あの日から、数年が経った。
俺は少しずつ変わっている。
昔は、自分の個性が怖かった。
黒い翼を見るたびに、あの日の記憶が蘇った。
誰かを守りたかったのに。
大切な友達を傷つけてしまった。
でも、今は違う。
この翼は、俺を苦しめるものじゃない。
誰かを守るための力だ。
そう思えるようになっていた。
◇◇◇
早朝
まだ街が静かな時間。
俺はいつも通りの時間に起きる。
着替えを済ませ、神社の境内へ向かった。
本殿の前に立つ。
姿勢を正し、手を合わせる。
「今日も1日、見守っていてください」
この神社で生まれた俺にとって、これは昔から続く大切な習慣だった。
挨拶を終えると、掃除を始める。
参道に落ちた葉を集める。
手水舎を綺麗にする。
境内を掃き清める。
朝の冷たい空気の中、箒を動かす音だけが響く。
「天理」
振り返る。
そこにはお父さんがいた。
「おはよう」
「父さん。おはよう」
「いつもありがとうな」
「ううん」
「俺がやりたいから」
お父さんは優しく笑った。
「無理だけはするなよ」
「分かってるよ」
お父さんは神社の仕事がある。
だから昔みたいに、ずっと俺の修行を見てくれるわけじゃない。
でも。
大切なことは全部教えてくれた。
自分の力を怖がらないこと。
誰かを守るために使うこと。
それだけは、今でも俺の中に残っている。
◇◇◇
放課後
「てんにぃ!」
学校から帰ると、いつものように友羽那が走ってきた。
「遊ぼ!」
「宿題終わってからね」
「えー!」
頬を膨らませる。
その姿を見て笑う。
昔は違った。
俺が部屋に閉じこもっていた頃。
「天理お兄ちゃん、遊んでくれないの?」
そう言った友羽那の寂しそうな顔。
今でも覚えている。
だから。
もうあんな顔はさせたくない。
「じゃあ一緒にやる?」
「ほんと!?」
「うん」
「やった!」
お互いの宿題を終えると、庭で一緒に遊ぶ。
ボール遊び。
ゲーム。
くだらない話。
そんな時間が、俺は好きだった。
◇◇◇
夕方
友羽那と遊んだ後。
俺は裏山の修行場へ向かう。
ここが、俺の鍛錬場所。
木々を傷つけないように整えられた広場。
的。
組手用の場所。
全部、家族が準備してくれたものだった。
「今日もやるか」
まずは飛行。
背中の翼を広げる。
もう翼を出すことは特別なことじゃない。
腕を動かすように。
足を動かすように。
自然にできる。
地面を蹴る。
身体が空へ舞い上がる。
風を切る。
空から見る景色。
神社。
街並み。
遠くの山。
この景色が好きだった。
自由に空を飛べるようになってから、俺は空がもっと好きになった。
「気持ちいいな」
思わず笑う。
◇◇◇
「来たな」
空中から降りると、鳥話兄さんが木刀を持って待っていた。
「今日は組手」
「お願いします」
鳥話兄さんとの組手は、俺にとって大切な修行だった。
個性に頼らない戦い方。
相手との距離。
攻撃の読み合い。
木刀がぶつかる。
一歩下がる。
踏み込む。
「甘い」
鳥話兄さんの木刀が迫る。
避ける。
でも。
少し遅れた。
「っ……!」
腕に木刀が当たる。
痛みが走る。
「大丈夫か?」
「大丈夫」
立ち上がる。
まだできる。
そう思った時だった。
ふと。
頭に浮かんだ。
(治せる気がする)
理由は分からない。
でも。
自分の中にある力なら。
傷を治すこともできる気がした。
俺は青く腫れてしまった腕に手をかざす。
「……」
集中する。
すると。
手のひらから淡い光が溢れた。
温かい。
痛みが少しずつ消えていく。
「……治った」
自分でも驚く。
鳥話兄さんも目を見開いていた。
「天理……今の」
「俺も分からない」
でも、確かにできた。
攻撃する力じゃない。
誰かを守るための力。
「てんにぃ!」
友羽那の声が聞こえた。
どうやら修行を見に来たらしい。
「すごい!今の光!」
友羽那が目を輝かせる。
「なんか……」
「すごくあったかそうな光!」
その言葉に、俺は手のひらを見る。
あったかい光。
穏やかな光。
誰かを安心させる光。
「……穏光」
自然と、その名前が浮かんだ。
「これにする」
「穏光?」
「うん」
「この力は」
「誰かを傷つけるためじゃなくて」
「誰かを守るための力だから」
穏光を手に入れてからよりいっそう自分の力を、心から好きだと思えた。
◇◇◇
数日後
学校から帰ると、居間に一枚のチラシが置かれていた。
何気なく手に取る。
そして。
俺の目が大きく開いた。
「……13号さん」
そこに載っていたのは、宇宙服のようなヒーロースーツを身に纏ったヒーロー。
スペースヒーロー13号。
『防災ヒーローイベント開催』
その文字を見た瞬間、胸が高鳴った。
13号さん。
俺がもう一度、前を向くきっかけをくれた人。
あの日。
自分の力を怖がっていた俺に。
「危険な力だからこそ、正しく使う意味がある」
そう教えてくれた。
「……行きたい」
小さく呟く。
「天理?」
後ろからお母さんの声が聞こえた。
「このヒーローさん、前に話していた人?」
「うん」
「13号さん」
「俺が……もう一回ヒーローを目指そうって思えたきっかけの人で憧れなんだ」
お母さんは俺を見る。
昔の俺なら。
こんな風に誰かへの憧れを口にすることすらなかった。
自分の気持ちを閉じ込めていた。
でも今は。
自分から大切なものを話せるようになっている。
それが嬉しかった。
「じゃあ、行きましょうか」
「え?」
思わず顔を上げる。
「いいの?」
「もちろん」
お母さんは微笑む。
「天理がそんな風に誰かに会いたいって言うの、久しぶりに聞いたから」
「きっと、大切な人なんでしょう?」
その言葉に、胸が温かくなる。
そこへ。
「てんにぃ!」
友羽那が走ってくる。
「なに見てるの?」
「13号さんのイベント」
「行くの?」
「うん」
「行きたい」
すると友羽那は目を輝かせた。
「じゃあ行こう!」
「友羽那も行く!」
思わず笑う。
「いいの?」
「うん!」
「だって、てんにぃが会いたい人なんでしょ?」
「友羽那も見たい!」
「じゃあ決まりね」
お母さんが笑う。
「三人で行きましょう」
「うん!」
◇◇◇
イベント当日。
会場にはたくさんの人が集まっていた。
子供たち。
家族連れ。
ヒーローグッズを持った人たち。
楽しそうな声が響いている。
少し前まで。
俺は人が多い場所が怖かった。
誰かを傷つけるかもしれない。
そう思って、外に出ることすら怖かった。
でも今は。
お母さんと友羽那と一緒に、ここにいる。
「天理」
お母さんが優しく声をかける。
「緊張してる?」
「……少し」
「大丈夫」
「今日は楽しんできなさい」
その言葉に少し力が抜ける。
「てんにぃ!」
友羽那が手を握る。
「行こう!」
「うん」
◇◇◇
ステージに一人のヒーローが現れる。
宇宙服のようなヒーロースーツ。
会場から大きな歓声が上がる。
「皆さん、本日は来てくださってありがとうございます」
その声を聞いた瞬間。
胸が熱くなった。
「13号さん……」
テレビで何度も見た姿。
あの日、俺を救ってくれた姿。
今、目の前にいる。
◇◇◇
イベントが終わり、交流会の時間になる。
列に並ぶ。
少しずつ前へ進む。
そして。
ついに。
目の前に13号さんがいた。
ステージではスーツ姿だったが、交流会ではヘルメット部分を外していた。
「こんにちは」
「今日は来てくれてありがとうございます」
その声。
間違えるはずがない。
「13号さん……!」
思わず声が漏れる。
「サイン、お願いします!」
色紙を差し出す。
「もちろんです」
13号さんがペンを取る。
その時。
ふと、動きが止まった。
「……」
13号さんは俺の顔を見る。
そして。
「もしかして……」
「以前、災害現場で小さな子を助けていた子ですか?」
一瞬。
時間が止まった気がした。
「え……」
「黒い翼を持っていて」
「瓦礫から子供を守ろうとしていた男の子」
「風と雷を使って、必死に助けようとしていた」
胸の奥が熱くなる。
「はい!」
思わず声が出た。
「烏間天理です!」
13号さんは優しく笑う。
「やっぱり……」
「天理君、大きくなりましたね」
「覚えててくれたんですか!?」
「もちろんです」
13号さんは頷く。
「あの日のことは、私にとっても忘れられない出来事でした」
「初めて現場に立った日でしたから」
「怖かったはずなのに」
「君は誰かを守るために行動した」
その言葉が胸に響く。
「あの日から」
「君はもう、ヒーローだったんですよ」
「……ありがとうございます」
◇◇◇
その会話を聞いていたお母さんが、一歩前に出る。
「13号さん」
「この子を覚えていてくださって、ありがとうございます」
13号さんが振り向く。
「いえ」
お母さんは優しく笑う。
「ある事件から、この子はずっと自分の力を怖がっていました」
「誰かを傷つけてしまうんじゃないかって」
俺は少し俯く。
「でも」
「あなたがくれた言葉で、この子はまた前を向けました」
「今では、自分の力で誰かを守りたいと言っています」
13号さんは静かに俺を見る。
「そうだったんですね」
少し間を置いて。
「でも」
「私は、天理君がもう一度立ち上がれたのは、天理君自身の力だと思います」
「私の言葉は、きっかけに過ぎません」
「怖いと思う気持ちを抱えながら、それでも誰かを守りたいと思った」
「その気持ちは、誰かに与えられるものではありません」
「君自身が持っていた、ヒーローの心です」
胸の奥が熱くなる。
「これから先」
「きっと、自分の力を怖く感じる時もあると思います」
「力が大きければ大きいほど、悩むこともあるでしょう」
「でも、忘れないでください」
「その力をどう使うかを決めるのは、いつだって君自身です」
13号さんは優しく微笑む。
「あの日、君が誰かを守ろうとしていた姿を、私は覚えています」
「その想いがある限り」
「君の力は、誰かを救うための力になります」
「君の翼は、誰かを守るために羽ばたける翼です」
「……はい!」
俺は力強く返事をした。
◇◇◇
帰り道。
俺の手にはサイン色紙。
そして。
もう一つ、大切なものがあった。
「てんにぃ、それなに?」
友羽那が覗き込む。
「ポシェット」
13号さんをイメージしたデザイン。
宇宙を思わせる色。
13号さんのマーク。
「可愛い!」
「大事にする」
俺はポシェットを見る。
これを見るたびに思い出せる。
あの日。
俺を救ってくれた言葉を。
◇◇◇
それから。
俺は何度も13号さんのイベントへ行くようになった。
最初はただ、憧れのヒーローに会いたいという気持ちだった。
でも。
何度も会ううちに。
「天理君、また来てくれたんですね」
「はい!」
「いつもありがとうございます」
13号さんも俺のことを覚えてくれるようになった。
あの日、俺にくれた言葉。
「危険な力だからこそ、正しく使う意味がある」
その言葉は、今でも俺の中に残っている。
俺にとって13号さんは。
ただの憧れのヒーローじゃない。
もう一度、前を向く勇気をくれた。
大切な恩人だった。
いつか。
俺も誰かにとって。
13号さんみたいなヒーローになる。
そう決めて。
俺は今日も、空を見上げる。