いつからだろう。
僕がヒーローに憧れるようになったのは。
それは、まだ幼かった頃の話。
テレビの向こう側。
大勢の人々が逃げ惑う街。
崩れた建物。
恐怖に震える人々。
その中心に、一人の男が立っていた。
巨大な身体。
圧倒的な力。
そして、誰もを安心させる笑顔。
「もう大丈夫!」
「なぜって?」
「私が来た!」
その瞬間、幼い僕の世界は変わった。
平和の象徴。
オールマイト。
どれだけ絶望的な状況でも、必ず人々を救う存在。
怖がっていた人たちは笑顔になり、泣いていた人たちは希望を取り戻す。
その姿は、僕には何よりも輝いて見えた。
「お父さん……」
「僕も、あんなヒーローになれるかな?」
僕の問いに、お父さんは優しく笑った。
「なれるさ」
「天理なら、きっと誰かを守れる」
僕の家は、代々続く鴉間神社。
そして4歳の時。
僕にも個性が発現した。
《鴉天狗》
黒い翼。
風や雷を操る力。
そして、神通力による不思議な力。
周囲の人は、誰もが強い個性だと言った。
でも。
幼い僕には、その力はあまりにも大きすぎた。
感情が昂るだけで風が吹き荒れる。
怒れば雷が走る。
神社の裏山は、何度も僕の力によって荒れてしまった。
木々が倒れる。
地面がえぐれる。
その度に僕は泣いた。
「ごめんなさい……」
でも。
家族は一度も僕を責めなかった。
お母さんは、いつも優しく僕の隣にいてくれた。
「大丈夫だよ、天理」
「何があっても、天理は天理だからね」
個性のことを無理に話すことはしない。
ただ、いつも通り接してくれた。
鳥話兄さんは、不器用ながらも僕を励ましてくれた。
「気にするな」
「お前がわざとやったわけじゃないだろ」
「それに……」
「個性がなくても、お前は俺の弟だ」
短い言葉だった。
でも、その言葉が嬉しかった。
友羽那は、いつも無邪気だった。
「天理お兄ちゃんの翼、かっこいい!」
「雷も出せるの?すごい!」
「ねぇ、天理お兄ちゃん!また遊ぼ!」
僕の個性を怖がらない。
ただ純粋に、僕自身を見てくれていた。
そんな家族が、僕は大好きだった。
そして。
お父さんは、いつも僕に言ってくれた。
「天理」
「個性を怖がっちゃダメだ」
「その力は、誰かを傷つけるためだけにあるんじゃない」
「誰かを守るためにも使えるんだ」
その言葉を信じていた。
いつか、この力で誰かを守る。
オールマイトみたいなヒーローになる。
そう思っていた。
しかし。
その夢は、一つの事件で壊れることになる。
それは、保育園の遠足の日。
友達と笑い合う、いつも通りの楽しい一日。
僕にとって、忘れられない思い出になるはずだった。
突然。
「逃げて!」
先生の叫び声。
泣き叫ぶ子供たち。
混乱する周囲。
そして。
敵の視線の先には、一人の子供がいた。
動けなかった。
怖かった。
身体が震えた。
でも。
その子が襲われる瞬間。
僕の身体は勝手に動いていた。
「やめろ!」
「僕が守るんだ!」
黒い翼が広がる。
風が吹き荒れる。
雷が走る。
初めて、自分の意思で個性を使った。
誰かを守るために。
幼い身体から溢れ出す《鴉天狗》の力。
風で敵の動きを止める。
雷で攻撃を防ぐ。
翼で仲間を守る。
そして。
僕は敵を倒した。
守れた。
そう思った。
その瞬間。
張り詰めていた感情が切れる。
安心。
恐怖。
興奮。
様々な感情が混ざり合う。
「……え?」
力が止まらない。
風が暴れる。
雷が走る。
黒い翼が大きく広がる。
「天理君!」
誰かの声が聞こえた。
でも。
僕には届かなかった。
次に目を開けた時。
敵はいなかった。
だけど。
僕の目の前には、傷ついた友達がいた。
「……僕が?」
守りたかった。
助けたかった。
ヒーローになりたかった。
なのに。
僕の力で。
僕の大切な友達を傷つけた。
幸い、命に関わる怪我ではなかった。
大人たちは僕を責めなかった。
「天理君は助けようとしたんだよ」
「悪いことをしたわけじゃない」
そう言ってくれた。
でも。
僕自身が、自分を許せなかった。
そして。
友達も少しずつ離れていった。
「天理君……怖い」
その言葉が、幼い僕の心に突き刺さった。
昨日まで一緒に遊んでいた友達。
一緒に笑っていた友達。
それでも、もう僕の隣にはいなかった。
家に帰ってから。
家族は何度も僕に声をかけてくれた。
「天理、大丈夫だよ」
お母さんの優しい声。
「お前は悪くない」
鳥話兄さんの不器用な言葉。
「天理、お前の力は――」
お父さんの声。
でも。
僕にはもう届かなかった。
「違う……」
「僕の個性は、人を傷つける力だ」
「そんな僕が……」
「ヒーローになれるわけない……」
それから僕は、部屋に閉じこもった。
保育園にも行かなくなった。
外にも出なくなった。
ある日。
扉の向こうから、小さな声が聞こえた。
「天理お兄ちゃん」
僕は返事をしなかった。
「……昔みたいに」
「遊んでくれないの?」
胸が締め付けられた。
昔なら。
「天理お兄ちゃん!」
そう言って笑う友羽那と、毎日のように遊んでいた。
でも。
今の僕には、その笑顔を見る資格がないと思っていた。
「……ごめん」
「今は……無理」
少しの沈黙。
「……そっか」
「また今度、遊んでね?」
その声は、いつもの明るさとは違っていた。
それが。
何よりも辛かった。
テレビに映る
昔は、僕の憧れだった存在。
今は、見ることすら辛かった。
あの日から。
僕の夢は消えた。
誰かを守りたいと思った力で。
誰かを傷つけてしまったから。
でも。
この時の僕はまだ知らなかった。
いつか。
この黒い翼が。
誰かを傷つける翼ではなく。
誰かを守るための翼になることを。
これは。
自分の力を恐れた少年が。
もう一度、自分自身と向き合い。
最高のヒーローを目指す物語。
その始まりの序章だ。