」
「フローラよ」
その時、廊下にある階段の方から声が掛かる。
「よお、エリシィ」
白ローブのお姉さんの額から汗がダラダラと流れている幻覚が見える見える。この人本当に面白いな。
「な、名前が二つあるのよ」
なるほど、いい言い訳だ。十中八九ただの嘘だが、俺の故郷ではよくある事情だった。一応、本当に二つの名前を持っている可能性は残されている。
「では私はフローラさんとお呼びしてもいいですか?」
「エリシィの方で」
すごくムスッとしている。爆笑ものだ。
「ではエリシィさん、これからよろしくお願いしますね」
「で、こいつ誰だよ。初めてみる奴だな」
階段の方から歩いてくる彼女は何というか、雰囲気がチンピラだった。短くショートにまとめた茶髪と整った没個性的な顔と勝ち気なオーラを感じる人物だ。それに白ローブのお姉さんに向けた笑顔から見える歯並びが非常に整っていた。さてはあれ矯正済みだな。
となるとある程度の医療水準はありそうな星から来てそうだな。
そしてありがたいことに小さく丸い耳が隠れていなかった。
残念ながらこの異空間でのファッションはエルフ以外の方が良さそうだ。
俺の魔法は基本機能として発動隠蔽があるので目の前でも気付かれずに魔法を行使できる。ゆっくりと《外見の変更》を行使してヘルメットの中で窮屈だった耳の形を慎重に丸くしていく。
よしできた。
「おいお前、黙り続けて挨拶もなしか」
それはあなたたち2人が俺の入る余地をなくしながらとても仲良さそうに会話をしていたからですが。
あと白ローブのお姉さん、会話の中で俺のことを悪くいいましたね。
「すいません。私はエリクといいます。どうぞそのまま呼び捨てで呼んでください」
「ああ?そんなのお前が決めることじゃねえ。第一お前みたいな奴が名を名乗って言い訳ねえだろ」
うーん、これが異世界クオリティか。
そうなんだそんな慣習は初めて知ったよ。身分制度がしっかりした星から来た方かな。でもうちの故郷は違うんです。
「差し出がましい挨拶で申し訳ありません」
頭を下げようとしたら、チンピラが踏み込んできてローキックを放つ。
うーん、これぞチンピラの所業だ。
避けるのは簡単だがそうすると面倒そうだな。たぶんこれ白ローブがさっきの鬱憤を晴らすためにチンピラをけしかけてきた感じだ。
まあ陰湿なこと。俺も内心でくすくす笑ったしお互い様か。
俺は、その場で避けようとはしたが間に合わずにキックが当たるように動く。このとき動き出しのタイミングを少し遅らせるのがコツだ。
《感触の再現》
「ぐっ」
もちろん痛そうな声を出すのも忘れない。
そしてチンピラは怯んだ隙を逃さずみぞおちと首元を狙ったワンツーフック!
しかし俺はヘルメットを取られることは生死に関わる問題だと考えていることになっている。だから顔面付近に殴打を喰らうわけにはいかない。
顔を庇うために、チンピラとの相対速度差を考慮してギリギリ間に合うように腕を動かす。
落ち着いてその様子を見ていたチンピラは首元への一撃を腹へのボディブローに切り替える。
そのままクリーンヒット!
《殴打の感触の再現》
《殴打の感触の再現》
「がっ、おえ」
きちんと殴れた感触のフィードバックも完璧だ。
そしてチンピラは少し後ろに引いてヤクザキックを放つ。
まともに二発をもらった俺はそのまま避けられずに勢いよく壁へと打ちつけられてフィニッシュ!
もちろん《感触の再現》でフィードバックも完璧だ。
壁に背中を預けてダウンした俺に追撃をするため、チンピラはずんずんと歩いてくる。
それがラグジュアリーな素晴らしい絨毯への扱いか!もっと敬意を持って丁寧に歩け!
俺は尊敬する壁紙を傷つけることがないように接触を避けたのに。
流石にこのままでは酷すぎる。追撃が来たら軽くカウンターを入れてみよう。もちろん相手の強度を考慮して怪我にならない程度の威力で。
《基本動作の補助》を待機から起動へ変更する。治癒の方は全く必要ない。相手にこちらがダメージを受けていると勘違いする感触を返しただけだからな。
「あらまあ、流石にここまでにしましょう」
おや?終わりですか、そうですか。
「いいのか?」
「かわいそうですしね」
「エリシィがいいならこれで済ませてやるよ。これでわかっただろう?」
「は......い」
よし上手く苦しそうに発声できたぞ。何をわからせたかったのかは定かではないが、少なくとも互いの実力差はとてもよく理解できました。
しかし「かわいいそう」の後に続く言葉にアクセントを入れていたのは気のせいでしょうか、気のせいではなさそうですね。というかなぜあなたは精神干渉をかけてきたのでしょうか。
あと初めましての美人なチンピラさん、いくら嫌いとはいえ初対面で暴力はないんじゃないでしょうか。
そんなに弱そうに見えるのかな。
「あースッキリした。あのクソ野郎のせいで溜まったしこりも解消できたし、いいサンドバッグだったな」
「あまりそう明け透けにいうものではありませんよ、私も爽快だったのは認めますが」
「邪魔が入ったが、エリシィは今日あたしの部屋を見たがってたな」
「はい、ぜひ見せていただけると嬉しいです」
「エリシィは変なことに興味があるな。部屋なんてどこも同じだろう。よしここだ、入ろうぜ」
会話の間、その場で横になってうずくまっておく。何となくその方がぽいからな。
そうして2人が扉の中に入ることを確認したらすっと立ち上がる。素晴らしい絨毯の感触のおかげで、横になるのが全く苦ではなかった。
しかしなぜこんなに嫌われたのか。いくら考えてもわかりません。
お二人の会話から察するに少しタイミングが悪かったようですが。あともうお一人の名前を教えていただけないでしょうか。
もちろん無理ですよね。わかりました。
さて切り替えていこう、屋敷探索の続きだ。
明日も17:00に第8話を投稿します