「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
屋敷探索の続きだ。それと初めてのコミュニケーションは残念な結果に終わったよ。
あの後2人はこちらを見ることもなく部屋に入っが、そのとき扉と人の隙間から垣間見れた壁とか設備とかから考えるに俺の部屋より充実してそうなのだが。
おかしくない?
ログハウスはいいよ、むしろ好ましいとも思う。問題は俺の部屋の設備の少なさだよ。なんかチンピラの部屋はキッチンとか風呂とか一通り揃ってそうだったんだが。チンピラなのにさ。
あと白ローブのお姉さんは、髪の艶を思い出すともしかしたらお風呂上がりだったのかもしれない。
貧相な個室で衛生状態の改善と文化的で温かい食事はどうするんだ。
「魔法があるか」
おっと、もうここからは独り言はなしだ。ここには俺以外にも異世界召喚の対象となった人がいる。
初対面であんな目を向けられるのは嫌だ。
その代わり体を動かすことで頭を活性化させる。
差し当たっては廊下を歩こう。
もこもことした絨毯の感触は靴の上からでもよくわかる。一瞬でも気を抜けば柔らかいクッションに沈み込みそうになる感覚は、まるで雲の上をふわふわと歩いているようだ。
しかし、照明が眩い光を発しているというのに、廊下の奥は人を飲み込む洞窟そのものだ。本当にセンスのない照明だ。
そして見た感じこの廊下は階段を起点に無限のループ構造になっているのだろう。真っ直ぐ歩き続ければ背を向けて出発した自分の部屋に戻れるのだろう。
まあ手抜きの異空間にはよくある構造だ。俺はまだトイレと洗面台の件を許してないからな。
歩きながら、先ほどの白ローブとチンピラの2人について思考する。
白ローブ、いや白いローブを纏った魔法を使える女性だから白魔女にしよう。
まず白魔女について。なぜ俺の精神に干渉したのだろうか。わざわざ相手の反感を買うような魔法をかけてくる理由は。
行使した魔法そのものは俺に何の影響ももたらさなかった。結果だけを見れば、白魔女の魔法は俺の精神防壁による耐性を突破できなかったということだ。
《魂の保護と修復》も反応しない魔法では、精神干渉によって俺の意思を誘導するという目的を達成することなど到底できない。
だがそれでも白魔女は行使した。
一つ考えられる推論として、白魔女の認識では俺に対する精神干渉はあの魔法で充分と判断したのかもしれない。つまり俺が舐められたのか。
「......」
しかし解せない。どう考えても俺の魔力とか諸々の能力が高いのは少し探れば一目瞭然だろうに。それに白魔女自体の強さは位階で表せば7だ。1年くらい前にシステムで計測して、判定が位階9だった俺と比較すると2桁ほど低い値になるはずだが。
「あ」
そういえば手紙を発見した時に行使した魔法の一つに《高度な偽装》があったような。
ということは今の俺は外からどう見える。
《体外に視界を生成》《外部の視界に接続》、俺に対して《表面観測と分析》。
なるほど。ラグジュアリーな雰囲気の廊下にある機能美に溢れた照明に照らされた、すごく弱そうな俺がいる。とってもか弱い。なんか無造作にプチッと潰されて汚いトマトになりそう。
今の観測情報を詳細に見たら白魔女の約5分の1くらいの能力に見える。一応これでも白魔女と同じ位階7の区分ではあるのだが。
とりあえず、行使した3つの魔法はもう使わないので消しておく。
まとめると、《高度な偽装》は軍用魔法ではないから、ルガル種のように魂が見える相手にはほとんど意味がない。そして白魔女は魂を見れないのか、単に見ていなかったのだろう。それで偽装した俺を見て簡単に精神干渉ができると誤解したと。
なるほどね。一つ疑問が解けた。しかし白魔女はできると判断すれば躊躇なく精神干渉をしてくるのか。
もしかしたら白魔女のいた星か文明圏では互いを信頼するために精神干渉をかけあう慣習があるのかもしれない。
なんだその人間不信の人しかいない地獄のような星は。いくら異文化とはいえ絶対に関わりたくない。
次はチンピラさんだ。彼女については非常にわかりやすいし、想像が正しければとても好感を持てる人物だ。
彼女は俺が出会う前から白魔女とこの異空間で親しくなっていた。そして俺が白魔女とのバッドコミュニケーションをしたため、白魔女が不快感を感じていた。そこに彼女が来た。
彼女はそのまま白魔女を庇うように動き、2人で話したときに俺が白魔女を不快にさせたと聞いたのか、確信したのだろう。
すると話は簡単だ。友人を不快にさせたやつとは話をする必要はない、なんなら謝りもしないこいつは暴力で黙らせておこう。友のために自分の印象を顧みないとは、きっと純粋で素晴らしい人なのだろう。
最後の暴力行為に関して、彼女と俺では意見の相違がある。しかし、異空間に閉じ込められているという異常事態を鑑みれば気が立ってしまうのも理解できる。
そして何より行動原理にとても共感できる。俺も友人がよく知らない他人に苦渋を飲まされでもしたら非常に不機嫌になるだろう。
チンピラさんはとてもいい人そうだな。白魔女と親しい時点であまり人を見る目は無さそうだが。
それはそれとして、いきなり殴られたのを許すわけはないが。
だいたい正しいと思うが、チンピラさんと白魔女については見聞きした情報からの勝手な想像だ。細いところは間違っているだろう。
できればあとでチンピラさんとは正式に自己紹介をしたいな。
白魔女は......どうでもいいか。最低限の表面上の付き合いで済ませよう。
考えごとをしながらスタスタと歩いていれば当然階段の前につく。なんとなくだが、階段の前にいるのは3回目な気がする。
そしてこれまた豪華絢爛な雰囲気の階段を真っ直ぐに降ると、そこは少し広い踊り場だった。
降りるときにまるで接触を拒絶するかのように摩擦がない手すりの感触を充分に味わえて余は満足だ。手すりを支える支柱の装飾も素晴らしかった。
踊り場は魔力感覚がなければ特段に変わったことのない場所だ。同じように絨毯が敷かれ、壁紙で飾られ、素晴らしくセンスのない照明がビカビカと光る。
しかしよく見ると降りて来た階段を背にしたとき、その正面の壁には幻術がかけられているようだ。
俺は幻術に干渉しないように見透すと1歩か2歩ほど奥に両開きの扉が隠されているようだ。
いいね、こういう探索要素はワクワクするな。
俺は決して幻術と扉に近づくことなく中の様子を探る。
そこからほんの僅かに流れてくる隙間風から、魔力の籠ったインクの匂いがする。そうかと思えば、扉に勢いよく手のひらサイズの石のような何かが投げつけられたことが僅かな振動から察せられる。中に人がいて、その人物が苛立ちからものを投げつけたのだろうか。
少しだけ耳を澄ますとすぐに甲高い叫び声が聞こえた。ある種の怒声がもたらす室内の振動の変化が俺の心を動かした。
うわあ、と。
非常に間が悪そうだし、いま関わるのはやめておこう。
俺と部屋の中にいる人物との間にある様々な種類の距離は非常に遠い気がする。何より目の前には幻術と扉という二重の壁があり、物理的にも魔法的にも両者は隔てられているではないか。
芸術家の友人が作業が上手くいっていない時に放つ独特で不機嫌なオーラに似たものを中から感じる。
目の前の幻術が視覚情報のみにしか対応できていないので少し魔法的な壁として弱い気もするが、これは野暮だ。
この幻術は俺には《解除》できそうにない、だからとても強固な障壁......ということにしておく。
そのまま立ち去ろうとすると、また精神防壁に反応があった。これは、階段は上下移動のための構造であるという認識を強化し、この踊り場での素早い移動を促すためのものだ。白ローブの半強制的な誘導効果とは違い実害は非常に低い。
それにしても上の階で受けた白ローブの精神干渉によく似た魔法だ。俺には何の影響もないのも同じだ。
俺はここで特に何も見なかったし聞かなかった。
そのまま踊り場で踵を返して階段を降りていく。
そういえばせっかく高級感のある内装なのに、壁に絵画の一つもないのは寂しいな。
あとセンスのない照明は、ついに階段の途中の中空にあったり、照明の一部が壁に埋まっていたりとその役割を放棄し始めている。本当に酷い配置だな、目の前にあるこれとか降りる邪魔になる上に眩しいし。
もはや照明担当は内装というものを冒涜しているよ。一から勉強し直せ。そして異空間をデザインする練習をしろ。
それから俺は特に誰とも遭遇することなく、幸いなことに大きな爆発に巻き込まれることもなく、実に滑稽な素人評論家として振る舞いながら階下にたどり着いた。
ここで故郷の救出部隊は現れてもよかったと思うよ。そうなれば完全無欠のハッピーエンドなのに。
この間は特にベラベラと独り言を発してもいない。傍目にはフルフェイスヘルメットと紺のローブと黒服で全身をひた隠しにした人物が階段を降りてくるだけだ。
エルフの長耳を隠した俺にもはや何も不自然なことはない。
なのに俺は階下の大部屋にいた生きている3人のうち2人から凝視されていた。一瞬だけ変化した2人の表情は不審者が来たと雄弁に語っていた。おかしい、俺のどこが怪しいというんだ。
まあそれよりも、階下の部屋はまたなんというか、森の中にある木造でできたコテージのようだった。天井を支えるための木の柱と斜めのすじかいがいくつか剥き出しになっている。
そこには棚として使えるように材木が配置されていたり、机と椅子があったりとそこが交流の場として使えるようにインテリアが配置されている。
そしてこの部屋では照明が廊下で見たセンスのないそれとは打って変わっていい仕事をしている。天井に吊るされたそれらは部屋全体を薄く照らし、この部屋をある種の幻想的で綺麗な風景として成立させている。
大きな縦窓から見える外の景色は基本的に何もない薄茶色の平らな地面であるというのに、それを気にする必要のないおしゃれな部屋だ。
ちょっとこの異空間を舐めていたのかもしれない。ここだけ切り取れば素晴らしい作品だ。
相変わらず素人評論家の本領を発揮していたが、ここにきた目的を忘れてはいけない。正確には外にあるのだが。
その前に出会ってしまった隣人達に自己紹介を。
「やあ、君はもしかして初日以来の魔術師さんかい?」
心配してたんだよ、と正面に座っていた男が親しげに話しかけてくる。
多分、別の人のことだと思います。
ここは違いますとはっきりと声を出そう。
ちょっと距離感を掴みにくい苦手な感じの人だから、心の準備が必要だけど。
「ち「わかるよ、君の懸念は正しかった。初日はあんなことを言ってしまってごめん」
すごいグイグイくるね。案の定、苦手なタイプの人だ。もう少し心の準備が必要そうだ。
それと、別人のことだと思います。俺とあなたは完全に初対面です。少なくとも俺にそんな記憶はないです。
否定の意味を込めて俺は素早く首をブンブンと横に振る。
「本当に申し訳ない、もう遅いかもしれないが謝罪させてくれ」
なんか勝手に勘違いして頭を下げてるんだけど。とても背筋が伸びた綺麗なお辞儀なんだけど。頭下げて謝罪しているはずなのに、襲い掛かられてもすぐに反撃できそうな雰囲気なんですけど。一体目の前の彼と件の人物との間で何があったんだろうか。
それより、誤解を解かなければ。
「魔術師お前、エイサンドが頭下げてるのに何も言わないの。失礼な奴ね」
あなたも別人とわからないのですか。それと謝罪している人はエイサンドさんですね。
相変わらずわちゃわちゃとノンバーバルなコミュニケーションを図る俺はヘルメットの中で目線だけを声の方へ向ける。
わー、その手のひらサイズの機械、すごく複雑そう。きっと見目麗しい少女であるあなたの心もその機械みたいに複雑なんでしょうね。
でも、誤解なんです。俺は魔術師ではありません、強いていえば未熟な魔法使いです。
いやこの少女の指摘は一部正しいのか。
「さっきから黙り決め込んで、何かいったらどなのよ!」
「やめてくれヴィーシェル。悪いのはボクだ」
やめてくれエイサンドさん。その謝罪は勘違いなんだ。そして少女の方、お名前をヴィーシェルというのですね。初対面だと思うのですが、なぜそこまでの敵愾心を向けてくるので?
本当にやめてよ。俺はさっき目覚めて手紙を読んだ後に階段を降りてきて、階下の部屋のデザインに感動しただけだよ?
そんなことはよそにして、俺の心の準備ができた。次に言うのは無難なセリフだ。
「あの、私は魔術師ではありません。その人は私と違う方だと思います」
まずは前提となる事実の列挙。続けて俺は謝罪をした。
「その、なんというか途中で勘違いを指摘できず申し訳ありません」
2人とも溜まっていた感情の矛先に困ってそうだ。
そしてヴィーシェルさんはちょっと申し訳なさを感じているように見える。お優しい感性をお持ちのようで。
逆にエイサンドさんはなんだ......強い痛みへの我慢と諦めを感じる。何に対して?
「勘違いだったのか、こちらこそ迷惑をかけた」
「いえ私も突然のことで驚いてしまったので」
「私も......謝るわ、ごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらも返事が遅れて申し訳ない」
エイサンドさんは苦痛に苦しみながらも表面を取り繕うことを選択したようだ。俺も表面上は穏やかな返事をしておく。
少し意識して観察すると、エイサンドさんは俺に対して強い憐れみを向けているような気がする。
ちょっと気になるが......それよりもようやくまともに交流できそうな初対面の相手だ。この分だと何かの地雷さえ踏まなければ穏便にお互いの自己紹介ができそうだ。
特にこの部屋の隅に横たわる、丁寧に布がかけられた見知らぬお二人の無残な亡骸のことについてはすぐに触れない方がいいだろう。
備考
・位階について
今話でほんの少しだけ出てきた言葉です。これはエルガルド共同体(主人公の故郷)においてシステムが測定し、運用する戦力が任務(仕事)に対して基準を満たしているのかを判定する時に使用する指標です。
位階を某有名な竜玉作品の戦闘力のように数値で示すと
位階1は1〜9
位階2は10〜99
位階3は100〜999
となります。
位階の値は測定された数値の桁数を表しているイメージです。なので主人公目線では白魔女との間に結構な戦力差があるように見えていました。もちろんシステムを通していないのでこの認識は必ずしも正確なものではありません。
そもそもシステムってなんぞやについてはまたいつかの機会に。