13号さんと出会ってから数日が経った。
あの日の出来事は、今でも鮮明に覚えている。
『個性そのものに、善悪はありません』
『その力をどう使うかを決めるのは、その人自身です』
あの言葉は、今でも俺の胸の奥に残っている。
もう逃げない。
自分の個性からも。
自分自身からも。
そして、この力で誰かを守る。
そのために――俺は強くなる。
◇◇◇
朝
澄んだ空気が境内を包み、鳥たちのさえずりが神社に響く。
鴉間神社では、お父さんがいつものように竹ぼうきを手に境内を掃除していた。
俺はその背中を見つめながら歩み寄る。
「お父さん」
「どうした、天理」
俺は拳を握り締める。
「あのさ……」
「俺、強くなりたい」
お父さんは掃除の手を止め、ゆっくりと振り返った。
「この個性をちゃんと使えるようになって……」
「人を守れるヒーローになりたい」
少しの沈黙。
やがて、お父さんは優しく微笑んだ。
「そうか」
その一言だけだった。
だけど、その笑顔だけで十分だった。
「今日から修行を始めよう」
「うん!」
自然と笑顔になる。
そんな俺を見て、お父さんも嬉しそうに頷いた。
「まずは身体を鍛える」
「どんなに強い個性も、それを扱う身体がなければ意味がない」
「ヒーローは最後まで立ち続けられる強さが必要なんだ」
「分かった!」
◇◇◇
その日から俺の修行が始まった。
朝は神社の長い石段を何度も駆け上がる。
境内の掃除。
薪割り。
水汲み。
神社の仕事も、全部修行の一つだった。
「はぁ……はぁ……」
額から汗が流れる。
脚は鉛のように重い。
それでも足を止めない。
「もう終わりか?」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、鳥話兄さんが立っていた。
「鳥話兄さん」
「俺も走る」
そう言って俺の隣へ並ぶ。
「行くぞ」
鳥話兄さんが走り出す。
「待って!」
慌てて追いかける。
2歳年上の鳥話兄さんは速い。
でも、不思議と置いていこうとはしない。
少しだけ前を走り、俺が追いつける速さで走ってくれる。
ようやく最後の石段を登り切ると、俺はその場へ座り込んだ。
「はぁ……」
「まだ余裕があるな」
「全然ないよ……」
鳥話兄さんは小さく笑うと、水筒を差し出してくれた。
「ほら」
「ありがとう」
水を飲むと、生き返るような気持ちになった。
「焦らなくていい」
「少しずつ続ければいい」
鳥話兄さんは多くを語らない。
でも、その言葉には不思議と力があった。
◇◇◇
数週間後
お父さんは俺を神社の裏山へ連れて行った。
そこには木々に囲まれた広い修行場があった。
踏み固められた地面。
距離ごとに並べられた藁の的。
木製の的。
さらに、風を受けると回転する仕掛けまで用意されている。
「ここ……」
「烏間家が代々使ってきた修行場だ」
「ここなら思い切り個性を使える」
俺は思わず辺りを見回した。
「すごい……」
今まで知らなかった。
神社の裏山にこんな場所があったなんて。
「今日からはここで個性も鍛える」
「まずは飛ぶことだけを考えろ」
「はい!」
俺は深呼吸をする。
背中に力を入れるように意識すると背中から黒い翼が大きく広がった。
翼をゆっくり羽ばたかせる。
身体が少しだけ浮き上がる。
「そのまま前へ」
お父さんの声に合わせ、一歩踏み出した。
身体が宙へ浮く。
飛べる。
そう思った瞬間。
「うわっ!」
身体が傾き、そのまま地面へ転がった。
「いてて……」
服についた土を払いながら立ち上がる。
鳥話兄さんが近づいてきた。
「初めてなら十分だ」
「本当?」
「ああ」
「少しだけど飛べてた」
その一言が嬉しかった。
「翼も腕や脚と同じだ」
お父さんが続ける。
「毎日使えば、必ず思い通りに動いてくれるようになる」
「はい!」
俺はもう一度翼を広げた。
ヒーローになるために。
この翼を、誰かを守る翼にするために。
俺は何度でも立ち上がる。
「天理、お前の個性は飛ぶだけじゃない」
お父さんは修行場の奥に並ぶ的へ目を向けた。
「他の力も少しずつ鍛えていこう」
「はい!」
俺は藁の的の前へ立つ。
「まずは風だ」
「狙うのは一番手前の的だけ」
「力よりも、狙った場所へ正確に当てることを意識してみろ」
「分かった」
俺はゆっくり息を吸う。
右手を前へ伸ばし、風の流れをイメージする。
「いけ!」
次の瞬間、突風が一直線に駆け抜けた。
一番手前の的を吹き飛ばし、その勢いのまま後ろに並んでいた的まで次々となぎ倒していく。
「あっ……」
思わず固まる。
鳥話兄さんが倒れた的を見て口を開いた。
「全部倒したな」
「狙ったの一つだけだったのに……」
お父さんは苦笑しながら頷く。
「威力は十分だ」
「だからこそ、加減を覚えよう」
「強いだけじゃ、人は守れない」
「当てたい場所だけに当てられるようになって初めて、本当の力になる」
「はい!」
俺は倒れた的を一つずつ元に戻していく。
失敗した。
でも、不思議と落ち込まなかった。
昨日よりも、前へ進めている気がしたから。
◇◇◇
続いて雷の修行。
今度は木製の的が一つだけ置かれる。
「風と同じだ」
「今度は細く、鋭く」
「一つだけを狙え」
「はい!」
呼吸を整える。
身体の中を流れる力を感じる。
右手へ集中させる。
そして放つ。
雷は真っ直ぐ的へ命中した。
だが、その衝撃は止まらず、後ろに置かれていた的まで黒く焦がしてしまった。
「またか……」
「焦る必要はない」
お父さんは焼け焦げた的を見つめながら言う。
「お前はまだ力を覚えたばかりだ」
「制御はこれから覚えていけばいい」
「うん!」
それから何度も挑戦した。
風。
雷。
翼。
何度も失敗して。
何度も立ち上がる。
それでも少しずつ。
ほんの少しずつだけど、思い通りに動かせる時間が増えていった。
◇◇◇
夕方。
修行を終えた俺は、その場へ腰を下ろした。
「疲れたぁ……」
翼を出したまま空を見上げる。
木々の隙間から夕日が差し込み、修行場を赤く染めていた。
その時だった。
身体の奥から、今まで感じたことのない感覚が広がる。
温かい。
何かが生まれようとしている。
「……?」
胸の奥で渦巻く力が、ゆっくりと右手へ集まっていく。
淡い光が溢れた。
「お父さん……これ……」
「そのまま力を逃がすな」
言われるまま右手を見つめる。
光は少しずつ形を作り始める。
やがて。
手のひらほどの大きさの人影が姿を現した。
二頭身の身体。
黒い翼。
そして。
俺と同じ顔。
「……俺?」
小さな人影も、自分の身体を見回した後、俺へ視線を向ける。
「どうやら、俺みたいだな」
その声まで俺と同じだった。
「喋れるのか」
「俺も驚いてる」
「気づいたらここにいた」
お父さんは静かにその姿を見つめる。
「新しい神通力……」
「どうやら、そのようだ」
鴉天狗、まだ俺も知らない力が眠ってる。
その一つが今、目の前に現れた。
「少し試してみよう」
俺はゆっくり手を差し出す。
「降りられるか?」
「ああ」
小さな俺は軽く飛び降り、地面へ着地した。
「歩いてみてくれ」
「分かった」
小さな足で歩き始める。
転ぶこともなく、しっかりと歩いている。
「飛べる?」
「ああ」
翼を広げると、小さな身体はふわりと浮き上がった。
「飛べる……」
その姿を見ていると、不思議な感覚になる。
まるで、本当にもう一人の俺がいるようだった。
『聞こえるか?』
突然、頭の中へ声が響いた。
「……!」
思わず辺りを見回す。
しかし誰も話していない。
『俺だ』
『声に出さなくても話せるみたいだ』
「念話……?」
『多分そうだ』
俺と分身だけが繋がっている。
そんな不思議な感覚だった。
「距離を離してみよう」
お父さんの言葉に、小さな俺は修行場の端まで飛んでいく。
十メートル。
二十メートル。
三十メートル。
それでも。
『聞こえるか?』
『ちゃんと聞こえる』
問題なく会話ができた。
「すごい……」
俺は思わず呟く。
この個性には、まだまだ俺の知らない可能性が眠っている。
そんな気がしてならなかった。
その時だった。
『そろそろ帰ろうぜ』
「え?」
『腹減った』
思わず笑みがこぼれる。
「俺もだ」
夕日に照らされながら、一人と一体は並んで修行場を後にした。
「ただいまー!」
境内へ戻ると、神社の中から元気な声が聞こえた。
「天理お兄ちゃん!」
小さな足音と共に友羽那が勢いよく飛びついてくる。
「おっと」
俺は慌てて受け止めた。
「おかえり!修行どうだった?」
「疲れたけど、楽しかったよ」
そう言って笑うと、友羽那も嬉しそうに笑った。
「天理お兄ちゃん笑ってる!」
「前よりいっぱい笑うようになったね!」
その一言に少し照れくさくなる。
「そうかな」
「うん!」
「前は全然遊んでくれなかったもん!」
「でも最近はいっぱい遊んでくれる!」
「えへへ!」
無邪気に笑う妹を見ていると、自然と頬が緩んだ。
あの頃は、自分のことで精一杯だった。
友羽那にも寂しい思いをさせてしまっていた。
だからこそ。
これからは少しでも、一緒に笑っていたい。
◇◇◇
「天理〜、ご飯できたわよ」
お母さんの声が響く。
「はーい!」
手を洗って居間へ向かう。
今日の夕飯は唐揚げだった。
「いただきます!」
家族みんなで食卓を囲む。
こんな何気ない時間が、今の俺は好きだった。
食事を終えると、お母さんが台所で食器を洗い始める。
「天理、お手伝いしてくれる?」
「うん!」
俺はお母さんの隣へ立った。
食器を洗うお母さん。
俺は洗い終わった皿を布巾で拭いていく。
「ありがとう」
「助かるわ」
「これくらいなら」
お母さんは優しく笑う。
「天理は器用ね」
「そうかな?」
「ええ」
「きっと美味しい料理も作れるようになるわ」
「じゃあ今度教えて!」
「もちろん」
その約束が、少し嬉しかった。
◇◇◇
翌日
修行場へ向かうと、小さな分身も当たり前のように後ろを歩いてきた。
「今日は何する?」
「まずは、お前のことを調べよう」
「俺?」
「うん」
お父さんも頷く。
「昨日分かったのは、歩けること、飛べること、念話ができることだ」
「今日はもっと詳しく試そう」
「分かった」
まずは風。
分身も右手を構える。
小さな風が的へ当たる。
威力は本体よりかなり弱い。
「使えるんだ」
「でも、あんまり強くないな」
次は雷。
こちらも放てたが、木製の的を焦がす程度だった。
「本体ほどの威力はないか」
お父さんは静かに頷いた。
「それでも十分だ」
「分身も個性を使えるということだからな」
俺は思わず分身を見る。
「なんか俺って感じがする」
「俺だからな」
その返事に思わず笑ってしまう。
◇◇◇
昼休憩。
木陰で水を飲んでいると、小さな俺がぽつりと言った。
「そろそろ消える」
「え?」
「なんとなくだけど、そんな気がする」
「消えるって……」
「また会えるさ」
そう言って小さな俺は笑った。
次の瞬間、身体が淡い光へと変わっていく。
「じゃあな」
光はゆっくりと空へ舞い上がり、そのまま俺の身体へ吸い込まれた。
「……!」
頭の中へ景色が流れ込んでくる。
修行場を歩いたこと。
飛んだこと。
風を使ったこと。
雷を放ったこと。
全部。
まるで自分で体験したように思い出せた。
「これ……」
「分身の経験だ」
俺は驚いて顔を上げる。
「全部分かる……!」
「どうやら、分身が得た経験は本体へ返ってくるようだな」
お父さんが静かに言う。
「これも神通力の一つかもしれない」
経験が共有される。
つまり。
分身が修行すれば、その経験は俺のものになる。
「すごい……!」
俺は胸が高鳴るのを感じた。
◇◇◇
それから数か月
俺は毎日修行を続けた。
身体を鍛え。
翼を鍛え。
風を鍛え。
雷を鍛える。
そして、分身も一緒に修行する。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
俺は強くなっていた。
◇◇◇
ある日。
居間で休憩していると、テーブルの上に置かれたヒーロー雑誌が目に入った。
何気なくページをめくる。
その瞬間、俺の手が止まった。
そこには、宇宙服のようなスーツを身にまとったヒーローが載っていた。
『新人プロヒーロー・13号、災害現場での救助活動が高く評価』
「13号さん……」
自然と笑みがこぼれる。
あの日。
俺を救ってくれたヒーロー。
俺にもう一度前を向く勇気をくれた人。
「いつか……」
「また会いたいな」
そう呟きながら、記事を何度も読み返した。
それが――
スペースヒーロー13号のファン、第1号となる少年の始まりだった。