あの日から、2年が経った。
僕は小学校に入学した。
本来なら。
新しい友達を作って。
毎日笑って。
普通の小学生として過ごしていたはずだった。
でも。
僕には、それができなかった。
教室へ入るだけで思い出す。
暴れる風。
走る雷。
傷ついた友達。
「天理君……怖い」
あの言葉は、今でも僕の心を締め付ける。
だから学校へは毎日通えなかった。
行ける日もある。
でも。
教室へ入ると苦しくなって帰ってしまう日もあった。
そんな僕を支えてくれたのは家族だった。
学校へ行ける日は。
いつも鳥話兄さんと友羽那が一緒だった。
「ほら、行くぞ天理」
鳥話兄さんはぶっきらぼうに言う。
「……うん」
隣では友羽那が嬉しそうに笑っていた。
「お兄ちゃん!今日は最後まで学校行けるかな?」
「……頑張る」
「無理しなくてもいいからね!」
昔と変わらない笑顔。
でも。
あの日以来、僕は友羽那と遊ぶことも少なくなった。
友羽那は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ寂しそうに笑うことが増えた。
そんなある休日。
久しぶりに家族みんなで街へ出かけることになった。
「天理、今日は好きな物食べていいぞ」
お父さんが笑う。
「ほんと?」
「もちろん」
お母さんも微笑む。
「最近頑張って学校行ってるもんね」
少しだけ。
昔みたいに笑えた気がした。
だけど。
その時間は突然終わる。
ゴゴゴゴゴ……
地面が大きく揺れた。
「地震だ!!」
街中が悲鳴に包まれる。
建物が軋み。
信号が倒れ。
人々が逃げ惑う。
「天理!」
お父さんが手を伸ばす。
僕も伸ばした。
だけど。
次の揺れで人の波に飲まれた。
「お父さん!」
「お母さん!」
「鳥話兄さん!」
「友羽那!」
返事はない。
僕は、一人になってしまった。
怖い。
また何もできない。
そう思った、その時だった。
「たすけて……!」
小さな声が聞こえた。
崩れた建物の下。
まだ幼い子供が取り残されている。
足が動かない。
また個性を使えば。
また誰かを傷つけるかもしれない。
頭ではそう思う。
でも。
身体は勝手に前へ進んでいた。
「大丈夫だから!」
瓦礫をよじ登る。
子供を抱き寄せる。
そして。
背中から黒い翼が広がった。
《鴉天狗》
僕は子供を包み込むように翼を広げる。
攻撃じゃない。
守るために。
その瞬間。
メリメリッ!!
大きな音を立てて建物が崩れ始めた。
「っ!」
避けられない。
僕は思わず目を閉じる。
怖かった。
でも。
翼だけは閉じなかった。
この子だけは守りたい。
そう願った。
ドォォォン!!
凄まじい音。
だけど。
痛みは来ない。
恐る恐る目を開ける。
目の前には。
宇宙飛行士のようなスーツを身に纏った一人のヒーローが立っていた。
黒い渦が瓦礫を次々と吸い込み。
僕たちの前に道を作っている。
「もう大丈夫です」
柔らかな声だった。
僕はそのヒーローを知らなかった。
「……誰?」
その人は優しく微笑む。
「ボクはスペースヒーロー13号です」
13号。
その名前を。
僕は初めて知った。
13号は僕の翼を見る。
「君がこの子を守ったんですね」
僕は首を横に振る。
「違います……」
「僕の個性は……」
「人を傷つける個性なんです」
13号は静かに問いかける。
「どうしてそう思うんですか?」
「昔……」
「この個性で友達を傷つけました」
「守りたかっただけなのに」
「僕には、人を守る資格なんてありません」
涙が止まらなかった。
13号は僕の目を見つめる。
「君は、自分の個性が怖いんですね」
僕は小さく頷いた。
「ボクも同じですよ」
「ブラックホール」
「全てを吸い込む個性です」
「使い方を間違えれば、人を傷つけることもできます」
僕は驚いた。
「じゃあ……」
「どうしてヒーローをやってるんですか?」
13号は優しく笑った。
「危険な個性だからこそ」
「正しく使う意味があるんです」
「個性そのものに善悪はありません」
「その個性をどう使うか」
「それを決めるのは、君自身です」
僕は自分の翼を見る。
ずっと嫌いだった翼。
誰かを傷つけた翼。
でも。
今日。
この翼は一人の命を守った。
「……僕でも」
震える声で聞く。
「人を守れるヒーローになれますか?」
13号は迷わず答えた。
「なれます」
「怖くても」
「泣きながらでも」
「君は誰かを守るために前へ進みました」
「それがヒーローです」
その言葉が。
心の奥深くまで届いた。
ずっと逃げていた。
個性から。
過去から。
自分自身から。
でも。
もう逃げたくない。
「……俺」
自然と、その言葉が口から零れた。
「俺は」
「この力から逃げない」
「この翼で」
「誰かを守る」
13号は嬉しそうに微笑んだ。
「きっと君は、素敵なヒーローになれますよ」
その日。
俺はもう一度、空を見上げた。
黒い翼は。
もう呪いなんかじゃない。
守るための力だ。
そう信じてみようと思えた。
そして。
俺は決めた。
もう一度。
ヒーローを目指そうと。
いつか。
あの日の13号さんのように。
誰かの心まで救えるヒーローになるために。