初星レセプションは、新入生アイドルのお披露目を目的とした初星学園の伝統行事だ。出場希望者は書類選考の末、5名までがステージに立つことを許される。
禪院直子ほどの実力があれば、書類選考に落ちるわけもなく、そしてそれは首席入学である花海咲季も同様で、レセプションのメンバーのなかには彼女の姿も当然あった。
ちょうどええ。
完膚なきまでに叩き潰したる。
花海咲季は直子の前出番だった。
喝采が鳴り響く。
豪雨のような拍手の音。
「続いて──1ね──禪──なお──……」
自分を呼び込む声が聞こえない。
しかしそれは、直子に向けられた声援ではない。
花海咲季が作り上げた熱狂の余熱だった。
幕が開く。
──ありえへん。
──うちは、天才なんや。
──里美ちゃんに、甚子ちゃんに追いつくんや。
──
初星レセプションのステージ上で禪院直子はフリーズした。
それは投射舞踊が抱える唯一のデメリット。
イメージした動き通りに体を動かさなければ、
花海咲季の圧倒的なステージを直前に見てしまった。パフォーマンスを始めるやいなや、観客たちの熱が引くのを体感してしまった。直子を目当てに押しかけたメディアが咲季に注目していることを理解した。そして、とうの咲季が、直子のことなどまるで意識していなかった。
彼女の青い瞳はステージを眺める人混みの中の、たったひとりを意識していた。お姉ちゃんと書かれたうちわを振る少女を見据えていた。その目はファンへ向ける眼差しではない。直子が里美や甚子に向けるものと同じ輝きを宿していた。
ようやく動き出した体で、イメージをなんとか作り上げ、振り付け師のダンスをトレースする。しかしその完成度は荒っぽくて不格好で、とても見れたものではなかった。
滝のように汗が流れる。
息がうまくできない。
曲が止まると同時に、直子はステージを満身創痍で降りた。
舞台裏の床に倒れ伏す。
あたりが騒然となるが、気にする余裕もない。
ただ、花海咲季に、声をかけたい。何を言うかなんて決まってないし、思考もまるでまとまらないけれど、その瞳に自分の姿を写し出してやりたかった。
硬い床に爪を立てる。
息が苦しい。
視界がぼやける。
体が動かない。
「ざけんなや……力が出やん……ドブカスが……」
禪院直子は初星レセプションにて惨敗を
※※※
「では、今日から私が禪院直子さんのプロデューサーということで異論ありませんね?」
保健室のベッドで目覚めたばかりの直子に、モヤシ男がひょうひょうと約束の履行確認をおこなう。起き抜けのはっきりとしない頭にたしかな苛立ちを覚えながらも、上手い反論も思いつかず、彼女は苦々しい顔をして彼には目もくれずにうなずいた。
「よろしくお願いしますね、禪院さん。これから私とふたりで
握手を求めてくるきしょい手を無視する。
あまりに落ち着きはらった態度に腹が経つ。
「まずはうちのこと慰めたりせんの? 担当アイドルが、あんなボロ雑巾みたいな姿晒したのに、なに普通にしとんねん」
「慰めたりされるのはお嫌いでしょう?」
「そやな。きしょいから絶対にやめて。くそ、カスがっ。なんやねんあのステージ。花海咲季……ぶち殺したいわ」
「口が悪いですよ。倒したいと言ってください」
「うるさいわ、ぼけ。なんであんなに成長しとんねん。入学試験のときの映像は確認した。あんなパフォーマンスとちゃうかった。まだ一ヶ月も経ってないのにどうなったらああなんねん」
タブレットをいじりながらモヤシPは答える。
「花海咲季さんは特別ですから。彼女はあらゆる競技で華々しい結果を残してきた天才アスリートです。これまでの運動経験から、そもそもの基礎能力の高さがずば抜けているのもありますが、自己管理能力、目標達成への計画性など、培ってきたスポーツマンとしての知性がその実力を爆発的に成長させていると予想されます。今回のレセプションのパフォーマンスを見るに、まだまだ伸びていくでしょうね、それも一瞬で」
ベッドの上で体を起こし、髪の毛を乱暴にかきながらあぐらをかく。目避けのカーテンを剣呑な目つきで睨みつけた。
「まあ、そこはええわ。実力がある言うても星南ちゃんほどやない。ビックリ箱開けてもうて怯んだようなもんや。腹立つんはあの目ぇや。うちのことなんてまるで眼中にない。レセプションの書類選考に落ちるようなポンコツを熱心に見つめとった。ふざけとる。なに考えとんねん」
モヤシPがタブレットをいじくる。
「……おそらく、花海佑芽さんを見ていたんでしょうね」
「誰やねんそいつ」
「咲季さんの妹さんです」
「……やるやつなん?」
「いえ、まったく──いまのところは」
なんやねん、いまのところはって。
ざけんなや。
直子は気を紛らわせるために適当な質問をした。
「……そのタブレットどんだけ情報入ってんのん?」
メガネをすちゃりと整えて当たり前のようにPは答える。
「全校生徒網羅してますよ」
「君が調べたん」
「はい」
「ひとりで?」
「はい」
「パラメータと手書きメモも全員ぶんあるん?」
「はい、作成してますよ。身長、体重、スリーサイズまで網羅してます」
「きしょ」
「全校生徒のデータを揃えたうえで、私は禪院さんを選びました。あなたとなら
「きしょいからちょっと話さんといて」
「分かりました」
モヤシPがレセプションのことを話したせいで、直子は再び情けない敗北を思い出してしまう。花海咲季、あんなもん偽物や。里美ちゃんや甚子ちゃんの足元にも及ばへん。そのくせに、うちのこと何とも思っとらん。ナマイキや。カスや。ポンコツや。ヘマせんかったら余裕で勝てたはずなんや。
枕を背もたれにして伸ばした足でモヤシPの体を踏みつける。黒のハイソックスに包まれた小ぶりな足が苛立たしげに男の体を突いた。やめるように注意することも、手で払うこともせず、モヤシPは肩やら脇腹やらをいじめられ続ける。
「気は済みましたか?」
「すんだように見えるん?」
「いえ」
「てか、なんで嫌がらへんの?」
「禪院さんの場合、嫌がる方が長引くと思いましたので」
「ふん、つまらん男やね」
ぐりぐりと太ももを踏みつけてから、直子は足をベッドに戻した。ため息をつく。
「モヤシ」
「それ私のことですか?」
「そや。君のことや。……モヤシはどんなレッスンメニューを考えてんのん。うちのことプリマステラにするって宣言するくらいなんやから、あとに控えてる【初】に向けて1位とるプランあるんやろ?」
「ええ、もちろんです。禪院さんには、中間試験を1位通過していただき、【初】のステージにて他のアイドルを圧倒していただく予定です。あの花海咲季さえ抑え込んで」
直子は腕を組む。
「……まあ当然やね。モヤシがおらんくてもやれる思うけど、どうせ約束してもうたんやから、プロデュース受けたるわ。うちはこれからどんなレッスンすればええのん?」
タブレットを操作して再び彼は禪院直子のレポートを見せた。
ダンス3。
最も低いその数値を指さして彼は言う。
「なによりも強化すべきはダンスです。数値上もっとも不得意であるかのように示されていますが、禪院さんの武器は投射舞踊という特殊能力にこそあります」
直子は眉をしかめる。
「けど君、うちの投射舞踊バカにしてたやん」
「いいえ、投射舞踊じたいを貶したつもりはありません。その使い方がもったいないと伝えたかったんです」
「……というと?」
「禪院さんはまず振り付け師の後追いをやめるべきです。彼らは踊りのプロですが、それはあくまで振り付けを考えるプロです。観客を魅了するパフォーマーではない。そのダンスを体に染み込ませて、華やかで美しいものにするには、与えられた振り付けを自分のものにしなければならない」
「それがよう分からん。モヤシは他のアイドルのことを褒めとったけど、振り付けを再現でけへんから、自分が踊りやすいように誤魔化してるだけやろ」
「違います。彼女たちはずっと自分の踊る姿を鏡で見続けている。鏡に写る姿はつまり、ファンたちが見るアイドルの姿です。その姿がもっとも可愛く見えるように踊りは洗練されていくんです。プロダンサーの目線では下手くそと貶されるダンスでも、アイドルのファンからしてみれば愛おしくて仕方がないダンスになるんです。禪院さんにはそういうものが欠けている」
金色の瞳がモヤシPを射抜く。
低い声で彼女は唸った。
「……アホみたいに鏡見て踊れ言うんか?」
メガネをすちゃりと整えながら彼は否定する。
「そんな勿体ないことしませんよ。投射舞踊は禪院さんの強みです。ダンスを覚えるスピードがアイドル界最速のあなたは、余った時間をいくらでも他のレッスンに割けるんですから。私たち人が唯一平等に与えられる時間さえ、あなたは余分に使いこなすことができるんです」
「わけわからん。じゃあどないせぇ言うねん。投射舞踊のダンスはつまらん言うたり、投射舞踊はうちの武器や言うたり。言ってることがあっちいったりこっちいったりしてて無茶苦茶やねん」
モヤシPがうっすら笑う。
きしょ。
直子は頬杖をついた。
「そこで、禪院さんには『自分を魅せる』能力を高めていただこうと思います」
「その能力が何に繋がるん?」
「この能力が育ち身につけば、投射舞踊のイメージを作る際、振り付け師のダンスをトレースするのではなく、禪院直子がもっとも可愛く美しく見えるダンスを、観客を魅了するダンスの動きを頭の中で作り上げられるようになるはずです」
「……ふーん」
モヤシPが直子を見つめる。
「禪院さん、あなたはこの初星学園の全生徒の中で一番可愛くて美しいアイドルです。鷹のような金色の瞳は気高く、透き通る白い肌は真珠のようだ。長いまつげ、すっと通った鼻筋、さくら色の潤んだ唇、どのパーツをとっても芸術品のように整っています。しかもあなたは顔だけじゃなく、完璧な肉体まで備えている。すらりと伸びた手足に、豊かに波打つ──」
「──やめやめ、めっちゃきしょいわ」
すこし頬を赤らめた直子が枕を投げつける。
モヤシPの顔面に直撃した。
平気な顔でメガネを整え彼は続ける。
「とにかく、そんな魅力的な禪院さんが、魅せるダンスを投射舞踊でイメージできるようになれば、ダンスの数値は一気に高得点へと跳ね上がるはずです。もちろん、ものにするのは難しいでしょうから段階的な成長だとは思いますが、自分を魅せることを意識するようになるだけでも、これまでとは一味違うパフォーマンスになると予想されます」
直子はベッドのうえで足を抱えた。
スカートが捲れ上がり白く肉感的な太ももがのぞく。
「簡単に言うてるけど、投射舞踊は難しいんや。いまは振り付け師のダンスをトレースしてるからイメージを作れてる部分もある。今日のフリーズ見たやろ? 動揺したらお手本たどるだけでもあんなことになってまうんや。それを、完全にオリジナルで、自分を魅せるダンスに調整して動きを作るなんてできるんか?」
モヤシPは毅然とした態度で直子に言い切る。
「禪院さん。できるのか、じゃなくて、やるのか、ですよ」
「……」
「あなたは
諦めますか? と彼は尋ねた。
ざけんなや。
うちがそのふたりの名前出されて引き下がれんことくらい調べ上げてるくせに。ええわ。乗せられたる。その代わり──。
「結果でんかったら背中刺したるからな」
「そんなことはあり得ないので問題ありません」
モヤシPがカバンの中からペライチの紙をとりだす。
そこには直子のレッスンスケジュールがあった。
……これはなんや?
「モヤシ、この『アルバイト』ってなんなん?」
「そのままの意味ですよ」
「はぁ?」
「そのアルバイトこそ、禪院さんの
意味が分からない。
直子はリップロールをして髪の毛をかきあげた。
ほかにも書いてるものがあって、執筆時間が足りないので次の話で更新止まるかも。とほほ。プロットはあるので時間できたら書きますね