「異次元の人」——高度魔法文明に住むエルフです、なぜか異世界召喚されました。 作:白木ケイ
「とりあえず誤解も解けましたし。私達は初対面ですから自己紹介をしませんか」
「悠長ね、そん——」
「まあヴィーシェル、この惨状の説明は後でもいいと思います」
そちらからどうぞ、と言うエイサンドさん。
部屋の惨状についての説明は本当に欲しい。
さもなければ、ご遺体が2つも生まれるはずもない。ついでに俺が部屋で読んだ手紙によると外には潰れてトマトになったまま生きている方もいるからな。
俺が来る前に何があったんだ。
というかなんで俺は目覚めるのが遅いんだ。もうすでに自己紹介とか終わってそうだし。
俺のコミュ力だと関係が確立したグループに入りこむのは厳しい。
「はあ、わかったわ」
自己紹介は苦手だ。俺はテンプレートの情報を並べることしかできない。名前と種族と所属する文明圏を述べて終わりだ。
今回については白魔女のせいで偽名を使うしかない。特に初対面の方々へ偽名を使うことへの罪悪感はない。ただ慣れるまで不便だと思うだけだ。
白魔女よ、面倒なことをしてくれたな。
たしかあの時名乗った偽名はエリクか。これ以降特に不都合がなければ俺はエリクだ。
よし。
「私はエリクといいます。種族はルガルです。所属している文明圏はエルガルド共同体です。少しだけ魔法が使えます。どうぞお気軽にエリクとお呼びください」
俺が発言するたびにヴィーシェルさんがピクピクと反応するのだが。彼女には何か引っ掛かることがあるのだろう。
「質問はあとでしようか」
「そうね」
基本的な情報はもういいか、後はこの異空間で目覚めた後についてだな。
「私はここで目覚めてからすぐに手紙を読んで部屋を出てきました。部屋にいた時に窓からの光の具合が変わったのを覚えています」
「そしてそのままここに来たと」
「はい」
何か失言をしたのだろうか。ここにきてエイサンドさんも険しい様子だ。
「ここに来る途中で誰かと会わなかったかい?」
「えと、白いローブを着た方と、階段を上って来た女性の方を見ましたね」
「それだけかい?」
踊り場の扉の奥にいた人物のことだろうか。まあ特に関わっていないし出会ったとはいえないか。
「そのお二人だけですね」
「そうか」
エイサンドさんは何かに納得できていないようだ。いやこれは今のやり取りで生まれた疑問について考えているのか。
続いて腕を組んだヴィーシェルさんがどこか不機嫌そうに話す。
「あなた、命拾いしたわね。まあそれはどうでもいいのよ」
意識して観察するとすごく不機嫌なようだ。なんだか怒ってもいる。
何かヴィーシェルさんが失礼に感じることをしたのだろうか。異文化コミュニケーションは難しいな。
「まずそのヘルメットを外して顔を見せなさい」
「ときに顔に重傷を負った跡があるとかの事情がなければ見せてもらいたいんだが、いいかい?」
二人して結構な気の入れようだ。そんなに顔を隠していることが変なのだろうか。別に顔が見えなくても十分に会話できるだろうに。
まあここまで見た5人が5人ともエルフ耳ではなく小さな丸耳だ。できればこの異空間にいる全員を見て確実なファッションマナーを確認しておきたかったのだがしょうがない。
サンプルとしては十分だし、ここはエイサンドさんとヴィーシェルさんとの円滑な交流のためにヘルメットを脱ごう。
その前に白魔女の精神干渉によって生まれた言い訳を話しておいた。
「そうなんだ」
「そうなんだね」
適当に流された感じがするが、ここは二人の理解を得られたということにしよう。
ということで俺のフルフェイスヘルメットはその役割を終えたよ。グッバイ、ヘルメット。次はエルフ耳でも窮屈に感じない物を作ろう。
「おー」
「うーん」
「なんですかその感じは」
とても微妙なリアクションだ。耳の造形的特徴に問題は存在しないはずだが。
「ごほん、失礼だが君の性別は?」
これは現在の体の性別のことだろう。もっとも、俺は故郷の保護者の強い要望のせいで一度も女性体になったことはないのだが。おかげで故郷の洋服店では女性体限定の可愛い服を買えなかったりと少しだけ不便を被ったのだが。
「普通に男ですが、それがどうかしましたか?」
「男性か」
「え、男なの、それはやばいわね」
俺は詳細な説明を求めたい。
だがヴィーシェルさんは今すぐ自分の部屋に戻るように勧めてきた。というかすごく必死だった。
今なら助かるかもしれないわ、だそうだ。
その言葉を言い放ったまま勢いよく左側へと走ったかと思えば、奥にあるアーチ上の入り口へと入りすぐに見えなくなった。かと思えば、考える間もなく何かを抱えて戻って来た。
「詳しい説明はあとでするわ、無事に生きてたらね」
「あの」
「いいからこれ抱えて早く戻りなさい、あとこれも」
渡されたのは何かの皮でできた鞄のようだ。中を見れば......一定の形の金属の塊がごろごろとしていた。さらにヴィーシェルさんは複雑な機械から短剣を具現化して抜き身のまま押し付けてきた。
刃が肌に当たりそうでちょっと危なかった。これ分子ブレードかな、素材以上に切れ味は良さそうだ。
《解析》、ああこれ中に食糧があるのか。故郷のものと見た目が違いすぎて分からなかったよ。渡された短剣は金属を切り取るためのものか。
それにしても、この大きさだとすごく使い難いと思うのだが。用途が違うのか?
それよりヴィーシェルさん......生きていたらねって、すごく不穏なんだが。
その間エイサンドさんが何をしていたのかといえば、彼は正面側にあったドアを開けて外に出ていた。
「あのせめて最低限の説明をしていただきたいのですが」
「自己紹介はあとで!急いで戻りなさい!」
俺の発言は無視された。
そしてヴィーシェルさんも外へ出て行った。ドアが開いたままだが大丈夫だろうか。
ドアはそのままゆっくりと閉まっていく、大丈夫そうだな。
もう一度鞄の中を見ると、金属塊の他に人差し指より少し大きい金属の道具が入っていた。そうかこの道具を使えばいいのか!
「エイサンド!」
「まだ大丈夫だ!」
開いた隙間から二人が叫ぶ声が聞こえる。《物体の固定》でドアにほんの少しだけ隙間を開けておく。
声の緊張具合から察するに外に何か大きな危険があるのだろうか。しかし、ありがたいことに二人とも初対面の俺のことを真剣に心配してくれていた。
そんな二人の気遣いを無視して、俺は隙間から聞こえる会話に耳を澄ましていた。
だって気になるからね。
「そう、状況は」
「かなり厳しい思う、彼女が負けるのも時間の問題だ」
「一応我らの方で結界を張りましたが、この分だと頼りないでものです」
「力不足で申し訳ありません」
二人ほど知らない人の声が聞こえる。声色からしてどちらも女性だろう。
外にいるのはエイサンドさんとヴィーシェルさんに加えて二人の女性。
彼女達の会話を聞いた限り、彼女達にとっては芳しくない状況のようだ。
「アステア様のおかげで半日ほどの時間が稼げましたが、このままではあえなく全滅か、アレの慰みものとして過ごすことになりそうですね」
「特に一度反抗したエイサンド様は確実に殺されてしまいます。昨日も話しましたが、ご自身の部屋にお戻りになられては」
会話によればエイサンドさんは外にいる存在によって殺されるらしい。
逆にいえば、その他の3人は生き残れはするようなニュアンスだ。
原因はなんだろうか、4人の中でエイサンドさんだけが男性だ。
とすれば、同じく男性体の俺も殺されてしまうと推察できる。ヴィーシェルさんが部屋に戻るように急かしていたのはこれが理由か。
「そうよ、この状況だし、誰も文句を言わないわよ」
「我々は生きること自体はできるでしょう。決してエイサンド様が見捨てたなどとは思いません」
だが果たして部屋に戻ったところで安全は確保されるのだろうか。
俺は最初に出会った隣人である白魔女とチンピラの二人が一緒の部屋に入る様子を見ている。ここからわかる事実は2階の部屋は特に入室制限があるわけではないということ。
そして、部屋にある確認できたセキュリティは故郷の内鍵のみだ。故郷では空間系の攻撃についてはシステムがカバーする領域だった。そのため内鍵は《転移》などについては無力な存在だ。
彼女達が危険視する相手が《転移》など空間系の魔法や手段の尽くを使用できないと考えるのは楽観がすぎるだろう。
結論として、自分の部屋は必ずしも安全ではないと判断できる。
ではどうするか。
外ではエイサンドさんが、真っ先に立ち向かってくれたドンヨークとクアセリーの犠牲は無駄にはしないなどと彼が頑なに部屋へ戻らない理由を力説している。
ドンヨークとクアセリーとは固有名詞のようだ。両方とも聞き馴染みのない響きであることから誰かの名前と考えられる。とすれば、布がかけられた男女のご遺体のお名前だろう。
しかし、お悔やみを申し上げる際にドンヨークさんとクアセリーさんの区別がつけられそうにないのは非常に申し訳ないと思う。
そもそもお二人とは挨拶すらできなかったことを心から残念に思う。
その後も外ではエイサンドさんがせめてここで一矢報いると強情な態度をとり、周囲の方々からとても心配されているようだ。
エイサンドさんは慕われているようだ。少なくとも邪険にはされていない。
俺はこの関係値があるグループの中に自己紹介しにいくのか。気まずいな、気後れするな、やめておこうかな、俺コミュ力低いし。
話は変わるが、実はこの部屋にはもう一人いるのだ。エイサンドさんにもヴィーシェルさんにも認識されないくらいには陰が薄い人物のようだが。
いや薄いというより自ら気配を薄くしているのか。おそらくは外の危険な存在への自己防衛策だろう。
とはいえ、その人物は俺が自己紹介を述べた時からずっとこちらを見ている。特に何をするわけでもなく見ている。
こちらも顔を向けてみる。
サッと逸らされた。
少し心がしんみりとした。