勇者召喚された四人の美少女JKたちと、羊頭の魔剣士 作:氷見崇瑞月
「……ッ、くそがっ」
世界が崩壊する音が響いていた。
空はひび割れた赤黒い硝子のように砕け、大地は地鳴りを上げながら沈んでいく。
彼方から押し寄せる瘴気の波は、触れるものすべてを灰へと変え、かつて栄華を極めた王都も、緑豊かだった山々も、今や見る影もない灰の荒野と化していた。
僅かに生き残った英雄たちが魔の軍勢と闘い続ける最前線――もはや世界の命運が尽きようとするその最中で、男は血と泥に塗れながら膝をついていた。
魔剣を握る右手はとうの昔に砕け、肺は呼吸のたびに壮絶な痛みを訴えている。
もはや一歩たりとも動けない。
男の死は、すぐそこまで迫っていた。
――朦朧とする意識の中、肉感的な体つきの美しい黒衣の女が抱擁とともに口づけて来た。
互いの吐息すら貪るような激しいキス。
まるで男との今生の別れになることを確信しているかのようだった。
名残惜しむように女の唇が離れる。
「――ありがとう、我が最愛よ。君のおかげでボクはここまでこれた」
女は泥と煤に塗れながらも、この世の何よりも美しかった。
金髪が風に舞い、彼女の身を包む魔力が、星屑のように煌めいて世界を照らす。
彼女の視線の先には、まさに『絶望すら絶望させる』存在がいた。
――巨大すぎる。
空を覆うほどの質量、蠢く無数の目玉と触手、空間そのものを歪める圧倒的な魔の奔流。
駄目だ。行くんじゃない。手を伸ばそうとして――気づく。
指先から身体が光の粒子となり、虚空へ溶けて消えていく。
時空転移の大魔法。それは、男をこの死の領域から逃がすためだけの術式だった。
「――……おい、待て。待てよっ! 俺を置いて行くなっ!」
必死に女の細い背に手を伸ばす。
共に闘い――共に死ぬと誓ったはずだ。
お前だけを行かせはしない。
が、その行為に何の意味もなかった。
ついに肩までもが光に包まれ、形を失っていく。
女は一度だけ振り返り、泣きそうな、けれどどこか誇らしげな微笑みを浮かべた。
「――ああ、最期にこれだけは信じてほしい。
例えボクの魂が砕かれても、君との絆は未来永劫のものだということを」
それが、男が見た彼女の最後の姿となった。
男の意識が眩い光の渦の中を抜け、ゆっくりと深い闇の中に沈んでいく。
◇
果てしなく長い夢を見ていた気がする。
肉体というくびきから解放され、魂だけの存在となって、世界の狭間を漂うような感覚。
悠久に近い年月の中で男は、少しずつ自分を失っていった。
愛した女の顔が霞み、彼女の名前が風化し、ついには己自身の名すらも忘却し、ただ後悔と使命感だけが、魂の核として残った。
どれだけの時が経ったのだろうか。
ふと、強烈な引力が魂を引っ張った。
冷たい闇の底から、水面へと引き上げられるような浮上感。
肺に、強引に冷たい空気が押し込まれる。
「―――お待ちしておりました、救世主の皆様がた」
暗転。
玲瓏な鈴のような声――鼓膜ではなく、直接魂の奥底を撫でるような澄んだ響きに、男は瞳を開けた。
瞬きを繰り返し、ようやく焦点を結んだ視界に飛び込んできたのは、遥か頭上へとアーチを描く、巨大で豪奢な石造りの天井だった。
壁面を彩る壮麗な薔薇窓からは七色の光が差し込んでおり――乳白色の大理石の床には、精緻な魔法陣が刻まれていた。
そして、目の前に凛然と立つのは、まるで宗教画から抜け出してきたかのような、聖女然とした蒼い髪の女だ。
透き通るような白い肌、慈愛に満ちたアメジストに似た瞳。
祈るように組まれた華奢な手。
纏う純白の法衣は、彼女の人間離れした美しさを際立たせている。
――なんだここは。
飛び起きて周囲を見渡すが、あの灰色の荒野も、絶望的な化け物の姿もない。
ただ、大切な半身をもぎ取られたような喪失感だけが、胸の奥でズキズキと痛んでいた。
記憶に濃い靄がかかっている。
困惑する男の耳に、ふと、場違いな少女たちの声が聞こえて来た。
「どこかな、ここは。映画のセットにしては大掛かりすぎるけれど……」
「お、御姉さま、わたくし……怖いです」
「――うわ、これ、まさかの異世界転移ってやつじゃん。スマホの電波圏外だし、マジ笑えないんだけど」
「……家に帰して欲しい。今日、限定ケーキの予約日だったのに」
突如として背後から聞こえてきた複数の女子の声に、男は振り返った。
そこにいたのは、四人の少女たちだった。
彼女たちが身にまとっているのは、特異なデザインの衣服――制服。
凛とした声音で周囲を警戒する、サイドポニーテールの娘。
その背中に隠れるようにして震える、小動物のような小柄な少女。両手でサイドポニーテールの少女のスカートをきつく握りしめている。
服を着崩し、なにか薄い光る板を指先で弾く娘。軽薄そうな口調とは裏腹に、その顔は青ざめていた。
最後に黒髪を揺らし、ジト目で溜息をつく少女。彼女だけがこの状況に一番動揺していないように見受けられた。
美しい少女たちだった。
彼女たちもまた、自分と同じように何らかの力でこの場に引きずり込まれたのだろうか。
男はふと、ある強烈な違和感に気付く。
視界が……やけに横に広い。人間の視野角を明らかに超え、ほぼ真横まで見渡せる異常な視界。
それに、立ち上がろうとして床についている手が、やけに毛むくじゃらだった。
ごつごつとした丸太のように太い腕には、褐色がかった羊の毛皮がびっしりと生え揃っている。
しかも、異常なほど筋肉が隆起し、やたらと厚い。
手を開き、閉じる。
指先には指紋がない。黒光りする硬い素材――蹄に近い指だ。
顔に手をやれば、妙に鼻面が長く前に突き出しているし、顎のあたりには仙人のように異様に長いひげが生えていた。
極めつけに、側頭部からは、ぐるりと孤を描く立派で極太な螺旋状の『角』が生えている。その重みは、頭を動かすたびに首の筋肉に確かな負荷をかけていた。
――獣だと? 俺が?
己の身体に何が起きているのか。
視線を落とす。磨き上げられた大理石の床は、鏡のように真実を映し出していた。
そこに立っていたのは、誰がどう見ても、直立二足歩行の、『羊の獣人』である。
あまりの荒唐無稽さに頭を抱えそうになる男。
しかし、そんな奇天烈な姿になり果てた男と、怯える四人の少女たちに対して、周囲に居並ぶ貫禄のある老人たち――高位の僧侶や魔術師と思しき、豪奢なローブ姿の男たちは、驚くどころか、畏怖と歓喜の入り交じった熱烈な視線を向けていた。
「おお……おおお! 見よ、あの御姿を!」
「四人の女勇者……そして、それを率いる獣王様だ!」
「まさに古き伝承の通り!
予言は、予言は真実であったのだ!」
彼らはひそひそと、しかし隠しきれない熱を帯びた声で、興奮気味に会話を交わしている。
だが、その眼差しには親愛といった色は微塵もない。
彼らが見ているのは、あくまで『救世の道具』としての勇者たちであるようだった。
男は羊の鼻を鳴らし、鋭い警戒心を抱く。
この状況は異常だ。妙な召喚儀式。そして、己とともに巻き込まれた少女たち。
法衣の女がゆっくりと一歩前に出た。
聖堂のざわめきが静まりかえる。
彼女は、四人の少女たちを一瞥したあと、すぐさまその視線を外した。
そして、熱に浮かされたような、甘く蕩けるような恍惚とした顔で、羊頭人身の姿となった屈強な男だけを真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、異様なまでの執着と、盲目的な崇拝の光が宿っている。
法衣の女は男の近くまで歩み寄ると、恭しくその場に崩れ折れるように跪き、豊満な胸の前で手を組んだ。
静寂が広がる大聖堂で、法衣の女は慈しむような視線を羊頭の男に向けたまま、天から降り注ぐ光を浴びながら厳かに宣言する。
「よくぞ、よくぞ応じてくださいました。大いなる星々の導きにより、この地へと降り立ちし四人の勇者様、そして獣王様」
朗々とした響きが、アーチ状の天井にこだまする。
女は言葉を切ると、その美しい顔に深く暗い影を落とし、まるで縋るように、震える声で哀願の言葉を紡いだ。
「どうか、どうかお願いでございます。
死と絶望を撒き散らす魔の根源……あなたがたには、